初音島物語   作:akasuke

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優しい奇跡もなく、死を悲しんで前を向く少女の話。


episode-30「桜もなく、奇跡もなく」

麻耶は母親に渡されたビデオテープを手に、テレビの前まで来ていた。

 

 

『美秋からのメッセージよ』

 

母親から渡された、一本のビデオテープ。

自分にとっては姉の様な存在であった、美秋からのメッセージがこのテープには録画されていると言っていた。

 

 

――なんのために?

 

彼女は直接ではなく、わざわざテープにメッセージを録画していたのだろうか。

 

昔、麻耶と美秋は学校や研究所などに行ったりと離れることはあったが、それでもほとんど毎日一緒に居たのだ。

美秋が、死んでしまう前は。

 

 

彼女は、何の為に撮ったのだろうか。

 

彼女は、誰の為に残したのだろうか。

 

 

様々な疑問が浮かんでは消える中、ふと母親が話していた言葉を思い出した。

 

 

『きっと、今のアナタなら……いや、今のあなただからこそ、見る必要があると思うの』

 

母親は言った。

今の自分なら。

今の自分だからこそ、見るべきなのだと。

 

 

――これを見れば、わたしは何かが変わるの?

 

傷付けた友達のもとに行く決断ができない、弱虫な自分が変わることが出来るのだろうか。

 

わからない。

わからない、けれど。

 

 

「見る、べきよね……」

 

不安が頭を過るが、震える手を抑えて、

麻耶はビデオテープをデッキに入れ、再生ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

episode-30「桜もなく、奇跡もなく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『博士、撮れてますか?』

 

『あぁ……大丈夫だよ』

 

其処には、久しく聴かなかった声が。

久しく見ていなかった、懐かしい存在が映った。

 

 

「おねえ、ちゃん」

 

HMーA07型 美秋。

父が開発したロボットであり、かつて慕っていた姉の様な存在。

 

夢で見たり、思い出したりしたことはあった。

しかし、画面越しとはいえ、こうして顔と声を見たのは"あのとき"以来であった為、麻耶は思わず震えた声で彼女を呼んでしまう。

 

録画に映る美秋は博士の返事に安堵し、そしてまっすぐに前をみつめ、微笑みを浮かべながら口を開く。

 

 

『まやちゃん』

 

自分の名前を呼ばれ、録画と分かっていてもドキッとしてしまう麻耶。

 

だが、名前を呼ばれたことにより一つ気付く。

この録画は、自分に向けたビデオテープなのだと。

 

 

――なんで、わたしに……?

 

麻耶の疑問を他所に、美秋は話をし始める。

 

 

『まやちゃんがこのテープを見てたらね、お姉ちゃん……ちょっと、遠いところに行ってるかもしれないんだ』

 

遠いところ。

それはいったい何を指すのだろう。

単純に距離的な意味合いで遠くに行く、という話であろうか。

 

もしくは――

 

 

『黙っていなくなって、ごめんね』

 

麻耶は理解した。

いや、理解してしまったと言った方が正しいのかもしれない。

 

 

『でもね、まやちゃんに話しておきたいことがあって』

 

これは。

このテープは。

 

 

 

 

 

 

『こうやって、メッセージを残すことにしたんだ』

 

 

 

 

 

 

美秋の遺言なのであると。

 

 

 

 

 

「……どうして」

 

無意識に出た言葉は、何に対して呟いたものか自分自身でも分からなかった。

 

だが、麻耶は頭の中で、ある内容を思い出す。

これは、後で過去のニュースや新聞を調べた際に知ったことであったが。

美秋と一緒に過ごしていた時、既にロボット排斥主義者たちが暴動などを起こし始めていた。

 

 

――どうしてなの。

 

しかし、よくよく考えれば、研究所の人達が気づかないはずがないのだ。

研究所ではなく、麻耶の家にいることの危険性に。

 

 

――それなら、なんで。

 

研究所に避難しなかったのだろうか。

麻耶の側に、居てくれたのだろうか。

 

こんな、遺言みたいなメッセージを残してまで。

 

色々な事実に動揺し続ける麻耶であるが、美秋から麻耶へのメッセージはこれからであった。

 

 

『ひとつね、まやちゃんに黙っていたことがあるの』

 

これは、あの頃の麻耶にホントは伝えたかったこと。

 

 

『わたし、ロボットなんだ』

 

美秋と一緒に居た頃は、彼女がロボットなのだと欠片も考えたことはなかった。

本来であれば、あんな美秋の姿を目撃していなければ知らなかった真実。

 

しかし、麻耶が気になったのは、そこじゃなくて。

 

 

――あんな表情、初めて見た。

 

麻耶が覚えている昔の記憶にいる美秋は、ほとんどは笑顔が多かった様に思える。

こちらが見ていて嬉しくなるような笑顔。

 

 

『隠してて、ごめんね』

 

だからこそ、麻耶は驚いたのである。

見ている者の胸をギュッと締め付けるような、切なくなる笑みを浮かべる美秋の表情に。

 

美秋はそのまま話を続ける。

 

 

『まやちゃんに最初に会った頃ね、まだわたしは生まれたばかりだったんだ』

 

麻耶と最初に会う数週間前。

HMーA07型 美秋ははじめての起動が行われた。

 

データとして色々な情報は脳にインプットされていた彼女であったが、起動されたばかりの為、まだ人間社会にすぐに馴染むことは難しいと研究所員は判断していた。

 

色々な話し合いの末、美秋は生みの親である沢井 拓馬宅の娘の世話係を担当することが決定した。

両親ともに自宅に居ることが少なく、娘の面倒を見てもらう人材が欲しかったこと。

そして、美秋がロボットと知らない人物と暮らし、違和感なく生活を過ごせるか確認したいという意見が合致した為である。

 

 

――博士のお子さんの世話をしっかりと遂行しないと。

 

そのとき、美秋の中にあったものは、ロボットとして人間に益がある行動をすべきという義務感。

 

まだ所員以外とは関わりがなく、脳のチップにインプットされたデータを頼りにしていた段階だからロボットの要素が前面に押し出されていたのだ。

 

 

しかし、麻耶と美秋の初対面のとき。

 

 

――お世話係として側にいることになりました、美秋です。 よろしくお願いします。

 

――おせわ? うーん、いっしょにいてくれるってこと?

 

――はい、その通りです。

 

――じゃあ……じゃあ! おねえちゃんは、わたしのあたらしいかぞくだねっ!

 

 

『まやちゃんに初めて会ったときね、なにか変わった気がしたんだ』

 

こちらを喜びの表情で見てくる麻耶に、美秋は胸の中で暖かい何かを感じた。

それが何か、すぐには分からなかったけれど。

 

 

――もっと、ふつうに話してっ!

 

――普通って言いますと……。

 

――かぞくなのに、そんな話しかた、しないもん!

 

麻耶と一緒にいて。

データだけでは分からなかった、何かを感じて。

 

 

――はい、これっ!

 

――この絵は……わたし?

 

――うん、おねえちゃんの絵をかいたから、あげる!

 

麻耶が描いてくれた、笑顔の自分と麻耶のふたりが手を繋いでいる絵。

ずっと、大事に保管しておきたい。

そう思ってしまうほどに、喜びを感じて。

 

 

――おとうさんも、おかあさんも、わたしのことキライなんだっ!

 

――そんなこと。 そんなこと、絶対ないよ、まやちゃん。

 

――だって、いつも、しごとがいそがしいって。

 

わたしを見てくれない。

わたしと一緒にいてくれない。

寂しいと部屋の端で泣き崩れる麻耶に、胸が締め付けられる悲しみを感じて。

 

 

――泣かないで。

 

インプットされた大量のデータをもとに最適解を出す前に、美秋は言葉が出てしまっていた。

 

 

――わたしがずっと、まやちゃんの側にいるから。

 

――ほんとに? ずっと一緒にいてくれるの?

 

――うん、おねえちゃんがずっと側にいるよ。

 

きっと美秋が気付いたのは、この時だ。

自分の言葉に泣きながらも嬉しそうな表情を浮かべる麻耶を見て、ようやく自分の気持ちを理解した。

 

わたしは。

わたしは、もう。

 

 

『まやちゃんのことが、大好きなんだって』

 

「おねえちゃん……」

 

義務感じゃなかった。

初めて会って、自分のことを新しい家族と言ってくれたあの時から、美秋にとっても麻耶は大切な家族と想っていたのだ。

 

だからこそ、麻耶が喜んでると嬉しくて、悲しんでると辛くなったのだ。

 

もう、麻耶には泣いてほしくない。

だから。

 

 

――おねえちゃんっ、やくそくっ!

 

大切な妹が差し出してきた小指に、自分の小指を絡ませて、誓ったのだ。

 

 

――ゆーびきーりげんまーん、うーそつーいたーら、はりせーんぼーんのーます!

 

指切りげんまん。

よく約束の際に使われたりもするが、本当に約束が破られたって代償もない。あくまで形式的なもの。

 

だけど。

 

 

『わたしにとってね、絶対に叶えてあげたい、大切な約束になったの』

 

本来であれば、今回の世話係は人間社会に馴染む前の練習のようなもの。

そのように所員から、博士から言われていた。

しかし、美秋にとっては他の何よりも優先したい、守りたい大切な約束になったのだ。

 

いや、きっとそれだけじゃない。

 

 

『わたしが、まやちゃんの側に居たかったの』

 

約束だから。叶えてあげたいから。

それも勿論あるが、家族として一緒に居たい気持ちも美秋自身あったのだ。

 

 

『だけど、だけどね』

 

大切に想うからこそ、不安がでてきた。

それは、麻耶に最初から隠していたこと。

 

 

『おねえちゃん、ロボットなの』

 

血が繋がらないどころじゃない。

そもそも、人間ですらないのだ、自分は。

 

 

『それを、言うことができなかったんだ』

 

もともと、人間社会に馴染む為にロボットだとは言わず黙っていた。

しかし、大切な妹だと思っていたからこそ伝えるべきだと考えていたのだ。でも、言えなかった。

 

理由は様々だ。

感情のあるロボットは人間社会に影響を及ぼすと、色んな団体から誹謗中傷を受けていた。

そんなロボットを姉と慕っていると知られれば、麻耶が

苛められる要因になってしまうかもしれない。

 

でも、そういう理由以上に。

 

 

『まやちゃんに嫌われるのが、恐かったんだ』

 

ロボットだと麻耶に打ち明けて。

それで拒絶されてしまうことが恐かった。

今まで姉と慕って笑いかけてくれた彼女を見れなくなると思うと、話す勇気が持てなかった。

 

 

『言えなくてごめんね』

 

そして、寂しそうに笑う。

 

 

『こんなんじゃ、お姉ちゃん失格かな……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなことないっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

画面越しだと。

録画テープだと、わかっているのに。

 

 

「べつに人間じゃなくても! ロボットでも!」

 

言わずにはいられなかった。

叫ばずには、いられなかったのだ。

目から溢れる涙で、にじんで映る姉を見ながら。

 

 

「お姉ちゃんは、お姉ちゃんに決まってるじゃないっ!」

 

今まで大好きな姉の死から目を逸らしていた。

姉なんて居なかったのだと、自分に思い込ませてまで。

 

それでも。

こうやって実際に本音を知れて。

幼い頃の自身の約束をすごく大事にしてくれたのを知って。

 

嬉しくないはずがなかった。

 

 

『でもね、まやちゃんの幸せを、祈らせてほしいの』

 

自分のことを、こんなにも想ってくれていたのだから。

 

だけど。

だけど、言わずにはいられなかった。

 

 

「わたしはっ、そこまで約束を守ってほしくなかった!」

 

美秋は、自分との約束を守るために天枷研究所に避難せず、変わらず麻耶の側にいてくれたのだ。

それこそ、最期のときまで。

 

 

「…っ……、わたしは……わたしはっ!」

 

でも、約束なんかより。

 

 

「お姉ちゃんが生きてくれるなら、それだけで、よかったのにっ……」

 

縋りついていた画面から崩れ落ちる。

 

例え、ずっと側にいれなくても。

例え、人間ではなくロボットだとしても。

 

大好きな姉が、死なずに生きていてくれれば、それだけで嬉しかったのに。

 

 

 

 

 

 

『今までありがとね』

 

 

 

 

 

 

 

『大好きだよ、まやちゃん』

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんっ、ごめんね、お姉ちゃんっ!」

 

大切に想ってくれていたのに。

そんな姉を忘れようとしてしまった。

 

そんな自分がやったことを後悔して。

謝っても、謝る相手がいないことが悲しくて。

 

 

「お姉ちゃん……、おねえちゃん…………」

 

麻耶は姉を呼び続ける。

溢れ続ける涙を止めようともせずに。

 

大切な存在がいなくなった悲しみを、すべて出し尽くすように。

 

そこには、何も奇跡などなく。

大切な人の死を哀しむ姿があった。

 

だが、ようやく麻耶は、美秋の死をちゃんと受け入れることが出来たのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「おねえちゃん、だいじょうぶ?」

 

どのくらい泣いていたのだろうか。

分からないが、枯れるまで泣いた後のこと。

 

麻耶が泣き叫ぶ声を聞いていたのか、勇斗が心配そうな表情を浮かべて見つめていた。

 

そんな勇斗に笑いかけ、頭を撫でる。

 

 

「……うん、もう大丈夫」

 

後悔はある。

悲しみはある。

 

しかし、前を向くことは出来るようになった。

 

だからこそ。

 

 

「勇斗、お姉ちゃんね、出掛けないといけないんだ」

 

自分がやるべきことは、行動は、決まった。

立ち竦み、ひとりじゃ決められない弱虫な自分は、そろそろ卒業するべきであろう。

 

 

――だって、わたしは。

 

 

「帰ってきたら、一杯教えてあげたいことが、伝えたいことがあるんだ」

 

「なんの、おはなし?」

 

勇斗に伝えなければいけない。

今まで伝えてなかった分、教えてあげないといけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしと勇斗に、自慢のお姉ちゃんが居たってこと!」

 

 

 

 

――わたしは、自慢のお姉ちゃんの妹なんだから!

 




昔を思い出すために、電気の灯りを消し、布団を被りながらD.C.のゲームをやりました。

学生の頃はギャルゲーが恥ずかしくて、親に見られないように深夜に隠れてプレイしてました。
でも今は大人になり、一人暮らしの為、その必要もなくなりました。

なんとなく、大人になったのだと実感しました。

過去を懐かしむために、昔の状況をつくってゲームをプレイしてみては如何ですか?

ありがとうございました。
また、見ていただければ幸いです。

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