「そういえば、あと三日でしたか」
風見学園のクリスマスパーティーは、と。
胡ノ宮 環は神社に来てくれた女の子に向けて問い掛けた。
夕方の胡ノ宮神社。
年末年始などの行事では人で溢れかえる神社であるが、イベント行事もない平日にはあまり参拝客の姿は見られない。
日が暮れるのが早い冬の時期の夕方頃は尚更。
しかし、そんな夕方の神社に、最近になって定期的に来てくれる女の子がおり、環は密かに彼女が来るときを楽しみにしていた。
それは――
「はいっ、そうですよー」
クリパの準備が終わっていない人達が慌ただしく動き回ってます、と。
境内に座り、こちらの質問に笑顔で答えてくれる女の子
――由夢である。
実を言うと、由夢は学園祭前に神社に訪れて以来、何度か神社に足を運んでいたのだ。
神社へ参拝というよりは、環に会う為に。
最初は、自身が悩んでいた際に環にアドバイスを貰ったことで立ち直った感謝を伝える為に訪れたのである。
だが、もともと環との相性が良かったのだろう。
彼方の手伝いが終わった後、環の居る神社へと時折足を運び、家や学校での出来事など他愛ない話をしに行っていた。
学園のイベントが間もなく、という時期でも来てくれることを嬉しく思う環であった。
しかし。
「それなら、いまの時期は忙しいのではないですか?」
此処に訪れてくれるのは嬉しいが準備は大丈夫なのだろうか。
そのように心配気な表情を見せる環に、由夢はウチのクラスは準備終わってますから、と笑顔を向けた。
事実、由夢のクラスは焼きおにぎり屋を催しとして行うのだが諸々の準備は終わっていた。
展示等と違い、食事関係は前準備より当日が作業メインとなる為、前以てスケジュールを決めて少しずつ準備すれば特に問題なかったのだ。
「なるほど、そうでしたか」
それなら良かったです、と安心した表情を見せる環。
今度は由夢が気になっていた疑問を投げ掛ける。
「環さんは、クリパには来られるんですか?」
クリスマスパーティー。通称、クリパ。
名前の通り、クリスマスに実施する学園イベントである。
学園祭は学生以外にも生徒のご家族が参加できるように配慮し、土日に行われる。
しかしクリパは学生達がメインの為、クリスマスが平日の場合は土日にズラすことなく平日に実施するのである。
神主が土日固定休みということはないだろうが、あまり離れられないかもしれない。
その為、風見学園のクリパに来るのだろうか、と気になっていたのだ。
由夢の問いに、環は頷きながら応える。
「えぇ。 ただ、あまり長居は出来ないかもしれませんが」
「そうなんですね……あ、だったら私のクラスにも時間があったら寄ってください!」
「はい、是非とも」
由夢の誘いに、環は嬉しそうに頷く。
彼女としては、定期的に訪れてくれる由夢の姿を見に行きたいという気持ちがあった為、渡りに船であった。
ただ、彼女がクリパを訪れる理由はそれだけではなく。
「それに……」
「それに?」
――ひと目、お会いしてみたい御方も居りますから。
環は、由夢だけではなく、他にも会ってみたい人物がいたのだ。
その人物は――。
――桜内 義之様、でしたか。
現在、目の前にいる由夢が兄と慕う人物。
彼女の話す日常生活によく出てくる人物だから、というのも理由の内の一つであるが、それだけではない。
――それに……、ふふっ。
環が思い出すのは、先日神社に訪れた友人のこと。
『環ちゃん、着物選びに協力して!』
友人が神社に訪れて発した一声。
久しぶりに訪れたこと自体に驚いたのだが、言われた内容にも驚いた環。
いきなりのことに戸惑ったが、友人の話を聞くに連れ、彼女は是非とも協力したいと感じたのだ。
『んー……、これなら大人っぽいかなぁ』
『それも良いですが……此方の色の方がお似合いかと』
『うーん、そっちも良いなぁ』
どれにしよう、と悩む友人を見て、環は思わず笑みが溢れる。
昔から明るく元気で、笑顔を絶やさなかった友人。
環の初恋の人物と同じく、誰かが困っていたらほっとけない性格で、彼女自身もその友人には何度も助けられた。
その友人は、学園を卒業し、大人になっても変わらず誰かに手を差し伸べ続けていた。
直接お会いすることが無くても噂などで聞き、環は尊敬の感情を抱いたものである。
しかし、何時からであろうか。
学園を卒業してからも時折会い、その時も変わらず明るく元気に振る舞う友人であったが、どこか無理をしている様にも感じられた。
だからこそ、久しぶりに会った友人の様子をみて内心驚いた。
『よし、これにしよっ! 環ちゃん、ありがとうね!』
そして、会ってみたくなったのだ。
彼女の、本当の笑顔を取り戻した人物に。
彼女の息子に。
――ふふ、どんな御方なのでしょう。
「――さん、環さんっ?」
「あぁ、すみません…ぼうっとしてしまい」
思い出していたからか、由夢の呼び掛けに気付かず謝る環。
――そういえば、由夢様と言えば。
義之のことも気になるが、由夢について一つ気になっていたことがあった為、質問する。
「由夢様は、想い人と一緒に回るのですか?」
「うっ……、そ、それは……」
まだ、誘えてないです、と。
落ち込んだ様子を見せる由夢。
本当ならばもう少し早くに誘おうと思っていた由夢であったが、中々切り出すタイミングが掴めず、ズルズルと今のいままで誘えずにいたのだ。
「はぁ、何度もチャンスあったのにー……」
頭を抱えつぶやく由夢に、環は笑顔のまま言葉を告げる。
「由夢さん」
「え……は、はい」
「大丈夫です」
「えっ……?」
環は由夢に向かって断言する。
大丈夫だと。
「由夢様なら出来るって、信じてますから」
何故なら。
由夢に此処で会った日、
環は彼女の決意を聞いたのだから。
「『かったるい』けど、頑張るのでしょう?」
「あっ……、それって」
イタズラ気な表情で伝える環に、由夢はハッとした様子で彼女を見詰める。
だって、その言葉は。
『「かったるい」ですけど、頑張ってきます! また今度、神社に来るので改めてお話させてください』
「そうだ……、そうだもんね」
あの時に初めて、祖父の口癖を逃げの言葉ではなく、頑張るという決意のもと発したのだ。
それを伝えた人物に、弱音を吐く姿ばかり見せられない。
――あぁ、もう! 『かったるい』!
内心で落ち込んでいた気持ちを上げ、
改めて環に顔を向けて告げる。
「わたし、ちゃんと誘えるように頑張ります!」
頑張れ、わたし、と。
自身に発破をかける由夢を、環微笑ましそうに見る環であった。
episode-33「一緒に、回らない?」
次の日の放課後。
由夢は彼方を手伝う為、非公式新聞部 第二執筆室に赴いていた。
――お、落ち着いて……。
普段通りを心掛ける由夢であったが、内心は緊張からか、心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。
――い、いけっ、わたし!
「か、彼方さんっ」
「由夢さん、如何しましたか?」
「あ、あの…その……な、何でもないです」
そうですか、と顔に疑問を浮かべながらも資料に顔を戻す彼方。
そんな彼を見ながら由夢は、本日既に三度目の失敗に落ち込みを隠せなかった。
――た、環さん、私……ヘタレです。
昨日に環からの言葉により誘う決意をあらわにした由夢であったが、いざ本人を目の前にしてしまうと緊張で伝えられずに居た。
告白ではない。
ただ、クリパを一緒に回りませんかと軽く誘えば良いだけ。
そうやって由夢は自身に言い聞かせるが、ふと思ってしまうのだ。
クリパを誘うということは、
好意を寄せてると伝える様なものではないか、と。
クリパは名前の通り、クリスマスパーティーである。
クリスマスで男女二人で回るとなると、やはり恋人や好意がある人同士でないと普通はしないかもしれない。
――いや、でも、わたしが彼方さんのこと好きなのは本当だし。 その、好意が伝わるのは別に困ることじゃないんだけど。 ちゃんと告白はいつかしなきゃって思ってるから……その前に間接的な告白をしちゃうのは良いのかな。 でも、それが嫌なら先に告白しないとダメ? 告白してからクリパ誘う? ま、まって、いま告白だなんて、流石に心の準備が出来てないというか……む、無理だよ。 でも、早く誘わないと彼方さん誰かとクリパ一緒に行く約束しちゃうかもだし……あれ、彼方さんそもそもまだ誰とも約束してないのかな。 聞かないと……、それから空いてたら告白してからクリパ誘って……あ、あれ、どうして先に告白しないといけないんだっけ――
「あー、もう! どうすれば良いのっ!」
考えれば考えるほど頭の中がこんがらがり、
頭を抱えながら叫んでしまう由夢。
そんな彼女の様子をみて、彼方は由夢に心配気に声を掛ける。
「……あ、あの…由夢さん、何かお悩みですか?」
「えっ、あっ……わたし、口に……な、何でもありません!」
第二執筆室は地下にあり、室内に彼方と由夢の二人しかいない。
その為、由夢の叫びに気付かない訳がないのだ。
先程から何か言いたそうにしていたのを感じていたからこそ、心配になる彼方。
何でもないと言われても、流石に気に掛けずには居られなかった。
彼方は手元で開いていた資料を閉じ、由夢へと向き直す。
「由夢さん……もし何か一人で抱え込んでるなら、私で良ければ話してくれませんか?」
「あの、わたし……」
「力になりたいんです……、私では頼りないかもしれませんが」
心配なんです、由夢さんのことが、と。
彼方は真っ直ぐと彼女を見詰めながら言葉を、自身の想いを伝えた。
――彼方、さん。
心配させてしまったことを申し訳なく思う由夢。
彼方が思うような心配事ではないのだから。
だけど、それ以上に嬉しかったのだ。
先程まで緊張していた心が暖かくなるのを感じた。
――思ったことを、伝えれば良いんだよね。
彼方の御蔭で落ち着いたからか、悩むよりも先に口から言葉が出ていた。
「彼方さん。 クリパ、もう明後日ですね」
「え、えぇ……早いものですね」
由夢の様子が急に変わるのを感じ、若干目を丸くしながらも彼女の言葉に相槌をうつ彼方。
「彼方さんはクリパでの予定は、もう決めてますか?」
「クラスの催しと新聞部の手伝いを少し」
それ以外は残念ながら決めてなくて、と。
苦笑しながら話す彼方に由夢は安堵し、そして内心で自分を奮い立たせる。
「あ、あのですね……もし、良かったらなんですが――」
わたしと一緒に、回りませんか。
そう、彼方に伝えようとした矢先のこと。
二人の居た空気を破るように、勢いよく扉が開いた。
「同志初音よっ!」
「よー! 初音、元気かー?」
扉の先には、見覚えのある二人の人物が居た。
杉並と渉である。
「な、何しに来たんですか?」
「ふむ、何か問題でも?」
話している途中だったのであれば続けてもらって構わんぞ、と。
由夢に向かって話す杉並と、邪魔して悪いなと呑気に笑う渉。
「あの……その、由夢さん。 先程言い掛けたことは……」
「あ、あはは……」
――二人がいる前で言える訳ないじゃないですかっ!
「い、いえ、大した話じゃなかったので……さあ、杉並先輩と板橋先輩から話どうぞっ!」
笑顔を杉並と板橋に向ける由夢であったが、あからさまに邪魔だという雰囲気を見せていた。
渉はアレ、なんかヤバイと珍しく空気を察するが、杉並はあえて無視し、いつも通り騒ぎ始めたのであった。
「それでな、同志初音に頼みたいことがあるのだ」
「あの、前言ってた話なら―――」
「―――、それなら――した――」
「―――」
「―――」
――せっかく、言えそうだったのにー……。
完全にタイミングを逃してしまい、その日は結局言えなかった由夢であった。
――――――――――――
結局、由夢が伝えられずに終わった後の帰り道のこと。
「やっほー、初音くん」
「……藍さん?」
「あのねー」
「私とクリパ、一緒に回らない?」
お久しぶりです。
3ヶ月ぶりとなり、大変申し訳ございません。
こそっと深夜に投稿いたします。
しばらく投稿できなかったものの、頂いたメッセージや感想は有難く読ませて頂きました。
凄く嬉しかったです。
一人でもまだ読んで貰える方が居るなら頑張らないとなって改めて思いました。
寒い季節となりましたが、身体をしっかりと暖め、風邪をひかないよう気を付けてお過ごしください。
ありがとうございました。
また、見て頂ければ幸いです。