初音島物語   作:akasuke

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episode-34「あの時から、きっと」

 

 

 

 

 

 

episode-34「あの時から、きっと」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー、初音くん!」

 

「……藍さん?」

 

放課後。

非公式新聞部 第二執筆室でいつも通り活動した後、彼方は由夢と分かれて自宅へと帰っていた途中でのこと

 

彼方は後ろから呼び掛けられ、振り返ると其処には桜色の髪の同級生が手を軽く振りながら近付いていた。

 

その同級生の名前を呼ぶと、彼女――藍は目を丸くして彼方を見詰めた。

 

 

「おー……彼方くん、何でわたしって分かったの?」

 

右手首にアクセサリー付けたままだったのに、と。

彼方に名前をすぐ呼ばれたことにより、藍は少し驚いた表情を向けて訊き返した。

 

茜と藍は同じ身体に二つ人格がある状態に近い。

どちらが表に出ているかを小恋や杏が判別するため、手首に付けるアクセサリーで茜と藍を分けることにしていた。

茜が表に出る場合は右手首に、藍が出る場合は左手首にアクセサリーを付けることを決めたのだ。

 

この判別方法は彼方にも伝えていた為、アクセサリーを変え忘れたのに茜と思われなかったのが意外だったのだ。

 

 

「藍さんと花咲さんの見分けが付いた訳ではないんですが……」

 

「んーと、当てずっぽう?」

 

近いです、と。

藍の問い掛けに、頬をかき、気不味げな表情を見せながら返答する彼方。

 

彼方の様子に疑問を持ち、そのまま藍が見詰めていると、彼方は観念したかの様に言葉を続けた。

 

 

「その……、基本的に、私に積極的に話しかけて下さるのは花咲さんよりも藍さんの方なので、藍さんかなって」

 

「そ、そうだったかな?」

 

「え、えぇ……ただ、今回は当たってたから良いですが、ちゃんと判別して答えないとですね」

 

反省するような様子の彼方とは裏腹に、藍は少し頬を赤くさせ、上擦った声をあげる。

 

 

――そっ、そんなに……わたしばかり話してたっけ?

 

意識していなかったが、振り返ると姉が彼方に話しかけてた回数は自分の十分の一もない気がする。

 

自分が表に出てる時は杏や小恋の次に彼方に話し掛けに行っていた。

自身で意識してなかった話を彼方から言われたことが、何となく恥ずかしかった。

 

 

「も、もー、その話はおしまい!」

 

「そう、ですね」

 

「えーと……、そうだっ、彼方くんって――」

 

少し恥ずかしくなった藍は、今の話は終わりだとぶった切り、別の話を振る。

彼方もこの話題は続けるのは気不味かった為、少しホッとしながら藍の話に乗っかって話し始める。

 

 

「あぁ、それは――、明後日にしようと――」

 

「そうなんだ、―――」

 

「―――」

 

 

 

――あぁ、なんか良いなぁ。

 

彼方と話しながら、藍は内心で感じた想いを述べる。

 

帰り道での、他愛もない話。

何気ない会話だが、それが嬉しく感じる。

 

何故だろうか。

特に意味はないが考えたとき、すぐに理由がわかった。

 

 

「――そっか」

 

「藍さん、どうしました?」

 

「んーん、なんでもない!」

 

考えていたことで少し会話が止まってしまっていた為、再び話し始める。

 

 

――藍さん、か。

 

藍。自身の名前。

本来の身体である茜ではなく、自身の名前で呼ばれる。

 

表に出ているのが藍なのだから当たり前だって、茜や杏、小恋、彼方は言ってくれるのだろう。

 

 

――みんな、優しいもんね。

 

だけど、名前を呼んでくれる。

自分が藍だと知っていてくれている。

 

それが、どうしようもなく嬉しい。

 

 

――居れるだけで満足だって思ってたはず、なのにね。

 

花咲 藍は、小さい頃に既に死んでいる。

本来はそこで人生は終わる。

 

しかし、姉の願いを魔法の桜が叶え、姉の身体に藍の魂が宿った。

奇跡としか言えない状況。

 

姉以外に自身のことを認識してもらえなくても、たまに表に出れるだけで満足していた。

 

親友の杏や小恋に自身の存在を知ってもらえなくても、話せるだけで小さい幸せを感じていた。

いたはず、なのに。

 

 

 

 

『藍ったら、イタズラばっかりしちゃダメなんだから!』

 

『ごめんねぇ、つい、小恋ちゃんの反応が嬉しくて』

 

イタズラしたのが花咲 茜ではないと認識してくれて。

 

 

 

 

『あら、和食は藍の方が作るの上手なのね』

 

『ほんとにっ? ありがと、杏ちゃんっ!』

 

昔から自分でも少し自信に思っていた、姉とは違う得意料理をわかってくれて。

 

 

 

 

それで。

 

 

 

『いまは私と貴女しかいません。

――だから、本音を聞かせてくれませんか』

 

 

『ほんとは、怖いよ、辛いよ、寂しいよ!』

 

『わたし……っ、ずっと……そばに……』

 

いつか自身が消えてしまう。

もし、そうなっても全然平気だ、大丈夫だ。

 

そうやって強がっていた自分から、本音を出させてくれて。

 

 

『大丈夫ですよ』

 

込み上げた本音を、想いを。

真正面から受け止めてくれて。

 

 

 

 

――我儘になっちゃった。

 

みんながあまりに優しいから。

自身の存在を受け止めてくれるから。

 

もう、藍だって知ってもらえなくても良いなんて、強がれなくなってしまった。

 

 

 

 

こんな幸せな現在になったのは。

してしまったのは。

 

 

 

 

――彼方くんのせい、なんだよ?

 

魔法の桜の記事を書いて。

桜に願ったことを隠さず話してくれて。

後悔しないで欲しいという、自身の想いを伝えてくれて。

 

彼方が切っ掛けで、自身の取り巻く状況が変わった。

 

 

――知ってほしいな

 

何気ない日常が嬉しいことを。

他愛もない日々が幸せなことを。

 

嬉しくて、幸せで、泣きたくなることを。

 

そして。

 

 

――ひとつ。

 

姉に迷惑を掛けてしまう。

わかっているけど。

 

 

 

『ねぇ、藍ちゃん』

 

『どうしたの、お姉ちゃん?』

 

『――あのね、藍ちゃんの想い、我慢しなくて良いからね』

 

『おねえ、ちゃん……』

 

『まだ私は分からないけど、その想いはきっと大切なものだから』

 

 

 

 

――ひとつ、だけ。

 

彼が誰に想いを向けているか、知ってる。

彼方に迷惑でしかない。

 

でも。

 

 

 

『恥ずかしいかもしれませんが、両親や友達に普段は言えない感謝をしたり、想いを告げたりするのも大事なことだと思います』

 

 

 

 

――もうひとつだけ、我儘を許してほしい。

 

これがきっと最後だから。

何もせずに終わりたくなかった。

 

だって。

 

 

だって、後悔したくないから。

 

 

 

 

「よしっ……」

 

何か呟いた後、顔を上げた藍が少し駆け足で彼方の方を見ずに前に出ていく。

 

 

「……藍、さん?」

 

急な行動に、自然と藍の名前を呼び掛けるが、彼方に返事をせずにそのまま前に進み続け、数メートル離れてから止まる。

つい、彼方も足を止める。

 

 

「あのねー」

 

藍が彼方に呼び掛け、そして振り返る。

彼方は藍の表情を見て、少し心臓の音が早くなるのを感じた。

 

 

 

振り返った藍の表情が普段より大人びえて見えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

――私とクリパ、一緒に回らない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一緒に、ですか?」

 

「そーそー!」

 

彼方くんが空いてたらね、と。

花咲 藍は彼方に笑顔を向けながら答えた。

さきほどの大人っぽい表情とは変わっていた。

 

藍の誘いに目を丸くさせながらも、彼方は疑問を口にした。

 

 

「雪村さんや月島さんとは、一緒に回られないのですか?」

 

「あはは、小恋ちゃんは義之にアタックしに行ってるからねー」

 

義之に想いを寄せる小恋。

そんな彼女だからこそ、クリパで誘いに行ってることは納得できた。

 

 

「ね、どうかな?」

 

藍は彼方を見上げ、見詰めながら再度問い掛けた。

 

彼方は、彼女の視線に少し鼓動を早めながら、考える。

 

彼としては、非公式新聞部の活動の支援やクラスの催し以外は特に予定はなかった。

その為、特に問題はないはずだ。

 

それにわざわざ誘ってくれるのは、正直嬉しく感じる。

 

 

――それなのに。

 

藍は同じく桜に願った人ということもあり、

大切な友達だと彼方は思っている。

 

それに。

願いが解け、消えてしまうのは嫌だ、寂しいと。

そう泣いていた彼女に幸せになって欲しいと感じた。

 

 

――それ、なのに。

 

何故だろうか。

 

 

――少し、戸惑っているのは何ででしょうか……。

 

了承の言葉が、何故か戸惑われた。

 

 

「私は、その……」

 

自身でも理由が分からず。

その為、何を言えば良いか思い浮かばず、言葉にならない声を出していた。

 

 

――何に、わたしは。

 

戸惑う理由。

何に対して。

いや、誰に対してだろうか。

 

そう、考えた。

そのとき。

 

 

 

 

 

 

『彼方さんっ』

 

 

 

 

 

 

頭の脳裏に、とある女の子の声が過る。

 

 

――そっか。

 

彼方は、気付いた。

いや、もっと前から、気付いていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

『そんなことないですっ!』

 

『私がどれだけ助けられたと思ってるんですかっ!』

 

 

 

 

 

――そう、なんだ。

 

自身の気持ち。

気付いていたはずだけど、気付いていない振りをしていたのだ。

 

 

 

 

 

『あなたに、救われたんですよっ!』

 

『分かってください! 私はあなたのおかげで、救われたんです! 前も、今も!』

 

 

 

 

 

――わたしは、逃げていたんですね。

 

だって、その気持ちは前世の時にも感じたことないくらい、大きかったから。

 

その気持ちの大きさに、戸惑った。

 

真正面から、自分を必要としてくれたひとを見て。

 

 

 

 

 

 

『あなたのおかげで、わたしは、幸せになったんです』

 

 

 

 

 

 

彼女の涙をみて。

彼女の、言葉を聞いて。

 

あの時から、きっと。

彼女のことが。

 

 

――あぁ、そうか……そうだったんだ。

 

 

「……かなた、くん?」

 

「藍さん、わたしは―――」

 

彼方は、藍に自分の想いを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ペースが空いて申し訳ありません。
そして、読んでいただきありがとうございます。

今回の話を書きながら、何でこんなに昔からD.C.が好きなんだろうかって考えてました。
きっと、真っ直ぐに恋をしてる主人公たちの姿に憧れる気持ちがあるからかなって思います。

周りで女性の友達が失恋して泣いていたとき、悲しい気持ちもありましたが、羨ましいという気持ちもあった気がします。
結ばれなくても、泣けるくらい本気で恋愛できるならそれは良いのかなって少し感じました。

皆さんも誰かを本気で好きになれたら良いですね。
そのときは応援させてください。

脱線しましたが、なるべく更新間隔を狭めるよう努力しますので、また見ていただけると幸いです。

p.s.
少し嬉しかったことがあったので追記を。
今回の投稿で評価をいただき、その名前に覚えがあったので過去を振り返ったら初めの方で感想を下さった方でした。
ありがとうございます!

最初より大分ペースが落ちていたので、それでもまだ見続けていた方が居たのは凄く嬉しかったです。
あらためて、ありがとうございました!

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