初音島物語   作:akasuke

37 / 43
これにて、クリパまでの話は終了となります。
少し、活動報告にアンケートをいれてますので、良かったら見て頂けたら幸いです。

それでは、本編をどうぞ。






episode-36「ふたりのものがたり」

 

「綺麗だなぁ」

 

部屋から見える夜空に浮かぶ満月を見ながら、初音 彼方はひとり呟いた。

 

 

彼方の部屋。

風呂に入り終わり、明日に備えて寝る為に電気を消した彼方であったが、

少し考えたいことがあった為、部屋の窓を開けて寄りかかっていた。

 

 

「もう、明日がクリパなんだね……」

 

クリスマスパーティー。

風見学園での大きなイベント事の一つである。

 

学園祭よりも大きなイベントであり、それなりに準備期間があったからこそ、

その催しの日を迎えるのは感慨深い。

 

そういう思いも少なからずある。

しかし、彼方にとっては他にも大きな意味があった。

 

 

「ほんとに……、もう、そんな時期なんだ」

 

クリパが終わると、その後にすぐに12月が終わり、次の年を迎える。

そうしたら、次に起こるのは―――

 

彼方は、自身のことを振り返る。

 

 

「……後悔しないように、出来たのかな」

 

昔から。

そう、昔から分かっていたのだ。

この時期を迎えてしまうことは。

 

 

『あの桜は、シンデレラに出てくる魔法と同じ様なものだと思うのです』

 

前世の知識だけではなく、実際に生きる今でも、願いは何時か覚めるのだと現実を突き付けられた。

しかし、あの言葉があったからこそ、現在があるのだと心の底から思う。

 

 

『だからこそ、後悔しないように生きなさい』

 

自身の終着地点が見えた。

だからこそ、その終わりまでに自分が精一杯出来ることをやろうと思ったのだ。

 

こんな自分でも、少しは誰かの為になりたいと願って。

前世みたいに、振り返っても何もなかったと思いたくなかったから。

 

 

「楽しかったなぁ」

 

風見学園に入学して。

非公式新聞部に所属し、以前とは違った生活をして。

桜に関する記事を書いて、そこから色んな人と知り合えることが出来て。

 

そして。

 

 

 

 

『あなたのおかげで、わたしは、幸せになったんです』

 

 

 

 

こんな自分でも、誰かを幸せに出来たのだと、言ってくれるひとがいて。

 

もう、十分なのかもしれない。

満足しても、良いのではないのだろうか。

 

そう思う気持ちが無いわけではない。

 

だけど。

それでも一つだけ、やりたいことが出来た。

 

 

「ゆめ、さん」

 

前世でもなかった程に、今でも膨らんでいく想い。

それに気付いた時、彼方は戸惑いもあったが、嬉しくもあった。

こんなにも、誰かを好きになれると思ってなかったから。

 

そして、自惚れかもしれないが。

彼女も、少しは自身に好意を向けてくれているのだと彼方は感じた。

 

だからこそ、明日誘ってしまったことは自分の我儘でしかないのだろう。

 

 

――よくないって、分かってるのにね。

 

彼方は自嘲げに笑う。

 

ずっと、一緒にいれる訳じゃないのに。

楽しければ楽しい程、お互いにとって後が辛くなるだけなのに。

 

わかってるけど。

それでも、誘ったのは、きっと―――

 

 

 

 

 

 

「ごめんね……これで、最期だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

episode-36「ふたりのものがたり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「付属の1年3組でプラネタリウムを作成したので、是非寄っていってください!」

 

「お昼から講堂で軽音部のライブをやるんで、皆さん見ていってくださーい」

 

「おい、聞いたか!3 年3組に行くと、女の子がパジャマ姿らしいぞっ」

 

クリパ当日。

風見学園でも1,2を競うくらいの大イベントということもあり、

学園至る場所がクラスの催しを宣伝する人、売り子をする人、実際に見て回る生徒達で賑わっている。

 

 

「動くなぁ、生徒会よ!」

 

「げっ、もう見つかってんじゃねーかっ」

 

そんな中、風見学園の焼却炉では、他の場所と違い、穏やかではない空気が漂っていた。

その場所には、大人数の非公式新聞部の部員と生徒会メンバーが居り、

中心には高坂まゆきと杉並、板橋 渉の3人が対峙している。

 

 

「ふむ…見つかるのは、もう少し先だと予想していたのだがな」

 

「あんまり生徒会を、私を舐めないことね!」

 

学園祭の時のように甘くは行かないわよ、と。

杉並と渉に指を差し、まゆきはニヤリと笑みを浮かべながら強い口調で喋る。

 

そんなまゆきに対し、渉は顔を青くさせながら慌てた様子を見せるが、

渉とは違い、杉並は飄々とした様子のままであった。

 

 

「まったく、我々を邪魔するヒマがあるなら、少しは周りの様にデートの一つでもしたらどうなのだ?」

 

「お生憎様…私はね、自分より強い男じゃないとデートしないのよ」

 

「ま、まゆき先輩やべー……それじゃあ、一生誰とも付き合えないんじゃ」

 

「か、よ、わ、い、私に対して、何か言ったかにゃーん、板橋?」

 

な、何でもないですと。

笑顔なのに先ほどよりも圧力が増した副会長の姿に、渉は勢いよく顔を横に振り続ける。

そんな渉の表情を見て満足したのか、一旦圧力のある笑顔を向けるのをやめた。

 

 

――まあ、全くしたくないわけじゃないんだけどねー、デートとか。

 

まゆきは、内心にて自身の本音を述べる。

彼女自身、まったく恋愛に興味が無いかと言われると嘘になる。

クリパとか遊園地とかでの女の子らしいデートとかはやはり憧れるのだ。

 

ただ残念ながら、まゆきとしては好きな男性っていうのが居ないのである。

強いて気になる男性を挙げるとするなら、弟くん―桜内 義之くらいだろうか。

 

 

――その弟くんを大大大好きなお姉ちゃんが居るから、可能性はないけどにゃー……。

 

自分の相棒と呼ぶべき会長―音姫が居るから、義之と付き合うとかは絶対ないだろうなと改めて思う。

そして、音姫を思い出したからか、先ほど見掛けた女生徒のことが頭を過ぎる。

 

 

――妹ちゃんは、幸せそうにデートしてたなー。

 

生徒会の面々を率いて焼却炉へ向かう際、校庭にて音姫の妹――由夢の姿を見掛けた。

ひとり、または女友達と一緒ではなく、男子生徒と一緒に露店を巡っていたのである。

 

デートだ、あれは絶対デートだ、と。

まゆきは彼女らの様子を見て分かったのだ。

最初は少しくらい冷やかしにでも行こうかな、なんて意地の悪いことも考えたまゆきであったが。

 

 

『その……いつか、想いを伝えられたらなって』

 

以前に由夢が非公式新聞部の仮部員という話を聞きつけ、問いただした時。

その際に、彼女から聞いた事情聴取、もとい惚気話と表情を思い出した為、すぐに行動するのを止めた。

邪魔しちゃいけない場面だと理解したからだ。

 

 

――ま、クリパが終わってから、結果を聞くらいは罰当たらないわよね。

 

独り身である自分に、少し糖分を分けて貰うくらい許されるだろう、とまゆきは考えた。

 

さて、と。

まゆきは内心で考えていたことを一旦止め、目の前の人物達に改めて目を向ける。

 

 

「わたし達は楽しい楽しい追いかけっこの時間よ、さあ覚悟しなさい!」

 

「くそーっ、俺はもっと恋愛的なイベントが欲しかったー!」

 

まゆきの言葉に嘆く渉を他所に、彼女は後ろに並ぶ生徒会の面々へ一度振り返り、そして対峙する者達へ指を差して告げる。

 

 

「さぁ、みんなっ、全員をとっ捕まえるよっ!」

 

「「「「おーっ!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、す、杉並、これどーすんだよっ!」

 

「ふむ……板橋よ、プランDだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おうっ……って、えっ、待てよ、杉並! それって、俺が囮に――ぐわあああああっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「あら、貴方が桜内 義之さま、なのですね」

 

「え、えぇ……そうですが」

 

よかった、と。

両手を合わせ、嬉しそうな表情で此方を見てくる女性に対し、桜内 義之は困惑していた。

 

 

風見学園付属2階の廊下。

音姫に頼まれ、義之は生徒会の手伝いとして各クラスで何か問題が起きていないか巡回していた。

 

その最中のこと。

義之は困った様子でパンフレットを見ている女性を見掛けたのだ。

 

音姫の祖父である純一と同じくらいの年齢だろうか。

黒髪の、着物姿の女性がパンフレットと周り場所を交互に見ており、どこか行きたい場所があって迷っていると思った。

現在は生徒会の手伝いとして活動している為、義之はその女性に声を掛けたのだ。

 

 

『あの……どこか行きたい場所があれば、お教えしますが』

 

『あら、ありがとうございます。 あの…、行きたい場所なのですが―――』

 

彼女が行きたい場所を聞き、義之は内心驚いた。

なにせ、その女性が伝えてくれた場所が自身のクラスだったのである。

 

場所は分からない筈がない為、そのまま義之は女性をクラスまで案内することにした。

 

 

『誰か、ご家族が3年3組にいらっしゃるんですか?』

 

一緒に向かう中、疑問に思ったことがあったので、義之はその女性へと質問をする。

義之のクラスがクリパで行っているのは、SSP―セクシー寿司パジャマパーティーである。

普通であれば、そんな催しは男ならともかく、女性としては興味がないはずだ。

 

それなのに目的地が自身のクラスであった為、身内が生徒に居るのではないかと思ったのだ。

ただ、彼女の答えは義之の予想とは外れていた。

 

 

『いえ、違うのですが……一度、お会いしたい方が居るので』

 

『そうなんですね。 ちなみに、その人の名前は何て言うんですか?』

 

彼女の口から告げられた名前に、義之は目を丸くする。

そして、そのまま彼はその女性に向けて言葉を返したのだ。

その名前は俺です、と。

 

そして、場面は冒頭に戻る。

 

会いたい人物が自分であることに義之は驚きながら、その女性を見る。

頭の中の記憶を掘り起こそうとするが、会った覚えがないため、戸惑った。

 

その様子をみて、その女性は、失礼しましたと言葉を添えてから、

義之に向けて続けて言葉を掛けた。

 

 

「ご挨拶が遅れましたが、私は胡ノ宮 環と申します」

 

「胡ノ宮さん、ですか……」

 

珍しい苗字だと、義之は思った。

彼女自身の名前を聞いても義之としては、彼女が誰だか分からなかった。

しかし、「胡ノ宮」という単語と場所は聞き覚えがあった。

 

 

「その、もしかして、近くの胡ノ宮神社に関係されている方、ですか?」

 

「えぇ、その通りです」

 

聞くと、胡ノ宮神社の神主であるということが分かった。

そして、義之はそこまで聞いて理解した。

 

 

「あの、由夢がよく神社に行ってるみたいで…その、お世話になってます」

 

「ふふ、由夢様はよく話相手になってくださるので有り難いです」

 

頭を下げる義之に、環は嬉しそうな表情のまま言葉を返す。

 

そう、義之は芳乃家の食事中に、由夢から話を聞いていたのだ。

胡ノ宮神社にたまに寄っていると。

神社は年末年始以外は行かない為、由夢が通っていることに少し疑問はあったが、

目の前の人の様に穏やかな女性が居るから話に行ってたのだと理解した。

 

 

「なるほど、それなら由夢が俺のことを何か言ってたんですね」

 

悪口とか言ってないだろうな、と義之が心配する中、環は彼の言葉を否定する。

由夢から聞いて会いたかったのではない、と。

 

更に環は言葉を続けた。

大切な友人から息子であるアナタ様のことを聞いたのであると。

 

 

――友人……、息子……それって。

 

息子ってことは、その友人は親ということで。

それを考えたとき、自身にとって母だと思う人のことが頭を過ぎる。

そして、ほぼ間違いないと思いつつも、環に義之は問い掛ける。

 

 

「あの……、それって……さくらさんのこと、ですよね?」

 

「ふふ、そうです。 色々とさくら様からお聞きして、一目見たかったもので」

 

環の返答に対し、顔が熱くなるのを感じながらも内心で今居ない人物に叫ぶ。

 

 

――さ、さくらさん、俺のこと何て言ってるんですかっ!?

 

いや、聞かない方が良いのだろうと思った。

多分、聞いたらもっと恥ずかしくなるやつだと。

 

 

「聞いた通りの、素晴らしい殿方でした」

 

「い、いや…その…………あははは」

 

環の言葉に乾いた笑いを返すしか出来なかった。

というよりも、穴があったら入りたいほど、羞恥心が高まっている。

 

最近、素直に自身の思いを告げれたことで、さくらが一層笑顔が増えたと思う。

それは凄く嬉しい。

その気持ちは変わらないのだが、正直、照れるのだ。

 

周りに言っているという話が分かり、環以外にも言っていないだろうかと不安になる義之であった。

 

 

「あら、あれは―――」

 

恥ずかしく少し俯いていたが、環の言葉を聞き、顔を上げて彼女の方を見る。

すると、環は窓越しに下の方を見ていたので視線を向ける。

 

 

――あれは、由夢と初音か。

 

見覚えのある二人が一緒に歩いている姿が目に入ってきた。

 

一瞬驚いた義之であったが、同時にその光景に納得の気持ちもあった。

学園祭での講堂の様子は少しだけだが見ていたのだ。

だからこそ、二人が並んで楽しそうに話している姿は違和感がなかった。

 

由夢のやつ、楽しそうですね、と。

環に話しかけようと思い、彼女へ振り返り、そして驚いた。

彼らを見る表情がが、思ったよりも真剣であったから。

 

少し戸惑いながらも、義之は話しかける。

 

 

「胡ノ宮さん、どうかしましたか?」

 

「―――いえ、何でもないです」

 

何でもないと義之に告げた後、ただ、と環は言葉を続けた。

 

 

「やはり、由夢様はとても心の強い方だと、再認識しただけです」

 

環の言葉に疑問が更に深まる義之を他所に、環はもう一度由夢を見詰め、そして呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――頑張ってくださいね、由夢様。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「あ、これは……雪、ですね」

 

ホワイトクリスマスですね、と。

ゆっくり舞い落ちる雪を見上げながら彼方は呟いた。

 

 

風見学園の屋上。

各クラスや校庭など気になる催しを二人で回った後、

由夢が最後に行きたい場所があると彼方に伝え、向かった先がここだった。

 

普段なら誰かしら人が居たりするのであるが、クリパの終わりかけである為か、

屋上に居るのは彼方と由夢の二人のみであった。

 

 

――楽しかった。

 

舞い落ちる雪を見上げながら、

彼方は今日由夢と一緒に居た時間を思い出す。

 

 

 

『こ、このたこ焼きカラシたくさん入ってます……』

 

露店のロシアンたこ焼きを間違えて買い、

大量のカラシ入りを食べてしまって涙目になる由夢の表情。

申し訳ないけど、少し可愛いと思って。

 

 

 

『か、かなたさんは見ちゃだめですー!』

 

『えーっ、このお気に入りのパジャマ見て貰いたいのになぁ』

 

義之のクラスの催し―セクシー寿司パジャマパーティーに行ってしまい、

色気のある茜のパジャマ姿を必死に彼方の視界に入れないように慌てる由夢の姿。

嫉妬に近い感情を浮かべてくれることに、喜びを感じて。

 

 

 

『もう、これ絶対、杉並先輩かかわってますよね』

 

盆踊りの音頭が全体の放送に流れるのを聞きながら、

せっかくのデートなのに、と小声で呟き、頬を膨らませる由夢。

そんな彼女を愛おしく想ってしまって。

 

 

 

――ほんとに、楽しかった。

 

色んな場所を由夢と二人で一緒に回って。

笑って。怒って。楽しんで。

 

そんな由夢の様々な表情や仕草を、目に焼き付けることが出来た。

 

 

――だから。

 

彼方は思う。

もう、十分だと。

 

 

 

「彼方さん」

 

大きい声ではない。

しかし、彼女の声は静かな屋上に響き渡った。

 

彼方は声がした方向へ視線を向ける。

そこには、こちらを優しげな表情で見つめる、由夢の姿があった。

 

 

「彼方、さん」

 

もう一度、由夢は彼方の名前を呼ぶ。

その声は、何だか柔らかく感じて。

もっと呼ばれたいって思ってしまう。

 

 

「かなた…さん」

 

由夢の、名前を呼ぶ声。

その声の優しさに。柔らかさに。温かさに。

彼女が、次に言うことがわかってしまった。

 

 

 

「彼方さん、私……彼方さんのこと――」

 

だからこそ、それを全て言わせちゃダメだと思った。

 

だって。

だって、それを聞いたら。

このあとに、自分が言えなくなってしまうから。

 

 

「嬉しいです」

 

全てを言わせたくなかったから、遮った。

でも、遮った言葉は、彼方にとって掛け値ない本音だ。

 

ほんとは、全部聞きたい。

そして、こちらも伝えたい。

 

でも。

 

 

「でも、ごめんなさい」

 

自身が想いを自覚した、その時から。

彼方は、ずっと考えた。

 

自身と由夢の両方にとって、

後悔しない為にはどうするべきなんだろうって。

 

考えて。

必死に、考えて。

自分なりに考えた結果、彼方は決めた。

 

 

「その気持ち、答えてあげられないです」

 

由夢に伝えるのだ。

魔法の桜が枯れるのだと。

――私の叶った夢が、もうすぐ解けてしまうのだと。

 

 

「だって――――」

 

たとえ結ばれても、満足するのは自分だけで。

取り残されたひとは辛いはずだから。

 

悲しませない為には、これが一番だと思った。

 

だから。

彼方は、由夢に伝えようとした。

 

 

 

 

 

 

 

「――桜、枯れるんですよね」

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……」

 

だからこそ、由夢の言葉に頭が真っ白になった。

 

そんな彼方を見つめながら、由夢は寂しそうな笑顔で更に言葉を続ける。

 

 

「知ってました」

 

だって、この場面を夢で見ましたから、と由夢は告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呆然とした表情の彼方をみて、由夢は少しだけ満足した。

彼方は分かるはずがないが、彼女にとって言葉を遮ったのは、小さい仕返しなのだ。

 

今日を凄く楽しみにしていたのに、悲しい夢を見させられたのだから。

 

 

――起きてから、凄く泣きたくなったけど。

 

胸が締め付けられるように感じて。

泣きたくなって。

 

しかし、由夢はその予知夢をみて、はいそうですかと諦められなかった。

諦められる程の小さな想いでは、なかったのだ。

 

それに。

 

 

――彼方さん、私の為に……言ってくれたんだよね

 

夢だけではない。

出会ってから、彼方の側で、隣で、彼を見てきたのだ。

彼が気遣って言ってくれた言葉なんだって、分かった。

 

それを分かることが出来たのが、由夢は嬉しかった。

 

 

――だからこそ。

 

全てを伝えなければいけない。

そう、思った。

 

わたしの想いをすべて、と。

 

 

 

 

 

 

「彼方さんのことが、好きです」

 

 

 

 

 

 

「由夢、さん……」

 

先ほど、彼方に伝えようとして遮られた言葉。

まず最初にこの言葉は伝えたかったのだ。

 

 

「彼方さんに言ってなかったんですが、私も魔法の桜に願いを叶えてもらったんです」

 

学園祭の後のこと。

義之との話を切っ掛けに、由夢は自身が昔に願い、そして叶えてもらっていたことを知った。

 

 

「それは、幸せな未来を見たいっていう願いでした」

 

自身が見る予知夢は、誰かの不幸な場面で。

その予知夢を覆すことが出来なかった。

だからこそ、自分は不幸ではなく、幸せな未来を夢で見たいと願っていた。

 

 

「その夢が―――彼方さんとの一緒にいる未来だったんです」

 

「わたしとの……?」

 

「はい、彼方さんと出逢って、部員として側にいて――そして付き合う姿も見ました」

 

断片的であったが、彼方と出逢ってからの場面を夢として見るようになったのだ。

その夢は、彼女にとってどれだけ救いになったのか、きっと彼方には分からないだろう。

 

 

「その夢は、その時の気持ちも一緒に感じるんです」

 

普段の予知夢はあくまで場面をフィルター越しで見るようなものである。

しかし、彼方が出てくる夢は、その時に一緒にいる由夢自身の気持ちや想いも感じることが出来たのだ。

 

嬉しいという感情。

もっと側にいたいと感じる想い。

全部、ぜんぶ感じることが出来た。

 

 

「こういう気持ちを未来の私が抱くんだって思ったら……彼方さんにいつ逢えるんだろうって、ずっと考えてました」

 

いつ逢えるのだろう。

もう少し先かな。

それとも、もうちょっとしたらかな。

早く、その時が来ないかな。

早く、逢いたいな。

 

そうやって由夢はたくさん彼方のことを考えるようになっていた。

 

 

「わたしは彼方さんに、あなたに、逢うことを夢見ていました。 そして―――」

 

――あなたに逢う前から、あなたに、恋をしていました。

 

そう、これが彼方に逢うまでのこと。

そして、本当に伝えたいのは此処から。

 

 

「実際に逢って、夢じゃなくて直接話して、もっと彼方さんを知ることが出来ました」

 

あくまで夢は部分的なものでしかない。

全部を見れるわけではなかったからこそ、

由夢は側にいて、彼方のことをもっと知ることが出来た。

 

それだけではなく。

 

 

「彼方さんは、私の予知夢は覆せるものだって、証明してくれました」

 

魔法の桜に叶えてもらった願いではなく。

生まれてからあった、自身の不思議な能力。

 

そちらの見る夢は、不幸な未来は、覆せないのだって諦めてた。

そんな、半ば諦めていた予知夢を変えてくれた。

 

それが、どれだけ嬉しかったか。

どれだけ、彼方に感謝したことか。

 

そうやって夢以外の彼方を見て、知って。

 

 

「わたしは、もう一度、彼方さんのことが好きになりました」

 

学園祭で未来を変えてもらった後。

魔法の桜が見せてくれていた夢と実際に少しずつ変わっていった。

やはり、幸せな未来もあくまで可能性のひとつで。

その未来も覆ることがあるのだって理解した。

 

でも。

それでも不安にならなかったのは、魔法の桜に誓ったからだ。

見せてもらった夢よりもっと幸せになってみせるから、と。

 

 

だから―――

 

 

「桜がもうすぐ、枯れるんだとしても……大好きです」

 

彼方が伝えたいことは、分かってる。

魔法の桜が枯れるということは、願いもなくなってしまうのだって。

願いが解けてしまったら、彼方は―――

 

それでも、由夢の想いは変わらなかった。

 

 

「枯れることを理由に、わたしを振らないでください」

 

本当に嫌いなら、そう言って欲しい。

 

でも、そうじゃなくて。

枯れるから、願いが解けるから。

それを理由にして、振らないで欲しい。

 

もし、嫌いじゃないなら。

自分のことを想ってくれるなら。

 

 

「桜が枯れるまでの時間を、わたしにください」

 

由夢の身体が小刻みに震える。

透明な雫が、大きな瞳に溜まっていく。

 

本当は今すぐにでも泣きたい。

でも、全部伝えるまではと、由夢は必死で我慢する。

 

 

「そして、約束してください」

 

これは、由夢にとっての願い。

そして、我が儘。

 

 

「たとえ桜が枯れても、わたしの隣にいてください」

 

願いが解けたとして、彼方自身が出来ることはないかもしれない。

それは理解してても、あえて口にしたのは諦めて欲しくなかったから。

 

そして、もう一度、不幸な未来を彼方に覆して欲しかったから。

 

 

「じゃないと――――」

 

 

 

 

 

 

「―――わたし、ずっと、独り身になっちゃいますからね」

 

言った後、由夢の瞳に溜まった雫が零れてしまっていた。

もう、我慢できなかったのだ。

 

ただ。

我慢する必要なんて、なかったのかもしれない。

 

何故なら、彼方も同じように瞳から零れてしまっていたから。

 

 

「そっかぁ…………」

 

憑きものが落ちたかのように、彼方は笑った。

 

 

「それじゃあ、頑張って生きないと、いけないね」

 

すべての想いを告げてくれた少女に、彼方は告げる。

 

 

「……由夢さん」

 

「は、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい」

 

「えっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あなたのことが、大好きです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最初書き始めたときは、クリパまでこんなに長く書くつもりはなかったです。
でも、好きなキャラクターたちの物語を描きたくて思いのままに書いていたら、この話数になっていました。

ここまで初音島物語を読んでいただき、ありがとうございました。

さて、次の話に入る前に、1話だけ物語を挟みたいと思ってます。
ただ、描きたい小話が多かったため、どの物語を読みたいと思ってもらえるか、活動報告にアンケートを記載してます。

もし良かったらアンケートにご協力頂けたら幸いです。

ありがとうございました。
また、見て頂けたら幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。