入れるつもりはなかったのですが、ワンクッション入れたかった為。
おそらく、次回からはしっかり原作開始となります。
追加:
この話を【後編】から【前編】へ変更します。
「弟くん、ちょっとそこに座りなさい」
正座だからね、と。
頬を膨らませながら音姫は義之に対して言うのであった。
芳野家の居間。
文化祭が終了し、生徒会の仕事を片付けて帰宅した音姫は帰ってくるなり、義之に目の前に来る様に命じた。
義之は素直に指示に従う。
――そりゃあ、そうだよな。
如何にも、これから説教しますよ、と言わんばかりの雰囲気を漂わせる音姫。
その理由について、義之は悟っていた。
「お姉ちゃんが何を言いたいのか、わかるよね?」
「あぁ、もちろん」
原因は勿論、本日の文化祭のこと。
講堂の占拠。
これが生徒会の音姫に伝わらない訳がなく、怒らない訳がないのだ。
そのことについて義之は覚悟をしていた。
だからこそ。
「……ごめん、音姉」
義之は正座の姿勢のまま、頭を下げ、誠心誠意に謝罪した。
例え美少女コンテストを見に来た観客を楽しませることが出来ても、教師や音姫たち生徒会に迷惑が掛かるのは分かっていた。
「悪いことだってのは分かってる……だけど」
でも。
それでも。
「後悔は、してないんだ」
誰の為かは分からない。
しかし、困っている人を助ける為に彼方は行動したのだと、義之は理解していた。
『恥ずかしいかもしれませんが、両親や友達に普段は言えない感謝をしたり、想いを告げたりするのも大事なことだと思います』
彼方が最初に会った時に話したこと。
その話を聞いて、義之はさくらに感謝を、そして母と呼ぶことを決意した。
彼方の話を聞かなくても、いつかは同じことをさくらに伝えていたかもしれない。
しかし、それは今じゃなくて、大分あとになってしまっていただろうと義之は思った。
義之は彼方に感謝し、彼に借りがあると思っているいる。
それこそ、彼方が感じている以上に。
だからこそ、今回のことで少しでも力になれたのならば、そこには後悔がある筈がなかった。
「待って、お姉ちゃんっ!」
義之が頭を下げる中、途中で横に割り込んでくる存在があった。
それは、由夢であった。
なぜ由夢が、と義之が疑問に思う中、由夢が口を開いた。
「今回のこと……わたしの為に、みんながやってくれたの」
彼方が由夢の予知夢を覆せることを証明する為に、義之を含む色んな人達に助けを求めたのだ。
実際に証明してくれて、由夢は嬉しさと喜びでいっぱいだった。
しかし、今回のことの発端は自身である。
彼方は自分が主犯だと言うだろうが、まず叱られるべきは自分である筈だと思っていた。
「ごめんなさい、お姉ちゃん」
だからこそ、由夢は義之の隣に正座し、同じように頭を下げた。
――彼方が助けたい人は、由夢だったのか……
それを聞き、驚きを感じつつも、納得した様子を見せる義之。
講堂を占拠し、ななか達がライブする最中。
義之が彼方を探して目撃した光景は、彼方に涙を流しながら何かを叫ぶ姿。
そして、その後に彼方と由夢の二人で泣きながら嬉しそうに笑う姿で光景であった。
由夢が何に困っていたのか、助けを求めていたのかは分からない。
彼女の兄として、気付いてあげられなかったのは反省するべきことだろう。
しかし、あの講堂での幸せそうに笑う様子の由夢を見れば、きっと助けにはなれたのだろうと感じた。
「……はぁ」
辺りが静寂に包まれる居間。
その沈黙を破ったのは、音姫だった。
「由夢ちゃんも、弟くんも、顔を上げて」
音姫に言われ、顔を上げる義之と由夢。
二人が顔を上げた先には、まだ少し怒った様子を見せる音姫の姿。
「講堂の占拠については、罰として反省文とボランティア活動をすることって、さくらさんから聞いてるよ」
帰宅する前に、さくらから罰として反省文とボランティア活動をさせるという話は既に聞いている。
それに彼女から、何か事情があったみたいだから怒り過ぎないであげてね、と言われているのだ。
「そのことじゃなくてね、お姉ちゃんが怒っているのはね」
だからこそ、音姫は占拠したこと自体をガミガミと叱るつもりはなかった。
彼女が怒っているのは――
「お姉ちゃんに、相談しなかったことだよ」
自身に一言も伝えなかったことであった。
確かに、占拠しますと事前に言われ、生徒会長として良いですよとは言えなかっただろう。
しかし。
「本当に困ってるんなら、何かしら力になることは出来たはずだよ?」
音姫は、義之や由夢が何も理由もなく、今回の講堂を占拠したとは思っていない。
何かしら事情があったのだろうと思う。
これでも生徒会長として他の生徒よりは権限がある。
相談してもらえれば、少しは力になることが出来た筈だと音姫は考えていた。
それに、二人に相談してもらえなかったのは姉として寂しくも思う。
「だから、次から困ったことがあったら、お姉ちゃんにちゃんと相談すること!」
返事は、と述べる音姫に、義之と由夢は承諾の意を示した。
その二人の言葉に、よろしいと満足気に頷くのであった。
これで一旦話は終了、かと思われたが。
「あ、でも! 非公式新聞部に入るなんて、お姉ちゃん許さないからね!」
もう暫く、夕食前の姉弟たちの話し合いは続くのであった。
episode-20「そんな日常」
「納得いかねー」
公園に落ちていた空き缶を拾いながら、渉はひとり不満の表情を浮かべてつぶやいていた。
日曜日の桜ヶ丘公園。
渉たちは先日の文化祭での講堂占拠の罰として、町内のゴミ拾いの参加をさくらから命じられていた。
現在は何人かで分かれながら公園のゴミ拾いを行っている。
その最中に、つぶやいていた渉であったが、それが聞こえたのか、杏が渉に言葉を返した。
「なに? 罰を受けること自体の覚悟はあった筈よ?」
「いや、そこは良いんだけどよ」
今更不満に思うなら罵倒しようと思っていた杏であったが、渉が言っていたのは別のことであった。
「あのとき、俺たちが何て名乗ったか覚えてるか?」
「当たり前でしょ? 『非公式新聞部ぷらすα』よ」
渉の質問に、能力で記憶を忘れない杏は即座に返答した。
非公式新聞部ぷらすα。
それは、義之たちが講堂を占拠するにあたり、観客に名乗ったものである。
そもそも非公式新聞部ではないし、今後もなる予定がない為、名乗るつもりはなかった。
しかし、占拠する際に非公式新聞部の名前を活用した方が良いと言ったのは杏だ。
『非公式新聞部と名乗った方が話がスムーズに行くはずよ』
杏は義之たちにメリットを述べたのである。
占拠など普通の学園では耳にしたり、実際に行われることなど無いであろう。
しかし、あり得てしまうのが、この風見学園だ。
非公式新聞部は、クリパや卒パなどで場所の占拠を行うのは割りと珍しくない光景である。
今年行われた卒パも、杉並率いる非公式新聞部がグラウンドを占拠し、屋台をすべてリンゴ飴の屋台に変えるという暴挙を働いていた。
その印象が強いからこそ、非公式新聞部と名乗って占拠した方が観客もすぐに事態を把握し、スムーズに話を進めることが出来るのである。
その話を伝えた杏に納得した義之たちであるが、杉並と同じと思われるのに抵抗があった為、苦肉の策として『ぷらすα』と付けたのだ。
「それがどうかしたの?」
「なんで、なんで……」
文化祭が終了後、今回の講堂占拠はその場にいなかった生徒たちにも拡がった。
それも仕方ない話である。
何だかんだで、義之や渉、雪月花、ななかの面々は他の生徒たちからは知られている存在だ。
そんな面々が占拠すれば、それは話のタネにならない筈がない。
しかし、渉にとって不満なのは。
「なんで俺が非公式新聞部で、杏たちがぷらすαって扱いになってるんだよっ!」
最終的に、あの講堂占拠の件で、渉が非公式新聞部の部員として認知されており、それ以外の人はその手伝いをしてただけ、となっていた。
「あら、不満?」
「当たり前だろっ! 高坂先輩には杉並の同類としてロックオンされるし、朝倉先輩には叱られるしで、完全に非公式新聞部扱いになってたんだぞ!」
杉並も噂を否定せず、バレてしまったら仕方ないと、まゆきの前で言うもんだから完全に勘違いされている。
義之も当初は勘違いされていたが、音姫に誤解を必死に解いていた。
ちゃっかりしている義之であった。
「まぁ、日頃の行いね」
「うがぁー……もう、会長と副会長の好感度はだだ下がりだぁ」
「あ、そこは元から上がらないから安心しなさい」
しっかりトドメを刺す杏と撃沈する渉。
漫才みたいなやり取りは変わらない二人であった。
――――――――――――――――――
「由夢さんまで参加しなくても大丈夫でしたのに……」
「なに言ってるんですか、私の為にしてくださったんですから。 やって当然ですよ」
渉と杏が漫才を繰り広げる一方。
彼方と由夢も同じくボランティア活動としてゴミ拾いを行っていた。
彼方が言った通り、当初は反省文とボランティア活動をするメンバーに由夢は入っていなかった。
それは実際に由夢が講堂占拠は行っていないので当然であったが、彼女自身が名乗り上げたのである。
「それに――」
「それに?」
「いえっ、なんでもないです!」
少しでも一緒に居たかったから。
それを口にする勇気は、まだ恥ずかしくて由夢にはハードルが高かった。
――ちょっとは、近づけたのかな?
しかし、前よりは素直に、そして距離感も近付けられたのではないかと由夢は思った。
あの講堂での彼方とのやり取り。
ライブ中だったので内容をしっかり聞かれてはなかった筈だが、周りに見られていた事実は今でも思い出すだけで恥ずかしくなる。
でも、後悔はなかったのだ。
「ん、どうかしましたか、由夢さん?」
由夢の視線を感じたのか、彼女に笑みを浮かべながら質問する彼方。
今までも誰に対しても笑みを浮かべていた彼方であったが、以前よりも少し表情が柔らかくなった気が由夢にはした。
それがあの時、自分が彼方に伝えたことが切っ掛けであるかは分からない。
だけど、そうだったら嬉しいな、と彼女は思った。
「何でもないです、『彼方さん』」
もう少し近付きたくて。
呼び方をちょっと変えたのを、気付いてくれているのだろうか。
なかなか素直になるのは難しいけれど。
「もっと急がないと、日が暮れちゃいますよっ!」
由夢は平然を装い、さりげなく彼方の手を握り、引っ張って急がせる。
――少しずつ、頑張っていこう
「ほらっ、行きましょ、彼方さん!」
初音島物語【前編】 ―Fin―