リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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厚顔なる強さ

 ヨブ・トリューニヒトは今でこそ帝都在住の一臣民であるが、元々は同盟人であって、同盟政界において主戦派政治家の若きホープとして台頭し、三〇なかばで同盟政府の最高職責である最高評議会議長の座を射止めた人物である。彼は権勢欲の権化であり、在任中に行ったことは国内においては社会統制を強めてマスコミ・警察を完全支配下に置き、裏では私兵を使って政権に批判的人物を排除して全体主義的な社会を構築し、国民に対しては愛国心と忠誠心を強要して献身を要請した。

 

 これはトリューニヒト政権が誕生する前にアムリッツァの大敗で同盟軍は壊滅的打撃を被って人的資源を含むあらゆるモノ不足が深刻化した影響で、社会のあらゆる面でシステムの崩壊の兆しが見え隠れするようになったため、国家の空中分解を阻止するためには必要な措置だったという一面があるが、それ以上にトリューニヒトとその一派の大部分は非常時のために集約された権力を自分達の権勢を守るために悪用する為という面が強すぎた。

 

 そのような体たらくであったにもかかわらず、対外的には専制主義に対する民主主義の絶対的優位を唱え、好戦的な言動で帝国に対して挑発的な発言を繰り返した。このような態度は無謀としかいいようがなかったので一部のジャーナリズムから批判を受けもしたが、それに対してトリューニヒトはいつも「同盟には難攻不落のイゼルローン要塞があり、そこには不敗の名将であるヤン提督がいる」と語るだけであった。しかしトリューニヒト派はヤンを潜在的政敵であると見なして執拗な嫌がらせを行っており、ヤンを中心とするイゼルローン要塞駐留部隊の軍幹部たちもトリューニヒト政権に対して敵対的まではいかなくても蛇蝎の如くに嫌っていたので両者の関係は最悪といってよく、信頼関係は皆無だった。

 

 そんな状況であるにもかかわらず、トリューニヒト政権は支持率アップのためにさらに冒険的な手法にうってでた。銀河帝国皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世を亡命者として迎え入れ、彼に忠誠を誓うレムシャイド伯率いる亡命政府を銀河帝国の正統政府であると認め、帝国の事実上の支配者であるラインハルト・フォン・ローエングラムを「権力をほしいままにしている独裁者であり、国家を私物化させている」と批判し、銀河帝国正統政府がその領土を回復するために同盟は協力を惜しまないと宣言したのである。

 

 この宣言は、帝国人民多数の憤激を買った。当時の帝国は内戦が終結し、ローエングラム独裁体制による急激な改革の成功で平民でも豊かな暮らしができるような世の中になってから、戦争に疲れて平和を求める声が大きかったのだが、昔の時代に戻してやると宣言するレムシャイド伯とそれに協力してやるという同盟を放置していてはマズいと認識するようになったのである。

 

 その結果、『一〇〇万隻・一億人体制』と怒号される帝国の大遠征軍が編成されたのだが、そうなってもあきれたことにトリューニヒト政権は楽観的だった。イゼルローン回廊の特性上、一度に矢面に立てる艦艇は限られているし、密集して突撃してきたら要塞主砲のトール・ハンマーの餌食になるだけである。それに要塞には不敗の名将もいるんだから不測の事態にも今までと同じように対応できるだろう、と、そんな具合だったのである。

 

 だがその楽観は帝国軍によってフェザーンを占領されると粉砕された。これに対するトリューニヒトの(自己保身のための)行動は素早かった。早急に情報統制を敷いて混乱を抑えようとし、情報を統制しきれないと悟ると「責任の重さを痛感する」という国民宛のメッセージを報道官を通じて出した上で地球教の手引きで雲隠れしたのである。そしてトリューニヒトに代わって政府を主導するすようになったアイランズ国防委員長と軍部が協力体制を築いて帝国軍に対抗するのを注意深く観察し、彼にとって最高のタイミングで同盟政府に何食わぬ顔で戻り、帝国の降伏勧告を最高評議会議長権限を行使して独断で受諾したのである。一部の軍人が実力によって恥知らずな暴挙を阻止せんとしたが、トリューニヒトの影響下になおいた軍人や武装した地球教徒を活用してかれらを“軍人の政府に対するクーデター未遂犯”として拘束して反論を封殺した。

 

 そして降伏後は何食わぬ顔でラインハルトに「帝国への移住と家族の保護」を求めた。かつて帝国に対して挑発行動を繰り返し、ラインハルトのことを国家を私物化する独裁者となじった同盟政治家の保身ぶりに帝国上層部全員が顔をしかめたが、降伏勧告時に責任者の罪には問わないと言っていたので拒否することもできず、ラインハルト率いる軍勢はこの不快な人物をともなって帝国に帰還する羽目になった。

 

 こうして帝国人となったトリューニヒトだが、それでも彼の権勢欲は微塵も衰えることなく、政界復帰のための点数稼ぎに熱心で、そのためにかつての協力者である地球教の陰謀を憲兵隊に暴露したりして功績を立てたが、それに対して帝国高官たちのほとんどが軽蔑の感情を隠さなかった。

 

 そのような人物であったから、ド・ヴィリエからのラインで貴族連合残党と近衛部隊の合作によるクーデター計画の情報を掴んだ時、当然のようにそれを利用して自己の立場を強化することを即決した。ギリギリで助けた方が効果があると思い、かねてよりトリューニヒトが官職を得るために接近していた財務官僚のホルスト・フォン・ターナーを協力者として抱き込み、クーデター騒動を利用して成り上がる計画を立てた。ちなみに家族は数日前にクロイツナハ(ドライ)に旅行に行かせて安全を確保している。

 

 そしてターナーは信頼できる自派閥内の信頼できる人物にトリューニヒトの計画を打ち明けて実行員を募り、本日首都防衛司令部が爆破されたという情報を掴んだ時点で職場を放棄、軽火器しかなかったが、かつて共に活動していた同胞の力を借りて首都防衛司令部に急行。会議中に尿意を催したので爆発時にトイレにいたので、幸運にも無傷だったラフト憲兵少将に事情を説明し、生きてはいるが爆発の衝撃で気を失っていたケスラー憲兵総監の身柄を引き取り、トリューニヒトの邸宅に匿った。

 

 その後はトリューニヒトが用意した民間の協力者等々を活用して情報収集に努め、ケスラーの容体を確認させるために秘密裏に医者を連れてこさせたりしていた。ケスラーが気を取り戻したのは午前一二時頃で、現在の状況をまったく理解できなかったが、会議中になにか強い衝撃を受けた記憶があったので、なにか尋常ならざる事態が発生しているとは理解していた。ケスラーが目を覚ましたことを部下の報告から聞くと、ターナーは急いでケスラーの下に馳せ参じた。

 

「お目覚めになりましたか」

「ああ、私は爆発テロで気を失っていたそうだな。それで卿は?」

「財務省理財局財政企画課副課長のホルスト・フォン・ターナーであります」

 

 その名を聞いてケスラーは警戒を強めた。ターナーは憲兵隊や内国安全保障局が念のために警戒している人物の一人だったのである。彼は旧王朝下で一大勢力を誇った共和主義地下組織の幹部であった元テロリストであった経歴があった。ローエングラム公による独裁体制が敷かれ改革路線が敷かれると、ターナーの一派は指導者の逮捕後に副指導者ザシャ・バルクを中心とする過激派と対立し、喧嘩別れして治安当局に自首した穏健派である。

 

 その後は数ヵ月ほど政治犯収容所に服役したが、共和主義者だが急進的傾向なしと憲兵から判断されて釈放。釈放後の共和主義地下組織穏健派構成員はそれぞれの途に進んだが、ターナーをはじめとする幹部級の多くが帝国への仕官を求め、共和主義地下組織の財政を一手に仕切っていた能力が開明派から評価されて財務官僚となった。穏健とはいえ専制主義の帝国に真っ向から反対する共和主義系テロリストだった過去の経歴が経歴な上、ターナーと共に釈放されても彼らは共和主義地下組織における疑似兄弟的紐帯を維持し、帝国体制内に新たに共和派という勢力が誕生したために、治安当局から目をつけられていた存在だった。

 

 もしやかれらが共和主義革命を期して行動を起こし、自分は人質にされたのではないかとやや疑心暗鬼気味な思考をケスラーはしたが、その考えはすぐに訂正された。ターナーの説明が理路整然としていたためというのもあるが、ラフト少将が気をきかしてケスラーも顔をよく知っている自分の部下をターナーに同行させていた配慮によるものでもあった。

 

「それで私は生死不明ということになっているのだな」

「はい。ケスラー閣下の姿が見つからないという形で現場のラフト少将が主張しております。閣下が気を取り戻すまで時間を稼がねばならず、そうなると生死いずれでもノイラート大佐やジーベック中佐の行動が極端かつ性急なものになるのではないかと私とラフト少将が警戒したためであります。それで近衛司令部が躊躇うことを期待したのですが、そうはならず、首都防衛軍は現在、近衛司令部の命で動いております」

「なるほど。……しかし首謀者まで掴んでいるとは、トリューニヒトはクーデターの情報をどうやって掴んだのだ」

 

 ケスラーの声には反感がありありと感じられた。帝国高官の例にもれず、トリューニヒトのことをケスラーは嫌っている。にもかかわらず、それほど厚顔無恥な人物がどのような手段で憲兵隊もつかめなかった情報を仕入れてくるのか。

 

「……彼の言葉を信じるのであれば、一部の憲兵くずれどもの間で噂になっていたようで、そこから彼個人が探りを入れいったところ、明確な像を結んだのが今日の朝であると。あまりにできすぎた話で少々疑わしく思ったのですが、現実として起こったわけで」

 

 憲兵くずれとはケスラーが実施した憲兵隊の綱紀粛正と改革で、職を失った元憲兵士官たちのことである。たいていは汚職をしていたり、民間人に対して恐喝まがいに接していた者達であるのだが、彼らのおおくが憲兵時代の知識と経験を活用して合法か非合法か判別が難しいグレーゾーンの悪徳事業を展開し、オーディンの裏社会に一大勢力を築くようになっていた。

 

 トリューニヒトが憲兵くずれの事業者の一部と関係を持つようになったことをケスラーは知っていたのでそこは不自然ではないのだが……。憲兵くずれの問題は憲兵隊の評判にそのままかかわってくることであるので、その動向については注視していたはずである。にもかかわらず、トリューニヒトがクーデターの情報を掴めて、憲兵隊がつかめなかったというのは解せない話であった。

 

「それでトリューニヒトはいまどこに?」

「こちらに協力してくれている憲兵くずれを纏めております。さすがに、彼らと閣下を直接会わせるのは問題があるだろう、とのことで」

 

 それは嘘ではなかったが、真実でもなかった。たしかにケスラーの手による憲兵隊の綱紀粛正と改革についてこれなかった憲兵くずれの能力・適性不足の自業自得であるにせよ、旧王朝のままの憲兵隊のままであれば彼らが憲兵隊が解雇されることはなかったであろう。そのため自分達がクビになった原因は改革を主導したケスラーにあると逆恨みに近い感情を憲兵くずれのおおくが有していたため、直接会わせないほうがいいだろうとトリューニヒトが配慮してのことであるのは本当である。

 

 だが、鉄火場で命を張って功績をあげるなどという泥臭い行為はトリューニヒトの人生哲学に反しており、彼は自分にとって都合がいい立ち位置を確保するための作業を行ったのみであり、それが済んだ後は現在は事前に確保してあった安全地に潜んでクーデターの終結を息を潜めて待っているだけで、自分が憲兵くずれの統括指揮を行うような危険な真似をする気は毛頭なかった。

 

 代わりに憲兵くずれの協力者を統括しているのは、かつてトリューニヒトの警護室長であったベイ元同盟軍少将である。彼はとある理由から公的な立場を失ってもトリューニヒトに従っており、帝国において穏当ではない勢力――フェザーン自治領主府残党や地球教団残党――との連絡役を務め、トリューニヒトの意向通りに暗躍していた。

 

「実際に帝都各地を制圧しているのが首都防衛軍である以上、私が出て正規の指揮権を回復すれば大本の問題は解決する。その後、近衛司令部を制圧し、憲兵隊を中心とした治安部隊で貴族連合残党勢力を討つ。これを基本方針としたい」

「お待ちください。閣下の仰る通りでありますが、クーデター勢力がどれほど首都防衛軍に入り込んでいるか判然としない以上、やみくもに打って出るのは危険です。これはラフト少将も同意見でありました。どうか、閣下ご自身が身を晒すのは、いましばしご自重を」

「では、卿はどうするのが良いと思うか」

「人伝てではありますが、トリューニヒトのおかげで憲兵本部との連絡伝達手段の構築しております。ここは閣下が憲兵本部への命令書を作成し、憲兵総監として近衛司令部こそが叛逆者であり、近衛司令部の命令はすべて無効であるという命令を発するようにしてはいかがでしょうか。それから動けば、比較的安全性を確保できるかと思います」

「……やむをえないか」

 

 いささか迂遠な策だとケスラーは思ったが、ターナーの主張にも一理ある。帝国軍首脳のおおくが帝都におらず、官僚はすべて拘束されているとなると、もし首都防衛軍の指揮権を奪還する前に自分がクーデター側の凶弾に倒れるようなことあれば、事態を収拾できる人間がいなくなる。性にはあわないが、万が一のことを考えると念のために安全策をとっておくべきか。このような事態を防げなかったことにケスラーは慚愧の念を覚えながら、ターナーの案をとった。

 

 一方、ターナーとしては安堵の気持ちである。もしここでケスラーに強行突破的な意見を押し通されたら、共和派としては気を失っていたケスラーの安全を確保した功くらいしかない。もちろん、それだけでも出世の役には立つだろうが、帝国の政体がどうあるべきかを長期的に定めるべき時に影響力を確保しておくためにも、この期に一気に共和派を躍進させたいのである。

 

 ターナーは今も共和主義の理想を捨てておらず、体制に順応して官僚たることを望んだのも共和主義革命を諦めたわけではなく、冷徹な現状認識による方針転換にすぎなかった。開明的な新帝国(ノイエ・ライヒ)ならば体制側に潜り込めば暴力によらぬ共和主義革命が可能ではないかと考えたためである。だが、ターナーはできれば共和主義地下組織全体で帝国の軍門に下り、開明派と歩調をあわせつつ体制内部からの革命を推進する道を望んでいた。だがこれにあくまで武力闘争路線を堅持した副指導者のザシャと激しく対立したため、実現しなかった。

 

 連邦末期、ルドルフが大統領と首相を兼任して終身執政官になりおおせたのは、ルドルフに対する民衆の支持、国家革新同盟の人材の豊富さもさることながら、ルドルフを国家再生のために利用できると踏んだ一部の共和政治家たちによる後押しがあった。だが、彼らはどうなった? ルドルフが皇帝に即位すると怖気づき、甲斐性なしは媚を売って貴族の末端に名を連ねるようになり、あくまで共和主義の理念に殉じたハッサン・エル・サイドなどは政治犯収容所に入れられ、虐待の末に惨い死を強要されたではないか。その新方針を採用すれば、俺たちが愚かなハッサンと同じ末路を迎えることになるのではないか、というのがザシャの主張であった。

 

 これに対してターナーは現実論を説いた。既に同盟軍の帝国領侵攻に呼応しての蜂起は失敗して組織は大打撃を受け、占領地における同盟軍の蛮行とラインハルト独裁体制による開明的改革によって、かつて自分達に協力してくれた者達の支持が急速に離れつつある。これでもなお武力闘争による共和主義革命を目指すというのは、とてもではないが現実的ではない。それにこれまでわれわれを纏めていた指導者ペーターも憲兵の手にかかったのだから、この際、展望の暗い武力闘争はすっぱりと諦め、思想・言論の自由を認めた現体制に順応して言論闘争にうってでるべきだ。それによって民衆の支持を拡大するのが最善ではないか。

 

 そうしたターナーら穏健派の見解を、ザシャら過激派は「専制国家が思想・言論の自由を保障し続けるという前提に、そもそも根拠がない」と一蹴した。過激派は帝国の開明政策を、民衆に権力基盤を置いているラインハルトの人気稼ぎであると認識しており、将来的にはルドルフのようにあらゆる手段を用いて言論を制限していくだろうと推測していたのである。開明政策を謳いながら秘密警察機関を再設置したことをはじめとする後ろ暗い措置も、過激派は過敏反応して、将来の弾圧の布石であると見なしていた。なので体制内での言論活動による支持拡大は、帝国政府にとって危険な水準になる数歩手前で潰されることになるに決まっているのだから、穏健派の主張は現実性に欠ける。

 

 組織全体で喧々諤々の論争が巻き起こったが、憲兵隊の摘発も激しくなってくる中、これ以上組織内の対立を深めてはそれこそ破滅だと考え、ザシャは指導者特権を行使して過激派の武力闘争路線堅持の方針を決定した。穏健派は幹部会を開いて指導者特権による方針の撤回を議決しようとしたが、憲兵隊に追い詰められているような状況で幹部を招集している余裕はなかった。なので穏健派の雄であるターナーは直接ザシャに抗議したのだが、それが決別となった。その時のことは今でも思い出せる。

 

「いい加減にしろホルスト! この危機的状況で、なお駄々をこねるのか!!」

「それはこっちのセリフだ! この危機的状況からどうやってラインハルト独裁体制を倒し、共和主義革命を成し遂げるつもりなのだ?!」

「“眠れる臣民(たみ)は惨めなるかな! 人間(ひと)として目覚めよッ!” この組織のスローガンを忘れたか?! おまえは人間として持っていて当然の自由の魂を捨て、また惰眠を貪る臣民になれと俺や同志たちに強要するつもりか? おまえは言論による闘争への転換だというが、専制者の気まぐれに頼ってそんな愚かしいことができるものか!」

「なるほど、たしかにそうかもな。だが、このまま武力闘争を続け、どうなるというんだ。奇跡でも起こらぬ限り、われわれに死しか待っていない! どちらにせよ、奇跡に頼らねばならぬというのなら、臣民に戻ってでも、気まぐれであっても、現実に実現している専制者の慈悲による言論の自由を利用するほうに賭けたいだけだ! それがどうしてわからないのだ同志は!」

 

 互いに息があがるほどの口論の末、ついにザシャが折れた。しかしその折れ方はターナーが期待したものと違った。

 

「同志、いや、もうおまえら穏健派のことを同志とは呼ばん。穏健派の連中と一緒に組織から出ていくがいい。俺たちは共和主義革命を成し遂げる。さもなくば最後まで自由なる人間として生き、そして死ぬ。おまえたちはおまえたちのやりたいようにするがいい」

「ま、待てザシャ! 無謀と知ってなお、死に突き進む理由がどこにある。おまえの弁舌は言論闘争においても活躍できるはずだ。冷静になって考えなおせ」

「俺の弁舌なんて指導者ほどじゃねぇよ。それに言論闘争なんて主張したんだから、おまえが中心になってやればいいじゃねぇか」

「だ、だが同志――」

「もう同志って呼ぶんじゃねぇ。少なくとも、俺とおまえは違う志を持っているのがわかった。俺はもう二度と臣民には戻らないと誓ったが、おまえは革命のために必要とあらばそうでもないらしい。重視してるのが違いすぎて、とてもじゃないが同志とは呼べないからな」

「……だが、同じ共和主義者ではないか。共和主義者であるならば、それは同志だというのが、私たちがかつて幹部会で決めたことではないか。共和主義の価値観さえ共通しているのであれば、ささいな違いはとるにたらんことだと指導者ペーターも言っていたではないか」

「なら共和主義者ではなかったんだ。どっちがそうなのか、俺自身も分からんが。我に一人の戦友ありて(イッヒ・ハッテ・アイネン・カメラーデン)。おまえの描いている絵図が現実になるよう、大神オーディンに祈っておこう」

「……さらば戦友よ(アディ・カメラーデン)。また、同志と呼び合える未来があればよいのだがな」

「ああ、そうだな……」

 

 こうして穏健派と過激派が分離した。その約半年後に過激派は混狂の夜(カオスズラーズライ・ナハト)事件を起こしたが、帝国の治安部隊の手で壊滅した。彼ら戦友たちの無念を思うと、自分達がなんとしても帝国に共和主義体制を根付かせなくてはならぬという思いをターナーは強くする。

 

 ローエングラム王朝は今のところ、皇帝ラインハルトによる軍国主義的な独裁体制だが、それはラインハルトのような超人だからこそできているというのが本人含めての帝国高官全員の認識であるように思え、これを永続的なものとしようとする動きは少なくとも帝国政府内においては感じられず、最終的にどういう政治体制に落ち着くかいまだ判然としない。ラインハルトがまだ二〇代前半の皇帝であるから、今後三〇年、四〇年とこのまま独裁を続けていくにしても、帝国内外の情勢が沈静化してくれば、新帝国をどのような形式で統治していくかについて議論がされることになるだろう。その時、共和派が議論に大きな影響力を発揮できるような勢力に成長させていなければならないのだ。

 

 しかし帝国における共和派の立場は当然だが、よくはなかった。帝国政府内においては自分のような副課長が共和派の中では一番高い地位であって、それ以外は中堅以下の地位にとどまっている。また共和主義周知のための言論活動の方については、民衆がラインハルトの統治に満足しているためか、政治思想というものにあまり興味を持ってくれず、ペーターやザシャのような雄弁家を失った影響を痛感せずにはいられない現状である。だからこそ、手段など選んではいられない。先に逝った同志戦友らのためにも、共和主義革命を成し遂げるはターナーが自らに課した使命である。

 

 そのためとあらば、二世紀半に渡って絶対君主制に抵抗して燦然と輝いていた自由惑星同盟を帝国に売り渡したトリューニヒトのごとき輩と手を結ぶことも、不快だが、笑って耐えてみせよう。すべては散っていった同志戦友らも夢見た理想の社会を実現するために。そして幼き日、貴族であるがゆえに囚われた劣等感から自分自身を解放せんがために。抑圧の世界を滅ぼし、新たなる世界を築くのだ。

 

「では、これを憲兵本部にとどけてくれ」

「了解しました」

「それとラフトにジークリンデ皇后恩賜病院に急行するよう伝えてくれ」

「……? なぜでしょうか」

「念のためだ。そういえばラフトはなんのことかわかるだろう」

 

 ケスラーはターナーら共和派を完全に信じていなかった。あまりにも多くの情報を掴みすぎており、このクーデターの情報を正確に知っていながら、それを利用するために黙っていたのではないかという疑いである。もしかしたら情報を提供したトリューニヒトのほうに問題があるのであって、共和派はシロであるのかもしれないが、不信感をぬぐえぬ以上、ワーレンが入院しているという機密を話すのはためらわれた。このクーデター騒動を解決すればトリューニヒトと共和派の行動について裏がないか探らねばならぬだろう。これほどの大失態であるから、この一件後も、自分が憲兵総監の地位をたもてているか少し不安があるが……。




時として穏健派のほうが面倒な劇物を孕んでいることがある
トリューニヒト「私の輝かしきサクセスストーリーはまだまだこれからだ!」

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