リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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亡命政府構想③

 ゲオルグ一派とフェザーンとの間で合意が成立したのは、六月末のことであった。ゲオルグは亡命政府構想に賛成し、協力を惜しまないが、現地の抵抗勢力を糾合し、帝国軍の後方でレジスタンス活動を展開するために、帝国領内にとどまるということをフェザーンに認めさせることに、ゲオルグは成功したのであった。

 

 フェザーンとしてはローエングラム体制が覇権を確立するにあたって、強引に踏み潰したリヒテンラーデ一族の元高官を亡命政府の高職につけさせ、フェザーンとしては、ローエングラム公が野心のためだけではなくおのれの権力を守護する上でも同盟に大規模侵攻せざるをえないようにしたかったのだが、機密として情報統制を行なっていたにもかかわらず、亡命政府首班を務めるレムシャイド伯がどうやってか秘密交渉のことを知り、フェザーンに対してゲオルグの主張を認めるよう要請したのである。

 

 計画を進める上で、レムシャイド伯に不信感を持たれたら重大な問題になりかねない。そう考えたフェザーンの自治領主アドリアン・ルビンスキーは内心の不満を隠しつつ、にこやかな笑みを浮かべて伯爵の意に受け入れたが、現地のベリーニをゲオルグに対する監視役として残すことでなんとかゲオルグをコントロールしようと試みていた。

 

 おかげでゲオルグはベリーニに付きまとわれることになった。しかもフェザーンの圧力で寝泊まりする場所がゲオルグの家に決められたため、近所の人たちに「あなたにも春がきたのね」と微笑みながら言われて、ゲオルグは憮然とした表情を浮かべる。そういった光景がよく見られるような弊害が発生していた。

 

 そして八月二〇日、ゲオルグはシュヴァルツァーやベリーニと共に会社の社寮(といってもゲオルグが社長を脅してつくらせたもので、シュヴァルツァーの居住空間しかないのだが)でティーブレイクしながらくつろいでいた。しかし内心では少しばかり気分が高揚していた「本日午後に重大発表を行う。全宇宙の市民は視聴するように」という前触れが、同盟政府から全宇宙に向けて発せられていたからである。

 

「これより、自由惑星同盟最高評議会より重大発表があります。 全市民の皆さんが視聴されるよう特別の指示が出ておりますので、皆さんのご協力をお願い致します……」

 

 立体TVに巨大なハイネセン像が映る。旧体制下では、貴族階級ではない者が()()()()()()()()()()()()()()()()()()を視聴すると社会秩序維持局が出動し、視聴した者を全員を裁判にかけることすらなく思想犯認定し、最低でも数年間は政治犯収容所に収容するというのが常識であったのだが、ラインハルトの改革によって社会秩序維持局が廃止され、同盟の放送を視聴しても罪には問わないという法律も改正されたため、ゲオルグもこうして遠慮なく同盟の放送を視聴することができていた。

 

 ちなみにハイネセン像とは同盟の国父アーレ・ハイネセンを偉業を讃えるために作られた石像である。ハイネセンは極寒のアルタイル星系第七惑星で奴隷として生まれた人間で、帝国暦164年に新天地を求めて同志たちとともに帝国支配地域から脱出し、同盟成立の切欠を作った人物である。同盟人にとっては敬愛の対象であり、その石像は同盟の自由の象徴とされている。ゲオルグのような治安担当の人間としては同盟のプロパガンダポスターでとてもなじみがある。帝国軍人を巨大な悪魔のように描き、自由の象徴たるハイネセン像を壊そうという構図は、ある種おきまりパターンである。

 

 ハイネセンがどのようにしてアルタイル星系を脱出したのかは謎に包まれている。同盟の歴史書が語るところによれば、そこら中にある天然のドライアイスをくりぬいて加工し、居住区と機関部を設置した急造の宇宙船を作って脱出したということになっているそうだが、ドライアイスを加工したくだりについてはまだしも、肝心の居住区と機関部をどこから持ってきたのかは永遠の謎である。同盟がその真相を記した文書を国家機密として秘匿して保有でもしており、それが公開されでもしない限りにおいては、だが。

 

 画面が変わり、同盟の国家元首、最高評議会議長のヨブ・トリューニヒトの整った顔が画面に映った。演劇の主演男優をつとめていても不思議がない容姿をしているトリューニヒトは、政治家や官僚志望の人材を育成する国立中央自治大学を首席で卒業した秀才であり、軍事を担当する省庁で出世街道を歩み、今年七歳のエルウィン・ヨーゼフ二世陛下には及ぶべくもないが、政治家としてはまだまだ若手の四三歳でありながら同盟の元首となった傑物である。

 

「同盟の全市民諸君、私、自由惑星同盟最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトは、全人類の歴史に巨大な転機が訪れたことをここに宣言します。この宣言を行う立場にあることを、私は深く喜びとし、かつ誇りとするものであります」

 

 トリューニヒトの発言に嘘偽りはないように、ゲオルグは思えた。トリューニヒトは喜びを隠せていないような声音に、表情であった。もちろん若くして国家元首まで登りつめたような男であるから、“演技”でやっている可能性は否定できなかったが。しかし一呼吸置くと、その表情は引き締まり、打って変わって真剣な調子で演説を再開した。

 

「先日、ひとりの亡命者が身の安全をもとめて、わが自由の国の客人となりました。わが国は、かつて亡命者のうけいれを拒否したことはありません。多くの人々が専制主義の冷酷な手からのがれ、自由の天地をもとめてやってきました。しかし、それにしても、この名は特別なひびきを持ちます。すなわち、エルウィン・ヨーゼフ・フォン・ゴールデンバウム」

 

 一瞬TVの映像が切り替わり、幼い皇帝の姿が確認できた。ゲオルグが皇帝の姿を最後に見てから一年近くが経過しているが、その頃に比べてさほど成長しているようには見えず、どこか不機嫌そうという印象も、また同じだった。

 

「……同盟の市民諸君」

 

 その声を合図にトリューニヒトの演説が再開された。

 

「帝国のラインハルト・フォン・ローエングラムは、巨大な武力によって反対者を一掃し、いまや独裁者として権力をほしいままにしています。わずか七歳の皇帝を虐待し、みずからの欲望のおもむくままに法律を変え、部下を要職につけて、国家を私物化しつつあります」

 

 ラインハルト批判の滑稽さに、ゲオルグは思わず失笑した。ゴールデンバウム王朝はルドルフ大帝の即位以来、約五〇〇年間宇宙に君臨してきたが、その歴史の中で国家が皇帝の私物ではないとされた時が、いったいいつあるというのだ? 絶対の君主が国家に属する万物を私物化し、自分好みの色で国家と人民を染め上げる。皇帝の私物となることを拒絶しようものならば権力と暴力によって叛乱分子として粉砕する。それこそが専制国家が専制国家たるゆえんである。

 

 実質はともかくとして、形式的にはそうであったのだ。国家の私物化を批判しておきながら、五〇〇年間にわたる国家の私物化に実績があるゴールデンバウム王朝と手を結ぶとは矛盾もはなはだしいではないか。同盟・フェザーン・亡命政府の三者の間で、いったいどのような取引があったのかにわかに興味が湧くゲオルグであった。

 

「しかもそれは、帝国内部だけの問題ではありません。彼の邪悪な野心は我が国にたいしてもむけられています。全宇宙を専制的に支配し、人類が守り続けてきた自由と民主主義の灯を消してしまおうというのです。彼のごとき人物と共存することは不可能です! われわれはここで過去のいきさつを捨て、ローエングラムにおわれた不幸な人々と手をたずさえて、すべての人類に迫る巨大な脅威からわれわれ自身をまもらねばならないのです。この脅威を排除して、はじめて人類は恒久平和を現実のものとすることができるでしょう!」

 

 激しい身振りでそう訴える同盟の元首の姿を見て、たいした役者だとゲオルグは評価した。つまり、今までのゴールデンバウムの皇帝よりはるかに凶暴で、邪悪な野心を持ったろくでもないローエングラム公が帝国を支配しているから、同盟は自分たちの身を守るためにローエングラム公に比べてはるかにマシな帝国の旧体制と手を組んで共同戦線を張る。そういった理屈で正当化したわけだ。

 

 たしかにローエングラム公の権勢は凄まじいものがある。帝国の歴史を掘り返しても、あの黄金の青年宰相に匹敵する権力を握り、実質的にもそれを行使していた人物は、開祖ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムただひとりしか該当するものはいないであろう。それを思えば、同盟の危惧もわからぬではないが。

 

「それでは亡命政権の代表者の方をご紹介しましょう」

 

 トリューニヒトがそう述べて壇上からおり、変わって銀髪の人物が現れ、TVから盛大な拍手の音声が聞こえてきた。事前に知っている情報から推測するに、画面に映っている貴族は、前体制下でフェザーン駐在高等弁務官を務めていた切れ者であるはずなのだが、それほど鋭い感性を持っている印象をその姿から感じなかったのは、はたしてそれは先入観によるものだけであったろうか?

 

 ゲオルグはちらりと対面のソファーに座って放送を見ているシュヴァルツァーの顔を確認したが、シュヴァルツァーも同じように思っているのか、あきれたというかばかにしているというか。ともかくも苦虫を数百匹まとめて噛み潰したかのような表情を浮かべていた。

 

「銀河帝国正統政府首相ヨッフェン・フォン・レムシャイドです。このたび、自由惑星同盟政府の人道的配慮により、祖国に正義を回復するための機会と根拠地をあたえていただき、感謝にたえません。つぎにあげる同志たちを代表して、お礼を申し上げます」

 

 続いて銀河帝国正統政府などという、ごたいそうな名称がつけられた亡命政府の内閣を構成する閣僚の名を発表していく。国務尚書はレムシャイド伯爵が兼任し、軍務尚書はメルカッツ上級大将、内務尚書はラートブルフ男爵、財務尚書はツェッツラー子爵、司法尚書はヘルダー子爵、宮内尚書はホージンガー男爵、内閣書記官長はカルナップ男爵が務める……。その陣容を見て、ゲオルグはある感慨を抱かざるをえない。

 

(……ほとんど知らんな)

 

 正統政府の閣僚の中で、ゲオルグの記憶にある者はメルカッツとラートブルフ男爵のみである。メルカッツはまだいい。既に初老の域に入っているが歴戦の提督で、先のリップシュタット戦役では貴族連合軍の総司令官を務めた人物である。なるほど、考えてみれば、ローエングラム体制打倒と旧体制復活を旗印にする正統政府の軍務尚書にこれ以上ふさわしい人物もいないだろう。だが、ラープドルフ男爵が内務尚書というのは、理解できない。ゲオルグの知る限り、ラープドルフ男爵は内務省の一係長に過ぎず、しかもこれと言ってみるべきところがない、平凡すぎる人材に過ぎなかったはずであり、とても内務尚書が務められる器ではない。

 

 ゲオルグは他の中央省庁の人材も、部長級以上であればほぼ全員知っていたから、他の正統政府閣僚もラープドルフ男爵と同じく、それほど偉くない地位についていて、大きな仕事にはかかわってこなかった者達であろう。ということは、つまり、この正統政府とやらは、レムシャイド伯とメルカッツしか能力のある人材がいないということではないか。

 

 想像以上に正統政府が実態をともなっていないと思い知らされたゲオルグは、オットーに任せてある作戦がうまくいくかどうか不安になってきた。悩みに悩んだ末、正統政権を火付け役とし、旧貴族領で漫然と燻っている反ローエングラム感情を煽って暴発させてローエングラム体制を混乱させ、そこに活路を見出すというきわめて不本意な投機的手段を選択したゲオルグにとって正統政府に心を寄せる旧体制派が少なくなるであろう要素が増えることは、まったくもって喜ばしくない。

 

 そして今度はトリューニヒトとレムシャイド伯による共同記者会見で、同盟と正統政府の今後の展望について集まったジャーナリストから取材を受けている。その受け答えから得られた情報を、ゲオルグなりにまとめると以下のようなものになる。

 

 自由惑星同盟政府は皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世の帝国内における権威の正当性を承認し、レムシャイド伯による亡命政府を唯一の帝国統治組織として認める。正統政府がローエングラム公の独裁体制を打倒し、正統政府が祖国に復帰したあかつきには、自由惑星同盟と両国の主権を認めて尊重しあい、両国のあいだに対等な外交関係を成立せしめ、相互不可侵条約および通商条約を締結し、帝国内部においては憲法の制定と議会の開設によって政治的社会的民主化を促進する。そのために自由惑星同盟は正統政府が所有すべき諸権利を回復するに際し、最大限の協力を約束する……。

 

 報道が終わると、要するに同盟の属国になれということかとゲオルグはため息を吐いた。人類社会唯一の政権の否定・憲法の制定・議会の開設・社会的政治的民主化……、どれをとってもルドルフ大帝が定めたもう帝国の支配原則に背くものである。同盟と協力関係を構築する以上、同盟と帝国が対等な外交関係構築することは譲歩せざるをえなかったにせよ、残りはもう少しどうにかなかならなかったのか。これでは国内の火付け役に使えるのかどうかすら怪しいではないか。

 

 しかも対等な外交関係を構築せしめなどと言っていたが、その“対等”の定義は同盟の民主的価値観とやらによって設定されているのだろうし、帝国がいままで民主主義者に対して行ってきた激しい弾圧に対することについて一切触れられていなかったことを考えると、それの賠償という名目で帝国の諸権利を抵当替わりにほとんど同盟に持っていかれる可能性も否定できない。そのあたり、レムシャイド伯はどう考えているのだろうか。

 

「……レムシャイド伯は老衰でもされたのですかね」

「たしかに、とても高等弁務官を務めていた人とは思えぬ。これではまだ残っている貴族勢力の反感を買い、彼らをローエングラム公の陣営においやってしまうようなものではないか。まだ老衰するような年齢でもあるまいに、そんなことすらわからぬようになったのか」

 

 シュヴァルツァーのつぶやきに、ゲオルグは激しく同意した。レムシャイド伯が老衰したとシュヴァルツァーはいうが、ゲオルグとしては正気を疑いたい気分であったのだ。

 

「でも同盟の軍事力がなければ、とても祖国を取り戻すことはできませんわ。それを思えば、やむを得ないこととはいえないかしら」

「それなら“銀河帝国正統政府”などと名乗る必要はあるまい? 帝国民主改革臨時政府とでも名乗っておけばよかったのだ」

 

 帝国内では先の内乱とローエングラム公の台頭による改革で、時代の変革期にきていることを程度の差はあれ、薄々認め始めている。それは残存する貴族勢力も同じであり、だから自己の利益のためとあらば、ラインハルトへの反発もあって民主化という新しい波に乗るという選択をする可能性もおおいにあった。なのに帝国の伝統を踏み潰そうとしているのに銀河帝国正統政府を名乗るなど、感情的な反発を買うだけではないか。そのようにゲオルグは思うのだ。

 

 とにかくこれでゲオルグは正統政府に協力する気がさらになくなった。貴族としてそれなりの自負がある彼は、最初から同盟に頼りきりで実現性の乏しいこの計画に乗り気ではなかったが、民主化というろくでもないおまけまでついてくるのだ。これで正統政府に協力してやろうなどと思える貴族など皆無であろう。もちろん、国家にかけらも愛着を持たず、権力にのみに執着していた者はその限りではないであろうが……。

 

「それであなたは正統政府のために動くつもりはないわけ」

「まさか」

 

 協力するわけないだろうと言いたかったが、フェザーンの手前、素直にそう言うわけにもいかなかった。ゲオルグとしては正統政府のためという建前でフェザーンを騙くらかし、自分のために行動を起こさなくてならないのだった。

 

「だがすでに手はずは整えてある。あとはゆるりと果報を待つのみではないか」

 

 ゲオルグは余裕たっぷりにそう言ったが、シュヴァルツァーが疑念を呈した。

 

「しかし正統政府があのザマでは、例の計画に支障がでませんか」

「確実にでるだろう。だが、ここから動けぬわれわれにいまさらどうしようもない。現地の者達の臨機応変な判断に期待するよりほかあるまい」

 

 フェザーンとの接触があってから約一月半程度しかなかったが、その短い間に急造だがなんとか銀河帝国正統政府設立宣言を起爆剤として演劇を開始する舞台装置を拵えることに成功したのだ。あとは演劇に強制参加させられる役者とオットーをはじめとする秘密組織工作員の活躍次第であり、その結果で次の選択はおのずと変わってこよう。

 

 いや、今回の正統政府に協力に装っての作戦に、ゲオルグはあまり期待していないから、どのような結果になっても火消しさえちゃんとしてれば問題ない。重要なのは、ただでさえ厳しい状況をさらに厳しくしてくれた元凶、フェザーンへの対処方法だ。その対策を編み出すための時間稼ぎとしての価値の方が、ゲオルグにとっては大きかった。

 

 この惑星オデッサはそれなりに都会ではあるが、帝都オーディンとは格段の差があるし、帝都との距離も微妙に長いこともあって、経済的利益が薄いとみていたのか、フェザーン企業がそれほど進出しておらず、同じ理由でフェザーンの領事館もないので大規模な根拠地はこの惑星上には存在しない。それに探偵ハイエクに調べさせた資料によって、この惑星の住民を装っているフェザーンの工作員かもしれない連中の目星はある程度つけることにも成功していた。

 

 それに秘密組織の司令部の移設もバレないように進行中で、こちらが把握しているベリーニを含むフェザーンの工作員を一挙に始末してしまえば、フェザーンにまったく気取られることなく、実害少なく新たな隠れ家へ移動できる計画も実行中であったから、いつ決断するのがもっとも成功率が高いか、ゲオルグは頭を悩ませているのだった。

 

 頭を悩ませていることといえば、もうひとつある。フェザーンの真意である。ゲオルグはレムシャイド伯が幼帝を伴って同盟領に入った瞬間、フェザーンの亡命政府に対する手厚い支援は打ち切られるものと推測していたが、七月半ばのクラウゼからの報告ではフェザーン自治領主府はレムシャイド伯に対して莫大な資金援助を行なっているという。これはどういうことか。まさかフェザーンの「正統政府にローエングラム体制を打倒させ、帝国の経済面をにぎる」という主張が、本音そのものということだろうか。いや、フェザーンの首脳部が全員阿呆になったりでもしないかぎり、そんなばからしい話があるものか。

 

 だがここまで正統政府への支援が継続されているとなると、フェザーンはローエングラム公に対し、どのように釈明するつもりであろうか。フェザーンのような星系をひとつしか保持できないような小国が独立を保ち続けてこられたのは、同盟と帝国の対立状態が延々と続いてきたこともあるが、中立国という建前を貫き通してきたフェザーン自治領主府の絶妙なバランス感覚による。だが明らかに帝国の敵である正統政府を手厚く支援し続けるとすれば、帝国軍がフェザーン回廊を軍事的に制圧する目もでてくるはずではないか。それを自治領主のルビンスキーは理解しているのだろうか?

 

「われわれは事前の予定通りにことをすすめるとして、だ。フェザーンとしては今後どうするつもりなのだ?」

「どういう意味かしら」

「しれたこと。同盟と正統政府に与するからには、フェザーンは帝国のローエングラム体制から見ても明らかな敵になろう。フェザーンが政治的中立を破棄するなると、ローエングラム公はフェザーンへの侵攻を企むやもしれぬ。その可能性を危惧しているのだよ。……対等の協力者としてね」

「心配いりませんわ。自治領主府が帝国に対しても友好を示し、中立的立場を装っておりますから。もちろん、それはあくまで面従腹背で、われらフェザーンの好意は正統政府にありますわ」

「フェザーンの誠意を疑ったりはしておらぬ。しかしあまりにも正統政府に手厚い支援をしすぎではあるまいか。ローエングラム公は無能とは程遠い人間だ。フェザーンの面従腹背を見抜かれてはいまいか」

「そのあたりはわれらフェザーンの自治領主府をご信頼くださいますよう……」

 

 しらじらしい言葉を交わしつつ、ベリーニと腹の探り合いをするゲオルグ。シュヴァルツァーは腹の探り合いは不得手であったので、二人の話し合いに参加せず沈黙をつらぬいていた。

 

 数十分後、立体TVから緊急ブザーが鳴り響き、美男美女の美しさとは真逆の方向の属性しか持たない会話に終止符が打たれ、視線が立体TVに凍結された。このブザーがなると強制的に国営放送のチャンネルになるように帝国製の立体TVはプログラミングされており、帝国政府が重大発表を行う時、臣民はそれを視聴することを強制されるのであった。

 

 立体TVに帝国の事実上の独裁者、ラインハルトの姿が映った。あいかわらず人間かどうか疑いたくなるほど容姿端麗さだなとゲオルグは思った。むろん、この若すぎる帝国宰相兼帝国軍総司令官の本質は容姿ではないことをゲオルグはちゃんと認識しており、その認識通りラインハルトの演説は、じつに攻撃的な内容であった。

 

「テロリストどもによって、皇帝エルウィン・ヨーゼフ陛下が拉致されたことを正式に認める。先刻、陛下の御所在と陛下を誘拐し奉った不埒な犯人どもの正体があきらかとなった。その犯人は、旧体制下にあってフェザーン駐在の高等弁務官として私腹を肥やし続けたヨッフェン・フォン・レムシャイドを首謀者とする、旧門閥貴族の一党である」

 

 旧体制下の貴族階級は公私混同が激しかった。より正確には公私の区別という概念が存在しないのである。生まれながらにして権力を持っている彼らは、私的な場の発言であっても公的な影響を及ぼすものであり、その逆もしかりであったのである。公私の境目が非常にあやふやである以上、帝国政府は“必要悪”として貴族的な価値観で公人としての節度を守っている限りは不問に処すのが常であった。

 

 レムシャイド伯も国から与えられた予算で本国の有力者に金品を送ってパイプを作ったり、浮いた金を自分の懐にしまいこんだりしていたので、たしかに私腹を肥やしていたといえなくもないのだが、彼の主観では公人の節度を守っていたレムシャイド伯には心外きわまりない言葉であり、ここから数百光年離れた自由惑星同盟の首都にある建物の一室で、正統政府首班は怒りに震えていたのであった。それを確認できたのは正統政府の閣僚しかいなかったが……。

 

「私はここに宣言する。不法かつ卑劣な手段によって幼年の皇帝を誘拐し、歴史を逆流させ、ひとたび確立された人民の権利を強奪しようとはかる門閥貴族の残党どもは、その悪業にふさわしいむくいをうけることとなろう。彼らと野合し、宇宙の平和と秩序に不逞な挑戦をたくらむ自由惑星同盟の野心家たちも、同様の運命をまぬがれることはない。誤った選択は、正しい懲罰によってこそ矯正されるべきである。罪人に必要なものは交渉でも説得でもない。彼らにはそれを理解する能力も意思もないのだ。ただ力のみが、彼らの蒙を啓かせるだろう。今後、どれほど多量の血が失われることになろうとも、責任は、あげて愚劣な誘拐犯と共犯者にあることを明記せよ!」

「むざむざ主君を(かどわ)かされた自分の失点を棚上げして、よくぬかしおるわ」

 

 ラインハルトの正統政府と自由惑星同盟に対する懲罰を専攻する演説が終了して立体TVのモニターが真っ黒になった時、思わず口からこぼれたゲオルグの感想がそれであった。エルウィン・ヨーゼフは銀河帝国の皇帝であり、ラインハルトは帝国宰相といえども皇帝の臣下の一人にすぎない。もちろん皇帝は傀儡であって、その主従関係が形式的なものにすぎないことをゲオルグも承知しているが、形式的とはいえ主従関係にはちがいないのである。くわえてゲオルグは帝国の藩屏たる貴族階級に育ったので、ゴールデンバウムの血統に一応の敬意を持っていた。なのでラインハルトの臣下として主君を守れなかった責任に触れず、自分に非はまったくないという態度で誘拐犯を声高に弾劾するやり口を、厚顔無恥と感じたのである。

 

 しかしながら、権力者なんて存在は厚顔無恥だ。でなくば権力者になれないし、なれたとしても生き残れない。そういった認識を持っているゲオルグはラインハルトに対する感情的反感を沈め、今後のラインハルトの動きを推測してみた。まず間違いなく、同盟に対して大規模な出兵を行う。わざわざ交渉と説得の必要性を拒否し、力によって矯正すると宣言したほどだ。やらねば帝国宰相としての沽券にかかわる。となると、いったいどこまでを目標として行うのか、そのあたりを見定めなければなるまい。

 

 ラインハルトは軍事的な天才である。したがってあまりに無謀な遠征――二年前の同盟軍の遠征作戦のような――をする可能性はきわめて低い。となると、帝国と同盟の勢力境界線上に要地、イゼルローン要塞の攻略方法を編み出せていると考えるべきだろう。そして要塞を奪取した後、同盟に対して不平等な講和条約を提示し、現政権首脳と正統政府構成員の引渡しを要求する。同盟軍は二年前の遠征の大失敗で戦力を著しく損耗しているそうだから受け入れる可能性が高いし、拒否されてもイゼルローン要塞が手中にあれば帝国の優位は揺るがないのだから、地道に同盟領を少しづつ制圧していく。そんなところだろうか。

 

「しかし、ずいぶんと早い反応でしたな」

 

 シュヴァルツァーが独創性がないが普遍的な感想を述べる。

 

「ランズベルク伯爵がエルウィン・ヨーゼフ陛下を救出したのは七月上旬のこと。どう反応するべきか、あらかじめ考えていたのでしょう」

「そうか。二ヶ月弱の時間があったのだから、対処法を考えていて当然か」

 

 ベリーニとシュヴァルツァーのやりとりに、ゲオルグはある違和感を感じた。それがなんなのか、かすかに眉を歪めて思考に沈んだ。なんだ? なにを見逃している? あるいは勘違いをしている? 違和感が急速に膨れ上がり、違和感の根元に、六月に初めてベリーニと会話した時の記憶が掘りかえされた。そうだ、あの時、自分は同盟と帝国の旧体制派が手を結ぶという衝撃的な計画を聞かされ、とっさには信じられなかったのではなかったか。

 

 それを思えば、ラインハルトがたかが数十分で自由惑星同盟にたいして懲罰を決意したというのは、いくらなんでも早すぎる。門閥貴族の残党が皇帝陛下を誘拐し奉り、君主という存在を否定する共和主義国家たる自由惑星同盟と協力関係を構築するなど、まともな想像力の持ち主には不可能であろうし、仮にそんな想像ができた者がいたところで、自分の正気を疑われるかもしれないと口には出さぬであろう。だから皇帝の誘拐犯たちに、自由惑星同盟なる要素がでてくることは本来ありえざることなのだ。

 

 ……となるとラインハルトは最初からレムシャイド伯が同盟やフェザーンと協力関係にあることを知っていたということだろうか。で、あるならば、正統政府内にラインハルト派のスパイがいる? だが、それなら皇帝誘拐から始まる今回の一件にフェザーンが関わっていることは百も承知のはずだ。にもかかわらず、フェザーンに対して外交的になんらか行動を帝国がおこした形跡は皆無で、先ほどの懲罰の対象にもあげられず、普段と変わらずに帝国とフェザーンの関係が継続しているとはどういうことか。

 

「どうかしましたか?」

「……先ほどのローエングラム公の演説を聞く限り、近いうちに帝国軍が同盟領に大挙して侵攻するのは必定だ。それなら帝国軍が本土をからにした後にレジスタンス行動をおこさせた方が効果的かもしれぬと、少し考えていた」

 

 ベリーニに対してあたりどころのない返答をしながらゲオルグは内心で確信した。いくらか無謀でも隙を見てフェザーンの術中から逃れるべきだ。おそらくだが、フェザーンの黒狐はラインハルトと手を組んでいる。だから帝国とフェザーンとの間で平和的な関係が続きつつ、ラインハルトは迅速に行動できているのだと。




次回は「久々にワロタ」で有名なあの人が登場予定です。
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