コノハが教えてくれた方向の山を登って行くと、
何本かの木に紐が結ばれてる。
その紐は、どんどん山の奥に続いているようだ。
「これ、バニラが通った場所を目印にしてるのかも」
そう思い、紐をたよりに山を進んで行く。
30分くらい進むと、近くで川が流れてる音がした。
そっと耳を澄ますと、カサカサと何かが動く音が聞こえた。
音の方向を見ると、木の根元に座ってバニラがパンを食べている。
マキオはバニラに近づき、声をかける。
「バニラ、手伝いに来たんだけど…」
バニラは、少し驚いたように目を開いた。
そしてマキオを見て、もう一度驚いたようだ。
「…どうしたの?」
「さっき、コノハに聞いてさ。
何か手伝ってあげてって……ん?」
「………いや、そうじゃなくて…」
バニラは、自分の右目に手を当てる。
「……?…目?
あ、コレの事?」
マキオは、自分の腫れた右目を指すと、
バニラは、うなずいた。
「たいした事ないんだ。
……ちょっとね…
そ…それより、なんか手伝う事ない?」
マキオがはぐらかすと、
バニラは、少し不思議そうな目をした。
「あの…狩猟してるんでしょ。
何か獲れた?」
まばたきをして、バニラはうなずくと川の方に顔を向けた。
マキオもそっちを見ると、下に見える川に大きなイノシシが二頭横たわり水に浸かっている。
「えっ?アレ獲ったの!
凄くない!?
狩猟得意なんだ!」
バニラは、手元にあったカバンから、何かを取り出しマキオに見せる。
本だ。
【 わたし、解体はじめました 狩猟女子の暮らしづくり 】
「コレ見てやったの?
いや、普通そんなすぐ出来るもんじゃないと思うよ…
…やっぱ凄いね…
…で、アレ……運ぼうか…?」
「…もうちょっと、待って。
もう一つ、罠を張ってるから。
あと少ししたら見に行こう」
「…ああ」
マキオは、手持ち無沙汰になり、辺りをキョロキョロ見回している。
「…ねぇ」
ふいに呼ばれて、バニラを見ると、
バニラは、横の地面に手を当て、ポンポンと叩く。
座れって事らしい。
「…うん」
マキオは、バニラの隣に腰をおろした。
バニラは食べていたパンを半分ちぎって、マキオに差し出す。
「…ありがとう」
二人は少しの間、無言でパンを食べていた。
午後の光が、木々の間からこぼれ落ちている。
(今、バニラと二人っきり、森の中でパンを食べてるんだ。
それだけで、なんでこんなに幸せな気分になるんだろう…)
そんな事を思いながら、少しだけバニラを盗み見ようと思って目を向けると、
バニラが、じっと見つめていた。
「え!?」
驚いても、やっぱりじっと見つめてくる。
パンをかじりながら。
「な……なに?」
バニラは何も言わないが、目もそらさないで、マキオの顔を見つめる。
やっぱりパンをかじりながら。
何かのプレイですか!?
マキオはしばらくドキドキしていたが、バニラの目線で、彼女の言いたい事がわかった。
「……ケガ…の事?」
バニラは、ゆっくりうなずく。
「…最近、片桐さんに戦闘を習ってて…
…よくケガするんだよ…」
バニラは、目を反らさずに首を横に振る。
「え…ええ?」
「……嘘」
「…嘘って……稽古だから…」
またバニラは、首を振る。
「…違うでしょ…
片桐は、そんな所をケガさせるような稽古しない」
……確かにそうだ。
彼の稽古は、体や手足を、打ったり擦りむいたりはするけれど、
顔をケガさせるような、下手な事はしない。
片桐は、非常に優れた戦闘指導者だと、素人のマキオにも十分わかっていた。
「…嘘です」
「……誰かとケンカしたの?」
「……違うよ、ケンカなんてした事ないから」
「……」
マキオは、言いたくなかった。
ミミミにやられた事は、どうでも良かったが、
誰かと勘違いされた、と言ってしまうと、誰?と聞かれるかもしれず、
バニラの前で、その名前を口にしたくなかった。
バニラは、つぶやく。
「…どうして隠すの?」
「………」
バニラは、ほんの少し寂しそうな顔をした。
その顔を見て、マキオは凄く胸が痛んだ。
バニラに、そんな顔はさせたくなかった。
「…言うよ…
ほんとに、たいした事じゃないんだよ?……」
「……」
バニラは何も言わず、マキオを見つめる。
「さっき、廊下でね……ミミミちゃんに殴られたんだ」
「……どうして?」
「……」
「……」
「……」
「……いやらしい事したの?」
「ちょっと!
そんな事しないって!」
マキオは、思わずバニラに触れそうになる位、近づいてしまった。
「……冗談だよ」
「……バニラぁ……冗談きついよ…
俺は……今日初めてミミミちゃんと会ったんだけど、
ミミミちゃん…俺を……誰か…と勘違いしてたみたいで、
抱きついてきたんだ。
でね…ミミミちゃんは、すぐに間違ったって気づいてさ、俺を殴っちゃったってワケ」
「……誰と?」
(ホラ…来た…。
やっぱそうなるよねぇ……。
……はぁ…仕方ないか…)
「………ネロさん」
バニラの顔には、一瞬だけ影が差した気がした。
ただの、日差しのいたずらかもしれないが…
とにかく、その一瞬をマキオは見逃せなかった。
「……」
「……」
「………クスッ」
「え?」
「アハハハハハッ」
バニラは、爆笑している。
マキオは驚いた。
いつも、ほとんど無表情なバニラが爆笑する姿なんて、見た事がなかった。
お腹を抱えて笑っている。
涙も流している。
「な……何か…そんなに面白かった?」
それでもバニラは、笑い転げている。
マキオは、笑いが収まるのをまつしかなかった。
しばらくすると、バニラは涙をふいて、フウっと深いため息をついた。
「……ごめんね」
「…いや、いいけど…」
「……だからか」
「…?」
マキオはバニラの言葉の意味が、わからなかった。
バニラはマキオを、また見つめている。
涙に濡れた目で、少し微笑みながら。
その目線を追うと、マキオの頭を見ている。
「……はっ!!」
マキオは、やっと気づいた。
バニラは、自分の頭を見て笑ったんだ。
………だからか……
その意味も、わかった。
バニラはどうやら、すぐに見抜いていたんだ。
自分がネロと似てるって言われたから、
それが嫌で、
すぐに髪を切った事に。
マキオは、恥ずかしくて真っ赤になり、
顔をふせた。
もしかして、ネロに嫉妬してるのもバレたのかも…
恥ずかしすぎる。
すると突然、バニラがマキオの髪をなでた。
「え?」
ビックリして、バニラを見る。
「……似合うよ」
木漏れ日の降る森の中。
バニラは、きらきらと笑っている。
甘い匂いと、柔らかい手の感触。
マキオの心にも、柔らかな木漏れ日が降っていた。