初音島物語   作:akasuke

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アイシア編
前回までのあらすじ。

朝倉 義之は、他人の夢を見た。
魔法の桜に願った所為で誰かを不幸にしてしまった、と悲しむ女の子の夢を。

義之は気になり、魔法の桜について詳しい彼方や由夢たちに聞きに行き、その夢で見た光景は二回目に枯れた魔法の桜に関する出来事ではないかと考える。

そんな義之は見て、彼方や由夢、渉、杉並たちは各自で二回目の枯れない桜について調べるのであった。


episode-42「目にほこりが入った、だけですから」

 

「ちょっと、遅くなっちゃいましたね」

 

「そうですね。 色々お聞きしちゃいましたから」

 

長々とお付き合いして下さった環さんには感謝しないとですね、と彼方は申し訳なさを感じながらも有り難く思った。

 

 

 

夕暮れの住宅街。

彼方と由夢は胡ノ宮神社から帰途に就く最中であった。

 

その最中で二人が話す内容は、先程環に聞いた話について。

 

 

「2回目に咲いた桜について、あまり情報を得られなかったですね」

 

「ええ、残念ながら」

 

胡ノ宮神社に行った理由は、胡ノ宮 環に会う為である。

より詳細に述べるのであれば、ニ回目に咲いたと思われる魔法の桜について、当時を知る人物に話を聞く為であった。

 

文献では二回目の桜については大した情報が記載されていなかった。

だからこそ、その時のことを覚えている可能性がある環に確認したかったのだ。

 

しかし。

 

 

『誠に申し訳ありませんが、その当時の桜に関して……覚えがなくて』

 

夏に数日間だけ咲き、すぐ枯れた。

数十年も前の出来事の中の数日間。

 

覚えがなくても仕方ないのかもしれない。

由夢はそのように思っていたが、当の本人である環が少し戸惑いを見せていた。

 

 

『枯れない桜がまた咲き始めたのであれば、少しは印象に残っているはずなのですが』

 

環にとって枯れない桜が最初に枯れた際、とても衝撃を受けたのを覚えている。

そして、今現在咲いている枯れない桜が咲いた際も同様に覚えている。

しかし、何故か2回目の桜については一切覚えがない。

環自身は覚えていないことに疑問を抱いているようであった。

 

だが何度思い出そうとしても思い出せず。

力になれず申し訳ありません、と。

環は彼方と由夢の二人へと、そう伝えるのであった。

 

 

「もう数十年も前で、しかも数日だけのことだから仕方ないかもしれませんね」

 

「……ええ、由夢さんの言う通りです」

 

数十年も昔の出来事。

それを詳細に覚えていることなど難しいであろう。

 

 

「あ、あのっ、おじいちゃんなら何か覚えているかもなんで聞いてみますね!」

 

少し落ち込んだ様子を見せる彼方を見て、由夢は励ますように言葉を連ねる。

 

 

「それに、杉並先輩や板橋先輩が調べてる方に進展があるかもしれませんし」

 

自分たちが二回目の桜について聴き込みに行くと伝えた際、杉並が別の視点で調べると話していたのを由夢は思い出す。

 

調査すると言っていた人物。

 

その名前は、たしか――

 

 

「『アイシア』さん、でしたっけ? 二回目の桜とはあまり関係してるとは思えないですけど……」

 

何か杉並先輩が気になるって言うと、不思議と何かしら意味がありそうに感じちゃいますね、と。

少し苦笑いしながら由夢は彼方に話した。

 

 

―アイシアさん、ですか……。

 

由夢が言葉に出した、人物の名前。

彼方はかつての記憶を呼び起こしていた。

 

アイシアという人物。

彼方はその人物について会ったことはない。

 

しかし、その名前には聞き覚えがあった。

今の初音 彼方としてではなく、その前世とも言えるときの記憶。

 

 

――D.C.(ダ・カーポ)

 

その物語に登場するキャラクターの一人に、アイシアという人物がいる。

彼方にとってみれば既に前世の記憶だ。覚えていることは曖昧になっている。

 

しかし、それでも彼女について印象が強く、覚えていた。

 

彼女が、魔法使いであること。

そして、彼女が2回目の魔法の桜を咲かせ、枯らしたのであると。

 

 

――アイシアさんが、いるのでしょうか。

 

今回、義之が枯れない桜に関して訊ねる為に部室に訪れたこと。

2回目に咲いた枯れない桜について興味を抱いたこと。

杉並が持っていた昔のトトカルチョに書かれていた、アイシアという名前。

 

どうしても、ただの偶然には思えなかった。

 

 

「どうして、桜内さんは枯れない桜が気になったんでしょうね」

 

ポツリと口から出て来た言葉。

別に、誰かに回答を求めたわけではなかった。

 

ただ、隣で彼方の言葉を聞いていた由夢は自身の記憶を掘り起こしながら答える。

 

 

「んー、兄さんが何で聞いたのかは質問してもはぐらかされちゃったので」

 

義之が枯れない桜について興味を持った経緯について考える。

別にここ最近で朝ご飯や夕飯を食べるときなどに、桜について話をしていたことはなかったように思える。

 

それ以外で、何か兄が言っていたことはないか。

由夢は兄との会話を思い出していく中、ひとつ、気になったことを思い出す。

 

 

「桜についてではないんですけど、今朝、なんか急に変なことお姉ちゃんやさくらさんに聞いていたんですよね」

 

「……それは私が聞いても大丈夫な話ですか?」

 

「あ、別に大した話じゃないので大丈夫です。 たしか、朝に―――」

 

由夢は今朝あった出来事について彼方に伝えた。

 

義之が変な夢を見た、と言っていたこと。

音姫やさくらに、自身の母親が『兄さん』と呼ぶ人が居たか、という質問。

 

意図が分からぬ質問であった為、居間にいた由夢も義之が聞いていた話を不思議に思い、覚えていたのである。

 

 

「そう、ですか」

 

「まあ、桜についての質問じゃないんで関係ないかもしれませんけどね」

 

彼方が気になっていたことの回答にはならない為、申し訳なさそうな顔をする由夢。

そんな彼女を見ながら、彼方は由夢が語った内容について考える。

 

 

変な夢。

兄さん、と呼ぶ人がいたか、という質問。

 

彼方は、義之が持つ能力について思い出す。

 

 

――桜内さんは、誰かの見る夢と同期する魔法があったはず

 

詳細な部分までは覚えていないが、義之は他人の夢を見る能力があった。

もしかしたら、それに関係しているのではないか、と彼方は推測する。

 

兄さんと呼ぶ女性が居た夢を見たのではないか。

そして、その夢を見た人物というのが。

 

 

――それは、都合良く考えすぎ、なのですかね……

 

由夢が言ったように、その朝の出来事と枯れない桜は一切関係ない話かもしれない。

そして、義之が2回目の枯れない桜に関して興味持ったことと、アイシアについて紐付いていないのかもしれない。

 

しかし、どうしても関係していないようには思えなかった。

 

漠然としている。しかし、どこかで確信を抱いている自分もいたのだ。

アイシアが、初音島にいるのではないか、と。

 

 

でも、もしアイシアが居たとして。

自分は何が出来るのであろうか。

彼方には彼女の為に何をしてあげられるのか、分からなかった。

 

しかし、ひとつだけ思うことがあった。

 

 

――こうやって、皆で枯れない桜に関して調べたりなんて、なかったはず

 

隣にいる由夢の横顔を彼方は見つめる。

そう、彼女にしろ、義之や渉、杉並にしろ、2回目の枯れない桜やアイシアという人物について調べるなんて出来事が原作にはなかったように思う。

 

しかし、それは当たり前なのだと思った。

 

義之や渉、杉並、麻耶たち、そして雪月花の面々。

色んな人たちが、彼ら自身で変わっていっている。

 

 

「……あの、どうしました?」

 

あまり見つめられると困ります、と恥ずかしそうに笑う由夢。

そんな彼女を見ていると、不安という感情がなくなるのを感じた。

 

そうだ。

未来は変わる。変えることが出来るのだ。

だって、それを隣の女の子が、教えてくれたのだから。

 

だからこそ、彼方は前世云々ではなく、義之の友人として、今回のことに向き合うことを決める。

 

 

「由夢さん、がんばりましょうね」

 

「えっと……は、はい?」

 

なんのことか分からず首を傾げながらも頷いてくれる彼女を見て、彼方はおかしそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

episode-42「目にほこりが入った、だけですから」

 

 

 

 

 

「なんだか、懐かしいなぁ」

 

玩具を買ってくれた女の子たちを見ながら、銀髪の女の子―アイシアはつぶやく。

 

何となしに口から溢れ出た言葉。

自身で何を懐かしいと少し考え、あらためて理解する。

 

その女の子達を見て懐かしいと感じたのは、きっと重ねてしまったからだ。

初音島に最初に訪れたときに出会った、素敵な友人たちと。

 

 

――なんでわたし、口に出しちゃったんだろ

 

 

『わたし、記憶に残らないタイプの人間だから』

 

思わず、口に出してしまった言葉。

言ったところで意味なんてない。

それなのに、何で言ってしまったんだろう。

 

ただ、その後に玩具を買ってくれた女の子の言葉が、頭の中から離れない。

 

 

『――わたしは、あなたのことは忘れないわ』

 

先ほどの白髪の女の子が伝えてくれた言葉。

なるべく、冗談のように言ったはずだ。

オレンジ髪の女の子も冗談として受け取ったようにも思える。

 

なのに、白髪の女の子はそう言ったのだ。

少ししか会話しなかったが、あまり表情を動かさない子ではあった。

でも、その言葉を伝えてくれたときは、真剣な表情だった。

本心で言ってくれたのだと、アイシアはそう感じたのである。

 

 

――だから、なのかな……ことり逹を思い出したのは。

 

きっと、真剣に自分を見て言ってくれたから。

想って、伝えてくれたから。

 

おばあちゃんが亡くなり、身寄りがなかった自分が訪れたのが初音島だった。

そして、そんな自分を助けてくれた素敵なひとたちが居たのだ。

 

そんな友人たちを想起させてしまったのであった。

 

 

そして、アイシアは考える。

白髪の女の子が伝えてくれた言葉。

それを聞き、自分の中から出てきた感情。

 

嬉しさ、悲しさ、諦め。

――そして、少しの期待。

 

 

「わたし…なんで、まだ……」

 

アイシアは、そんな気持ちを抱いている自身に対して自嘲する。

 

もう何十回、何百回も裏切られた気持ち。

わかっている。自分の罪による罰だ。

期待なんてしても意味ないことなんだって分かっている。

 

でも、どうしても、消えてくれない感情。

 

 

初音島に来てから余計に強く抱いてしまっているように、アイシアは思った。

 

 

彼女にとって初音島は、想い出の場所である。

今回を含めて訪れたのは三回目。そして、前回から既に数十年以上も時間は経つ。

 

それでも、どうしても初音島は彼女にとって思い出深い場所なのだ。

良い意味でも。悪い意味でも。

 

 

ここで過ごした夏の日々。

アイシアにとって、その日々は今でも宝箱にしまっておきたい、大切な記憶。

 

そんな想い出の場所に来てしまったからこそ、自分はどこか期待を抱いてしまっている。

奥底で眠っていた感情が溢れ出てしまっている。

 

そして、アイシアは経験から、この感情を抱いた後に出てくる感情も理解していた。

それは――

 

 

「わぁ、可愛いおもちゃが並んでますね!」

 

「そうね、こういう手作りな玩具は、何だか久しぶりね」

 

近くから聞こえる女の子の声によって、アイシアは思考の渦から戻ってくる。

気が付くと自分は俯いており、自身の前に見える2つの人影があるのを遅れながらも理解した。

 

せっかく来てくれていたお客さんに気付かなかったようである。

アイシアは周りが見えなくなるまで考え込んでいたことを反省し、お客さんにしっかり売り込もうと意気込む。

 

 

「ふふ、見てもいいかしら?」

 

「わぁ、いらっしゃいま――」

 

お客さんへ接客しようと顔を上げ、喋ろうと思ったアイシアは、思わず途中で声を止めてしまった。

いや、アイシア自身、言葉を止めたことも気付かず呆然としてしまったのである。

 

それは、目の前の女性を見て、思考が止まってしまったから。

 

 

「あの……どうか、したのかしら?」

 

『どうかしたの、アイシア?』

 

その顔が、声が。

とある人物を思い出させる。

 

自分が初音島に訪れ、純一と一緒にいっぱいお世話をしてくれた女の子を。

 

もう数十年も前の記憶だ。

容姿だって大分変わっている。声も同じだ。

 

でも。

 

 

――ことり、だ

 

目の前の人物が誰なのか、すぐに分かった。

 

白河 ことり。

初音島で出会った素敵な人たちの内のひとり。

 

自分が大好きになった友達。

 

 

「あ、の……その…………」

 

アイシアは、すぐに言葉が出てこなかった。

初音島に来たのだ。

だから、初音島に住んでいる、かつての知り合いと会うことだってある。

そんなこと理解していた。

 

しかし、それでも、いざ会うと感情が溢れ出てきてしまうのが分かった。

 

 

「あの、もしかしてお知り合いですか?」

 

言葉が出てこず、呆然とするアイシアを見て、隣のピンク髪の女の子が目の前の人物に対して訊ねたのである。

その質問に、アイシアは胸の鼓動がひらすら速くなるのを感じる。

 

アイシアは溢れ出る感情を必死に押さえ、落ち着かせようとするが止まらない。

 

目の前の人物が答える前に、こちらでピンクの女の子に対して答えてあげれば良いのだ。

先ほど来たお客さんに返したように、初対面であると。

 

 

――でも。もしかしたら。

 

心の奥底で眠っていた感情をひたすら隠し、言葉を出そうとする。

 

そして、アイシアが喋ろうとして矢先のこと。

目の前の人物が戸惑いの感情をみせながらも口を開いた。

 

 

 

 

 

「いえ、はじめての筈、だけど……」

 

 

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、

自身の先ほどまで溢れ出ようとした感情が一切消えていくのが分かった。

 

 

「そう…ですね、お会いしたことはないですよ」

 

――そう……そう、だよね

 

いつだって、そうだった。

 

何十回。

何百回。

 

この奥底で眠っていた感情が出てきた後、出てくる感情は――絶望だった。

 

 

「あの……、大丈夫ですか?」

 

「えっ、何が、かな?」

 

ピンク髪の女の子が心配そうにこちらを見てくる。

それに言葉を返すと、気遣うような声で言葉が発せられた。

 

 

「涙を、流してるので」

 

「えっ――」

 

アイシアは、目元に手を持って行く。

すると、そこは濡れていた。

 

気付いた瞬間、慌てて目元を拭う。

そして、必死に笑顔をつくり、彼女に言葉を返す。

 

 

「あ、ぜんぜん、大丈夫ですっ」

 

 

――ねえ、おばあちゃん

 

 

「ちょっと、目にほこりが入った、だけですから」

 

 

――わたしの罪って、許されないのかな

 

 

 




みなさま、お久しぶりです。
もう誰も覚えていないかもしれませんが、akasukeと申します。
一年以上ぶりの投稿になってしまい、本当に申し訳ございません。

去年、2019年はD.C. Sakra EditionやD.C.4の発売、そしてCircus20周年記念としてD.C. Super LiveIIなど、様々なイベントがある、D.C.にとって激動の年でした。

ゲームを購入してプレイし、クラウドファンディングで一ファンとして応援してライブにも参戦し、本当に幸せだなって感じました。

もともとはD.C.を忘れないでほしいなって思って二次創作を書いたのが発端でしたが、昨年にあったクラウドファンディングにて同じようにD.C.を大好きな人達が沢山いることを知って凄く嬉しかったです。
自分よりもD.C.が好きな人が多いのは何だ不思議と幸せでしたね。

そして、凄く満足してしまった気持ちもあり、二次創作を書くこともやめてました。
ただ、途中で放り出すよりは最後まで書いておきたいな、って気持ちもあったのでまた書こうかなって思います。(不定期になりますが)

昨年や今年にまたファンが増えたと思うので、D.C.を好きな同志たちがSSを書いてくれることを祈ってます。
(個人的に密かに期待してるのは、自身以外が書いたSSがランキングに沢山入ってるのを見ることです)

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