リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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マハトエアグライフング③

 アルデバラン星系の恒星間通信を管理する施設は、血の海になっていた。職員たちの死体の積み上げられた山から流れ出たものである。床に倒れていて移動するのに邪魔だったから、襲撃者たちがいくつかの場所にまとめて積み上げたのだ。施設内にある機械という機械はすべて破壊されていた。すべて斧で物理的に粉砕したのである。

 

 修理が不可能なほど徹底的に破壊しつくされていて、アルデバラン星系がほかの恒星系と通信を交わすには、新しく装置を製造をして設置しなおすほかに方法がなく、最低でも朝日がこの惑星を照らすまで、アルデバラン星系は情報的に孤立することとなるのだ。

 

「どういうことか、説明してもらおうか」

 

 何処か品がある黒色の軽装をした、灰色に近い銀髪と冷たい氷を思わせる碧眼が特徴的な青年、テオ・ラーセンはブラスターを目の前のフードと仮面と頭部を隠している人物に向けた。ラーセンの仲間たちも怒りに満ちた目でブラスターを向けられている相手とその背後の数人を睨みつける。

 

「どういう意味でしょうか。保安少佐殿」

「言葉通りの意味だハイデリヒ保安中尉。ルドルフ大帝の像を爆破したのは貴様らだな?」

 

 つい先ほど、町の各所に配置されていたルドルフ大帝の像が、いきなり爆発してあたりに引火したのである。黄金樹に忠誠を誓うラーセンからすると許し難い暴挙であり、こちらの手で陽動をするからと請け負っていたハイデリヒたちのグループの仕業に違いないと判断していた。

 

「やったのは東からやってくる共和主義者の仕業ということになるでしょう」

「やってくる……か。貴様らは、共和主義者とも手を組んでいたのか。思想犯として処断されても、文句は言えぬぞ」

「手を組んだ? ご冗談を。私たちはただ都合がいい場所にいた愚か者たちを利用しただけだ。それに思想犯? 陽動のためにはこれが最善だと確信しているが」

 

 じつのところ、ハイデリヒも市街各所のルドルフ大帝像を爆破するというのは、少なからぬ心理的抵抗があったのだが、大帝像をぶっ壊した方が共和主義者の犯行だと思わせることができるという意見をゲオルグが押し通したことでルドルフ大帝像以下、革命闘争の名場面を石像化したものを、八割がた爆破することになった。秘密組織の構成員が総督府の役人として石像の手入れをするときにすこしずつ仕込ませての犯行であった。

 

 まことに奇妙なことだが、ゲオルグはルドルフを崇拝しているのに、石像に対する敬意をあまり持ちあわせていなかった。普通の貴族ならルドルフ大帝の像を壊せといわれても、恐れ多いと言って拒否するだろう。なかには己の命に変えても守ろうとするものもいるかもしれない。それくらいルドルフの姿を模った石像は、貴族たちにとって侵しがたいものなのである。

 

 だがゲオルグは違った。確かに偉大なる大帝の姿を模ったものであるし、通りかかるときは軽く目礼のひとつでもしようかという気分にはなれるが……所詮、石くれであることに変わりはない。だからそれを壊すことによって利益を得られるなら、遠慮なんかせずにぶっ壊すべきだろうと自然に思えるのだった。それどころか、自分の姿を模ってるだけのたかが石くれに敗北する人類の姿なんて見せたら、ルドルフ大帝は絶対に失望するだろうと考えるほどだった。

 

「陽動だと」

「そうです。共和主義者どもが総督府の相手をしてくれる。その間に自分たちがゆるりとことをなせばいい」

「…………わかった。そうしよう。それでその共和主義者どもはどれくらいの数がいるのだ」

 

 しばらく憤怒を隠さずに睨みつけていたラーセンだったが、急にそのような感情がごっそり抜け落ち、ブラスターを腰のホルスターにおさめ、なにごともなかったかのように平然と実務的な話をふってきた。いきなり態度を変えた上官に、ラーセンの部下たちは肩をすくめ、完全ではないが向けられていた怒りが弱まる。あいかわらず気味が悪いとハイデリヒは心中で呟く。

 

 エーリューズニル矯正区出身者の多くがついさっきまで感情的な対応をしていたのに、唐突に別人のように理知的な対応をしてくる。まるでバグが発生したので電源を落として再起動する機械のように。だから、一部ではエーリューズニル矯正区出身者はサイボーグと皮肉を交えた蔑称で呼ばれることさえあるのだ。

 

 噂によるとこれは、合理的な思考能力と帝室への揺るがぬ忠誠を両立させるための思想教育の副産物であるという。帝政を誹謗する言葉は何ひとつとして認めず拒絶する頑なな思考回路が存在するいっぽう、それにとらわらず柔軟で現実的な意味における利益を追求する思考回路が別に存在する。いわば、自覚的な二重人格というやつで、より状況に適している方の思考が表に出てくるという。本当かどうか知らないが、本当だとすると矯正区でいったいどんな教育を受けたらそんな精神性を作りあげることができるのか、ハイデリヒにはわからない。

 

 だがその副産物として、いくつにも思考と感情が分裂しているのだから、分裂している現在とは対極の思考と感情を有している部分に切り替わり唐突にまったく別人のような対応ができるのは、むしろ当然であるというのだ。エーリューズニル矯正区出身者に対してそのような噂がまことしやかに囁かれているのである。

 

「たしか四千から五千と聞いている」

「少なすぎないか。憲兵や警官がこの惑星には万単位でいるんだぞ。その数で陽動が務められるのか」

 

 その疑問にハイデリヒは苦笑した。たしかにそう思うのが自然だろう。十数万の足止めをたかが五千でどうにかしろなんて、ふざけているのか思うのが当然である。しかし、それは憲兵や警官が味方を信頼し、正しい認識の下で行動できるという前提での話だ。

 

「心配無用だ。連中は疑心暗鬼と存在しない敵への対処で忙しいからな。数時間は自由に行動できるさ」

 

 ハイデリヒが自信満々にそう断言した。たしかにテオリアの治安組織はそのような状況になりつつあったのである。憲兵司令官ツァイサー中将は暴動が発生したという情報を入手すると、即座に全憲兵部隊にどのような事態が発生しても軽挙妄動する者は厳罰に処すと厳命した。テオリア各地の憲兵としては、テロを放置せよとも解釈できる内容に不満と不信を感じたものである。

 

 その命令を出したツァイサーは憲兵司令部から総督府へと移動していた。総督以下、要人の警護する必要があると感じたからである。この緊急事態を知れば、寝てても出勤してくるだろうと考えたのだが、肝心のジルバーバウアー総督の姿が見えないのであった。

 

「総督閣下はいずこか」

 

 総督の官舎の警備に当たっていた憲兵の一人に、ツァイサーはそう問いかけた。爆弾テロが発生した直後、官舎の警備にあたっていた憲兵たちは、ここは危険ではないのかというジルバーバウアー夫人の不安に同意し、恐怖で震える総督の家族を護衛しながら総督府へと移動してきたのであった。

 

「総督閣下は警察支部長が至急話し合いたいことがあるということを聞いて、昨日の一〇:三〇にグレル少尉以下八名を連れて警察支部へ行かれました!」

「警察支部だな。よくわかった。リヴォフ中佐!」

「はっ!」

「二個小隊を与える。総督閣下を護衛し、こちらまでお連れするのだ」

「了解しました!」

 

 急いで準備を整えて総督府から出て行ったリヴォフを見送りながら、ツァイサーは焦っていた。このまま総督が警察の警護下に置かれるのはまずい。憲兵隊の管理下にあるならなんとか対処できるかもしれないが、警察だと最悪の場合、自分は確実に破滅してしまう。

 

 ツァイサーは自分が運営に責任を持っているこの惑星の憲兵隊に好ましくない思想的傾向があることを気に病んでいた。それは憲兵の間で共和主義の思想本が流行っているからである。共和主義の思想は治安を乱す危険な要素であるとしか解釈できない憲兵中将としては、政治犯として容赦なく逮捕したいところなのであるが、ラインハルトの改革によって政治犯扱いされる基準が大幅にさがったのでそれは不可能だった。

 

 憲兵隊は専制体制を守護する忠実な番犬であるべきだ。そんな信念をツァイサーは抱いている。なのに、憲兵の間に専制を否定する共和主義思想が蔓延しているなんて断じて許容できることではない。言論と思想の自由が保障されているから、政治犯・思想犯として直接逮捕することができないならばと、合法的に許される範囲のあらゆる手段を用い、なんとか彼が愛する憲兵隊から共和主義思想を去勢しようとしたのだが、その思想は根強く張り付いていて、消し去ることは困難だった。

 

 だから自分の部下の大部分の憲兵を信じられない精神状態にツァイサーは陥っていた。だから信頼できる古参憲兵将校を中心に、思想的な過ちが見られない憲兵を集めた部隊以外、この騒動で動かす気は彼にはなかった。もしこの騒ぎに乗じて共和主義にかぶれた憲兵がなにかしでかせば、自分の生命が危ない。

 

 すでに領地も特権も返上し、そのことを後悔してもいないが、ツァイサーは今もれっきとした貴族であり、爵位を持っている。ローエングラム体制が成立し、多くの貴族が粛清されているのに自分が憲兵隊の高級将校として生き残れたのは、先の内乱で貴族連合に加担していなかったからであり、自分自身に政治色が皆無な仕事人間で、実力主義を標榜する体制から有能とみなされたからだと思っている。自分の指揮下にある大多数の憲兵が程度の差はあれ共和主義に共感しはじめ、それを改善しようとする思想改革にはことごとく失敗しているという事実は、自分が無能だと中枢に認識されるかもしれず、そうなれば他の貴族同様自分も粛清されることになるのではないかと恐れているのであった。

 

 だから総督の身柄は絶対に確保しなければならない。後々問題になるかもしれないが、なんとかして総督に警察を主体として今回のテロを鎮圧させるように命令を出させるのだ。そうすれば、憲兵隊の思想的問題はまだ隠すことが可能なはずだ。秘密裏に憲兵隊の問題を処理しなくては、自分の身には破滅しか待っていない……。

 

 いや破滅だけですめばいい。いまは自由惑星同盟を僭称する叛徒どもと、共和主義と専制主義の決して相容れぬイデオロギーが全力でぶつかりあう最終戦争中なのだ。そんな時に共和主義がはびこる温床を放置していたとあっては、真っ当な殺し方で殺されるかどうかすら……。

 

 真っ黒な自分の未来の予想図に寒気を感じ、ツァイサーは体を震わせた。そしてそれに追い打ちをかけるように、悪い報告を持ってリヴォフとは違う憲兵将校がやってきた。

 

「東方面の各駐屯地からの報告によると、東方面から大量の不審な地上車がこちらに向かっているとのこと。またある駐屯地の憲兵が独断でその地上車を止めて臨検したところ、中にいたテロリスト四八名と銃撃戦となったとのこと。その過程で三二名をその場で射殺。残った一六名は尋問中に死亡したそうですが、その供述によるとテロリストどもは共和主義過激派のようです」

「……な、なんだと?! 間違いないのか!!」

 

 ツァイサーは我慢しようとしたが、我慢できずに叫んだ。共和主義過激派のテロだと? 最悪だ。

 

「はい。彼らが言っていた“眠れる臣民(たみ)は惨めなるかな! 人間(ひと)として目覚めよッ!”というのは大規模な共和主義系の反体制組織のスローガンです。ローエングラム体制の成立と同時に空中分解し、残っているのは過激派のみという情報がデータベースに」

「な、なんてことだ……」

 

 今度は諦観を込めた絶望的な声でつぶやく。一分ほど沈黙したあと、随分と不明瞭な報告であることに気づき、報告に来た憲兵を怒鳴りつけた。

 

「大量、などと大雑把な報告をしおって! はっきりとその不審な地上車は何台くらいあるのか報告しろ!」

「そ、それが、各駐屯地の報告が食い違っておりまして……。十台程度という報告もあれば、千台以上見たという報告も。私見ですが全体から推察すると三百台前後ではないかと」

「な、なに……」

 

 一台に五〇人前後の共和主義者が乗っているとして、それが三百台前後? つまり、約一万五〇〇〇もの共和主義系テロリストがこのテオリアに潜伏していたというのか。それだけの数となると体制側に協力者がいなければ、潜伏し続けることはまず不可能であろう。そしてその場合、協力者として一番疑わしいのは、間違いなく危険思想に汚染されつつある我が憲兵隊だ。

 

 本格的に自分の生命の危機だと、ツァイサーは理解した。どうする? いったい、どうすればいい? 任務放棄して逃亡するか? いや、それはだめだ。国家の目を欺いての逃亡生活なんて現実的に困難だし、憲兵としての意地もある。任務放棄なんて、いままで憲兵として仕事をしてきたという矜持がゆるさない。なにか、ないのか。起死回生の策は!!

 

 激しく苦悩するツァイサーだが、苦悩する時間的余裕すらないのだ。結局、総督府の要人とその家族をもっと目立たない場所に移動させることを命じただけだった。テオリアには警察と憲兵をあわせて三〇万弱の治安戦力があるが、都市部に一極集中しているわけではないので、すぐに使えるのは五万程度だ。しかも憲兵隊の大半は信用ならないので、実質的に使えるとなると三万弱だろう。これでは総督府を守りきれない可能性があると判断したのである。

 

 そして総督の身柄を確保しなければならないという思いをより強くした。総督を手中に治め、この事件の処理がついたあとにやってくるであろう帝都のお偉方に対し、憲兵隊の思想的問題を隠すように口裏をあわせてくれるように頼むのだ。いや、状況が状況だ。この際、脅してでもいうことを聞かせるべきだ。総督は気の弱い官僚、彼の妻でも人質にとっているといえば、簡単に脅しに屈するにちがいない……。

 

 それから、共和主義者どもに協力した憲兵隊内の思想犯どもも、帝都のお偉方が来る前に見つけ出し、一人残らず抹殺する。帝政と秩序を守護する使命を帯びた憲兵でありながら、危険思想にかぶれた愚か者どもをそんな楽に殺してしまうのは忸怩たるものがあるが、表沙汰にしてしまうと憲兵隊全体への信頼問題に発展しかねない。それはなんとしても避けなくてはならないのだ。

 

 そうした打算もあって、総督府に残っている信用できる憲兵をかき集め、ツァイサーは自身も警察支部に赴くことを決意した。警察のいけすかないへルドルフが功績を横取りされることを警戒して憲兵を追い払っているかもしれず、それにリヴォフ中佐は対抗できないだろうと考えたからであった。ならば司令官である自分みずから出向き、警察の功績を奪う気はないと説得するしかあるまい。

 

 ツァイサーがそのような決心をしたとき、ゲオルグはオットーやベリーニ、そしてブレーメ以下総督府貿易課の課員ら六名とともに、ある仮宿に居た。大量の無線機とアンテナが設置されていて、これで先ほどからザシャ・バルクらの活動に関する通信報告を改竄し、警察と憲兵を混乱に陥れているのであった。ここ以外にも、テオリアのあちこちにこうした無線を傍受し、改竄する設備を秘密裏に設置していたのである。共和主義過激派の数がとんでもないことになってるのもそのせいであった。

 

 だがもし改竄を見抜かれたらという心配があり、ゲオルグはそれにたちの悪い対処をしていた。秘密組織の構成員である憲兵に無茶苦茶な報告をさせているので、改竄に気づいたとしても、普通の報告も一部がおかしいのである。巧みな改竄と無茶苦茶な報告により、共和主義過激派の規模を推測するのは困難であろう。

 

「こんなものか。そろそろ移動するぞ」

 

 そう言ってゲオルグは立ち上がり、一拍おいて他の者達も立ち上がった。ブレーメら貿易課の者達以外は、恒星間通信施設を襲撃したハイデリヒ同様の体を覆い隠すような黒いコートを着ていて、フードを深くかぶると背格好以外は判別が難しくなってしまう。このように自ら行動するときは、さすがのゲオルグでも自分の身を隠す努力というものをするようであった。

 

 証拠隠滅のため、仮宿に時限爆弾をセットし、ゲオルグたちは外に用意してあった地上車に乗った。運転席は貿易課員で、助手席に座るのがブレーメ、二列ある後部座席の一列目は残りの貿易課員が埋め、ゲオルグ、オットー、ベリーニは一番後ろの座席である。全員が乗ったのを確認すると運転手がゆっくりとアクセルを踏んだ。

 

 車道に他の地上車が見当たらないのは、単に真夜中であるというだけが理由ではない。テロリストたちが団体でこちらに向かってきており、治安部隊との銃撃戦が発生することを想定し、ツァイサー憲兵中将が民間人を巻き込まないために、決して外にでたりしないようにと星系立体TV放送局に命じてそういった内容の緊急放送をさせているからであった。だから騒ぎに目を覚ました住民は自宅に身を潜めていることであろう。

 

 とはいえ、あくまで一般人が出歩いていないというだけで、一般人でない者たちはせわしなく動いている。警察支部に近づいてきたところで、警備にあたっていた警官が車を止めるよう発光棒でしめした。運転手はその誘導にしたがって、車を止める。助手席からブレーメが外に出て、警備にあたっている警察官のリーダー格である巡査部長に話しかけた。

 

「私は総督府商務局貿易課長のハインツ・ブレーメだ。先ほど起きて立体TVの電源をつけたら、なにやら騒ぎが起きているそうなので、警察支部に行って君たちの上司から事情を説明してもらおうと思うのだが、通してもらえないだろうか」

 

 丁寧な態度に、巡査部長は多少警戒を解き、身分証明書を出すようにお願いした。ブレーメは財布の中から身分証明書を取り出して、差し出した。自己紹介通りのことが書いてあり、顔写真とも一致することを確認すると巡査部長は悩んだ。怪しい者の通行はすべて止めよと命じられているが、ブレーメはちゃんとした証明書を持っている。通しても問題ないだろうと三〇秒ほどの思考して結論を出し、ブレーメたちの車を通した。

 

「さすがは警察だ。どこぞの憲兵どもと違ってまともに仕事をしている」

「……憲兵をまともに働けない状況に追い込んだ人が言うことですか」

 

 ゲオルグが大真面目にそんなことを言うので、オットーはあきれたものである。声に出して言ったのはオットーだけだが、全員が同意見であることを表情が物語っていた。

 

「なにを言う。別に法律的には何の問題もないはずだぞ」

「そうでしょうけどねぇ。不文律ってものが普通あるでしょう。ハイデリヒが酷すぎるってボヤいてたわよ」

「悪辣? 私はただ、新鮮な話題を憲兵どもに提供してやっただけだぞ? 言論の自由万歳、思想の自由万歳。憲兵隊内部に共和主義者なんていないのに、いると思い込んでるツァイサーが愚かなだけにすぎぬ」

 

 とは言いつつも、ゲオルグも内心ではオットーやベリーニの言葉が正しいことを認めていた。すくなくともいまのところ、ローエングラム体制は個人の自由を強く擁護している。だからゲオルグはズーレンタール社に潜んでいたときから、それを利用する悪辣な術をたくさん考えており、これはその一種であったからだ。

 

 ゴールデンバウム体制において共和主義は徹底的に弾圧され、その思想は抹殺されてしかるべきものであった。好奇心ゆえに知りたいのか、革命を起こすための知識が欲しいから知りたいのか、当人にしかわからない。ゆえにルドルフ大帝は共和主義の思想本を焚書し、その思想を理解しようとすることを国法によって禁じた。

 

 特権を有する貴族階級、もしくは政治犯や共和主義弾圧の実行面を担う社会秩序維持局や憲兵隊などの一員であれば、政治や仕事をする上で必要性があるので不文律によって例外扱いされているが、それでも共和主義のことを深く知ろうとのめりこめば、まわりの疑心を招き、思想犯として告発されかねない。命あっての物種と積極的に共和主義の精神を理解しようと調べる者は皆無ではないにしても、圧倒的少数派であった。

 

 だが、ローエングラム体制では共和主義がどのような理念であるのかどれだけ知ろうとしても思想犯として裁かれることはない。そしてツァイサーは有能で仕事熱心なベテラン憲兵である。ゲオルグはこの二つの要素は、ある意味では喜劇的な認識のすれ違いを起こせると確信し、以下のような計画を立てた。

 

 まず憲兵隊に潜り込んでいる秘密組織の構成員に今まで焚書指定されていた共和主義の思想本を配布。同僚や部下にたいして、その話題を振ることを促した。古参のベテランや潔癖症な者を中心にそれなりの数の憲兵が共和主義の話題をすることを本能的に拒絶したが、少なくない数の憲兵、特に若い者たちが興味を持って、共和主義に関する話題に積極的に参加した。

 

 彼らは自由惑星同盟を僭称する叛徒とやらが、共和主義なる理念を掲げて銀河帝国の支配を否定しているということを知ってはいたが、肝心の共和主義にかんしては極めて断片的な知識しかないのである。ゴールデンバウム王朝は共和主義は人類社会を堕落させる危険思想として喧伝していたが、そんな思想の勢力が帝国と一世紀半も戦えるはずもないので、罰せられることをおそれ、口にはださねど、大部分が嘘であろうと思っている者が多かった。真実を知りたくても、国家がそれを認めなかった。

 

 しかしいまはローエングラム公によって言論の自由が保障された時代である。自分たちの祖先らも軍に徴兵され、そしてそのうちの何割かが戦場に倒れて帰ってこなかった。そうして帝国が戦ってきた叛徒は、いったいどのような主義主張をして銀河帝国に戦いを挑んでいたのだろう? 今現在、ローエングラム公が大軍を率いて叛乱軍と激突していることもあり、にわかに興味を持ち、すっかり最近の流行りの話題となってしまったのであった。

 

 全員が全員、そんな柔軟な思考ができれば何の問題も起こらないであろうが、そんなわけがなかった。古参の憲兵たちの感覚からすると多くの憲兵が、全員犯罪者として政治犯収容所送りになってもおかしくない話題を平然としているという、異常事態でしかない。法的には犯罪者ではないことを理解できたとしても、ゴールデンバウム体制下で職務に従い、長年に渡って政治犯・思想犯を逮捕・拘禁してきた古参憲兵には、違和感を禁じ得ない光景なのだ。

 

 特にツァイサーのように長く憲兵として働き、多くの実績を残しており、なおかつ人間としてまっとうな論理観を持っていた場合、共和主義の話題が受け入れらない深刻で切実な理由がある。彼らは帝国の法秩序と権力者の命じるところ、数え切れない共和主義者を逮捕し、拷問にかけて自白を吐き出させ、政治犯として収容所送りにしてきたのである。いや、明確な共和主義者でなくとも、その疑いがあるというだけで同じように扱ったことが何度もある。なんとなれば、共和主義とは絶対悪であり、秩序を破壊する危険思想である。その邪悪を人類社会から根絶することは旧体制においては疑う必要すらない絶対的正義であったから。

 

 なのに、今になって、そうではないなどと言われても、受け入れらることではない。共和主義は絶対悪でなくてはならないのだ。そうでなければ、自分たちがいままでやってきたことは、いったいどうなるのだ。自分たちは「皇帝陛下の御為」に、「帝政を守護する為」に、「安定した秩序の為」に、「無辜の民が安心して平和に暮らせるよう」に、共和主義を弾圧してきたのである。ナノニ、ソウデハナイノダトシタラ……。

 

 そうした古参憲兵たちの心情を、ゲオルグは正確に洞察している。だからこそ、彼らは共和主義を絶対悪と頑迷なまでに信じ続け、否、信じ続けようとする。そうしなければ、良心が耐えられない。もし認めてしまえば、心の内奥に封印されている巨大な罪悪感が目を覚まし、押しつぶされてしまう。ゆえに、共和主義の話題なんてしている憲兵に疑心を抱き、信頼することなどできはしない。それを恥と思い、隠そうとするであろう。

 

 ツァイサーは、まさに思惑通りに踊ってくれた。ゲオルグは、自分が敷いた道を歩んでいる相手にはすこしだけ憐れんだ。旧体制が続いていれば、ツァイサーは自分がやっていることの大いなる矛盾に気づかずにすんだであろう。旧体制が続いていれば、汚職もしない模範的な憲兵として称賛され続けたであろう。しかし時代は変わってしまった。憲兵としての矜持と強い順法精神の持ち主だったから、幸か不幸か新体制でも生き残ることができた。だが、開明的な新体制はツァイサーにとっては、罪悪感と息苦しさしか感じられない体制なのだろう。

 

 とはいえ、ツァイサーは憲兵であることもあって、向けられた同情はほんのわずかである。どれだけ息苦しかろうが、罪悪感に苦しもうが、新体制に受け入れられているのだからよいではないか。こっちは新体制が全力をあげて拒絶し、抹殺しようとしてくるんだぞとゲオルグは強く思い、死んでしまえと思った。死んでしまったほうが、彼にとっても救いであろう。

 

「着きましたよ」

 

 到着を告げる声に、ゲオルグは思考の海から戻ってきた。そこは警察支部から約五〇〇メートルの地点で、普通の街道である。ゲオルグとベリーニ、オットーの三人はここで車を降りた。

 

「さて、軍人としての腕前を見せてもらおうか。少佐」

「……任せておけ」

 

 オットーは背中に下げていたビーム・ライフルを手に取り、不敵に微笑んだ。まだ混沌の夜は始まったばかりである。




ツァイサーの心情をソ連秘密警察に例えて解説。

NKVD将校「同志諸君! ついにファシスト・ドイツと最終決戦のときが来た! 革命的精神を忘れずに戦い抜こう。同志、読書とは感心だね。カール・マルクスの『資本論』かな。それとも『共産党宣言』かな」
NKVD職員「アドルフ・ヒトラー著の『我が闘争』であります!」
NKVD将校「反動的ファシストの本を読むとは! 貴様、それでも党の剣にして盾か!? 正体は敵国のスパイだな!! 反革命分子が!! 粛清してやる!!」
NKVD職員「しかし同志スターリンが他の思想を知ることも大事だと布告を出され、反革命罪に問わないからよく議論しろと。今、ほぼすべての党員が資本主義やファシズムについて自分の意見を述べてますよ」
NKVD将校「……え?」

NKVD将校「人類の未来のため、革命を完遂するため、反革命分子を殺してきた。ある工場長を殺した。彼の工場で起きた事故は意図的なものだとされたからだ。外国語を流暢に喋る非党員を殺した。外国のスパイかもしれないとされたからだ。外国人に道を教えた国民を殺した。そのうち国家機密も教えるかもしれないとされたからだ。すべては党中央からの命令だった。たくさん反革命分子を殺してきた。たくさん、たくさん、たくさん……泣き叫ぶ子どもだって殺してきた。なのに、今になって党中央は殺してきた者達の思想を推奨するするのですか……? なら自分がやってきたことはなんだったのです? すべては地上に労働者の楽園を築くためだと信じていたのに……」
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