「さて、いろいろと興味深い事柄が多いが――」
どれから調べたものか、と。
杉並は、自身が手に持つメモ帳を見ながら何となしにつぶやいた。
非公式新聞部 第二執筆室。
魔法の桜について彼方に聞きに来た義之が去り、残った面々での話も一区切りが付いた後のこと。
「それは、魔法の桜についてですか?」
「まぁ、そうだな」
杉並がつぶやいた言葉に、彼方は見ていた資料から顔を上げ、杉並に確認するために問いかけた。
彼方の問いに、頷きながらも更に言葉を続ける。
「具体的には、二度目に咲いた方のことだな」
杉並が言う二度目に咲いた方とは、魔法の桜が二回目に咲いたと言われる、2004年の夏に咲いた桜のこと。
「その二回目の桜については調査資料も少ないですよね、何ででしょう?」
「期間が短く、それに願いが叶ったという報告がなかったからでしょうかね」
「まぁ、そういう意味で言えば、厳密には魔法の桜とも枯れない桜とも言い難いのだがな」
由夢のふと口にした疑問に、彼方と杉並が答える。
そう、魔法の桜とは言うものの、二回目の桜では願いが叶ったという報告は当時なかった為、厳密には魔法の桜とも枯れない桜とも言い難いのが実情である。
咲き始めた理由すら分からない為、詳しく調査しようにも調べようがなかったのだろう。
杉並は自身の推測も含め、そう述べる。
「んじゃあよ、調べようがないんじゃね?」
「少なくとも、文献だけでは中々手が折れそうですね」
渉の意見に、彼方が肯定しながら悩む仕草を見せる。
――んー……、あっ!
「それなら、二回目の桜について、当時を知る人に聞いてみたら良いんじゃないでしょうか?」
そんな彼らを見ていた由夢が思いついた内容を述べる。
二回目の桜に関する文献が少ないのであれば、当時を知る人に聞けば良いというのは正しいであろう。
そして、二回目の魔法の桜が咲いた当時を知る人間がいるのか。
必ず覚えているかは分からないが、聞く候補の人物を由夢は既に思いついていた。
「ウチのおじいちゃんもですし…それに胡ノ宮神社にこの後に行こうと思ってたので、環さんに確認してみます!」
「なるほど、それであれば私にも当時について知っていそうな人物が居るので聞いてみますね」
由夢の言葉に、彼方も心当たりがあったのか当時のことを聞きに行く、と言葉を告げた。
そんな二人の言葉と様子を見て、渉は不思議そうに由夢と彼方に言葉を掛ける。
「なんだ、杉並だけじゃなく、初音たちも二回目に咲いたっつう魔法の桜を調べんの?」
「まぁ、もともと二回目の魔法の桜は気になっていたものですし――」
「それに、兄さんが二回目の桜に反応してたのも気になりますからね」
彼方の言葉に続けて、由夢も自身の気持ちを述べた。
彼方も由夢も義之の去り際の様子が気になっており、彼が反応していた二回目の桜を調べようと思ったのである。
杉並も同じ理由だろう、という彼方の視線に、杉並は言葉の代わりに肩を竦める仕草を見せた。
「それで、杉並先輩は何から調べるんですか?」
同じく魔法の桜を知っていそうな人物に確認しに行くのか、という由夢の言葉に杉並は少し考える様子を見せてから答えた。
「ふむ……朝倉妹や初音が桜を調べるのであれば、俺はこちらを調べるとしよう」
杉並がこちらと言いながら視線を向けたのは、自身のメモに挟んでいた『誰が朝倉純一の恋人になるかトトカルチョ』という用紙。
具体的には、その用紙に書かれている人物について。
「先ほど述べていた『アイシア』という人物について、ですか?」
「あぁ……、叔父上のメモがやはり気になってな」
杉並の叔父が残していたメモ。
それは、『アイシア』という知らない人物を何故書いたのか、そして何故知らない人物に対して何票も投票されているのか、という内容である。
「何か意味深って感じはするけどよ、そいつは魔法の桜に関係してんのか?」
「さてな。 しかし、魔法の桜と同じ時期に残していたメモだ」
直接的に魔法の桜と関連している保証はないが、時期が同じということに何かしらの意味を見出したのだ。
それだけで調べる価値はある、と杉並は述べた。
「その杉並の叔父に聞くのか?」
「叔父上は身を隠しているし、連絡手段がないからな……それには時間が掛かりそうだ」
いや、お前の叔父は何者だよ。
その渉のツッコミにはスルーし、杉並は彼方たちに言葉を告げた。
「俺は当時の在校生のリストを当たってみるとしよう、『アイシア』という人物が少なくともこの時期には在席していた可能性がある」
トトカルチョの用紙を見る限り、恋人候補で挙がっていた人物のほとんどが風見学生の生徒である。
だからこそ、『アイシア』という人物が在席していた可能性が高いと推測したのだ。
「そっか、じゃあ俺は杉並と一緒に着いてくとするかな」
「板橋先輩も調べるんですか?」
「暇だしよ……それにダチが何か悩んでんなら力になってやりてーじゃん」
何でもないように告げる渉に、彼方と由夢は感心するような表情を見せた。
「それじゃ、早速調べにいきましょうか」
由夢と彼方は、当時を知る人物のもとへ。
杉並と渉は、『アイシア』という謎の人物を調べに。
彼らは、執筆室を出て調査に赴くのであった。
episode-41「そうだと、嬉しいな」
「やっぱりこの時期は寒いよねー」
「そうね、厚着しても芯が冷えてる気がするわ」
花咲 茜の言葉に、雪村 杏は自身の身体を抱きしめながら言葉を返した。
茜と杏、そして月島 小恋の三人―通称、雪月花の三人は商店街にショッピングに訪れていた。
ショッピングとは言っても用事はある訳ではなく、三人で集まりたかったからウィンドウショッピングでも行こう、という話になったのだ。
途中で小恋が買いたい本があるということで、書店に入った小恋を茜と杏が外で待っていたのであった。
「杏ちゃんは抱きしめたくなるくらい身体が小さいもんねー」
「茜のナイスバディーな身体が羨ましいわ」
そう言って茜が杏を抱きしめる。
そういうスキンシップに慣れている杏は特に気にせずに言葉を返した。
そして、杏の言葉に茜はからかうような表情で彼女に告げる。
「このナイスバディーな身体は、男は魅了出来ても寒さには意味ないんだよねー」
「……同じ身体の妹は、好きな男の子を魅了出来なかったみたいだけど」
「ちょ、ちょっとー!」
杏の言葉に、茜は――いや、藍は頬を膨らませて彼女に詰め寄った。
杏は彼女の様子から、茜から藍に意識が切り替わったのをすぐに察する。
「傷心中の親友にひどくないー?」
「バカね、冗談が言える状況にまでなったのが分かってるから言ってるのよ」
ぶぅ、と。
杏の言葉に怒ってるんだぞ、というアピールをしながら藍は杏の頬を軽く伸ばした。
その藍の表情や様子から本気で怒ったり傷付いたりしていないのは分かる。
――まぁ、流石に気にしてたらからかうつもりはなかったけどね。
杏は内心でつぶやく。
藍や小恋が傷心していたのは目にしていたが、クリパ後の雪月花によるお泊まり会である程度は気を取り戻したのは知っていたのだ。
だからこそ、こうやってネタにしてとっとと新しい恋を見つけて欲しいと思った杏であった。
「ごめん、おまたせー!」
そんなやり取りをしているウチに、書店から買い物を終えた小恋が戻ってきた。
「もう、小恋ちゃん遅いよー!」
「ごめんごめん、来てみたら買いたい本の新刊が何冊かあったからさー」
藍の言葉に、小恋は本が入っている袋を見せて謝る。
別に藍もそこまで怒っていないから表情を戻し、袋に視線を向ける。
「買った本って、少女漫画かな?」
「う、うん、そうだよ」
袋から少し出して、小恋は藍に表紙を見せる。
藍はその漫画は見たことなかったが、それぞれ違う作家の作品なのは分かった。
「小恋ったら相変わらず少女漫画が好きよね」
「そ、れ、に、恋愛ものばっかりねー」
杏と藍のからかいを含めた言葉に頬を膨らませてつつ反論する小恋。
「べ、別に面白いんだから良いでしょー!」
「そういえば、小恋ちゃん家にもたくさん少女漫画あったもんねー」
杏の家に茜や小恋、義之たち一行が訪れて以来、雪月花の三人はそれぞれの家に頻繁に遊びに行くようになった。
その中で小恋の家にも遊びに行ったのであるが、部屋の棚に少女漫画がびっしり埋まっていたのを思い出したのだ。
そして、藍は先ほどの漫画の作家の名前でひとつ思い出した。
「そういえば、さっき見た漫画と同じ作家の名前、小恋ちゃんの部屋にたくさんなかった?」
「あ、珠川彩子先生のこと?」
藍の疑問に、小恋が袋の中から漫画を一冊取り出して藍と杏に見せた。
その表紙には、作家の名前として『珠川彩子』という名前が記載されていた。
「その作家は有名なのかしら?」
「うん、昔から少女漫画をいっぱい描いてて賞もたくさん受賞してるんだよー」
余程その漫画家が好きなのか嬉しそうに小恋が述べる。
その様子を不思議そうに見る二人に、小恋は照れた表情で言葉を続ける。
「あのね、この作家さんの漫画、お母さんやお婆ちゃんも昔から好きなんだ。 だから、思い入れが強くて」
「……そう、いいんじゃないかしら」
「ふふ、何だかいいねー、そういうの!」
照れながらも嬉しそうに笑う小恋に、杏と藍も嬉しそうに笑うのであった。
――――――――――――――――――
そんなやり取りの後、引き続きウィンドウショッピングと称して雪月花の三人は他愛ない話をしながら服やアクセサリーを見ながら商店街を回っていた。
そして、商店街も終わりに差し掛かった頃。
「……あれ、あそこで何をやってるんだろう?」
小恋が不思議そうに呟いた言葉を聞き、藍が彼女が顔を向ける方に視線を向ける。
そこには商店街の片隅で銀髪の少女がシートを敷いて、手作りの玩具を並べている姿があった。
「フリーマーケット…かな?」
「あんな端でやるのも珍しいわね」
藍と杏も小恋と同じように疑問を抱きながら思い思いの言葉を述べる。
初音島では年に数回、大々的にフリーマーケットが開催される。
その際には多くの人々がシートに服や小物などを並べて売るのを目にするが、単独では中々に珍しい。
一人でやる場合は目立ちそうな気もするが、商店街の片隅であるからか、彼女の前に人が立ち止まる様子は見受けられなかった。
「ねぇ、行ってみてもいい?」
「えぇ、構わないわよ」
「良いよー! それに、年齢も近そうだしね」
小恋の願いに藍も杏も同じく興味あった為に頷き、シートに座る銀髪の少女のもとへと向かった。
「――あ、いらっしゃい!」
小恋たちが近付くと人の気配を感じたのか顔をあげ、最初に驚いた様子を見せた後に、笑顔でそう言葉を述べた。
――わぁ、綺麗なひと。
藍は彼女の容姿を見て思わず内心でつぶやく。
銀色の、綺麗なアッシュブロンドの髪。
北欧の出身なのか顔は白く、美人と言える顔立ちだ。
隣の小恋も同じように思ったのか、キレイと小さく言葉を溢していた。
「おもちゃを売っている……のかしら?」
そんな藍と小恋の様子を見て、杏が前に出て銀髪の女の子に尋ねる。
すると、女の子は頷き、言葉を返した。
「そうだよ、手作りのおもちゃを売ってるんだー」
あらためてシートを見ると、そこに並べられているおもちゃは木製であり、動物や人の形、他にも積み木などがあった。
「クリスマス前に売った方がよかったんじゃない?」
その並ぶおもちゃを見て、杏がつぶやく。
彼女の言葉に、藍も内心頷く。
そこまで長く居た訳ではないが、女の子が座るシートに誰かが立ち止まる様子はなかった。
しかし、クリスマス時期であればもう少しは人が寄ってくるのではないかと考えたのである。
それに、と藍は銀髪の女の子を改めて見る。
その女の子の服装は上下赤い色をメインとして白色も少し入っている。そして、髪は緑色のリボンを後ろで結っている。
――色だけ見ると、サンタさんだしね。
赤、白、緑。
その色合いはサンタクロースを連想させるものがあった。
「あはは、実はクリスマス前にも売ってたんだけど……」
「……売れなかったのかしら?」
「そう、なんだよー」
北欧とかだと子供たちがたくさん来てくれたのに、と。
銀髪の女の子はそう言いながら、がっくりとした様子を見せた。
そして、落ち込みながらも言葉を続ける。
「もう少し初音島に居るつもりだから、売って稼ぎたくてね」
「あれ、私たちと同じように学生じゃないの?」
「んーん、違うよー」
聞くと、既に学園は大分前に卒業しているとのこと。
そして今は色んな場所を旅をして周っているのだという。
「何だか、格好いいわね」
「うんうん、素敵だなーって思っちゃうよ」
「あはは、そんなでもないよー」
杏と藍の言葉に、苦笑いしながら言葉を返す少女。
そして、そんな中で小恋の声がしなくなったのが気になり振り返ると、何やら銀髪の女の子を見ながら考える様子の小恋が居た。
「小恋ちゃん、どうしたの?」
「んーとね、どっかで見たような気がして……あの、すみません!」
小恋は銀髪の女の子に近付き、そして問いかける。
わたしと会ったことないですか、と。
それを聞いた銀髪の女の子はキョトンとした表情を見せた後、首を横に振った。
「うーん、会ったことないと思うなぁ」
「そっかぁ。 見覚えがあるのは、勘違いかなぁ」
多分ね、と銀髪の女の子が答えた。
その様子から、小恋に見覚えがないことが分かる。
そして、更に彼女は言葉を述べた。
「それにね、わたし……もし会ったことあっても覚えてもらえないと思うな。 だって――」
――わたし、記憶に残らないタイプの人間だから。
笑いながら、銀髪の女の子はそう告げたのだ。
「え、もう、やだなぁ!」
そんなはずないじゃん、と。
冗談と捉えた小恋は、女の子に笑いながら返す。
確かに、その容姿は目立つし印象に残る。
だから小恋が冗談と捉える気持ちは藍にも分かる。
でも。
――本気で言ってたように見えたのは気のせい、かな?
銀髪の女の子が笑いながら言ったとき、同時に悲しそうな響きがあった。
冗談っぽく言ってはいたが、藍には本音を述べたように感じられたのである。
それは、今まで茜以外に存在を知られずに長い間過ごした藍だからこそ感じられたのかもしれない。
「――ねぇ」
そして、人の気持ちを察するのが美味いもう一人の親友も、女の子の言葉に何かを感じたのだろうか。
杏は銀髪の女の子に、言葉を掛けた。
「これでも私ね、今までのどんな細かいことも記憶に残ってるの」
それは、親友たちは既に知っている杏の叶えた願い。
一度見たり聞いたりしたことを完全に記憶し、忘れないという願い。
「だからね、大丈夫よ」
大丈夫。
だから、安心して欲しい。
「――わたしは、あなたのことは忘れないわ」
銀髪の女の子は、杏の願いを知らない。
でも、気持ちは伝わって欲しいと。
そう思いながら杏は女の子に言う。
「あはは、そっか……それなら、嬉しいなあ」
ほんとに、嬉しい。
そう話す女の子は、表情は笑っているのに、泣いているように見えた。
読んで頂きありがとうございました。
D.C.4や過去作品全部入りのD.C.アーカイブの発売が近付いていくことに日々嬉しさが高まっております。
未来に思いを馳せつつ、アニメオリジナルのストーリーであるD.C.S.Sを今わたしは最初から視聴し始めています。
ことりファンからはD.C.S.Sの話は止めるんだと言われてしまうのですが、個人的にはまた見て欲しいと思ったりしてます。
見ていて分かったのですが、D.C.IIIを匂わす話題もこの段階で言ってるんですよね。
その中で、さくらと純一の会話の一部を抜粋します。
『ロンドンの魔法学校…アイシアのことを考えてたら思い出したんだ。 お婆ちゃん、そこで北欧から来た女の子と大の親友になったんだって』
『北欧?』
『うん。 魔法学校を卒業して、それぞれの国に帰って二人とも女の子の孫が出来たって言ってたから。
それがきっと、僕とアイシアなんじゃないかな?』
どうでしょう?
今だからこそ楽しめる作品でもあります。
良かったら見て欲しいと思います。
ありがとうございました。
また見て頂ければ幸いです。