八雲団長が戻ってから一週間後。
マキオは、バニラの病室にいた。
「…でね、その子供がさ、二本の足でこんなに早く走れるんだったら、
僕達も、猫みたいに手も使って四本で走れば、もっと早く走れるんじゃないかって言うんだ。
俺も、そんな事を考えた事もなかったから、皆でやってみようって事になって…
やってみたんだけど、すごく難しくって……しばらく続けたけど、
それからはもう、皆で手を泥だらけにして転げ回ってばっかり。
その後の時間に、片桐さんが子供達に算数を教えてたんだけどさ、
子供が鉛筆を持てないほど、手が痛いっていうんだけど、何をしたんだって……注意されちゃったよ」
バニラは起こしたベッドの上で、マキオの話を聞きながら、にっこりと笑っている。
「マキオは、子供に好かれてるんだね」
「そんな事ないよ…少しバカにされてる気はするけどね」
「優しいからよ」
「どうかな……でもバニラだって皆、会いたいって言ってるよ」
「本当?」
「ああ、あの可愛いお姉ちゃんは何処にいるの?って」
「…それ、本当にあたしかな?」
「そうだって、マフラーのお姉ちゃんっていってるから、バニラの事だよ」
「マフラーか…クスッ…」
今、バニラの首にはスカーフは巻かれていない。
代わりに胸元からは、包帯がチラリと見えている。
「…痛みは…どう?」
「……うん……大した事ないよ。
いつも、ごめんね…マキオ。
別に、毎日来てくれなくてもいいんだよ?」
「いや、俺が勝手に来てるだけだから、気にしないでよ。
それより、何か欲しいものとかない?」
「うん、大丈夫………あっ…」
「どうした?」
バニラは、驚いた顔をしている。
マキオは、バニラが突然何かを思い出したのかと思った。
でも、そのバニラの目線は、マキオの後ろにある病室のドアに向けられてる。
マキオは、振り返った。
そこにいた人を見て、マキオは心臓が強く鼓動を打ったのがわかった。
病室の入り口にいたのは、ネロだった。
マキオは、とっさにバニラの顔を見た。
バニラの瞳には、驚きと…また別の何かが浮かんでいるような気がした。
マキオは、
「じゃあ、俺はこれで」
と言い、二人を見ずに病室を出た。
何かわからないが、無性に走りたくなり、街を抜けて神社の方に向かった。
誰もいない境内にたどり着くと、石段に腰掛けて、弾んだ息が収まるのをまった。
マキオは、バニラが怪我をしてからずっと、毎日バニラに会いに行った。
長い時間いられるわけではなかったけれど、毎日二人だけで話ができた。
他愛のない話だったが、楽しかった。
他の団員からは、からかわれたりもしたが、全然気にしなかった。
バニラも、嫌な顔もせずにいつも少しだけ笑って、迎えてくれた。
怪我をしているバニラには悪いと思いながらも、毎日バニラに会いにいくのがマキオの楽しみになっていた。
カイトはあれから、キメラの事を話さないし、このまま二人の怪我が治れば、イグニスに向かうんだろう、
と思っていた。
もう、キメラの事は思い出したくもなかった。
本当に、どうにもできない事は、身にしみてわかったから。
そんな事をうつむいて考えていると、ふと何かの気配がした。
それと同時に、コツンと頭に小さなものが当たった。
「イテッ」
顔を上げると、ミミミがいた。
「よっ……ロリコン」
「ミミミちゃん」
マキオが、ミミミと会ったのは、温泉街以来だった。
ミミミは、いじわるそうに笑っている。
「なんだよ?…腹でも減ってんのか?」
「…ちがうよ。
久しぶりだね……どこに行ってたんだい?」
「別に……なんか大変だったらしいな」
「……ああ、ちょっとね」
「ロリコンも怪我したんだろ?」
「……そうだけど……ミミミちゃん、ちょっとロリコンってのはやめようよ」
「ちがうのか?」
「違うって……それに、この街は子供が多いから、誤解されると困るんだよ」
「知ってるよ……その子供を食うバケモンもいるんだろ?」
「…」
「なんだよ?怖い顔して」
「いや…別に」
「あのカイトの馬鹿も、そのバケモンにやられたらしいじゃん…ザマーミロ…へへ」
「ああ…病院にいるから、ミミミちゃんも行ってあげてよ」
「フン…なんで私がカイトなんかに、会いに行かなきゃなんないのさ。
アイツもたまには、負けた方がいいんだ。
へへっ……いい気味だっての」
「ミミミちゃん……ダメだよ、仲間の事を悪く言うのは」
「仲間?……誰がそんな事言ったんだ?
私は、カイトの仲間なんかじゃないっての!」
「何言ってんだよ…皆ロデオソウルズの仲間じゃないか」
「はぁ?…あたしはロデオソウルズじゃないし」
「え?……どういう事?」
「……なんだよ、知らないのか?
私は、アイツらの人質だよ…バ〜カ!」
ミミミはそう言うと、走って去って行った。
「……人質?」
マキオは、何の事かまったくわからないまま、そこに座っていた。