ハイネセンにおける謎の争乱、ヤン一党の逃亡、帝国軍主力と大本営のフェザーンへの移動、自由惑星同盟を構成するエル・ファシルの独立宣言……。バーラトの和約が発行してからまだ数ヵ月しか経過していないというのに、ふたたび戦乱の機運が高まり続けている情勢であった。
帝国側も同盟側もバーラトの和約が結ばれた時点では、恒久的なものではないにせよしばらく平和が続くことを望んだし、戦争再開なんてだれも望んでいなかった。この事態を招来せしめた罪を問われる者がいるとすれば、レンネンカンプ高等弁務官とレベロ最高評議会議長であるが、両者も戦争を再開したかったわけではない。どちらも主観的には現状において自らの祖国にとって最善と信じる道を全力で走破したのみであって、それが戦争につながるとはまったく考えていなかった。特に帝国と戦争になれば負けることがわかりきっているレベロはそれを避けようと懸命に努力していたことは間違いない。まったく報われないズレた努力をしていると辛辣な言い方もできたが。
では、両者が尋常ではない判断を下す原因となったヤン・ウェンリーはどうであろうか。たしかに後ろ暗いことがないわけではなかったが、すくなくとも数年は平和で安楽な年金頼りの新婚生活を満喫する気満々であったので、彼が戦争再開の原因の一端を担っていることは間違いないとしても、戦争再開を望んでいたとまで見なすのは少々酷というものであろう。
あえて、あえていうのならば、あまりにも多くの人間が平和に対して無知であったというのが、戦争再開の原因であるともいえるかもしれない。帝国は敵、同盟は敵。そうした認識から脱することができた者が少なすぎたのかもしれない。もし帝国領内であれば物証もなく行動にでるマズさをレンネンカンプはもっと重視したかもしれないし、レベロもレンネンカンプが同盟人であったならば部下の暴走を上司であるラインハルトに教えて止めさせるという考えを思いつくことができたかもしれない。
敵国なんだから脅しなくしてこちらの言い分を聞いてくれるわけがないし、祖国に益があるなら敵国の都合など無視して当然である。そうした一世紀半にわたる戦争の常識に同盟人も帝国人も染まりすぎていた。とりわけ高官ほどその傾向が顕著であった。それこそがバーラトの和約による平和が数ヵ月程度で終わろうとしている原因といえるのかもしれない。ただ仮にこの仮説が正しかった場合、こうなるのは必然であったという救いようのない話になってしまうのであるが。
人類史上稀に見るほど有能で清廉な人材がそろっていると歴史家に評されることが多いローエングラム王朝であるが、開闢直後からキュンメル事件をはじめとするとんでもない事態が立て続けに発生しているのはいったいなぜであろうか。新帝国暦一年は半年弱の期間しか存在しない筈であるのに、大きな事件だけで年表を真っ黒にすることも不可能ではないほどである。
無限に広がる大宇宙に数多存在する惑星。その中のひとつの地表上にある場末の歓楽街はそのようなことはまったく気にしていなかった。そこは今日もいつもどおりに賑わっていた。彼らにとって、世の移り変わりなど知ったことではない。ただたんに商いに熱中している者達と今の快楽を楽しんでいる者達が大勢を占めているのだから、世の中のきな臭い情勢とは無縁であった。
しかしその中にあっても少数派というものは存在するわけで、人が多いが総じて政治に関心の薄いこの歓楽街を密談の場として利用しようとする者達がいるのも自然と言えたかもしれない。とりわけ、表の世界で生きる者達のほとんどが知ることはない人類社会の闇で暗躍している者達にとっては、この歓楽街はそういう意味で非常に魅力的に映ったことであろう。
それゆえに彼もまたこの歓楽街にやってきた。服の仕立ての良さに金の匂いを感じた者達が声をかけてくるが、彼は平然と無視する。たしかに高級将校として高い給料をもらっていたから金は大量に持っているが、こんな場末で使おうという気はまったくない。使うならもっと楽しめる場所で使う。
だがどれだけ無視しても、上客を呼び込もうとする商売人たちの声はとても大きく、わずらわしさを感じずにはいられない。だから思わず足早に移動するになったのは、自然なことであったろう。目的地の宿泊施設に入ると、受付にいる憮然顔の職員が声をかけてきた。
「どちらさまで?」
「三六号室で予約していたものだ。先に友人がチェックインをすませているはずだが」
「かしこまりました。少々お待ちを……」
受付に置いてある台帳を捲り、内容を確かめた職員は一瞬だけ目を見開き、すぐに憮然顔に戻して問いかけてきた。
「確認ですが、三六号室なのですね。六三号室ではなく」
「ああ、すまなかった。記憶違いだ。一九八号室だった」
「……了解しました。どうぞ」
そういって受付の職員は三六番の鍵を取り出した。男はなにも言わずにその鍵を受け取ると三六号室へと去っていった。その姿が受付から見えなくなった後、職員は安堵からため息をついた。あの部屋を利用するものは、おっかない世界の住人であることを、職員は知っていたのである。
男が三六号室に入ると、先客がいた。その先客は禿げあがった頭をしていたが、意外と若く、毛根が死滅しているのではなく頭髪を剃っているのだということが理解できた。
「事前のやり取りで知ってはいたが、よく生きていたもんだな、ド・ヴィリエ大主教。地球教本部は地の底に沈み、多くの信徒ごと生き埋めになったと最初は聞いていたんだが」
「……そもそも貴様の飼い主が余計なことをしなければあのようなことにはならなかったのだがな。しかし、あの状況から生き残る程度、われらには造作もないことだ」
ド・ヴィリエは事もなげにそう言ってのけたが、それに対する男の反応はさほど感銘を受けた様子ではなかった。
「どうせワーレン艦隊に密航して地球から脱出してきただけだろう。佐官クラス数人を抱き込んでいれば、不可能ではない」
その分析はとても正しかった。たしかにド・ヴィリエたちはワーレン艦隊に潜り込み、悠々と地球から離れることに成功したのである。だが、男はひとつだけ、どうやったのかわからないことがあった。
「だが、どうやってそれに近づけた。まわりの帝国兵にバレないように地球教徒の士官がいる艦艇に近づけなければ、それは不可能なことだぞ」
「なに、聖女エルデナの加護によるものだとも」
「ハッ、くだらんジョークだ。大昔の財務次官の加護とか意味がわからん」
地球教がシリウス戦役当時の財務次官レイチェル・エルデナを聖女として崇めていることを男は知っていた。なんでもシリウスとの戦争を憂い、それを終わらせようと努力したが、当時の政府高官の無理解とシリウス軍の残虐さのせいで、達成すること叶わなかった無念の平和主義者として。
だが、それは真実とはいささか異なる。エルデナが平和主義者などではなかったことを地球教団の高級幹部たちは知っている。彼女はたんに最強のはずの地球軍が第二次ヴェガ星域で寄せ集めのはずのシリウスの軍事組織BFFに大敗した時点で、地球政府が戦争に圧勝することはできないと確信し、それを前提に戦後の地球のために植民惑星から収奪してきた富を復興費用として利用すべく、シリウス政府に収奪されないようになにかと理由をつけて地球各地の地下シェルターに隠す計画を主導していただけである。
彼女は戦況をよく理解していたといえたのだろうが、地球がどれだけ植民惑星から憎まれていたのか理解していなかったし、そして多くの地球人が胸に抱いていた誇り高さ、あるいは愚かさを過小評価しすぎていた。どれだけBFFに敗北し、地球の支配圏が縮小し続けても、地球統一政府は降伏することを断じて認めなかった。そしてそうした政府の強硬姿勢を地球の大衆は歓声をあげて熱狂的に支持し続けた。
なぜならば、地球の民衆は心から信じていたのである。地球にこそ正義があるのだと。だってシリウスを中心とする植民惑星連合は、地球統一政府からの独立を叫ぶのである。つまりは地球と同等の権利を持つ対等な主権国家であると叫ぶのである。同等の権利? 対等な主権国家? それが常識であったために、一三日戦争が勃発し、人類は絶滅の危機に瀕したことを、おまえたちは忘れたのか!!
民衆がそのように思っていたのは地球統一政府が多用したある大義が原因である。もともとはシリウス戦役以前から地球が各植民惑星でしばしば発生していた独立運動に対する弾圧の正当化、身もふたもない言い方をすると言い訳であった。五世紀以上にわたって平和な時代が続いたのは、地球統一政府の誕生によって人類を統治する単一の権力体制が構築されたためである。つまり、地球からの独立を訴える植民惑星の主張は、意図がなんであれ結果として一三日戦争の再来に繋がるのである。人類の未来を憂うのであれば、地球の為に戦え!
単一の権力体制だけが五世紀の平和を構築しえた要素であるというのは、あきらかに間違った極論であったが、幼き頃から一三日戦争の跡地で育ち、五世紀の平和に安住してきた地球側の民衆はそれを信じた。そして、そうした観点からいえば地球が植民惑星の独立を認めるようなことは絶対にあってはならないのである。なんとなれば、それは究極的に人類の滅亡を招来するのだから。
むろん、エルデナもそうした世論があることを理解していたが、地球軍が敗北し続ければいずれ民衆も悟るだろうと考えていたのだ。だが、どれだけ負けても熱狂は終わらない。それどころか人類滅亡を回避するために戦い続けようという声は益々ヒステリックになっていき、政治家がシリウスとの講和を示唆するだけで民衆が激怒し“愛国者”たちが民衆の声にこたえる形で単一の権力体制の崩壊を画策した“人類の敵”を血祭りにあげられるのが当然といった空気が地球全体を覆うようになったのである。
地球軍がほぼ崩壊し、BFFが太陽圏にまで進出してくる段階になってようやく熱狂はやや冷め、まともな講和を地球政府内部で提案できるような空気にはなったが、それでも植民惑星の独立は断じて認めぬという空気は依然と強く、当然それを考慮した講和案を作成せざるをえなかった。そしてそのような講和案を地球支配からの解放を望むシリウス側が受け入れるなどありえない。
当然の予定調和として、地球はBFFの猛攻を受けた。BFFによる民間人を巻き添えにした徹底攻撃は三日間にも及んだ。エルデナは母星が、自分の人生の思い出が刻みつけられた場所が、焦土と化していくのを見るのに耐えられず、鳴りやむ気配がない爆撃音を聞きながら、ある地下シェルターで絶望をいだきながら自害した。
そして数百年後、ある地球教徒達がその地下シェルターを再発見した。そのシェルター内部には「殺戮の悪夢を終えた後、私たちが生きた地球が、人類に誇れるような平和で豊かな惑星になっていますように」という内容の彼女の遺書が、巨万の富とともに彼女がシリウス戦役を生き残った地球人の末裔に残した遺産が存在した。
彼女の遺産を目にした地球教徒たちに襲った衝撃は凄まじいものだった。たしかに地球は平和な惑星にはなった。だが、その平和は人類社会から取り残されているがゆえの平和なのだ。とても人類に誇れるような平和で豊かな惑星などではない。はたして自分たちは先祖に恥じない生き方をしているのか? このまま母なる星が惨めな辺境惑星として人類史に忘れ去られてしまっていいのか? 否! 断じて否! この聖地に、かつてのような栄光を、取り戻すのだ。先祖の無念に誓って……!
こうした声が地球教徒たちで囁かれるようになった。それがエルデナが聖女として扱われるようになった始まりであり、地球教が人類社会に謀略の糸を伸ばし始めた起源なのだ。はたしてそれが、地球教の開祖ジャムシードが望んでいたことなのかという声もあるにはあったが、宗教論争の果てに聖女エルデナを崇拝する宗派のみが地球教の正統な教義と認定されるに至り、そのような声は粛清されて教団内から消え去った。
「聖女の如き人物の助けで、帝国軍と自然な形で接触できたのだよ」
だがド・ヴィリエは宗教的な信仰心は薄く、やや皮肉的な物言いで真実を口にしていた。彼は地球教本部から伸びている地下通路を使って、ダージリンに避難し、そこの都市長フランシス・シオン主教に匿われていた。もちろん、ただではなく、地球教本部を襲ったワーレン艦隊に対する基礎的な情報と引き換えに。
シオン主教は潔癖な人物でド・ヴィリエら本部の陰謀組を嫌っていたが、有益かどうかで判断して動く人物だったのでド・ヴィリエが有益な情報を提供してくれるのであれば、多少の手助け程度はしてやろうと思っていた。ド・ヴィリエから情報を聞き出すだけ聞き出して帝国軍に売り飛ばすことも考えないではなかったが、誠実さに欠ける対応は信仰心が強い彼女が忌むものであった。
これは実にシオンがエルデナと同様、諸惑星に迷惑をかけることをそれほど問題視していなかったが故の対応である。でなくば、とてもじゃないが皇帝暗殺に大きく加担していたド・ヴィリエを助けようとは思わなかったろう。彼女らは地球以外の問題にたいした興味がないという点において、同じ立ち位置にいる。
それを知っていたからこそ、万が一のためにと年齢が低すぎる彼女を早期に青年団から卒業させ、聖職者になってからはこっそりと出世を支援して、ダージリンの都市長の地位にまで成り上がらせておいたのだから、聖女エルデナの加護なぞではなく、自分の計画通りなんだがとド・ヴィリエは心中で呟いた。
ともかくもシオン主教がワーレンたちと会談中に、神殿の地下で帝国軍人の軍服に着替え、地球教徒の軍人グループとダージリンの街中で接触。大胆不敵にもワーレン艦隊の旗艦に密航させてもらったのである。もっとも、まわりのまともな軍人に見つかったら一巻の終わりであるから、ほとんど狭いスペースに押し込まれて居住性は最悪であったし、かなり心臓に悪い場面もあったので、あまり思い出したくないことであった。
「ふん。まあ、大主教猊下の苦労話は俺にはどうでもいいことだ。それで、いったい何の用で呼び出したんだ?」
「帝国でクーデターが起こるという情報がある」
「……なんだと?」
さきほどまでの余裕のある態度を投げ捨て、男はド・ヴィリエが嘘を言っているのではないかと睨みつけた。しかし冗談の類ではなさそうで、真剣な顔をしていた。
「にわかには信じられんな。第一、皇帝ラインハルトの人気は絶大だ。クーデターを起こしたい奴はいるかもしれんが、皇帝が急死でもしない限り、だれが首謀者になろうが最終的に失敗することが目に見えてる。それなのにやろうとするのは、そうとうな馬鹿だ。最悪、計画段階で潰されて終わりだろう」
「そうならないどころか、成功する可能性すらあると言ったら?」
「……まさか、クーデター初動で皇帝を暗殺でもするのか」
現在の銀河帝国はラインハルト・フォン・ローエングラムという巨大な恒星が、それ単体でも恒星となりうるほどの輝きを有しているはずの逸材を惑星にすることでまとまっている。ゆえにクーデターなど成功するはずもない。だが逆に言えば、ラインハルトの存在さえなければ、帝国は団結は失い、クーデターが成功する可能性もあるともいえるのだ。
「いや、皇帝ラインハルトを暗殺することがないとはいわぬが、今入手出来ている情報からはそのような作戦を有しているかはわからぬ」
「……わからんな。そうでないというなら、いったいなんで成功の可能性があると踏んだ」
「ヴァルプルギス作戦を利用する」
「ヴァルプルギス作戦? なんだそれは」
その詳細をド・ヴィリエから説明されるにつれ、男の瞳にも理解の色が強くなっていく。
「なるほどな。帝国の歴史を思えば、そういう作戦はあっても別に不思議はない。新王朝になっても破棄されていないのが驚きといえば驚きだが、軍国主義の色が濃いのだから、まあ、不自然ってほどでもない。そして作戦が軍務省の名の下で発動されたなら、違和感もさほど感じない。……皇帝の御為に、という名目でローエングラム王朝の土台に罅をいれることも不可能ではない、か」
帝国の組織構造と秩序維持の観点からいってそういった作戦が存在することは大いにありうる話だと内心で呟いたところで、男は根本的なことを思い出して疑問に思った。
「待て。帝国軍務省はフェザーンに移転された。となるとヴァルプルギス作戦の発動権限はいったいどこにあることになるんだ」
「首都防衛司令官だ」
「首都防衛司令官というとウルリッヒ・ケスラー上級大将だ。まさかケスラーがクーデターの首謀者というのか」
「いや違う。作戦を発動するのは近衛参謀長のカリウス・フォン・ノイラート大佐。現行の軍規則に従うなら、首都防衛司令部が機能不全に陥れば、ヴァルプルギス作戦の発動権限は近衛司令部に移る。やつらはそれを利用するつもりなのだ」
「……つまり、初動で暗殺される予定なのは皇帝ではなくケスラーか」
「さよう」
「たいして名も売れていない大佐風情が随分ととんでもないことを企めたものだ。いや知られていないからこそ自由に動けたのか。名前の響きからして目的は貴族階級の復権といったところかな」
思わぬ伏兵が潜んでいたものだと男は純粋におどろき、そして問いかけた。
「しかしどうやってこの情報を地球教は掴んだのだ。近衛司令部に情報提供者でもいるのか」
「近衛司令部にはおらんが、ゴールデンバウム王朝復興を目指す反体制組織に情報提供者がいる」
ド・ヴィリエの答えに、男の目の色が変わった。
「ってことは、貴族連合残党と近衛司令部が合作したクーデター計画なのかこれは」
「そうだ。その意味ではアドルフ・フォン・ジーベックも首謀者の一人として名をあげることができるかもしれぬな」
「ようやく全体像がわかってきた。なるほど、たしかにクーデターの勝算はそれなりにある。さすがはブラウンシュヴァイク公の臣下として、アントン・フェルナーとともに謀略面を仕切っていた切れ者といったところか。そうなるとクーデターの最終的目的は貴族階級の復権などというものではなく……」
「ゴールデンバウム王朝の復興」
想像以上にずいぶんと壮大な話になってきた。ラインハルトが全権を握り人員配置がなされたとはいえ、いまだに帝国政府には旧リヒテンラーデ派の官僚が多数派なのだ。開明派をはじめとする上層部を粛清してしまえば、強者の命令には絶対服従な彼らはゴールデンバウム王朝に従うことを選ぶものが相当数いるだろう。
そして帝国軍が同盟に侵攻している時に帝国政府の乗っ取りに成功してしまえば、ラインハルトと戦うことを選ぶ惑星もでてこよう。貴族統治による富の偏在のおこぼれに預かって繁栄していたような惑星の住民はラインハルトの治世に不満を抱いていることも多い。一気に一大勢力を築きあげることも不可能ではない。
もちろん、そんなことが起きればラインハルトは同盟征服を断念し、取って返した軍隊によってゴールデンバウム王朝は再度滅ぼされることになるだろうが、同盟支配圏で同盟軍の追撃を受けながらゴールデンバウム王朝勢力に支配された帝国本土に戻るというのは、兵士たちにとってそうとうな不安を呼ぶだろう。なんなら、クーデター成功直後に、同盟との友好を宣言してしまえば、同盟領内で奮戦している兵士たちを襲う不安は尋常なものではないだろう。
もしそんなことになれば、自由惑星同盟・フェザーン・ゴールデンバウム朝銀河帝国というこれまでの三すくみ状態に変わって、自由惑星同盟・ローエングラム朝銀河帝国・新ゴールデンバウム朝銀河帝国という新たなる三すくみ状態が誕生するなんてことにもなりかねないと男はクーデターが成功した未来図を推測した。
そんな未来はなんとしても否定しなくてはならない。帝国内部において自分たちは別に開明派というわけではないが、かといってゴールデンバウム王朝の支持者というわけでも、命令と規則と慣習を絶対視する官僚主義者でもない。ならばクーデター勢力が自分たちを容赦するとも思えなかった。
「そのようなことになれば、おまえたちにとっても困るだろう。だから情報面でわれらは共和派を支援しよう。ルビンスキーも資金面で支援をおしまぬと申しておる」
「それはそれは……。ありがたい限りで。われわれも帝国において巨大な権力を握った暁には、地球教に着せられたテロリスト集団などという汚名を晴らすつもりです。そう先生が申しておりました」
「なにを。われわれは互いの目的のために、協力しあわねばならぬ身ではないか。いちいち世辞は無用だ」
「はあ、さようで」
それ以上、言葉をかさねる必要を感じなかったので男はそこで引き下がった。白々しい言葉を言っている自覚があったのである。公的な場でならそれも一種の形式美かと思えなくもないが、こんな密談の場でそんなことを言いあっても、虚しいし恥ずかしいだけであった。
情報交換を終えた男は考えた。クーデターを止めるだけなら、ケスラーに近衛参謀長を調べるように勧告してやればいい。だが、それだけだと実入りが少ない。であれば、クーデターをあえて起こさせ、それによって利益を得た方が良いだろう。いつかのように。となると問題はクーデター中どのように立ちまわるべきか。それが問題となってくるだろう。そのあたりについて男は帝都にいる主と相談する必要があった。
さて、第二次ラグナロックにあわせて水面下も盛り上がってまいりました。