旅館の一室、綺麗な枯山水の中庭が見えている。
大きな和室をぐるりと囲むように、中庭に面した板張りの廊下が黒光りしている。
そこに、机と椅子を二脚置いてある。
片桐副団長は椅子に腰掛け、地図とノートを広げ、額に左手の人差し指を当て、
何かを思案している。
ふすまの向こう側で、声が聞こえた。
「どーぞ」
片桐が答えると、柊が入ってきた。
柊は、ロデオソウルズの医療班長だ。
男達の間で、ロデオソウルズの色気担当などとも言われている。
いつも濡れているような艶やかな長い黒髪と、アンニュイな表情で、
意識的か無意識かわからないが、常に男達を勘違いさせている。
医療班でありながら、匂い立つような大人の雰囲気と、自然な流し目という、
最も強い毒を持っている。
その柊は、着物姿だった。
「コーヒー、置いておきますね」
和室のテーブルに、コーヒーとクッキーの入った皿を置いていく。
「ありがとう」
柊は、部屋を出ていこうとすると、
「柊さん」
片桐は呼び止めた。
「?」
柊は、振り向き片桐を見つめる。
「今、忙しいですか?」
「……いえ…特には…」
「少し、話しませんか?」
「……ええ、いいですけど…」
柊は、少し不思議そうな顔をしながら、
片桐に近づき、板張りの横の畳に腰を下ろす。
「着物、お似合いですね」
「…あら…ありがとうございます。
少し前に、ここで見つけて……
でも、やっぱりちょっと恥ずかしいですね」
柊は、少しだけ恥ずかしそうに笑っている。
旅館の中に、綺麗なままの着物がいくつか置いてあり、
数日前にエリーがたまたま見つけて、何日か陰干しをし、今日着付けてみたのだった。
「私だけじゃないんですよ…今日、着物を着てるの。
エリーも、コノハも着てるんです。
見ませんでした?」
「いえ、まだ拝見してません。
是非、お二人にも時間が空いたら、見せに来て欲しいと伝えてください」
「ええ、伝えておきますね」
「でも、着物は着付けが大変だと聞きますが、
誰か知ってたんですか?」
「ええ、大変でした。
誰が知っていたと思います?」
「う〜ん、これは難問ですねぇ…」
「でしょ?
ウフフッ…こんな遊びのクイズに付き合ってくれるなんて、
副団長も意外と子供なんですね?」
「ははは、やめて下さいよ。
私はただ、勝負を挑まれたら、受けずにはいられないだけの、
……立派な大人ですよ?」
「あら…少年ぽさって…魅力的ですよ?」
「そうですか…?
しかし……着付けかぁ…」
この旅館にいるのは、幹部ばかりですから、
幹部の中の誰かが着付けを知ってたって事ですよね」
「ええ…着付けができるような、おしとやかな人、
いなさそうですか?」
「いいえ、とんでもない。
誰が出来ても不思議じゃないですよ…
…淑女ばかりが揃っていますから」
「えぇ?…本気で言ってます?」
「……一部…訂正しておきましょうか」
「まぁ…誰が訂正されたのかしら?」
「それは、さておき…
…是非、当てたいなぁ…
ヒントは頂けませんか?」
「……そうですねぇ……意外な方かも?」
「……意外…ですか…」
「さすがに、聡明な副団長でも、難しかったみたいですね」
柊は、決断力の早い片桐の珍しく悩む姿が見られて、嬉しそうだ。
「降参されますか?」
「ははは、やめて下さいよ。
私は、降参とピーマンが嫌いな……立派な大人なんですよ」
「あら……そうでしたね。
ウフフフ」
「よし、推理しますよ?
この旅館にいる女性は、
…団長、ニーナ、バニラ、エリーさん、コノハさん、柊さん、キツネ、ミミミ、
の八人ですね。
まず、着付けが出来そうなイメージの方は…」
「あれ?誰もが出来そうだったのでは?」
「この言葉は、私の心の声ですから、聞かないでくださいね?
出来そうなのは…エリーさん、コノハさん、柊さん、ですね。
残る候補は五人…キツネは忍びのような衣装を着けてますから、
意外ではないので、外します。
ミミミが、皆さんと仲良く着付けをするとは思えませんから、
外します。
ニーナは、着付けどころか、いつも裸同然の格好をしてますから、
外します。
となると、団長とバニラの二択が、意外というカテゴリーに当てはまりますね」
「なんだか……凄く正しく聞こえるんですけど……全て偏見と勘ですよね…」
柊は、遊びのクイズに真剣に望んでくれる片桐を、好ましく思いつつも、
軽い恐怖を覚えた。
「……柊さん…」
「はい?」
「当たった時には、何かご褒美を頂けるんですよね?」
「ご褒美?
差し上げるものが、あればいいのですが…」
「では、キスを頂きますが、よろしいですか?」
「……今それを言うなんて……
あっ、この言葉で私が動揺したら、正解に近いって考えてるんですね?」
「ははは、そんな姑息な手は使いません。
ただ、どんな生き物でも、目の前に獲物がぶらさがってれば、
執念という、見えない力で、勝利を嗅ぎ分ける事ができるんです。
唇を頂いて、構いませんね?」
「………」
柊は、動かずに片桐を見つめている。
それを見て片桐は、微笑む。
「沈黙は是なり。
ありがとうございます。
正解は………団長ですね?」
「……どうして?」
「……さぁ?」
「今まで理論的だったのに……最後の理由は教えてくれないんですか?」
「……勘ですよ…
……正解……ですか?」
「……」
柊は何も言わずに立ち上がり、片桐を濡れたような瞳で見つめている。
片桐は、少しだけ目を細めて、柊を見つめる。
そして、ゆっくりと自分も立ち上がり、柊に近づく。
中庭には、音も立てずに霧雨が降りてきていた。