「マキオー時間だぞ、起きろー」
誰かが自分を叩いている。
マキオは、鉛のように重たい瞼を持ち上げると、
そこにはカイトの姿があった。
「おっはーマキオ、約束してたことをしにいくぞ」
頭が、ボーッとしている。
「……え?」
カイトが何を言っているかも、ドコに行くのかもわからない。
「えっ?じゃいないし。
昨日、朝9時に迎えに来るって言っただろ?」
「…いや、ちょっと…覚えてないけど…」
「いいから、早く用意しろよ、ラウンジで待ってるから」
カイトはそう言い残して、部屋を出て行った。
なんかよくわからないが、約束していたなら、早く行かないと。
マキオは、知らない部屋に散らばっている自分の服を着ながら、
昨日の事を思い出す。
夜、カイトの悪気のない強引さに誘われるまま飲み会に参加させられ、酒を飲んだ。
友達がいなかったため、飲み会など出たこともなく、
酒を飲んだ事も殆どない。
しかし、皆にすすめられるまま飲んでいたら、自分が陽気になっていくのがわかった。
知らない人達とも、話をしていた気がする。
シラフじゃ考えられないことだ。
ただ、そこから先の記憶はモヤがかかった様に曖昧だ。
何を約束したのだろう?
おそらく、これが二日酔いだろう。
頭の痛みをこらえながら、慌てて身なりを整え、ラウンジに行く。
カイトは、数人の男女と楽しそうに談話をしていた。
「おっ来たか」
カイトは、マキオに気づくと一緒にいた三人の男女もマキオの方を振りかえる。
「マキオ、おはよう」
「昨日は楽しかったな」
「団長の前では、ハメはずすなよ?」
笑顔で話しかける三人が誰だかわからないが、
おそらく昨晩一緒に飲んだのだろう。
…団長って?
マキオは、曖昧に笑いながら返事を返しておいた。
カイトは立ち上がり、ついてくるように手で合図する。
うながされるまま、後をついていく。
「いいか、団長は冷たく感じるかもしれないけど、
別にビビんなくていいからな
何か聞かれても、正直に答えれば問題ないから」
「えっと、今から団長に会うって事?」
「ああ、入団するには、団長の許可をもらうっていうのが
一応決まりになってるからな」
「え?」
入団?何それ?
マキオがそう思った時には、カイトはある一室のドアに手をかけようとしていた。
「っちょ…」
マキオは、カイトを止めようとすると同時に、そのドアが内側から開いた。
「わっ」
カイトが驚くと、部屋から男がでてきた。
男は、上から下まで真っ黒い服装をしており、黒く長い髪で顔も見えず、
影だけが現れたように思えた。
その影の中に、薄く光る目が、カイトとマキオに向けられている。
「おお、びっくりした、ネロかよ…
団長に呼ばれてたのか?」
「…ああ」
ネロは、一言だけ応えると、そのまま音も立てずに去っていった。
マキオはネロとすれ違う瞬間、背筋に寒気が走った。
「さぁ入れよ、マキオ」
立ちすくむマキオの手をカイトがつかみ、部屋に引き入れた。
部屋は、執務室のようになっており、大きな机と椅子の前に、
低いテーブルが置かれ、それをはさんで、ソファが置かれている。
テーブルの上には、地図やノートが広げられ、
開けられた大きな窓からは、柔らか光が注がれ静かにカーテンが揺れていた。
中には、女が二人と男が一人いた。
何か張り詰めたような緊張感を感じる。
「カイト、ノックをせんか」
ソファに座っていた、ゆるくウェーブのかかった長く赤い色の髪を後ろで無造作に結った女が、カイルを睨みつける。
「すんませーん、あれっ今、まずい感じ?」
カイトの軽い言葉で、緊張感は一気にほどかれた。
「それは、ドアを開ける前に聞けよ」
ため息をつきながら、赤髪の女は近づき、腕組みをして胸を反らしながら、女より少し小柄なカイトを見下ろす。
170センチ以上はありそうな長身に加え、引き締まった身体だが、出る所は出ている。
つり上がった眉と、厚い唇は、強さと色気を兼ね備えている
この人が団長か?
カイトは団長は冷たそうと言っていたが、怖そうの間違いじゃないか。
「はいはい、悪かったよ、ニーナ。でも、ネロがドアを開けたまま出てったから、
そのまま入ったんだぜ?怒らない、怒らない」
肩をたたくカイトの腕を振り払いながら、
「昨日も言ったが、やっぱりカイトを幹部にしてるのは、失敗だよ片桐。
あんたの頭も、万能じゃなさそうだな」
ニーナは、カイルが胸につけていた、ピンバッジのようなものを取り上げ、ソファのふちに腰をかけている、男に向かって投げた。
男はよく見もせずに、それを右手で掴み取ると、笑みを浮かべて胸ポケットにしまった。
この男が片桐だろう。
「やっぱりそうですかねぇ、私も珍しく賭けに出てみたんですが。
それはそうと・・えーとカイトさん、その方ですか?」
優しく微笑んでいる片桐は長身で、メガネをかけている。
一見、学者のような知性を感じさせる雰囲気を持っていた。
だが、今の機敏な身のこなしから、格闘技でもやっていてもおかしくはない感じだ。
団長は、この人か。
「そうだ、こいつがマキオ、
ッつーか、バッジ返せよ、一応誇りに思ってんだから」
カイトは片桐に走りより、胸ポケットをさぐっている。
片桐はそのままの姿勢で、
「副団長の片桐と言います、よろしくお願いしますね、マキオさん」
「…よ…ろしく…お願いします…っていうか…」
入団の断りをしようとするマキオの言葉を遮り、カイトが取り返したピンバッジをつけながら、話し出す。
「マキオは、昨日俺が気づいてない時に、敵がくるのを教えてくれたんだ。
耳がいいのか、勘が鋭いのか、わかんないけど、すごい能力だと思うぜ」
「ほう、それは有り難いですね、それに、優しそうな方だ。
いかがですか?団長、私は、彼の入団に異論はありませんが?」
片桐は、机にうつむきながら、腰を掛けていた若い女に話しかけた。
この人が団長…?
彼女が顔を上げる。
マキオはその少女の存在を見とめた瞬間に、世界が変わっていく事を悟った。
透き通るように白く艶やかな肌は、月夜に開いたばかりの白百合の花びらのような存在感と儚さを醸し出している。
ボブカットの黒髪は、開かれた窓からの光をキラキラと吸い込み、揺れながら輝く。
その光は、彼女の髪で生まれ変わり、自らの意思を得たかのように、輝きを増していた。
小さな顔の、冷ややかに薄められた瞳は、マイナスの熱を宿す火をともしているように冷静で、
誰も知らない、もう一つの違う世界への入り口に繋がっているかの様な錯覚を覚えさせた。
散り際にさらに美しくなる、桜の色を映した唇は引き結ばれ、彼女に最も似合うであろう笑みの影も見せていない。
彼女に見つめられたマキオは、言葉が口から出てこない。
声を失ったようだ。
彼女が、声を出すために息を吸い込んだその刹那、時間が止まる音を聞いた。
「…戦える?」
そのシルクの滑らかさを持った声は、今まで聞いたどの音よりも確かで柔らかな形を持っており、心地よく全身を包んだ。
その声は、耳に聞こえずに、心に直接響いた。
彼女の言葉を心で受け止めて、理解するまで数秒の時間を要したマキオだったが、
言葉がすぐに浮かんでこないため、首を横にふることで、入団拒否の意思を伝えた。
「そう」
彼女は、そう呟くと何故か片桐に向かって、
「カイトの隊へ」
とだけ告げた。
あれっ?伝わってない。
そう思って喋ろうとするが、声は出ないままだ。
「マキオ、よろしく」
彼女がそう言い背を向けると、カイトが、
「ロデオソウルズへようこそ」
と、肩を組んできた。
ニーナと片桐も、マキオに笑顔を向けてくれた。
その瞬間、マキオの胸に光が差した。
「んじゃマキオ、さっそく団員に挨拶行こうぜ」
と、カイトはまた腕を取って、部屋から引っ張り出す。
マキオは、部屋から出る間際に言葉が出た。
一番言いたかった言葉が。
「な……なまえは……!?」
少女は、1ナノだけ微笑んで答えた。
「八雲」