リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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今話書いてて、時系列的におかしなことになってることに気づいたのだが、いまさら修正できないので、強引解釈で乗り切る。


流言飛語狂騒劇

 昨年の一一月なかば頃より惑星フェザーンにおいて奇妙な噂が流布しはじめた。曰く、帝国軍統帥本部総長ロイエンタール元帥に叛意あり。最初のうちはだれもが荒唐無稽な事実無根の噂であり、近いうちに消えてなくなる与太話だと内心思いながら苦笑するのが常だった。しかしどういうわけかこの噂は消えず、人から人へと語られるうちに尾ひれがついていき、徐々に真剣な顔で語られるようになっていった。

 

 根も葉もない噂が異常な速度で拡大するというのは普通に考えれば奇妙なことである。そうであるからには大元となる実があっての噂ということなのか。そうでないとすれば、何者かが悪意を持ってロイエンタール元帥を陥れようとしているのではないのか。少なくない人間がそう思い始めるのは無理からぬことであった。

 

 いずれにせよ、この奇妙な噂について調査する必要があるだろう。内国安全保障局長官ハイドリッヒ・ラングはそう判断した。この男は本来であればフェザーンではなく帝都であるオーディンにいるべき人間であったが、今後の帝国統治におけるフェザーンの重要性を鑑み、現地の内国安全保障局支部を直接指導する」という名目で、昨年の大本営の移転にあわせてフェザーンに長期出張という形式で住み着いていた。

 

 もちろんそれは建前に過ぎず、オーディンがすでに過去の都となりつつある以上、新帝国にあっては新参者にすぎない自分が政治生命をまっとうするためには、早急に新たに人類社会の中心となるフェザーンに居場所を作っておかねばならぬという打算によるものであった。くわえて色々と立場が不安定なことを自覚しているため、自身の庇護者であるオーベルシュタインの傍から離れることにも心理的抵抗があったのである。

 

 やがて内国安全保障局がロイエンタール元帥の翻意を盛んに主張している人物を特定するのにそれほど時間はかからなかった。なぜかというと、当の本人が帝国の治安当局に見つかることを望んで自分の存在を隠そうとすらしておらず、あちこちで街頭演説のような形で聴衆を集めてロイエンタールの叛意を主張していたからである。

 

 内国安全保障局に扇動罪の現行犯で拘束された男の名はウィリアム・オーデッツといい、自由惑星同盟の特使である。元々は立体TV番組の人気キャスターで、国家にとって万事都合の良い解釈をもっともらしく言える弁舌能力を有していた。そのため、有力政治家のヨブ・トリューニヒトに見いだされて政界に進出し、国防委員会委員として主に軍の広報を担当していた。オーデッツは生まれも学歴もよくなかったが、己の弁舌だけで国防委員まで成り上がってきたという強い自負があり、それだけに言論の力で後世に名を残す偉業を成し遂げたいという野心を持っていた。その彼にとって、今回の帝国軍侵攻は絶好の機会であるように思われた。自分が帝国軍と交渉して同盟を滅亡から救ったならば、救国の英雄として自身の名声は不動のものとなるだろう。

 

 野心と救国からくる情熱につきうごかされたオーデッツは、レベロ議長に自分を特使に命じて帝国軍との撤兵交渉を任せてくれるように熱心に願い出た。レベロは非現実的だと思ったが、他の政治家は同盟存続の展望を夢想的にすら描けないどころか、少なくない公職員が職務放棄して逃亡しているような有様であったので、当人に熱意があることだしやらせるだけやらせてみようと特使に任じた。なにもしないよりかはやった方がマシだろうというのが本音で、まったくといっていいほど期待はしていなかったが。

 

 レベロの予想通り、オーデッツはなんら成果を残せなかった。帝国軍の最先鋒であるビッテンフェルト上級大将は交渉を求められても「本職に交渉の権限がない」と無視し、続く宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤー元帥は面会にこそ応じてくれたものの、弁舌だけではどうにもならぬ現実を思い知らされる結果に終わってオーデッツの自負心は強く傷つけられた。それでもなんとか立ち直って、皇帝ラインハルトに直接交渉を申し込むことを決意したが、フェザーンに着いてみれば既に皇帝は出征してしまっていて、交渉のしようがなかった。

 

 いったいなんのために祖国存亡の瀬戸際にあって自分はフェザーンにまでやってきたのだ。オーデッツは己が人生を支えてきた最強の武器がまったく通用しないことからくる歯がゆさと悔しさ、なにより無力さに数日間にわたって苦しめられた。失意の時間を過ごしている内に、唐突にあることに気づいたのである。帝国軍を同盟領から撤兵させる方法は、撤兵交渉を成功させることだけが唯一の活路というわけではない。帝国軍首脳に撤兵しなくてはならないほどの危機感を持たせることができれば……たとえば内乱などの可能性を信じ込ませることができれば……あるいは。

 

 新たなる決意を胸にオーデッツは、ロイエンタール元帥がひそかに叛逆の機会を伺っている奸雄であるという壮大なストーリーをでっちあげた。オーデッツとしては、できればフェザーン防衛司令部長官オーベルシュタイン元帥や後方司令官メックリンガー上級大将、首都防衛司令官兼憲兵総監ケスラー上級大将など、帝国本国にあって大きな権限を有している人物をストーリーの主役にしたかったが、彼らを主人公にするともっともらしいストーリーを創作できなかったので断念した。

 

 いずれにせよ、そのストーリーの完成度は素晴らしかったといえるだろう。オーデッツが同盟政府の特使の地位にあるという情報を確認した内国安全保障局は、オーデッツは同盟政府が仕掛けた情報操作による後方攪乱作戦の要員であるという、かなり正解に近い推測ができていたのだが、オーデッツの語るあまりのストーリーの完成度に“本当のことを言っているのでは?”と少なからぬ局員が疑い始めてしまったのである。オーデッツの能弁の面目躍如というべきであった。

 

 ここに至り、真贋を判断するべく局長が直々に敵国の使者という胡散臭い立場にいる証言者を尋問することになったのである。

 

「最初に確認しますが、ウィリアム・オーデッツさんで間違いないですな。同盟において軍政を担当しておられる政治家だとか」

 

 健康的な乳児をまったく比率を変えずに巨大化させたような容姿をした童顔のおっさんが、重々しい声で尋問してくるというギャップに対して元立体TV番組の人気キャスターは内心驚愕した。すぐに動揺をかき消してにこやかな笑みを浮かべて肯定した。

 

「ええ、その通りです」

「なるほど。それでフェザーンへ来られた理由は、同盟政府の立場を陛下に弁明するためにこられたのですな」

「はい。そもそもにおいて、帝国はバーラトの和約で自由惑星同盟の主権と領域は承認していたはず。にもかかわらず、外交折衝もなくいきなり宣戦布告し、帝国軍は我らの領土を蹂躙している。これはあきらかに和約の条文と精神に反した行為であると言わざるを得ません。ゆえに帝国軍は即時撤兵すべきで――」

「特使殿にも同盟政府を代表して帝国に主張したいことがおありでしょう。しかしながら本職は帝国の国内の治安を担当する内務官僚であって、軍の意思決定を行う高級将校でなければ、渉外を担当する国務官僚でもなく、ましてや条文に違反していないかどうかを判別する司法官でもない。なので私にそのような熱弁をふるっても双方に益がないでしょう」

 

 ラングは苦笑しながらそう言ってオーデッツの言葉の奔流を遮った。

 

「われわれ内国安全保障局が特使殿を拘禁しているのは、あなたが同盟政府を代表しているからではなく、帝国の国内治安上聞き逃せないことをさかんに主張しているからです。あなたはロイエンタール元帥が皇帝陛下に対し奉り、不穏な動きをしているという、にわかには信じがたいことを主張しておられるとか」

「ええ! 間違いありません!! ロイエンタール元帥は謀反を企んでいるのですッ!!」

 

 椅子から勢いよく立ち上がってオーデッツはそう叫んだ。まわりにいる局員たちが容疑者の突然の挙動を制止せんとするのをラングが座ったまま手で制した。

 

「そのように熱くならず、冷静に話をしていただきたいものですな」

「……」

 

 まったく驚いていないような態度に、オーデッツはちょっと熱くやりすぎたかと思い、渋々といった感じで椅子に座りなおした。

 

「しかし仮にロイエンタール元帥が謀反を企てているとして、どうして同盟政府の特使であるあなたがそのようなことを告発なさるのか。黙っていれば将来帝国が内部分裂を起こすだけで、あなたがそのようなことを告発する義務も意義もないはず。はっきり申し上げてしまうと、同盟の命脈を長らえさせるため、事実無根のことを言いふらしているように思えてならない。実際、少なからぬ者がそう思っており、同盟政府の離間策の一種であると思っている」

「そのように思われてしまうのもしかたがないことでしょうな……」

 

 オーデッツは一本取られたような表情を意識的に浮かべた。そんなことは事前に想定済みであり、その疑念を脱臭する単純明快な説明らしき噓八百を語ればよい。むしろ質問されずに内向的な思考に耽られるほうが、オーデッツにとっては大いに困る。

 

「身内の恥を晒すようだが、今の貧弱な同盟軍はどうあがこうが帝国軍に勝てない。帝国軍の攻勢に対して半年持たせることができるかすら怪しいというのが、噓偽りのない実情なのだ。だから私がロイエンタール元帥の叛意を告発したのが、同盟政府の命脈を長らえさせるためのものであるというのは間違ってない。そういう心情があるのではないかと問われれば、私はそれを肯定せざるをえませんからな」

「ふむ。では、やはりロイエンタール元帥に叛意ありというのも同盟存続のための、作り話と断じざるをえんが……」

「それは早計というのものです。私がロイエンタール元帥の叛意を主張するのも根拠あってのこと。根拠がなければ帝国の重臣を誹謗するがごとき愚行はできますまい。被占領民であるフェザーン人の大多数に一定の信頼を置かれるほど、帝国憲兵隊の調査能力は優秀なようですからな。私の告発がまったくの嘘であるならば、早々に事実かどうか調べ上げられ、重臣を誣告した罪で処刑されるのが目に見えておりますからな」

 

 オーデッツは余裕を感じさせる態度でそう言ってのけた。自分の弁舌に高い自信を持っていたが、この男の演技力と度胸、もしくは恐怖に対する鈍感さはたいしたものというべきであったろう。偽証すれば死ぬ可能性を冷静に認識した上で、こうも堂々と噓八百を語るのは常人の為せる技ではない。

 

 いっぽうのラングはというと、昔の暗黒時代ならいざ知らず、今の時代ならその程度の罪だと罰せられこそすれ、処刑されるレベルにはなかなかいかないだろうと思い、目の前の男はいったいなにに酔っているのだろうかと内心疑念を感じた。しかしそれを表には出さずに話の続きを促す。

 

「……そこまで断言されるということは当然、それなりの根拠がおありなのでしょう。お聞かせ願いたい」

「いいでしょう。まず前提知識として知っておいてもらいたいことがある。先の帝国軍侵攻の際、ミッターマイヤー・ロイエンタール両提督の指揮する艦隊が惑星ハイネセンの上空に現れ、同盟政府が降伏勧告を受諾した時のことです。意味があるとも思えないが形式的には一応協力関係にあったわけだし、われわれが降伏を決定したのにそれを伝えないというのも不義理な話と思うから銀河帝国正統政府にそのことを伝えるように言われ、正統政府首相レムシャイド伯爵、そして皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世と対面して同盟政府の降伏決定の意を伝えました。それから二〇分、いや、一〇分くらいだったでしょうか。帝国軍が降下してきて、正統政府のビルを包囲したのは。ですが、それなのに皇帝を帝国軍が捕縛できなかったのは奇妙なことと思ったものの、その時は深く考えませんでしたがね」

 

 同盟政府が降伏勧告を受諾してからそういう命令を受けたのは嘘ではないが、オーデッツが行くより先に帝国軍が正統政府のビルを包囲してしまっていたために伝えることはできていないし、本当に皇帝がいたのかは知らない。そんなことより重要なのは正統政府のビルを包囲した部隊の存在であり、だからこそ包囲寸前には皇帝がいたということを信じさせることである。

 

 その隠れた意図は十二分に伝わったというべきであろう。彼は会議の席でロイエンタールに公然と面罵されてからというもの、内国安全保障局長としての激務の中で時間をつくっては、あの金銀妖瞳(ヘテロクロミア)の元帥の行動記録資料を収集して弾劾できそうな行動をしていないのかと粗探しに熱中していたので、正統政府のビルを包囲した部隊はロイエンタールの直接指揮下にあったことを知っていた。オーデッツにとっては、自分の尋問官がラングであったことは幸運というべきであったろう。しかしラングは表面上、困惑した表情を浮かべた。

 

「奇妙といえば奇妙かもしれませんが、包囲されるまでに一〇分もあればそれまでに逃げ出した可能性も充分に考えられる。それほど不自然な話でもない」

「ええ、私もそう思っておりました。しかしこのフェザーンに来て、それと繋がることを知りましてね」

「ほほう、それはなんですかな」

「われわれは皇帝陛下との撤兵交渉にのぞむべく、遠路はるばるこのフェザーンへやってきたのですが、既にフェザーンに居らぬことを知って途方に暮れておりました。一応、軍務省に顔を出しまして抗議文を提出しましたが、現在にいたるまで何ら反応もなく、どうしようもないと途方に暮れ、特使団全体が自暴自棄に陥り、各々の方法で現実逃避に走りだしました。困ったことに、この惑星は歓楽街が多いので、快楽に逃げる方法に事欠かなかったので、おおいに無意味な散財をしましたとも。ですが数日後、団員の一人が絶望から逃げるために豪遊していた時に怪しい二人の密談を聞いたのです」

「怪しい二人ね。具体的な特徴は?」

「片方はどことなく高貴な雰囲気をまとった端正な顔立ちの女性で、もう片方はフードで顔を隠した黒人、ないしは焼けた肌の男です」

「それで密談とは」

「男が“あの金銀妖瞳(ヘテロクロミア)はいつになったら皇帝陛下を擁して起つのだ”と問い、女のほうが“今はまだ機ではない”と冷たく言い返す、そしたら男は“このまま機を待ち続けている間にわれら同志たちは金髪の孺子にすり潰されてしまうぞ!”と憤懣やるかたない態度だったそうです。私はこの話を聞いた時、どう考えてもおかしいと思い、それで同盟降伏時の一件を思い出してハッとしたのです。実はロイエンタール元帥は秘密裏にエルウィン・ヨーゼフ二世を匿っており、機をみてゴールデンバウム王朝復興の御旗を掲げて主君に叛逆するつもりなのだと。そしてこの情報を同盟政府が帝国に伝えたということになれば、その貢献によって今回の同盟の不義理を相殺する形で帝国軍を撤兵して頂けるのでは思い、その叛意を告発したのです」

「大胆な推測、いや、いっそ妄想というべきですかな。具体的な証拠がなにひとつとしてないではありませんか。だからこそ、人騒がせな噂を流すという卑劣な方法をとったのでは?」

 

 ラングの冷ややかな問いに、オーデッツはかすかに苦しい表情を浮かべたが、すぐに反論した。

 

「このような手法をとったのは私としても不本意でしたとも。ですが、馬鹿正直に軍務省のロビーでそのことを訴えたところ、冷笑されるだけでしたので。常ならばそれで諦めたかもしれませんが、今回はわれわれの祖国の存亡がかかっている以上、人騒がせな方法をとっても上層部に知ってもらわねばと覚悟したのです」

「……なるほど」

 

 ラングは硬い表情を浮かべ、硬い声でそう打ち切った。

 

「特使殿の証言はよくわかりました。とりあえずこの一件が終わるまで、証人として拘束させてもらいますぞ」

「それはけっこうです。それでロイエンタール元帥の叛意については理解していただけましたかな」

「お言葉ながら、国家の重臣への重大な疑惑ですぞ。ことは内密に調査をすすめる必要があり、いかに証人とはいえ、その方針を語るとでも?」

「……………………ごもっともです」

 

 オーデッツが尋問室から退室させられた後、傍聴していたフェザーン支部長メルゼ・フォン・シェレンベルクがラングに直言した。

 

「あまりにも漠然とした疑惑で、さらには確たるものが見当たらない証言です。あの男の言っていたことがすべて真実であると仮定したところで、祖国救済の情熱からきた視野狭窄による錯覚からきた疑惑でしかない可能性が高いように思われます」

 

 証言の信頼性に欠けているという支部長の意見に、ラングは頷きつつも反対の意見を述べた。

 

「だが、筋は通っているだろう」

「……内国安全保障局の現王朝における内国安全保障局の立場を考えますと、これほどまでに証拠不十分な状態で調査を継続するのはリスクが大きすぎるのではないでしょうか」

 

 上司が会議の席においてロイエンタールに侮辱され、そのことを引きずっていることを知っていたので、シェレンベルクはいつもの冷静な判断力が失われていないかと危惧していた。社会秩序維持局の頃ならばこれでも強行しようと思えばできたであろうが、いまはそうではないのだ。長官が私怨ゆえに暴走しようものなら、部下もまた現在の職を失いかねないので保身のために諫言しなくてはならなかった。

 

 もちろんそのあたりのことはラングも充分に承知している。もとよりそれを強く認識していたがためにあのオーベルシュタインの面接をパスして新王朝の秘密警察トップの地位を与えられたのだから。しかしロイエンタールへの報復のためにも、ラングはこの疑惑を屈辱を晴らすためにも有効活用したいところである。とはいえ、シェレンベルクの不安もわからないではない。ラング自身、オーデッツの証言はいろんな意味で都合が良すぎて胡散臭いと感じていたこともあり、強行する気はない。そこで老獪な方法をとることにした。

 

「わかっている。だが、この疑惑が本当だった場合のことを考えてみろ。地球教の皇帝暗殺の企てをまったく察知できなかった上、統帥本部総長の叛逆の企てすら見逃していたとあっては、内国安全保障局の立場がない。用心深くその可能性に備えておくべきだろう」

「……では、どうなさると?」

「司法省にありのままを報告する」

 

 そうしておけば、もし万一ロイエンタールの叛意が確かなものとなったところで、その責任は報告を軽視した司法省にあるのであって、内国安全保障局はちゃんと職務を遂行していたとして、立場を守ることがかなう。そして司法省から調査続行の必要性が認められれば、法的な手続きを踏んだうえで調査を継続でき、叛逆疑惑を固めることもできるだろう。ラングは憎悪と偏見から、あのロイエンタールの周辺を事細かに調べ上げれば、後ろ暗いことがないわけがないと決めつけていたのである。

 

「余計な注釈をつける必要はない。同盟政府特使がロイエンタール元帥の叛意について証言していて、まったくの虚偽と断定することは難しいくらいには筋が通っているので、司法省の許可を得た上でさらに踏み込んだ調査を行い、もって疑惑の真贋を確認する必要があるのではないかと当局は考えている。そういう趣旨の内容で良い」

「なるほど……それならやっておくべきですな。すぐに書類を作成します。それで軍務尚書にはどのように報告なさいますか」

 

 帝国の官僚組織図上では何ら関係がないことになっているのだが、内国安全保障局の事実上の上司がオーベルシュタイン軍務尚書であることは局内の共通認識である。だから当然の問いであったのだが、ラングは言葉を濁した。

 

「……この程度であれば日常業務範疇内であろう。司法省の調査続行の許可が下りた段階で報告すればそれでよい」

 

 旧王朝下の暗闘上等の権力闘争を巧妙な官界遊泳術で生き抜き、若くして社会秩序維持局という帝国有数の巨大組織の頂点に君臨してのけたラングである。その鋭い嗅覚は軍務尚書がロイエンタールを統帥本部総長という重職から失脚させたがっているということを敏感に嗅ぎつけていた。しかしながら確実性を重視する軍務尚書の人柄と新王朝全体の秩序意識から考えると、この行為を制止する可能性を否めない。

 

 だからここは軍務尚書に報告しない。司法省が調査の必要性を認めているという既成事実を先につくってしまえば、新王朝全体の秩序意識を考慮し、軍務尚書もあえて制止するということはしないだろう。もし司法省が調査の必要性を認めなかったならば……ここは潔く引き下がり、次のロイエンタールを攻撃できる機会を待つよりほかにはない。

 

 だが意外なことに――ラングにとっては幸運なことに、司法尚書ブルックドルフは内国安全保障局からの報告を見て、自身がフェザーンに乗り込んで直々に調査することを即断した。もともと私人としてロイエンタールの漁色家ぶりを好ましく思っていなかったのはたしかだが、ロイエンタールの弾劾に加担したのはそれと関係がなく、公人としての義務感からであった。

 

 軍人皇帝の下、軍部独裁の色彩が強い現在の状況にブルックドルフは危惧を抱いていたのである。いずれは官僚と軍部の均衡をとらなくてはならず、軍部に対する司法省の優位をたしかなものしておきたかった。そのためには軍部の最重鎮たるロイエンタール元帥を弾劾して軍人どもの増長をへし折ることは、非常に有意義な事であるように思われた。さらにいえば、現在まで宇宙の中心であったオーディンより、未来の宇宙の中心となるフェザーンに居場所を確保しておきたいという打算もあった。

 

 そうした思惑があって、ブルックドルフは喫緊の仕事を終わらせ、一二月二日にオーディンを起った。これはまさに幸運というべきで、もし翌日までずれ込んでいたならば貴族連合残党によるヴァルプルギス作戦によって、ブラッケやゼーフェルトと同じようにマールブルク政治犯収容所で死んでしまっていたかもしれない。

 

 そうした混乱もあったためにブルックドルフはオーディンに戻って混乱した法秩序を再編する必要があったこともあり、フェザーン入りは予定よりも大幅に遅れて今年の二月なかばとなった。来ると返事をしておきながらなかなか来ないことにやきもきしていたラングの協力と、オーベルシュタインに事の次第への了解を得て、早速ロイエンタールの身辺調査を開始した。そして、いささか拍子抜けするほど容易に、エルフリーデ・フォン・コールラウシュという女性の存在をつきとめてしまったのである。

 

 内国安全保障局が調査したところ、エルフリーデなる女性は帝国軍最高司令官暗殺謀議による大逆罪によって逮捕された元帝国宰相クラウス・フォン・リヒテンラーデ公爵の姪孫(てっそん)(姪の娘)にあたる。そしてリヒテンラーデ一族は一〇歳以上の男子は処刑され、それ以外は辺境に流刑というのがラインハルトの決定であったはず。そんな女をロイエンタールが匿っていたと知って、ラングは興奮を隠そうにも隠せなかった。内国安全保障局として堂々とロイエンタールを弾劾できる物証を掌中におさめたも同然だからだ。

 

「ロイエンタール元帥は、自邸に、故リヒテンラーデ公爵の一族を匿っている。あきらかに陛下の御意に背いておられる。大逆に類するといって過言ではありません」

「どうだろうか……」

 

 ラングはそう言ってまくしたてたが、ブルックドルフは複雑な表情を浮かべて、必ずしも同調しなかった。それがとてもじれったく思い、わけを尋ねたところ、

 

「別に庇い立てしようというわけではないが、ロイエンタール元帥ともあろうものが、叛意の証拠となりえる女性を自邸に匿うなど迂闊すぎやしないだろうか。万事、あっさり進み過ぎているような気がするのだ」

「……帝国元帥の権威を過信していたということもありえましょう。信じがたい気持ちも理解できなくはないですが、証拠がすべてかと」

 

 ブルックドルフは不愉快そうに顔をゆがめた。証拠捏造と法律の恣意的解釈は旧王朝下における社会秩序維持局の十八番(おはこ)であり、そのことを潔癖な法律家として嫌悪していた。そのことを知らないわけでもないだろうに、元社会秩序維持局長官が厚顔にもそのようなことを宣うのだから、どの口が言う、という感情もわいてくるというものだ。

 

 とはいえ、ラングの言う通り、法律家として信じるべきものは現実に起こる現象、法律と証拠のみである。となれば気になるのは、そのエルフリーデなる女性を本当にロイエンタール元帥が匿っていたのか否かという点である。それを確かめるために直接彼女から事情を聴収することにしたのだが、エルフリーデはどこか高慢な態度をとりながらも素直に聴収に応じた。すると彼女がロイエンタール元帥の確かな愛人であることが証明され、しかも身籠っている事実が判明したのだ。

 

「私が子を身籠っていることを告げると、あの人はそれを祝福してより高きを目指そうと言ってくれました」

「……たしかか、それは」

「ええ」

 

 あまりのことにブルックドルフはかすかに狼狽したが、ラングとしてはすぐさま歓喜の舞を踊りだしたい気分であったろう。大逆を犯して流刑になった娘を匿うばかりか、情を通じた上に子を成して簒奪を示唆する発言までしていたというのだ。もはや、弾劾しないほうがおかしいことである。

 

 個人的な報復感情を暴走させながら職務的には正しい行動をラングは開始した。まず最初に、ブルックドルフからロイエンタール弾劾の権利をもぎ取った。ロイエンタールはあきらかに皇帝の御意に背く言動をしているが、成文化されている帝国法に背いているというわけではないので、司法省が法によって断罪することはできず、すべては皇帝の意向次第である。そしてこのような仕事は内国安全保障局の管轄するところである。

 

「よって内国安全保障局が弾劾文を作成して大本営に報告いたしますので、司法尚書閣下におかれては協力者としてその弾劾文に副署して頂きたく存じます」

 

 表面だけは恭しい態度でそう要請され、内務省の一部局の報告書に司法尚書が副署するなど司法省の立場がないとブルックドルフは内心歯噛みしたが、理屈の上ではラングが正しかったのでその要請をいさぎよく受諾するしかなかった。




個人的にオーデッツは好きです。いやあいつ、末期同盟に大量に居た体制の太鼓持ちのくせに、無駄に度胸と行動力ありすぎでしょう。正直言って、トリューニヒト派政治家でハッキリと記憶にあるのネグロポンティとアイランズとこいつしかいない。

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