都市部で共和主義過激派が暴れまわり、その騒ぎに紛れてテオ・ラーセンら旧体制残党が強盗を働き、さらにその陰でゲオルグら秘密組織が暗躍する。おまけにこの騒ぎに感化されたのか、ただの小悪党たちも犯罪行為を働き始めており、まさにテオリアは混沌とした情勢に陥っていたが、治安に責任を持つべき体制側の動きははなはだ悪かった。
テオリアの最高責任者であるジルバーバウアー総督は警察支部にあって、支部長のへルドルフ警視長と対策を協議し、できるだけの手をうとうとしていたのだが、憲兵隊と共和主義者が手を組んでいるかもしれないという疑念を拭い去ることができず、対策は迷走してしていた。そんなところに、憲兵司令官ツァイサー中将の命令を受けたリヴォフ憲兵中佐が数十の憲兵を引き連れて警察支部へとやって来た。
「ジルバーバウアー総督閣下を他の要人とご家族をかくまっている総督府まで護衛するようにというのが司令官閣下からの命令である。どうか警察諸君の協力をお願いしたい」
この発言に、ジルバーバウアーは恐怖した。憲兵隊が敵に回っていると思い込んでいる彼には、家族と要人を人質にとったから大人しく従えという脅しとしか受け取れなかったのである。この状況に陥ったことにジルバーバウアーは、自分の家族を救えなかった警察の不手際を責め、へルドルフに責任をとってなんとしても状況を打開しろと罵声混じりに命令した。
へルドルフは自分に全責任を押し付けるようなジルバーバウアーの言動を不快に思ったが、実際問題として自分がどうにかするしかなかった。集まって来た憲兵に倍する数を引き連れ、警察支部の前に陣取るリヴォフ中佐の前に出て宣言した。
「貴官の要請を受け入れるわけにはいかぬ。総督閣下は憲兵司令官ツァイサー憲兵中将を逮捕・拘禁するよう命令されている。したがって、憲兵司令官の命令を理由として総督閣下の身柄をそちらに預けるわけにはいかぬ。貴官らが帝国と皇帝陛下への忠誠を示したいと考えるならば、貴官らの司令官を拘束してここにつれてきたまえ」
傲然とそう言い放ったへルドルフにリヴォフは鼻白んだが、すぐに言い返した。
「われらが司令官を拘束するだと。理由を聞かせてもらえるだろうか」
「ツァイサー憲兵中将は以前に総督閣下の命令を無視された。さらに共和主義者どもが暴動を起こしているというのに具体的な対策をとらず、街を共和主義者が暴れるに任せている。これは職務怠慢として拘束する理由としては充分にすぎる」
「以前に総督命令に背いたというのは詳細がわからぬのでとやかくは言いません。しかし具体的な対策をとらなかったとはいったいどういうことか。総督閣下のご家族をはじめ、総督府の要人を安全な場所にかくまったのは、ほかならぬ司令官閣下の功績です。共和主義者たちの目的が総督府要人と推測される以上、そちらに防衛線を敷くは道理かと考えますが。警視長殿が憲兵司令官の対処に不満を抱かれるのはかまいませんが、それを問題視するのであればこの騒動を解決してからにしてほしいものです。われわれ憲兵としても、総督府の警護に戦力を割かなかった警察の対応に不満を抱いておりますので」
警視長は軍隊の階級で例えると下級将官に匹敵する階級であるのだが、リヴォフは臆することなく堂々と上官を弁護し、辛辣にへルドルフを非難した。それでもへルドルフは、少なくとも表面上は動揺したそぶりを見せなかった。
「ほう、では、なにゆえ多くの憲兵は駐屯地で待機しておるのだ。おかげで私の部下たちが苦戦を強いられている。これこそ、ツァイサーが裏切っているなによりの証拠にはならぬか」
「偏見も甚だしい! 憲兵を駐屯地にとどめているのは、一部末端憲兵に不穏な動きがあり、それを考慮して閣下が慎重策をとっているだけのこと! そういうへルドルフ警視長殿こそ、総督閣下を拘束し、憲兵憎さゆえに虚偽命令をしているのではないのか!」
「それこそ偏見というものだ!」
「では、総督閣下を出せ! 私が直接、司令官閣下の身の潔白を証明するべく、ご説明申し上げる!」
「そんなことできる立場だと思っておるのか!」
「やかましい! 警官風情が黙ってろ! 総督閣下をあくまで警察支部内に閉じ込め、われわれから申し開きの機会を与えようとしないなら、こちらにも考えがあるぞ!」
売り言葉に買い言葉でリヴォフは激怒し、礼儀をわきまえぬ挑発をした。もとより警察と憲兵隊の関係は険悪なのである。互いに同じような任務に従事し、仕事と予算を奪い合う犬猿の仲。そこにラインハルトの改革による影響や憲兵隊の最高責任者の新体制内の地位の高さによる憲兵の優越感と警察の不公平感の問題もあわさって、銀河帝国の歴史上で一、二を争えるほど現在の警察と憲兵隊の関係は最悪なのである。
考えがあるぞと叫んだ直後、あくまで脅しの意味を込めてリヴォフが腰にさげてあるブラスターに手をかけた。その瞬間、場が一気に殺気立った。きっかけさえあれば、警官も憲兵も手に持っている銃器を構え、銃撃戦が展開されかねない空気である。ここに至って、へルドルフは自分は手段を間違えたことを悟った。傲然として高圧的態度をとるべきではなかった。もっとなだめるような態度で憲兵達の反感を慎重に避けるべきであったのだと。
こうなっては総督直々に憲兵を説き伏せてもらうのが一番だとへルドルフは思ったが、同時に無理な相談であった。憲兵が信頼できないというのもあるが、ジルバーバウアーが敵かもしれない銃器を手に持っている憲兵達の前に姿を表す度胸なんて、絶対にないと断言できるからだ。ジルバーバウアーは官僚としては優秀なのかもしれないが、臆病な小心者なのだ。銃殺されることを恐れて警察支部に居座るに違いなかったし、そんな危険なことを提案する自分を罵倒するだけだと確信できるので、不毛でしかない。
さて、その方法が使えないとなると、どうやってこの一触即発の緊迫状態を打開すべきか。そう考えながら睨みあいを続けて数分後、へルドルフは胸部に激痛を感じ、口から血を吐き出した。いずこからか飛んで来た光線が、警視長の右胸を貫いて肺を傷つけたのである。地面に倒れこむへルドルフの姿を見つめながら、状況を理解できずにリヴォフは唖然とした顔をしていたが、数人の警官は憲兵による銃撃と咄嗟に判断し、憲兵からの「攻撃」に対する警官の「反撃」でリヴォフの左肩と右脚を光線が貫いた。
「う、撃て、撃ち返せ! 応戦しろ! やはり総督閣下は警官どもに拘束されていたのだ! 総督を救出しろ!」
激痛に喘ぎながらリヴォフ中佐が叫ぶ声が聞こえてきて、へルドルフは激痛に呻きながら「やめろ」と叫んだ。自分が撃たれた時にリヴォフが唖然とした顔をしていたということは、自分への銃撃は意図しないものであったということだ。つまり、警察か憲兵のどちらかに敵の工作員が潜んでいたということで、ここで警察と憲兵が撃ち合っても敵に利するばかりだと激痛の中で考えたのである。しかし、その声はまわりに届かなかった。へルドルフの口から出たのは、言葉にならぬ血反吐のみであったから。
目と鼻の先で、憲兵と警察の銃撃戦が始まり、ジルバーバウアーはますます精神的余裕がなくなっていた。ツァイサーの憲兵隊の恥知らずな反逆者どもめ、それを抑えられないへルドルフの警察の無能者どもめが! 内心でひたすら二人の治安責任者をあらんかぎりの憎悪を込めて罵った。口に出さないのは、せめてもの公人との節度によるものであったが、もし眼前にひたすら罵ることができると思える対象が現れたら、ジルバーバウアーは現実に起こっていることを無視してでも、その人物を罵り続けるだろうことに熱中しかねない精神状態であった。
ジルバーバウアーの異様な苛立ちっぷりは、まわりにもなんとなく察せられることであったので、みんな爆発物に近づきたくないと総督を遠巻きに見つめるだけであった。
「どうすればいいのだ。総督に今後の展望はあるのか」
なにやらよからぬ事態が発生しているらしいと街の状況から判断し、保護を求めて警察にやってきた総督府の係長の一人が天を仰いでつぶやく。
「ないのだろう。総督でなくとも責任をなすりつける対象が欲しくなるのも当然の状況だからな。正直、事態は絶望的だ。街中には一万から二万の共和主義者が暴れまわっているのに、それに対処すべき警察と憲兵が内乱状態。平時であれば星系に駐屯している警備艦隊も、いまは数千光年彼方の叛徒どもの領域にあるし、星系外に援軍を頼もうにも恒星間通信は遮断されてる。手の打ちようがないよなあ?」
警部の階級章をつけた警察官が悪意もあらわにグレル憲兵少尉に問いかける。ジルバーバウアーの護衛についており、ツァイサーの動向を確かめるための尋問相手として支部内に入れられたため、この警察支部内にいる唯一の憲兵となっている。外で警察と憲兵の間で銃撃戦が発生しているのもあって、気晴らしの悪罵の対象に適当だろう。警部がそんな非建設的な理由でそんなことを言ったとわかるだけに、まだ若手の憲兵士官であるグレルは屈辱に身を震わせたが、反論できる立場ではなかった。
「よさぬか警部。グレル憲兵少尉の身の潔白は、へルドルフ支部長とジルバーバウアー総督が認めるところ。支部の外だけではなく、内部でも銃撃戦を起こしたいのか、卿は!」
「いえ、決してそういうわけでは……。申し訳なかった少尉。少し気が立っていた」
ブレーメ貿易課長に一喝されて、自分の浅ましさを恥じ入った警部は、グレルに謝罪した。
「とはいえ、思考の袋小路状態から脱出したわけではないか。共和主義者どもとそれに共鳴したツァイサー中将に従う憲兵達が街の中枢を占拠すれば、終わりだ。共和主義者は権力者を憎むことにかけて異常なやつら、総督のみならず、課長である私の身も危ういやもしれぬ」
「わざわざ絶望的なことを改めて言葉にする必要があるんですかねぇ!」
「なにも喋らずに時を浪費するよりかはマシだ! なにか逆転の策を見つけたいなら、思いついたことを片端から言葉にしろ。われわれが共和主義者どもの思うがままにされたいなら、黙って耳を防いでいてもかまわんが」
そこで貿易課員のひとりが口を開いた。
「そういえば、憲兵の多くは共和主義者と行動をともにしていないんですかね」
「なに?」
全員の視線がその貿易課員に集中する。
「いやだって、そうじゃないですか。憲兵は一〇万以上もこの惑星にいるんでしょう? それが全員共和主義者に加担しているなら、とうの昔にテオリアは共和主義者の手に落ちてないとおかしいじゃないですか」
「それはそうだ。共和主義者なんてキチガイどもに協力しようとする憲兵なんて、圧倒的少数派だろう」
平然と警部はそんな一般論を述べた。憲兵司令官であるツァイサーが共和主義者と協力しているのは状況証拠的にほぼ間違いないと認識しているが、それとその一般論は矛盾しないことであった。
「なら各駐屯地にいる憲兵達を説得できないんですか。彼らが味方になってくれたら……」
「難しいだろうな。卿、徴兵の経験は?」
「……幸運にも対象になったことがなくて」
「なんだと、羨ましいことだな。軍隊生活をした経験がないのなら、わからんかもしれんが、軍隊だと上の命令とはとても重いものなのだ。嫌な上官のものでもな。まして、仕事人間だったツァイサーは憲兵の間では人望があるやつなのだ。やつが裏切っていると言っても、憲兵達は簡単に信じまい。現に星域電波で憲兵の駐屯地に状況を説明した通信文を送っているが、それを信じて立ち上がる憲兵はごくごく少数だ。たぶん、共和主義者たちの策謀かなんかだと思い込んでいるのだろう」
「……なるほど」
警部の分かりやすい説明に、貿易課員は頷いたが、不思議そうな顔でグレルをチラリと見た。それが気になってグレルは問いただそうとしたが、それより先にある下っ端警官が喚いた。
「そんな立派な憲兵様がなんだっていまさらテロリズムに走ってるんですかねぇ! やっぱりあれか、所詮ツァイサーもローエングラム公が帝国に君臨することを認められないってわけか! だからって公爵憎しで共和主義者と結託したら本末転倒だろうが! そんなこともわからんのか!」
いや、そんな馬鹿だったら中将なんて地位につけるはずもないと思うがとグレルは思った。お飾りならともかく星系全域に責任を持つ憲兵司令官の職はわりと激務である。そんな仕事を過不足なくこなしているからこそ、ツァイサーは人望があるのであって、新体制下でも司令官職を守ることができたのだ。
しかしどうにもちぐはぐだなとグレルは思った。憲兵隊内で共和主義の話が盛り上がっているという事実から本気で憲兵の過半が共和主義者になっていてもおかしくないと認識していたのだ。しかしその認識はツァイサーが憲兵隊内部に共和主義思想が蔓延っていると宣言していた刷り込みに近いものであって、本気で話題にしていたのは少数派であったのだろうか。そう思えば、たしかに、興味半分で話してるだけの憲兵も多かった気がする……。
となるとツァイサー中将は、なんらかの理由で共和主義に与し、そして憲兵のほぼすべてが共和主義思想に染まっているように偽装したということか? なぜ? それはむろん、身内に敵がいるかもしれないという疑心を抱かせ、憲兵隊の動きを封殺するため……。
なれば、駐屯地にて待機状態にある憲兵も同じような状況にある可能性が高い! 士官学校を卒業して数年しかたっていないグレルはツァイサーのことをそこまで尊敬していなかったし、非常に慕っていた年の離れた兄を同盟との戦争で失っていたので反共和主義者であり、憲兵隊で流行していた共和主義の話に参加するのを本能的に拒否していた。
だからこそツァイサーは悪しき共和主義に感染する可能性は極めて低いと判断し、信頼できる駒としてグレルに総督の護衛を任せたのである。だが結果論に過ぎないが、ツァイサーはグレルが自分を尊敬していないという側面にいますこし注目すべきであった。それがツァイサーを破滅へと追い込む最後の要素になったのだから。
グレルはひたすら唸り続けているジルバーバウアーに近寄った。まわりの者達は感情的爆発に巻き込まれたらたまらないと距離をとった。
「総督閣下、私は祖国と皇帝陛下に忠誠を誓った軍人であり、上官より皇帝陛下の代理人たるあなたの命令に服する覚悟があります」
その言葉に、ジルバーバウアーは激しく苛立った。いまさらわかりきっていることを再度宣言してなにがしたいのか。先刻へルドルフと尋問したときに、彼の立場を認めたではないか。なのにそれでも不安だとほざくのか、たかが下級士官風情が! アルデバラン星系総督、何のコネもない平民が決してつけるような地位ではない、それが時の回りで唐突に与えられてしまったのだ。その重圧と苦悩というものをまるでわかっていない!
まして、自分が全面的に責任を持たなくてはならない旧首都圏で共和主義者どもが暴れているのだぞ! ジルバーバウアーは自分の世界に逃避して、ひたすらまわりの責任を追及するという、現状の打開に一ミリも貢献できない思考にふけっていたことを棚に上げ、保身に走っているようにみえるグレルの頬を容赦なく殴った。口の中が少し切れたので錆びた血の味を感じるが、グレルは伏して言葉を続ける。
「大多数の憲兵も私も同じ心情であると思います。ですから、総督閣下が直接彼らを説得されれば、この惑星の憲兵は皆立ち上がるはずです」
「なに……」
ふざけるな! その一言を喉まで出しかけ、理性ゆえに飲み込むのにジルバーバウアーは多大な労力を必要とした。
「なるほど。たしかにそうかもしれん。それで、説得しに行った駐屯地にいる憲兵どもにツァイサーの息がかかっていないと言い切れるのか?」
「そ、それは……」
「なら、行かぬ! こちらに殺意を持っているかもしれない憲兵の前に出るなど論外だ!」
怒鳴り散らすジルバーバウアーだが、これはいくらか酌量の余地がある。彼の官僚としてのスタイルは職務義務の命じるところはやるが、それ以上のことなんて絶対に勝手にやらず、どうしても自分の手にあまる案件が生じれば、上の意向を確かめて行うというスタイルであった。そして総督というのは星系で一番偉い立場である。このままではいけないと思っていても、上の意向を確かめるには恒星間通信が必須で、現在それはラーセンたちの手で破壊されている。なのでいまのジルバーバウアーには柔軟性というものが徹底的に欠けていた。
そしてなにより、ジルバーバウアーは自分の生命がなにより大切だった。だからこそ兵役で軍隊に徴兵されたときは、上に必死で媚を売り、上の意向を実現させる有能さを示した。そのかいあって貴族士官に気に入られ、最終的には軍官僚の使いっ走りという立ち位置を確保し、戦場から遠ざかったのも、すべてはそれゆえである。ジルバーバウアーは出世欲は人並み程度にあったが、それでも命の危険が伴うなら出世するのは絶対に嫌だった。だからこそ、いつも上の命令に従順であった。もし上の立場のものが失脚した時、自分の行為はすべて上の命令によるものと自己弁護し、生き残るための処世術であった。
それによって生じる理不尽や不条理に不満や怒りを感じたことがないわけではないが、すべては生命あってこそであると納得ずくで生きてきた。そうして耐え続けてきた成果もあって、こんな情けない自分にも幸いにして人生を共に歩む伴侶を手に入れ、順風満帆な人生を歩んできたのだ。だからこそ、なんとしてもジルバーバウアーは生き残りたかった。だから死の危険が伴うようなことなど、絶対にやりたくなかった。
「では、憲兵たちの前にでなければ、よいのですか?」
ポツリと呟くように、ブレーメは言った。周りが驚愕の目でブレーメを見る。
「放送局から放送すればいいのです。なにをおいても共和主義者たちの暴動を鎮圧を優先すること、憲兵司令官に叛逆の嫌疑があるのでツァイサー中将を逮捕・拘禁すること、全憲兵にむけてこの二点を命じればよいのです」
「だ、だが、放送局はツァイサーの息がかかった憲兵どもがウジャウジャしていることだろう。大丈夫なのか」
ある警官が懸念を述べた。いま流れている緊急放送は、そんなもの流すように要請した覚えがここにいる全員にないので、ほぼ間違いなく憲兵隊の要請によるものであろうというのが共通認識である。ツァイサーは無能な軍人ではないのだから、全員に声を届けることができる放送局の重要さを理解していないはずがなく、当然、厳重な警備が敷かれているであろう。共和主義者たちの鎮圧に多くの人員を割いているいま、放送局を憲兵から奪い返せるか怪しいものであった。
「しかし、それさえできてしまえば、この都市部にいる憲兵二万が味方につきます。それだけの数があれば、遠方にいる警察や憲兵たちがこの都市部にやってくるまで共和主義者たちを足止めすることができるでしょう」
ブレーメの理路整然とした主張は、警察支部長室にいる者達を納得させるだけの説得力があった。たしかに難しいが、それさえ達成すればこの難局を打破できるかもしれない。一人を除いて全員がそう思った。
「勝手なことを無責任に言いおってからに! 商務局の一課長が吠えるな!」
「無責任とは聞き捨てなりません。私は総督府の一員として、責任を持って提案しているのです!」
「んだとぉ……」
責任を持って提案する? たわけが! 提案という形をとる以上、責任は常に承認した側に生じるのだ。この場合は総督である自分に。ふざけるな! そうジルバーバウアーは思う。極論すると彼はたしかに平時では優秀な能吏であり、有事の際でも歯車のひとつとしては優秀であれただろう。だが、緊急時の操縦手には致命的に向いていなかったのであった。
「では、きみは責任をとれるのだろうな?
「……わかりました! では、私が総督の代わりに各所に命令してもかまわないのですね!?」
ブレーメの強烈な言い返しに、ジルバーバウアーは力なく頷き、内心で安堵を覚えた。“命令”。なんて素晴らしい響きだろうか。ジルバーバウアーはこのときに、自分が苦悩していたのは、だれかからの命令されることを求めてだったのだと気づき、ブレーメの方針を全面的に採用した。
こうして警察支部で大きな動きがあったとき、ゲオルグたちはその支部の位置から三五〇メートルほどにある高層ビルの中間の一室にいた。へルドルフ警視長がいきなり銃撃されて倒れたのは、クリス・オットーがここから狙撃用のビーム・ライフルで狙撃したからであった。
「へルドルフには悪いことをしたなぁ」
ゲオルグは無念そうに呟いた。警察時代、へルドルフとはちょっとした面識があったのである。状況的に憲兵の側を狙撃するわけにもいかなかったので、渋々、オットーにへルドルフを狙撃するよう命令したのであった。
「命令した本人がそんなこと言っても、偽善にしか聞こえないのだけど」
「私を偽善というのは、つまり卿は真に善なる者と自認しているのか。けっこうなことだ」
約半世紀前に帝国軍の尊厳を散々に痛めつけたブルース・アッシュッビーの死を知って堂々と弔電を送ったことで「敵将の死を悼むなど、偽善ではないか」と将兵から批判されたときに言い返した帝国軍の名将の言葉をゲオルグは引用してみせたが、この場合、偽善というにはとても悪の色彩が強すぎるので、その帝国軍の名将に対して失礼な引用である。
ゲオルグはしばらくビルの窓から警察支部前の広間を見下ろし、警官たちが憲兵がぶつかりあう光景を見て悦に入っていた。憲兵たちが劣勢に陥っているという事実はそれだけで痛快であったが、支部長が目の前で銃撃されたというのにしっかりと数の利をいかした戦法を駆使している警官たちに賞賛の感情を抱いていたのである。ベリーニなどは、この戦闘のキッカケをつくっておきながら何様のつもりであろうかと共犯者の身でありながら思ったが口には出さなかった。
ゲオルグは窓から身を翻した。戦闘見物をまだまだ続けたい気分ではあったが、あまりここにとどまり続けるわけにもいかないのだ。もし警官なり憲兵なりが自分達がやったことを把握してしまえば、計画が瓦解する。ここから速やかに逃走しなければならないのだ。あくまで警察と憲兵が互いに敵だと思い込んでいてもらわなくてはならない。少なくともここ数時間の間は。
「事態を知ったツァイサーらがこっちに来る前に、私とベリーニは他の役人たちを集め、騒動が落ち着くまで適当な場所に身を隠す。オットー、おまえは人目につかないよう気をつけて孤児院に隠れていろ」
ゲオルグとベリーニは総督府の末端役人としての記録上は完璧な偽装身分があるが、つい先日までブルヴィッツにおける工作活動に従事していたオットーにはまだそれがない。よってまだ秘密基地の司令部である孤児院の隠し部屋で生活しているので、そちらに向かうのだ。
「護衛はもうよろしいのですか」
「ああ、私もベリーニもそれなりに体術の心得はある。これ以上、裏で動いて火種を爆発させてまわる必要もないからな」
共和主義者どもはもう充分に働いてくれた。だが、やつらの成果を喧伝するのに付き合ってやる必要はない。ゲオルグがザシャたち共和主義者に期待したのは強烈な体制への敵意と、それを形にだせるだけの精神的熱量をともなった暴力的なエネルギーがテオリアを牛耳る上で使えると判断したからにすぎない。しかるに、こちらの目的が達成されれば、すぐに鎮火しなければならない存在に早変わりする。放置しておけば自分たちにも被害がでるからだ。
ゆえに、タイミングの見極めが肝要だ。早すぎれば目的を達せられず、遅すぎればこのテオリアに自分たちの安住の地はなくなる。時間的にそろそろ頃合いではないかとゲオルグは思うが、共和主義者どもはこちらの期待に沿う働きをしてくれているだろうか。ここまで治安戦力を混乱状態に追い込んでいるのだから、やってくれていると思いたいが……。