とある魔術の絶対重力‐ブラックホール-   作:プロジェクトE

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第02章 錯綜する科学と魔術の闇
第06話 超能力と魔術による序曲 ~overture~


 

「クソ暑い・・・」

7月20日、今日から夏休みが始まり、ウッキウキな気分になる学生もかなり多いだろう。しかし、神無月有真(かんなづきゆうま)の気分と言ったら鬱気雨季(うっきうき)だった。昨日の夜中 (いや既に今日に突入していた気もするが)に神無月と同じマンションの同じ階に住む上条当麻(かみじょうとうま)が学園都市第四位の超能力者(レベル5)美坂美琴(みさかみこと)を挑発したことにより大ゲンカ勃発(ぼっぱつ)、その際の雷の影響でこのマンションの住人の持つ家電の8割が死滅した。挑発した本人だけならまだわかる。だが、喧嘩自体には、無関係な神無月にしてみればとばっちりもいいところだった。そして、死滅した家電の中にはエアコンも含まれているわけで、結果として神無月の部屋は蒸し風呂、いやサウナといった様相を示していた。そのせいで部屋の隅に置いてあった観賞植物が茹でた野菜の如く萎びて死にそうになっていた。それだけなら神無月としてはよかった(良くはないが)。最も良くないことは冷蔵庫が死滅していることだった。神無月の冷蔵庫には基本的に好物である甘いものが詰まっている。普通の食事の材料も入ってはいるが、量でいえば九対一、もちろん甘いものが九だ。それが、朝起きたら壊滅していたのだ。神無月にしてみれば、これほど嫌なことはない。

「あいつら、この恨みはデカいぜ。 フフフフフ」

神無月はどう落とし前をつけさせようかと考えて黒い笑みを浮かべる。しかし少し考えて、『はぁ』とため息をつく。

(そんなことより、当面の問題は冷蔵庫とエアコンだ。 飯をこれから全部ファミレスで済ますわけにはいかないし。 しょうがない、手痛い出費だが背に腹は代えられん。 今日丸一日潰してもいいから良いのを選んで買おう)

と、神無月が今日の予定を決めた時に置き型電話がなった。こんな朝早くから誰だよと思いつつ、『もしもし、神無月ですが』と受話器をあげると、

「もしもし、先生ですよ~」

と幼さを感じさせる担任教師である月詠小萌(つくよみこもえ)の声が神無月の鼓膜を振るわせた。

「小萌先生? こんな朝早くから何か用ですか?」

「はい、神無月ちゃん、馬鹿だから補習です~♪」

「・・・はい?」

小萌先生の嬉しそうな声を聞き間違いかと思い、神無月は間抜けな声をあげる。

「だ~か~ら、神無月ちゃんは今日から学校で補習なんですよ」

「いやいや、今日はこれから昨日の落雷で死滅した家電の代わりを買いに行くつもりなんですけど」

「そうですか・・・それじゃ仕方ないですね。 諦めて下さいっ☆」

「えーっ! 今のは補習はいかなくてもいいっていう流れじゃないんですか!?」

「神無月ちゃん、そういう寝言はきちんと成績をとってから言ってみるといいのです」

「寝言呼ばわり・・・」

神無月の発言が寝言呼ばわりされるのもしかたのないことだった。今まで自分の能力を隠していた神無月は勉学のほうもかなり手を抜いていた。そのため、かなり成績は悪い。しかも、ついこの間の身体検査(システムスキャン)超能力者(レベル5)認定を受けはしたが、記録術(かいはつ)の単位はそんなに甘くない。テストも含まれるし、今までのレベルだって加味される。ちなみに今までは低能力者(レベル1)だった。まあそれも含めて、端的に言えば単位的にかなり危ない位置にいるのだった。

「神無月ちゃん、学生の本分は勉強をすることなのですよ~」

「で、でも俺の今日のご飯とかはどうすればいいんですか?」

「いざとなったら、先生の家で御馳走するから大丈夫なのです」

「・・・マジっすか。 ちなみにですけど、補習って誰が来て、何時から始まるんです?」

「時間は普段学校が始まる時間同じで、参加者はクラス全員ですよ?」

「・・・大丈夫かうちのクラス。 はあ、分かりました。 行きますよ、行けば良いんすよね」

「はい、先生気合い入れて頑張るんで覚悟していてくださいよ。 じゃあ、また後で会いましょう」

「はい、また・・・」

そう言うと、小萌先生からの補習通知(ラブコール)は切れた。朝からついてなさ過ぎると神無月は落ち込むが補習までの時間はそんなに余裕が無い。しょうがない当麻を連れて学校行くかという思考に至るまでそう時間はかからなかった。神無月は冷蔵庫に入っていなくて保存が効くもので主食足り得そうな物を見つくろう。結果としてフルーツグ○ノーラになったのだが、それを適当に口に詰め込み、飲み込み、歯を磨いて、家を出る、そして上条家の扉を開くことになったのだった。

 

 

そのころの上条家では、朝っぱらから部屋のベランダに純白シスター(教会の方のシスターで上条の妹ではない)が干してあったことでごたごたが起きていた。純白シスター(いわ)く、自分は教会の者で禁書目録(インデックス)という名前だと、そして彼女は一〇万三〇〇〇冊の魔導書を持っているため魔術結社所属の魔術師に追われている、とのことだった。しかし、学園都市で『非現実』(オカルト)はナンセンス。そのうえ彼女の持っているという一〇万三〇〇〇冊の魔導書とやらの一冊すら上条は見ていない。そのため魔術なんてものを上条は信じられずにいた。また、インデックスも上条の異能の力なら神様の奇跡でも打ち消せるという右手の力を信じていなかった。お互いに相反する意見を持つため、ついには口げんかっぽくなってきて、上条はインデックスを『インチキ魔法少女』呼ばわり。それに対しインデックスは、

「い、インチキじゃないもん! ちゃんと魔術はあるんだもん!」

「じゃあなんか見せてみろやハロウィン野郎! ソイツを右手でぶち抜きゃ俺の幻想殺し(イマジンブレイカー)も信じるしかねーんだろ、このファンタジー頭!」

「いいもん、見せる!」

そういうとインデックスは両手で自分の着ている白い修道服を上条に見せつける。

「これっ! この服! これは『歩く教会』って言う極上の防御結界なんだからっ!」

「何だよ『歩く教会』って、もう意味分かんねーよ! さっきから聞いてりゃ禁書目録(インデックス)だの防御結界だの訳の分からない専門用語ぶち込みやがって、この不親切野郎! 『説明(せつめい)』ってのはな何も分からない人に向かって噛み砕いて教えるモノなんだ、そこんトコ分かってんのか!」

「なっ・・・ちっとも理解しようとも思わない人が言う台詞!? だったら、論より証拠!」

そういうとインデックスは台所に飛び込むと包丁を持ち出してきた。

「ほら、これでお腹を刺してみる!!」

「じゃあ刺してみる! ・・・なんて言うか! 未曽有の少年犯罪だぞ、それ」

「全く信じてないね。 これは『教会』として必要最低限な要素だけを詰め込んだ『服の形をした教会』なんだから。 布地の織り方、糸の縫い方、刺繍な飾り方まですべてが計算されてるの。 包丁どころか拳銃だって効かないんだよ。・・・さっき、背中を撃たれてベランダに引っかかったっていったけど、『歩く教会』がなかったら風穴があいていたところだったんだよ。そこんとこ分かってる?」

そんなこと分かるはずもなく、上条の心境は、

   〃∩ ∧_∧

   ⊂⌒(  ・ω・)  はいはいわろすわろす

     `ヽ_っ⌒/⌒c

        ⌒ ⌒

だった。ジト目になる上条、

「・・・、ふぅん。 てか、つまりアレだ。それが、本っっっ当に『異能の力』立ってんなら、俺の右手が触れただけで木端微塵(こっぱみじん)、ってわけだな?」

「君の力が本っっっ当な・ら・ね? うっふっふーん」

上等じゃゴルァと上条はインデックスの肩をがっちり掴んだ。すると、上条の手に雲をつかむような掴みどころのない感覚、ゲルや軟らかいスポンジに衝撃を吸収されるような変な感覚がした。

「・・・あれ?」

インデックスの言うことを全く信じていなかった上条は、普通の服と同じように触れるものだと思っていたがこの感触。インデックスとの言い合いで熱くなっていた上条の頭は一気に冷えて、嫌な予感で背中に冷や汗すら浮かんできた。上条は考えてみる。

(もし、仮にインデックスの言う事が全部正しくて、その『歩く教会』とやらが異能の力でおりあげられているとしたら・・・その異能の力を右手で打ち消してしまったということは、・・・服がバラバラに?)

「あれぇぇぇぇぇぇえええええええ―――――!?」

言ってることが全く分からないインチキ魔法少女兼ハイパー電波女だったとしてもインデックスは確実に少女に分類される。例え残念な頭の女の子であっても、一人暮らしの高校生が部屋の中で少女の服をバラバラにしてしまったら、例え事実がどうあれ言い訳も出来ない。客観的に見られる事実としては、言い争いの末に上条がインデックスの服をバラバラに引きちぎって襲った。となってしまう。裁判になったら確実に勝機が無い。そんな嫌な展開に上条は絶叫するが、

・・・・・・。

・・・・・・、

・・・・・・?

「―――――――――――――――えええええええ、え・・・・って、あれ?」

なにも起きない。

「ほらほら何が幻想殺し(イマジンブレイカー)なんだよ。 べっつに何も起きないんだけど?」

ふっふーん、と言う感じで両手を腰に当てて小さな胸を大きく張るインデックスだったが、次の瞬間、インデックスの衣服、『歩く教会』はストンと落ちた。厳密には歩く教会ではない。すでに上条の右手の力で布地を織っている糸という糸がほどかれて、『歩く教会』から『歩かない廃教会(ただのぬのきれ)』へと強制変換されていた。そして、服と独立していた帽子のようなフードだけは被害を免れ元の形を残しているが、帽子だけをかぶっていても大事な部分は隠れてくれない。まあ、どのような状態かと言うとインデックスは上条に完全無欠の素っ裸にされたのだった。それを見て上条は驚きと焦りと照れを同じくらいの分量混ぜたような顔で、

(なんで下着を着けてないんだ―――――!?)

と心の叫びを放った。

 

 

『パシャッ』

上条がインデックスを素っ裸に引ん剥いて、二人とも時間が凍りついたかのように声もなく固まっている瞬間にそんな音が上条家に響いた。上条が急いで音のした方向、つまり玄関の方を振り返るとそこには、

「はっ! 当麻が外国人の女の子を部屋に連れ込み丸裸にしている写真が撮れてしまった・・・」

神無月が携帯のカメラを起動させて、上条とその目に前で裸にされたインデックスをファインダーに収めていた。

(ふぅ、最近のカメラはピント調節や撮影までの時間がホント短くなったな~)

「って、ギャー、一人やり遂げたみたいな顔で何撮ってんだ有真!?」

「何ってそりゃ、上条当麻(加)が外国人の女の子(被)を無理やり素っ裸にしたという犯罪現場の証拠写真」

「違~うっ! 上条当麻(加)でも外国人の女の子(被)でもねぇよ?」

「え、だって当麻がそこの外人さんの服を『そんな幻想(男子高校生の夢を阻む壁)はぶっ壊す』って言って右手で壊したんだろ?」

「いや、上条さんはそこまで言ってないんですが?」

「でも事実として、その子を素っ裸にしたのは当麻だろ?」

「ぐっ、それは不可抗力というかなんというか・・・」

上条が弁明に困っていると、神無月は上条の肩にポンと手を載せて、

「大丈夫、分かってるって。 ちょっと、抑えきれなくなった欲望があふれ出ちゃっただけなんだよな」

「いや、全然わかっていませんよね!? なんで、犯罪を犯しちゃった少年に話しかける婦警さんみたいな感じを醸し出しちゃってるんですか!?」

そう、叫ぶ上条を横目に神無月はおもむろに携帯を取り出すと、

Pi・Po・Pa・トゥルルルルルー・トゥルルルルルー

「もしもし、警備員(アンチスキル)ですか? 今、第7学区のマンションの一室で男子学生がレイ―――」

「やめろー! 俺の人生が終了するー!」

上条は神無月の携帯を神速の勢いで奪い取ると、オンフックボタン(終話ボタン)を押し、通話を切る。いきなりの人生の大ピンチから脱した上条は、ふぅと一息つくと叫んだ。

「何でほんとに警備員(アンチスキル)詰所(つめしょ)に電話掛けてんですかー!」

「いや、友人を悪の道から救い出すためには公僕の手も借りなければならない時もあるかなって」

「いや、むしろやってもいない罪で逮捕されるところだったじゃねえか!」

「だって、自分の家に連れ込んで服をばらばらにしたんだったら、これから()ることは一つかなと思って」

「そんな軽いノリで社会的に抹殺されるのは、わたくし上条当麻としては非常に納得がいかないんですが。 なんで、朝からそんなに機嫌が悪いのか上条さんに話してみなさい」

その瞬間確かに神無月の額には怒りを表す血管の浮き出た模様、怒筋(どすじ)が現れていた。

「機嫌が悪い? どこかの誰かさんが学園都市最強の電撃使い(エレクトロマスター)がどんな性格をしているか分かったうえで挑発したせいで、この寮に落雷、寮生の家電の八割が壊滅、俺の家の冷蔵庫も例に漏れず即死、挙句のはてに俺の冷やしておいた甘味が全滅してたなんてことで怒ったりしてないよ? それでなんだっけ、何で俺が怒っているかだっけ?」

「すいませんでした。 弁償でもなんでもするんで頼むから今回のことは黙っていてください」

自分のミスに気が付いた上条は、すぐに謝罪モードに移行。上条も神無月の甘味への執着力は理解していているため、甘いものに関することでは折れるようにしている。上条は、以前、神無月の甘男伝説を目撃していた(と言うか一緒にいた)。スキルアウトが神無月の買ったデザートをバイクで引っ掛けて台無しにしたことに端を発したその事件は大規模なスキルアウトの壊滅という結果を残した。そのとき壊れたバイク1200台強、うちコンクリート壁に突き刺さっていたものが400台弱、倒壊した廃墟ビル20棟、病院送りにされたスキルアウト9000人強、etc. etc.・・・。その事件は結局犯人の特定はされなかったが、見ていた上条としては怪獣映画の中にでも入ったのかという光景で、それ以来、甘味に関することだけでは神無月を怒らせないようにしようと上条は心に誓ったのだった。しかし、神無月も鬼ではない甘味を破壊されたとしても、その場で謝れば許すくらいの心はある。あの事件では、スキルアウトがバイクでぶつかってきたにも(かかわ)らず、そのうえ神無月に因縁つけて喧嘩を売ったため神無月がキレたことによるものだった。よって、今回の上条の様に謝れば問答無用に病院送りにされるわけではないのだった。

「はぁ、分かったよ。警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)には言わないって」

「ホントでせう?」

「ああ、もちろん。 警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)には言わない」

「・・・ん?」

Pi・Po・Pa・トゥルルルルルー・トゥルルルルルー

「もしもし、土御門か? 俺だ。 ここに度し難い変態が―――」

「って、さっき約束したばかりなのに、舌の根も乾かない内からしゃべろーとしてんじゃねえよ!」

ただし、神無月の甘味を破壊すると性格のSっぷりがランクアップするのだけは避けられなかった。しかし、そんな風にじゃれていた二人に魔の手が伸びてきて二人は肩をがっちりつかまれた。二人が振り向くとそこに悪魔がいた。

「人を素っ裸にしておいて、私のこと無視して―――!!!(がぶッ)」

「ギャー、頭皮が裂ける―――!」

「んぎゃー! 俺は関係ない―――!」

「写真撮っておきながら関係ないはずがないんだよッ!」

「「ンギャ――――――――――ッ!!!」」

 

 

その頃美琴は、上条を見失ってすでに朝になってしまった街を一人ふらふら歩いていた。

(はあ、アイツを追いかけている間に夏休みに入っちゃったよ。 結局、情報もスカったし。 まあ、あの爆弾魔が『幻想御手(レベルアッパー)』を使ってたなら、今頃取り調べで色々分かって―――)

能力の爆発的な使用と一晩中走り回った肉体的な疲れと一睡もせずにいた徹夜明けの眠気でフラフラになりながら横断歩道を渡っていた美琴のすぐ隣に白井が空間移動(テレポート)してきた。

「! 黒子」

「!! お姉さま」

白井は分かっていて美琴の隣に空間移動(テレポート)したわけではなく、連続空間移動(テレポート)で移動している最中に偶々(たまたま)美琴の隣が移動場所になっていただけだった。白井の空間移動(テレポート)の限界値は八一・五メートルだ。一回の空間移動(テレポート)で目的の場所に行くなら限界地内までが範囲だ。それより、目的地が遠い場合は空間移動(テレポート)を連続して繰り返す必要があり、その中継地点の隣に美琴がいたというわけだった。そして、白井は美琴の腕をつかむと、

「ちょうど良かったですわ」

と引っ張る。

「ちょ・・・ちょっと? 私、寮に帰って寝たいんだけど・・・」

「問題が発生しましたの」

「へ?」

そして、美琴はその問題を聴く前に白井の空間移動(テレポート)でその場から消え、気が付くと水穂機構病院と書かれた建物の前に移動していた。そして、足早に中に入っていく白井の後を美琴は追った。

「意識不明? あの爆弾魔が?」

「そうですの。 居合わせた警備員(アンチスキル)の証言では、取り調べ中に突然眠ったように倒れ、こちらの病院に搬送されたと・・・」

説明しながら白井が歩き進んでいくと、担当医の男性が待っていた。白井は風紀委員(ジャッジメント)の腕章を見せると、

風紀委員(ジャッジメント)の白井です。 説明をお願いします」

「どうも、ご苦労様です。 早速ですが、彼の容態はこちらとしても最善を尽くしているのですが、以前意識を取り戻す様子はありません」

そこへ美琴がおずおずと手を上げる。

「あの、私先日こいつを思いっきりぶん殴ったんですけど、私のせいでしょうか?」

「いえ・・・関係はないと思います。 少なくとも、頭部への損傷は見受けられません。 そもそも、体のどこにも異常は見受けられないのです。 ただ、意識だけが失われていて、原因が分からないので、手の打ちようがないと言うのが現状です」

と医師の話を聞くと、白井は真剣な表情で解決の糸口を求める。

「分かりました。 では、このようなケースは稀なのでしょうか? 今までに起こった事は・・・」

「そうですね。 以前まででしたら、稀少だったと申し上げるべきでしょうか。 つい先日までは、私もこのような症状は診た事がありませんでした。 しかし、今週に入って同じ症状の患者が次々と運ばれているようになりました。 他の学区の病院でも、事態は同様です。 この症状の患者が今まで回復した例は今までにありません」

「じゃあ、伝染病とか・・・?」

「いえ、ウイルスは検出されていませんし、関係者の二次感染も起きていないので、その可能性は低いと考えています」

美琴が尋ねるも、医師の答えは芳しいものではなかった。

「ただ、何らかの共通の要因はあるはずです」

その言葉に美琴と白井は顔を見合わせ小声で話す。

「(まさか、これも『幻想御手(レベルアッパー)』が・・・?)」

「(今のところは情報不足で何とも言えませんわ・・・ですが、仮にそうだとするなら事態は深刻ですわね)」

そんな二人の医師は疲れきった声で、

「情けない話ですが、当院の施設とスタッフの手に余る事案ですので、外部から大脳生理学の専門チームを招きました。 間もなく到着される予定です」

ちょうどその時、美琴達の真後ろからヒールの足音と共に、声が響いた。

「お待たせしました」

美琴達が振り返るとそこには、大勢の医師を引き連れた白衣の女性が立っていた。

「水穂機構病院院長から招聘を受けました。 木山春生(きやまはるみ)です」

 

 

「ハァハァ、食い殺されるかと思った。 ってか、当麻はどんな外国人少女を裸に引ん剥いてんだよ! 食人種族にまで手を出すとは思わなかったぞ」

「上条さんにだって分かんないんです! 朝起きたらベランダに干してあったんだから!」

「い、意味がわかんねえよ。 とりあえず、あの子の今直そうとしているのが服だったものなんだろ? ってことは見たところ教会のシスターさんってことなのか?」

「らしい、何でも追われているとかなんとかって言ってた」

「追われてる?」

神無月と上条は二人して上条の寝具(毛布)を体に巻きつけただけの銀髪シスターを振り返る。

「「・・・・・・」」

「・・・・・・」

沈黙。

不用意に話しかけられない二人は後ろを向いて小声で話し合う。

「・・・・・・(当麻、何か話しかけてくれ)」

「・・・・・・(え!? 上条さんにまた噛みつき地獄に落ちろと?)」

「・・・・・・(ほら、服を脱がした仲だろ?)」

「・・・・・・(不可抗力っ! それに脱がした張本人が話しかけられるわけないだろ)」

「・・・・・・(いや、当麻ならいけるっていつものフラグ乱立パワーで)」

「・・・・・・(上条さんのは、駄フラグなんです。 こんなところで発揮できる力はないの)」

「・・・・・・(そもそも上条家を訪れた客だし、ここは家主である当麻が)」

「・・・・・・(客は玄関から入ってくる者で、いきなりベランダに現れたりする人はまっとうな客とは言えない!)」

「・・・・・・(さっきまで言い合いしてたくらいの仲なんだから話せるだろ)」

「・・・・・・(それは服を砕く前の話だからであって、素っ裸にしちまった女の子と話す会話術なんて上条さんは持ち合わせてないんです)」

「・・・・・・(俺だって、当麻の恥ずかしい秘密になるなーなんて思いながらノリで写真撮っちゃったけど確実にあの子の裸もアルバムに収まってるんだぞ。 話しかけられねえよ)」

「・・・・・・(じゃあ、二人で一緒に話しかけるか?)」

「・・・・・・(しょうがない、ここで妥協しよう)」

「・・・・・・(話題はどうするんだ?)」

「・・・・・・(適当でいいんだろ とりあえず、話を始めることが大切だからな)」

「・・・・・・(そうか、じゃあ反応されたほうが話を続けるってことで)」

「・・・・・・(ああ、分かった)」

二人の心境としては、話を進めなきゃならない状況ではあるが、できるだけ攻撃を受けない方法を取りたいと言うものだった。つまり、インデックスが反応するのは自分ではないほうの話題であるとありがたいということだ。これは、同時に話しかけつつも相手の話題に食いつかせることが必要になる。

((つまり、いかにスルーしてもかまわない普通すぎる話題を振るかが勝利条件! よって、ここで振るべき話題は―――))

「「今日はいい天気ですね!」」

がばっとインデックスに振り返った二人は同時に同じ話題を振って固まった。神無月も上条もまさかお互いの話題が被るとは思っていなかったため、驚きで停止する。そんな二人にインデックスは、

「私を全裸にして、あまつさえ写真で撮っておいて最初にいうことがそれっ!? それにいきなり丁寧口調になられても気持ち悪いんだよっ!」

と、布地に逆戻りした元『歩く教会(あるくきょうかい)』を安全ピンで修復しながら叫んだ。

「しかも、この暑い中で天気の話題を振るってどういうこと! 『お前は全裸だから過ごしやすい温度に感じるだろ感謝しろよ』とでも言いたいのっ!」

インデックスは犬歯をむき出しにがるるるるるると唸っている。酷い言い掛かりではあるが、神無月も上条も褒められた思考で話しかけたわけではないので言い返せる状況ではない。

「えっと、姫? こちらにワイシャツとズボンのセットがあるのですが」

そういって、神無月は上条家の床に畳まれていたワイシャツとズボンをインデックスに差し出す。

「って、何で俺の服をさりげなく貸そうとしているのでせう!?」

「だって、今俺の着ている服を脱いで貸すわけにはいかないし、これ当麻の予備の制服だろ? だから、良いかと思って」

「まあ、いいけど。 でも、本来それは俺が貸すべきものであって、有真が勝手に貸し出すものじゃないですよ。 せめて、俺に一言断ってからにしてくれませんかね」

「まあ、そうだな。 次があったら考えとくよ」

適当な神無月の答えに溜息をつく上条、それを見てインデックスが吠える。

「どうして普通に話しかけられて、しかも私はそっちのけで話をしてるんだよう!?」

「あ、悪い悪い、すっかり意識の外だった。 で、なんだっけ、涼しくて過ごしやすいなヒャッホウって話だっけ?」

「バカにして・・・ぅぅぅううううう!!」

「ギャー、それ俺の借りてる(レンタル)ビデオなんだからハンカチみたく噛むな! 怒らせたのが有真なのに何で実被害は俺!?」

ハンカチのように噛まれるレンタルビデオを上条が救いだそうとインデックスに近づくと、今度はインデックスが怒りにまかせて、あたりの物を投げ始めた。

「バカにしてっ! バカにしてっ! バカにして!」

そのたびに上条の枕やら目覚まし時計やらクッションやらが上条はもちろん神無月にも飛んでくる。

「痛って、痛って、痛いって言ってんだろ、分かった、分かりました。 さっきのは俺が一〇〇パーセント悪かったから物を投げるのをやめてくださいませ」

「誠意の籠ってない謝罪で罪が許されると思ったら大間違いなんだよ!」

そうやって、物を投げ続けるインデックスの攻撃をかわしつつ神無月は、

「なあ、どうでもいいけど、さっきから毛布がズレてるけどいいのか?」

「なっ!?」

インデックスは神無月に言われて、自分の投擲(とうてき)による防御能力の低下(裸体の公開)に気付き、急いで後ろを向いて毛布をかぶり直すと安全ピンで修道服の修復に戻って完全沈黙してしまった。神無月も上条もさっきよりも話しかけ難い状況になってしまい自分たちの迂闊(うかつ)さ加減を呪った。

 

 

「あ―――見つからないなあ『幻想御手(レベルアッパー)』」

佐天はネットサーフィンで幻想御手(レベルアッパー)を探すために自分の部屋でパソコンの前にかじりついていた。かなりの長時間、掲示板の書き込みや、個人のブログやらを調べて探してみるも幻想御手(レベルアッパー)に関する具体的な情報は掴めずじまいだった。はっきりいって、収穫なしに等しい。探すのにも疲れ、椅子を後ろに傾けて伸びをすると、床に置きっぱなしになっていたミュージックプレイヤーが目に入ってきた。長時間の調べ物にも疲れて少し眠くなっていた佐天は、気分転換も兼ねてミュージックプレイヤーを拾うと、

「コイツにも何か新曲入れとくかね」

そして、音楽をダウンロードできるサイトのトップページに移動した。

「何か、オススメのヤツあるかなぁ」

そして、オススメの曲などを一通りみるが、どうも佐天の好みに合わない曲ばかりだった。再び、ダウンロードサイトのトップページに戻ってみるも、やはり更新された様子はない。幻想御手(レベルアッパー)のことについて調べて疲れていた上に、さらに良い曲も見つからないとがっかり感から疲れがさらに増えたような気がする。これだけ探しても幻想御手(レベルアッパー)が見つからないとなると、やっぱり噂に過ぎないのではないかと言う気持ちが強まる。

「あ~あ、やっぱり噂は噂にすぎないのかな~」

そう言いながら、佐天が椅子の背にもたれかかり足を空中でぶらぶらさせていると、少しバランスを崩した。

「ありゃ、とっと、あ、うわああ!」

精一杯体勢を立て直そうとするものの一度崩れたバランスはそう簡単に戻ってくれずに結果、佐天はドスンという音を立てつつ椅子から滑り落ちた。しかも、その拍子に机の上の教科書に足を引っ掛けて撒き散らすというオマケつきだった。

「イタタタタ、うう、ついてないなぁ」

そう言って、立ちあがるとパソコンの画面に少し違和感があった。よく見ると、さっきの教科書の雪崩でマウスが移動したのか、今まで気がつかなかった隠しリンクの上にカーソルが移動して、矢印型のカーソルからリンクを押す際の手の指さし型のカーソルに変わっていた。“music Link News”と書かれたロゴの“News”の部分が巧妙に隠しリンクになっていたのだった。

「なんだこりゃ、隠しページ?」

佐天はとりあえずリンクを押してみると、今までの背景が白いページから一転し、背景が真っ黒の“music Link Gossip”というロゴが貼られた怪しげなサイトに辿りついた。

「なんで、わざわざこんな・・・」

マウスホイールを回し、どんどん下へ送っていくと佐天はある文字を見て止まった。

 

TITLE:Level Upper

ARTIST:UNKNOWN

 

「これって・・・」

 

 

ちくちくとインデックスが修道服を直す中、上条と神無月はさっきよりもさらに話し辛くなったこの空気に参っていた。まあ、その間に神無月は上条から朝起きてからことを魔術や『歩く教会』についての話を大体聞いたのだが。しかし、二人とインデックスの間には、五分、一〇分と無言の時間だけがただ過ぎていく。そんな沈黙を破ったのは意外にもインデックスだった。

「できた」

そう言って、彼女が広げたのは何とか形を取り戻しはしたが、大量の安全ピンがぎらぎら光る真っ白い修道服だった。神無月は見た瞬間に口には出さないが『うわぁ・・・』と思ってしまった。見た目云々より本当に服の内側に向かって針が飛び出していないのか怖くなる服装だ。とてもじゃないが神無月が彼女の立場でも着れない。座った拍子にどこかの針が外れて体に刺さる、なんていう痛い想像が頭に浮かんできて神無月は身震いした。神無月は、そういう意味もこめて尋ねる。

「えっと、それ本当に着るのか・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

インデックスが無言で神無月を泣きそうな目で睨む。

「いや、冗談はナシで。 見るからに危なそうじゃん。 針が周りにたくさん付いてる服なんて俺は怖くて着れねえよ。 ほら、さっき当麻から許可が下りたワイシャツとズボンのセットがあるんだからこれ着ろよ」

インデックスは針が体に刺さりそうというくだりでビクッとし、あらためて自分の修復した服もどきとワイシャツとズボンのセットを見ると顔を『うー』と悩ませる。しかし、

「いい、やっぱり、これ着る。 シスターだし」

遠慮してるのかと上条も、

「遠慮しなくていいぞホントに、不可抗力とはいえお前の服を壊しちまったのは俺なんだし」

と気遣うような声でいう。それに対してインデックスは、

「私、何も付けてないから、服を返したらくんくんにおいを嗅がれたり、ぺろぺろ舐めてられそうだし・・・」

「俺をどんなマニアックな変態だと思ってんだテメェ!」

「冗談だよ。 私はいつまでもここにいる訳にはいかないし、借りても返しに来られるか分からないからね。 それに綺麗なまま返せるか分からないし」

「いや、別に少しくらいならここにいてもいいんだぞ」

すると、インデックスは悲しげな表情で首を横に振った。

「うんん、ずっとここにいたら君に迷惑かけちゃうしね。 君だって、部屋ごと爆破されたりはしたくないよね?」

「「なっ!?」」

神無月も上条も絶句する。この子は部屋ごと爆破するようなヤバいやつらに追われているのかと。

「結構ここにいたし、奴らも私の『歩く教会』が壊れた事に気が付いただろうからそんなに長居もできないんだよ」

それに対して神無月は疑問をぶつける。

「は? ちょっと待ってくれ、だって、その『歩く教会』って服が壊れたのを見たのは俺と当麻だけだぞ。 なんで、ここにいない連中にそれが壊れたことが分かるんだよ?」

「うん、この服は魔力で動いてるんだけど、その魔力をもとに連中はサーチかけてるみたいなんだよ。 だから、どこに『歩く教会』があるのか、どこで魔力の反応が無くなったののかも全部分かっちゃうんだよ」

「・・・AIM拡散力場(えーあいえむかくさんりきば)を元に追跡されているようなもんなのか」

「え、えーえむあい? それって何?」

「あー、っとだな、俺たち超能力者の体から無意識に漏れる微弱な能力のフィールドのことだ。 個人個人の強さ(レベル)とか能力によって違うからそれを元にサーチ出来るような技術があるって聞いた事がある。 って言っても、あくまで無意識に発生するものだから、自分のAIM拡散力場だとしても感じられる奴は少ないらしいけどな」

と神無月が説明すると、インデックスが悩んでいる顔をして、上条は初めて知った!みたいな顔をしていた。

「うーん、分かったような分からないようなかんじかも」

「まあ、俺も完全に理解してるかって言われれば、怪しいからな。 んな感じの物があるんだなーくらいの認識で良いと思うぞ・・・って、AIM拡散力場はいいとして、どうするんだよこれから。 追われているうえに、その絶対防御を誇っていたらしい服も壊れたんだろ? そんなんで家ごと爆破するような奴から逃げるなんて水着で地雷原に突っ込むようなもんじゃねえか。 俺たちはこれだけ話しもしたんだし、少なくとも友人くらいのレベルにはなってると俺は思ってる。 友人が死地に向かうのを見過ごせると思うのかよ」

それを聞いたインデックスは嬉しそうな顔で、

「じゃあ、私と一緒に地獄の底まで付いて来てくれる?」

なんて言った。そんな彼女の顔は掛けられた言葉に嬉しそうな笑顔のくせに、危ないからこっち側に踏み込むなと言っていた。そして、神無月も上条もその問いに即OKを出せなかった。神無月にしろ上条にしろ、それなりに場数は踏んでいた。大勢の不良達に囲まれたこともあった、爆弾魔の攻撃を至近(しきん)で防いだこともあった、美琴の電撃を防いだ事だって何度もあった。しかし、それでも怖くないわけではない。現に今この部屋ごと爆破されたら、上条は右手で防ぎきれる自信はないし、神無月だって能力の展開が遅ければ、上条とインデックスを守るどころか自分の命すら守れるか分からない。超能力者(レベル5)と言ってもナイフで心臓を刺されれば死ぬし、頭を銃で撃ち抜かれれば死ぬ。どんなにレベルが上がっても、人間という枠組みにいる以上死なない保証なんてどこにもない。神無月も上条も人間であるが(ゆえ)にその問いは即断するには重すぎた。そんな二人にインデックスは、

「大丈夫だよ、私も一人じゃないもの。 とりあえず、教会まで逃げ切れば(かくま)ってもらえるから」

「・・・、じゃあ、教会ってどこの教会だよ?」

「ロンドン」

「「アホか!! 逃げ切れる距離じゃねぇよ!」」

「あ、アホ!? アホは酷いんじゃないかな! 日本にも支部はいくつかあるから大丈夫なんだよ!」

叫ぶインデックスの言葉を聞くと落ち着いた神無月は、

「支部ね、まあ、それならある・・・・・・か? あれ、そう考えると俺学園都市(こっち)に来てから教会なんて見たことないかもしれない。 当麻はあるか?」

「・・・・・・俺もないかもしれない」

「だよな。 ほとんど行かない学区にあるのか、はたまた学園都市にはないのか。 後者だったら、学園都市の外に出なきゃならなくなるな。 まあ、外なら街にひとつはあると思うけど」

日本人は結婚式くらいにしか教会なんて使わないためほとんど馴染みがない。そもそも、キリスト教の人口がそもそも少ないのだから仕方がない事なのかもしれないが、キリスト教を信仰している国と比べると明らかに使用頻度が違う。少なくともキリスト教を信仰している人間は日曜日のミサなどで必ず訪れるのだから週一で使う事になる、日本人の教会を使わなさはキリスト教信者の方と比べると天と地ほどもかけ離れている。日本人の中には、生きているうちに一度も教会を訪れない人もいるだろう。そんな根っからの日本人の二人にインデックスはさらに違いを伝える。

「うん。 確かにただ教会っていうだけなら街にひとつはあるかもだけど、私が探してるのは英国式だから」

「「???」」

頭に?を浮かべる神無月と上条を見て、インデックスが『あはは・・・』と『まあ、日本人じゃ知らないのも当然かもしれないね』と言うかのように笑う。

「えっとね、キリスト教って言っても私の所属してるのは、イギリスの聖ジョージ大聖堂を中心とするイギリス清教って言うところなんだけど、ローマ正教とかロシア成教とか同じキリスト教でも別の宗派があって違う宗派の教会じゃダメなんだよね。 たぶん違う宗派の教会に行ったら門前払い」

「なおさら難しいじゃないか、ホントに逃げ切れるのかよ」

「まあ、今までもずっと逃げてこれたから大丈夫だよ。 ところで―――」

「「?」」

「ここから出てくにしろ、出てかないにしろ、着替えたいから後ろを向いていてほしいかも!」

 

 

「じゃあ、行くね」

「ああ、なんか困ったことが合ったら、また来ていいからな」

「俺の家もこの階にあるから、留守にしてる時以外だったらいつ来てもいいから」

「うん。おなかへったら、また来る」

インデックスが着替え終わってからも、神無月と上条はインデックスを引き留めたほうがいいのではないかという気持ちに襲われていたが、『じゃあ、私と一緒に地獄の底まで付いて来てくれる?』という彼女の言葉の意味を考えると引き留める言葉はいくら考えても出てこなかった。そして、今この瞬間も満面の笑顔を見せる彼女にかける言葉はこれしかなかった。そんな完璧な別れのシーンで、

「バッみゃーーーっっ!!!」

上条が悲鳴を上げて蹲った。

「ふぇっ、なんか変なのがいきなり登場してるっ!」

とはインデックスの声。

二人の言葉が指すところは、

「ああ、清掃ロボットか」

上条の後ろに立っていた神無月からは見えていなかったのだが、どうやら廊下を掃除していた清掃ロボットが割とスピードを出して走ってきて上条の股間に激突していたらしい。そして、いままで清掃ロボットを見たことがなかったインデックスは初めて見る物に驚きの声を上げたというのが今の状況らしい。普通ならば清掃ロボットが勢いよく人にぶつかるなんてことはないのだが、さすが普段から『不幸』と言っているだけあって上条当麻の運の無さは天下一品だった。

「いつものことながら、当麻はすごい訳の分からないところで不幸な事態に陥るんだな~」

「感心してないで、心配をしてほしいのですが」

「ああ、悪い悪い、でも、当麻と一緒にいるといつでもこんな状況に陥ってるから、なんだか心配するっていう基準が下がっちまった気がする」

「うう、不幸だ」

この事態を見たインデックスは、

「君がこういう・・・『残念なこと?』に合うのってそんなに多いの?」

「・・・・・・聞かないでください」

「俺が数えた中で最多の日は学校内だけで確か二二回あった。 花瓶が落ちてきて、ペンキが落ちてきて、廊下の水入りバケツに足を突っ込んで、テニスボールが顔に向かって飛んできて、当麻が外に出た瞬間に雨が降ってきて、中に入ったら日本晴れになって、男子トイレの便器の(ひび)から水が噴き出して、清掃ロボットに財布を吸われて、小萌先生の宿題が当麻だけ三倍になって、ほかには何だったかな・・・っていうか今考えるとホントにすごいな」

「うわぁーーー、上条さんにそんな不幸な現実を突きつけないでー!」

「ホ、ほんとにすごいんだね・・・でも、幻想殺し(イマジンブレイカー)って言うのが本当なら仕方がないかもしれないね」

「・・・・・・どういうことでせう?」

縋る様な目つきで見る上条にインデックスはクスクス笑って言う。

「うん、君の右手は神様の奇跡すら打ち消せるって言ってたよね。 だったら、その右手は神様の加護とか運命の赤い糸とかもまとめて打ち消してるんだと思うよ」

「つ、つまりは・・・?」

「君の右手の話が本物ならね、その右手が空気に触れているだけで、バンバン『不幸』になっていくわけだね♪」

「ぎゃあぁああああああああ!! ふ、不幸だあああああああああああ!!」

魔術だの神様だのといった非現実(オカルト)を信じない、上条の中でも不幸だけは別格だった。これまでの人生で上条に降りかかった不幸の数は一〇〇〇や二〇〇〇で止まらない。万単位の不幸をその身に受けている上条は『不幸』、それだけは信じてしまう程度には思ったことが上手くいかなかったのだった。

「何が不幸って、君。 そんな力を持って生まれてきちゃったの事がもう不幸だね♪」

「いや、常々(つねづね)当麻の不幸っぷりは、常軌を(いっ)してるなとは思ってたんだが、本当にそんな理由があったんだな。 まあ、なんて言ったらいいかわかんないけど、ドンマイ?」

「くそぅ、一人で不幸な現実に戦いを挑むくらいなら、二人で不幸な現実と戦う! というわけで有真の幸運要素抹消するから上条さんの右手を喰らえ!」

「ギャー、止めろ。 まあ、落ち着け当麻! 犠牲は少ない方がいいってよく言うだろ。 それになんだか俺も最近不幸に出会う確率が上がってる気がするんだから余計に不幸になってたまるか!」

「上条さんはこれから有真にへばり付いて過ごします!」

「いや、本当(リアル)に勘弁してください」

ギャー、ギャー騒ぐ二人を笑って眺めていたインデックスに突如、上条に続く不幸が襲いかかった。さっき上条にクリティカルを入れた清掃ロボットは、いまだにこの場で三人による足止め(進路を塞がれていた)で先へと進めていなかった。その清掃ロボットは、目の前の三人を巨大なゴミかと勘違いしたのか、同じ型の清掃ロボットを二台呼ぶと三人めがけて集団突進をしてきたのだ。とっさに気が付いた神無月とさっき痛い思いをした上条は回避能力をフルに使って急いで上条家の玄関に飛び込んだ。しかし、清掃ロボットたちの襲撃に気が付かなかったインデックスは、

「ゴフッ!!!」

と言うボクサーがボディーブローを喰らったような声というか息を漏らし、ドラム缶状の清掃ロボットの上に上半身を倒れこませる形で気を失って、そのまま清掃ロボットの集団に運ばれて行ってしまった。一瞬の出来事に呆気にとられる神無月と上条。ドナドナ~。三体の清掃ロボットの通り過ぎた後にはインデックスが気絶した際に落ちたインデックスのフードだけが残された。神無月は落ちていたフードを拾い上げ、

「どうするよ、これ」

「まあ、多分気がついて取りに来るんじゃないか」

そして、二人は上条家の中に入る。

「はぁ、朝からどっと疲れた。 上条さんはもうひと眠りしたいです」

「ふぅ、ホントにそうだな。 ん、なんか忘れている気がする」

上条家のリビングで(くつろ)ぐ二人だが、神無月は何かが頭の中で引っ掛かってもやもやしていた。

「何かって?」

「いや、なんだろ」

ふとあたりを見回した神無月の目にインデックスが投げつけた時計が目に入る。その瞬間、神無月の頭の中には、こんな疑問が浮かんでいた。『なんで、俺は今日朝っぱらから当麻の家に来たんだっけ・・・?』

「・・・・・・」

「? どうかしたんでせう?」

プルプルと震える神無月に上条は声をかける。

「は、ははは、は・・・補習だーーー!!!」

「!!!!!」

神無月が上条を迎えに来た時点で既に時間的な余裕はあまりなかった。そのうえ、インデックス騒動があったため時間は極限まで無いに等しい。既に走っても補習開始時には間に合わない。

「ヤバい、とりあえず荷物持って靴を履くんだ! 俺が能力でワームホールを作る!」

「え、上条さんの右手が触れたら壊れるんでは?」

「とりあえず、当麻の右手以外がワームホールを抜けたら俺が能力を切るから問題ない」

「それって、俺の右手が切り落とされますよね!?」

「帰りに拾えばいいだろ」

「そんな、大した金も入ってない財布みたいに扱えるわけないでしょっ!?」

「じゃあ、分かった。 俺だけ先に行く。 って、何で俺の服をがっしり掴んでるんだ!」

「一人だけ助かろうとしたってそうは問屋がおろさない。 所謂(いわゆる)、MI・CHI・ZU・RE♪」

「ふっざけんな、好意で呼びに来てやったんだから、俺だけでも先に行かせろー」

「はい、嘘ー! 絶対、有真は昨日の落雷の件で来ましたー」

「ああ、だったら俺んちの家電代払うか?」

「神様は言いました隣人を愛せと」

「こんなときだけ、キリスト教ぶるなー! って、さらに時間がー! もういい、当麻急げ全力で走れば間に合うかもしれない」

「ちょっ、こんなときに限って靴の紐が絡まってるんだ!」

「こんな時まで不幸はやめてくれ、小萌先生の補習に初っ端(しょっぱな)からの遅刻はヤバいんだから」

「ほ、ほどけた~」

「よし、行こう、すぐ行こう、どんどん行こう」

「ちょっとまだ靴の紐を結んでな―――ぐぇ」

靴ひものほどけた上条の後ろの襟を持って神無月は焦りに焦った表情で歩きだす。

「行くったら行くんだ。 もう、待てない」

「ゆ、有真! 入ってる、入ってる、頸動脈にワイシャツが食い込んで絞め技が極まってる! 上条さんの息がもちません」

「じゃあ、自分で歩いてくれ、限りなく速く」

そして、神無月と上条はようやく本格的に登校出来るのだった。

 

 

「神無月ちゃんも上条ちゃんも補習一日目からすっ飛ばすなんていい度胸なのです」

結局、神無月と上条は補習開始時間に間に合わなかった。小萌先生が笑顔でこう呟いた時には、二人はまだ学校への道のりを全力疾走していたのだった。

 

 




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