リヒテンラーデの孫   作:kuraisu

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代表連絡部

ゴールデンバウム王朝の時代、銀河帝国は“全人類の支配者にして全宇宙の統治者、天界を統べる秩序と法則の保護者、神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝”の「私有物」であると定義された。そして初代皇帝ルドルフはそのように振る舞い、彼個人の価値観と基準によってそれぞれの惑星に信頼できる貴族を領主に封じ、その領主がルドルフの意向に背けば雷に例えられた怒号とともに不忠者として殺戮する生ける神として君臨し、彼の思うがままに帝国を統治した。

 

 だが、それを実践できた歴代皇帝の中ではルドルフただ一人にすぎない。少なくとも、後世の歴史家からはそう評価されている。第二代皇帝ジギスムント一世は極めて有能な専制君主ではあったが、貴族たちを従えるというよりは協調する形で帝国を統治し、次代のリヒャルト一世にしてもそうであった。そしてその間に貴族同士の政略結婚の繰り返しによって貴族間の横の関係が強化、複雑化して、俗に“門閥貴族”と称される巨大な権門が誕生し、台頭してきたため、下手な処断の仕方をすれば国家の屋台骨が揺らぎかねなくなったからである。

 

 こうしてそれぞれの貴族領は帝国政府から相応の独立性を有するようになり、皇帝や国務省の意向を貴族領統治に反映するための中継機関の役割を果たしていたはずの帝都の貴族街にある邸は、いつしか貴族と中央政府の関係をめぐる交渉の場になることになり、名門であればあるほどその当主は中央での政治闘争に本腰を入れてかかわるために帝都に常駐しているのが当たり前――生まれて一度も自分の領地内に入ったことがないという貴族家当主すら探せばある程度いる――という、おそらく初代皇帝ルドルフからすれば「これのどこが全宇宙の統治者だというのだ」とでも嘆くであろう状態で定着してしまったのである。

 

 ローエングラム王朝の初代皇帝たるラインハルトはこうした環境を放置し続けるつもりなど毛頭ない。地方自治まで否定するつもりはないが、なにごとにも限度というものがあるはずで、独自に軍を保持したり法を敷いたりするのでは国家の中の国家でしかなく、大変非合理的であると考え、中央集権化を推し進めた。具体的には多くの貴族から領地を奪い、他の皇帝領と同じように地方総督府を設置してその中核の人事権を握り、それとは別に指導役を派遣して、地方行政に介入しやすくしたのである。

 

 これはある意味、黎明期の銀河帝国、ルドルフ時代への回帰と考えることもできなくなかったが、創業期はともかくとして非凡極まりない人間が統治側にいることを前提にした体制作りなどやったからゴールデンバウム王朝は中央集権が有名無実化したというのがローエングラム王朝首脳部の認識であったので、ローエングラム王朝は中央集権を統治システムとして完成させることを志向していた。

 

 とはいえ、何事も程度というものがあり、あまりに行きすぎた中央集権体制は地方を軽視させ、極端な官僚主義の台頭によって現実から乖離した情報が集められ、書類の上で完璧な統治が実現しているのに現実は悲惨といった事態を招く。これを避けるためにも地方側の主義主張にも耳を傾けなければならない。そういった思惑の下、以前からあった中央と各星系総督府の交渉部署である代表連絡部の役割もまた強化されることとなった。

 

 その内の一つ、アルデバラン星系の代表連絡部が八月二〇日にオーディンからフェザーンに移転された。星系総督ヤツェク・グラズノフの信任が厚いヨシフ・ルズタークというフェザーン人が代表となり、その補佐官として混狂の夜(カオスズラーズライ・ナハト)事件に対する対処の悪さのために降格されたが経験豊富な前総督のエルンスト・フライハルト・マティアス・アーブラハム・ジルバーバウアーがつく。事務方のトップたる一等書記官にはシルビア・ベリーニという妙齢の女性がつき、ルズターク代表と同じくフェザーン人であった。

 

 そのアルデバラン星系総督府にゲオルグは開設初日から入り浸っていた。別に忍び込んだとかではなく、ノイエス・テオリア社の特派員ラルド・エステルグレーンとしての職務を果たすためである。別にノイエス・テオリア社に限ったことではないが、たいていの地方報道機関はその地の政府機関と提携していて、さまざまな情報の提供役を担うことになっており、そういうわけで政府機関の中に仕事場を設けているのである。

 

 無論、それは建前である。情報提供役としての役割がないわけではないが、ゴールデンバウム王朝時代に重要視されたのは、報道内容を体制側が自然な形で報道社に検閲を受けさせるためである。そしてローエングラム王朝の時代になって、露骨な検閲はなくなったものの、情報の入手がしやすいという報道者側のメリットもあって、そのなごりが継続しているというわけであった。

 

 その環境をうまく利用して、ゲオルグは自然な形で代表連絡部に活動拠点を置くことができたわけである。

 

「さて、おまえにとっては久しぶりの帰郷と思うんだが、感想はどうか」

 

 代表連絡部の一室にあるソファに腰掛けてゲオルグはそういった。机を挟んで対面に座っているのは一等書記官、元フェザーン情報局のスパイで、現在は秘密組織の一員として活動している人物は、少しあきれたような顔をした。

 

「わかっていたつもりだけど、あなたって最初から真面目に話をするってことができないのかしら」

「私は十分に真面目に話をしておるつもりだが? もし家族なりと会っておきたいというなら、そのあたりのことも考えなくてはならぬしな」

「お優しいことね」

 

 絶対に真面目じゃないとベリーニは確信して睨みつけたが、ゲオルグは何処吹く風とばかりに受け流し、穏やかに微笑みを浮かべるばかりである。埒があかないので、ベリーニはこちらから仕事の話を投げかけることにした。

 

「それにしても、この人選で本当によかったの? 私は元フェザーン自治領情報局の工作員よ。そんな女がアルデバラン星系総督府に突然高官として迎えられ、総督府から派遣される一等書記官という責任重大な地位を与えられて帝国中枢部に乗り込むなんて、怪しまれるんじゃなくて」

「……私がフェザーンに来る前に説明しなかったか? まあいい、たいした手間でもない。怪しまれるかだと? すでにして怪しまれてなくてはおかしい。なにせ今のアルデバラン星系総督はボルテックの相方のグラズノフだ。帝国当局としては、ボルテックと同じくフェザーン支配に対する不平派に位置する勢力として警戒するのは当然のことだし、旧情報局の資料をひっくりかえして調べているだろうから、おまえの前歴も理解して警戒する。当然のことだが、だからこそ、そこに隙ができる」

「隙?」

「不平派は独立派と異なり、フェザーンが帝国の一部となることを受け入れる立場だ。ただ帝国から直接統治させるのは嫌だから、かつてほどでないにせよ、フェザーン人がフェザーン統治に責任を持てる自治権を欲している。皮肉なことに冬バラの勅令で自由惑星同盟が名実ともに消滅してしまったせいで、帝国の大勢はもはや揺るがぬと見るものが多くなって、かつてとさして変わらぬ広範な自治権を求める主張が減り、“帝国領フェザーン”としてどの程度の自治権を承認させるかという方針がまとまりつつある。さて、そういう不平派の方々からすれば、どうするべきだと考えると思う?」

「そうね、だれも否定できないほど帝国への貢献を示し続けることかしら。それをあからさまに黙殺するようなことをすれば、フェザーン大衆の反発や不満は必至。そうなればフェザーンを人類社会全域の首都として機能させるという帝国の計画は実現不可能になってしまうから、妥協せざるをえないというわけ」

 

 仮にローエングラム王朝が今までの開明的方針をかなぐり捨てて、民衆弾圧による流血と恐怖でフェザーンの帝国支配を確立することも理屈の上では可能かもしれないが、おそらく宇宙一権利意識が強い二〇億の人口を擁するフェザーンでそれをしてしまえば、不信感と憎悪の嵐が惑星上で吹き荒れ、安定した治安を回復するのに何年かかるかわかったものではない。そんなことになれば、人類社会全域の首都として機能させるなど夢のまた夢になってしまう。

 

「その通りだ。そしてその“帝国への貢献”とは何を意味するか。決まっている。帝国のフェザーン統治を盤石ならしめること。具体的には親帝国派以上に独立派の取り締まりに協力し、帝国の仇なす叛逆者どもの首をあげること。その最たるものは地下に潜伏したルビンスキーだが、なにも叛逆者はルビンスキーだけではない」

「そしてそのうちの一人が貴方というわけ?」

「帝国側の視点から見ればそうだろうよ」

 

 つまらなさそうにゲオルグは肯定する。祖父の連座とはいえ帝国から死刑判決をされている国事犯なのに、それを平然と無視して秘密組織を指導して大小様々な反帝国テロリズムに関与しているのである。かつて警視総監を務めた識見から言わせてもらえば、悪質きわまる叛逆者でしかない。そのように彼は自己分析していた。

 

 つまり不平派にとってゲオルグ・フォン・リヒテンラーデという国事犯は、帝国に確かな貢献をしていることをアピールし、不平派の勢力拡大の足がかりとするべき奇貨なのだ。その両者が手を組んでいるなど、ありうべかざることなのである。

 

 しかしボルテックは明らかに同志であるはずのグラズノフを疎んじており、そしてグラズノフがそのことに気づかないほど低脳でもなかったので、幸運にも彼と手を組める余地ができたのである。当然、ゲオルグはその好機を見逃さずにグラズノフと接触して言葉巧みに協力関係を構築して、惑星テオリアにおける秘密組織の覇権を磐石なものとしたのだ。

 

「私の考えでは、治安当局から私が――つまりラルド・エステルグレーンという新聞記者がという意味だが――不平派の一員と見なされていれば安全圏に入ったも同然だ」

「どうして? 不平派にしても代理総督府同様に帝国からすれば邪魔な存在でしょう。機会があれば潰したいと思うのが普通じゃなくて」

「そう思ってはおるだろうが、現時点においては現実的に不可能だ。なぜならもっとわかりやすい明確な敵が帝国にはいくらでもいるのだ。そういった者達と対峙する点においては味方と言える不平派を敵に回している暇があるものか。それにいくら不平派とはいえ、反社会的行為を行なっているわけでもないフェザーン人を弾圧するとなると、親帝国派からも離反者がでかねぬ危険性もある。不平派の直接的排除に踏み切れるほど銀河情勢を安定させるには二〇年……いや、かのお若い皇帝陛下の迅速ぶりを考慮すると遅すぎやもしれぬな。まあ、それでもはやくて三年後であろうよ。その間にも政争がらみの嫌がらせのような圧力はかけるであろうが、少なくとも建前が立つ程度の探りしかいれることはできぬ。そしてその程度の探りなら、いくらでも誤魔化せるさ」

 

 ゴールデンバウム王朝時代、権力闘争で憲兵隊から担当者を切り捨てることが前提の自爆特攻のような強制不法捜査をされた経験もあるゲオルグである。それが当然であった頃の警察時代を思えば、今の治安機関の捜査は全体的にぬるすぎて容易く誤魔化せると断言できた。注意しなければならないとしたら、秘密裏にそういうことをやってくる人材、筆頭が軍務尚書オーベルシュタイン元帥のような人材も今の帝国に相当数いるということだが、「不平派への不当捜査」と第三者視点で思われることを考慮すれば二の足をふむだろうし、実際もしそのような兆候があれば逆にこちらがそれを調べ上げ、そういう方向の記事としてマスコミに流せば不平派の支持の拡大を狙えるとゲオルグは考えていた。

 

 一方、ベリーニはゲオルグのいう明確な敵について少し考えてみた。ほんの数年前までフェザーンを除けば銀河にある諸勢力の九割以上が同盟か帝国、共和主義か専制主義のどちらかに色分けすることができた。少なくとも掲げる旗印的な意味では。しかし現在は一強たるローエングラム王朝とそれに反抗する数多の勢力という形になっている。そのうち、自分が属する秘密組織と、有名どころの諸勢力を羅列すると……。

 

A.ゲオルグの秘密組織

B.ルビンスキーの旧フェザーン勢力≒フェザーンの独立派

C.得体の知れない地球教

D.イゼルローン共和政府を筆頭とする旧同盟の残党

E.ブラウンシュヴァイク公の遺児エリザベートを擁するゴールデンバウム王朝残党勢力

F.貴族への復讐心で凝り固まっている反貴族主義系勢力

 

 ……Fは考えすぎだわねとベリーニは思った。Fは指導部的なものが存在するように思えないし、度々テロを起こすとはいえ、今のローエングラム王朝の世を否定したいわけではない。ローエングラム王朝が実施した報道の自由による過熱報道のせいで、多少悪目立ちをしているだけで、そもそも大きな組織のようなものがあるわけでもない。何か具体的な計画の下に動いているわけでなく、それぞれの集団が個々に動いているのみ。脅威の度合いとしては小さなほうであろう。

 

 しかし、こう考えると、たしかにAからEは体制側からすれば大変に面倒な脅威だ。Aは帝国の旧領土を中心に根深いネットワークを構築し、数々の政治やテロに関与しながらも、表向きは常に別の何かに責任をなすりつけ、表舞台に出ることなく成長を続けている。ゲオルグの化け物じみた組織管理能力によるもので、若くして内務次官の地位にあったのも納得できる。Bもまもなく新帝都となるフェザーンの安定の上で大きな不安要素だ。それにルビンスキーを打倒できたとして、一〇〇年間ここに自主独立の自治領があったという事実が消え去るわけではないから、独立派のアイデンティティは消えない。Cは行動を読みにくいという点で危険だ。皇帝ラインハルト暗殺未遂を起こしたかと思えば、今度はその宿敵ヤン・ウェンリーを暗殺しに行ったりと行動原理が読みにくいことこの上ない。ゲオルグでさえ地球教が、より正確にいえば地球教の指導部が、なにを目的として行動しているのかわかりかねているようなのだ。

 

 Dのイゼルローン共和政府は他とは異なり小規模とはいえ実戦的軍隊を保有しているというか、実戦的軍隊が政府のフリをしているという実際的な脅威の他に、ヤン・ウェンリーという民主主義擁護者の権威を受け継ぐ旧自由惑星同盟諸勢力の精神的な支柱といえる。他とは異なり、拠点がはっきりとしていて、その上で小勢力なのだから、優先して対処すべきことではないが、ひとつ間違えれば旧自由惑星同盟領、現銀河帝国新領内にある火種が一気に燃え上がりかねない危険性があり、対処の仕方には要注意といえる。そしてEだが――以前協力関係にあったためにある程度実情を理解しているのだが、オーディンでのヴァルプルギス作戦の失敗のせいで大打撃を受けて壊滅一歩手前状態であるという情報があるいっぽうで、開明派の中心人物が物理的に排除したため、彼らにシンパシーを感じる旧王朝系官僚が復権しており、その一部がなにかしら関係を持っているという噂もあって、他に比べればマシだが、無視することはできない程度には危険といえるだろう。

 

 ……たしかにゲオルグの言うとおり、今の帝国がフェザーン内の不平派に手を回している余裕があるとは思いにくい。むしろこれだけ治安上の不安要素があって、三年後には不平派への対処に乗り出すかもというゲオルグの推測は現実味がないようにすら思える。だが、現在の帝国の主人のラインハルトという男は、ブラウンシュヴァイク公とミッターマイヤーの処断に関することで対立して政治の舞台に躍り出てから、ほんの数年でブラウンシュヴァイク派どころか他の門閥貴族勢力を軒並み破壊して新体制を敷いた今代の偉人である。だから三年という数字には理性とは異なるところで妙な現実味を彼女の胸に感じさせるのだった。

 

「それでこれから秘密組織としてはどう動くつもりなの? 不平派の支持拡大を狙い続けるだけでは、あなたが無罪放免の上で官職に就くことは不可能じゃないかと思うのだけど」

 

 そう言いつつも、ベリーニはある程度推測はついていた。ゲオルグの目的は権力の座に返り咲くことであり、そのためには不平派と同じように罪を帳消しにしてあまりある帝国への手土産が必要であろう。それを思うと、BからEのいずれかと手を組むフリをして相手を信用させ、機を見計らって帝国側と接触し、立場と引き換えに彼らを売り渡して地位を得るのが一番現実的だ。帝国の抱える事情からするとBが最有力、次点がCというであろうと踏んだ。

 

「ああ、それな。ルビンスキーめに正体を看破されてなかば脅される形での協力関係にあるゆえ、しばらくはルビンスキーと協調することになる」

 

 だが、ゲオルグがあっけらかんととんでもない返答をよこしたため、ベリーニの頭脳がその言葉の意味を理解するのにしばらく時間を要した。

 

「……ごめんなさい。もう一度言ってもらえる?」

「だからおまえの元雇用主に私の正体が、ラルド・エステルグレーンの正体がゲオルグ・フォン・リヒテンラーデだと見抜かれてしまったから協力するしかないというのが当面の方針だ」

 

 たいしたことでもないように平静にそう説明するゲオルグ。

 

「……それって致命的じゃないの? 亡命政府のときみたいにまた巻き込まれているわけでしょ?」

「たしかに。だが、致命的というほどではない。直接会ってルビンスキーの計画を説明され、協力を要請されたが、つけこめる隙はありそうだからな。説明すべてがブラフという可能性も状況的には低い。それより気がかりなのはどういう経路で私がフェザーンにいることをルビンスキーめが知ったかということだ」

 

 意味ありげな視線を向けられ、ベリーニは背筋に寒気が走った。自分がルビンスキーに情報を伝えたのではないかと疑われているのではと思ったのである。焦ったように口を開く。

 

「わ、私じゃないわよ! そもそもテオリアでここに来るための立場作りで忙しかったのはあなたも知っているでしょう?」

「そんなことはわかっている。第一、おまえが今のルビンスキーに私のことを教えてなんの利益があるというのだ。私が聞きたいのは、おまえがどこから情報が漏れたと思うか、考えを聞かせてほしいということだ」

 

 面白い冗談でも聞いたような愉快気な口調でそう言われ、羞恥で赤面しそうになったが冷静さをなんとか保ち、ベリーニは自分の考えをまとめて話した。

 

「やっぱりフェザーンで秘密組織の拡充を急ぎすぎたせいじゃない。あれのせいで構成員の素性を洗うのはかなりおざなりになっていたでしょう。ルビンスキーの息がかかっている者たちが相当数入り込んでいても不思議ではないわ」

「やはりそう考えるか。ベルンハルトからの報告でも体制側の人間と思しき者たちがいくらか入り込んでいる危険性があるとあった。そちらに神経を向けすぎた結果、ルビンスキーなどの非体制派の勢力を秘密組織内の上層に浸透しまったのやもしれぬ。これは大変由々しき問題だ」

 

 少なくとも現状において、ルビンスキーは心から信頼できる同盟相手ではないとゲオルグは考えている。そうである以上は取れる選択肢を可能な限り豊かにしておきたいところである。しかしフェザーンにおける自分の手駒にルビンスキーの息がかかっているのだとすれば、そこから情報の水漏れが発生し、秘密組織の動向が逐一ルビンスキーに把握されるということに他ならない。それはある意味、自分の表向きの身分がバレていること以上に問題である。

 

 早急にどこまでルビンスキーの手の者が秘密組織に入り込んでいるのか洗い出さなくてはならない。だが同時に、そうしようとしていることを気取られてはならない。手に負えぬと見なされ、秘密組織が黒狐の計画の中で捨て駒にされてはかなわない。慎重かつ、微妙な調整と偽装が欠かせない。そしてそれでも万全は期しがたいところであろう。なにせ海千山千の門閥貴族どもを欺き、数十年にわたって帝国の権力中枢部に居座り続けた祖父でさえ、あの男に何度も煮え湯を飲まされているのだ。だからせいぜい可愛い抵抗と思われる程度に振る舞わなくてはならない。

 

「由々しき問題ではあるが、気長にやるしか打開策がない。しばらくはルビンスキーの太鼓にあわせて踊ってやるさ」

「それで、具体的になにをすればいいのかしら」

「……ハイデリヒは予定通りの役職につけたのか?」

「ええ、アルデバラン星系総督府の巡検使になったわ。もともと社会秩序維持局支部長副官だった彼のキャリアから考えると、私ほど不自然な人事でもないから、グラズノフが簡単にやってくれたわ」

 

 巡検使とは、所属元の出先機関が腐敗していたり暴走していたりしないか確認するために不定期的に出先機関を巡回し、その実情を調べて上に報告するのが仕事の役職である。社会秩序維持局全盛期は通信も普通に傍聴されていた(前よりはマシにはなっているだろうが、今も隠れて少なからずやっているに違いないとゲオルグは思っている)ので、外に漏らしてはいけない情報を交換する明記されない役目も負っていた。

 

 ゲオルグはこれを利用し、ベリーニ→ハイデリヒ→テオリアの秘密組織指導部への連絡通路を確保したわけである。時間はかかるが、水漏れの可能性がほぼないため信頼度が段違いであり、しかも完全に職務をこなしているようにしか見えないわけだから、軍や秘密警察が無理やりこれを捜査するなんてことはしにくく、仮にしても口頭でしか連絡内容は伝えないから聞き出すのに手間取るし、ローエングラム王朝のイメージダウンにつながるという防衛機能付きだ。これからこの連絡網を少なからず活用することになるであろう。

 

「いつここに来る?」

「遷都宣言式には来るらしいから、数日後かしらね」

「よしわかった。じゃあ、ハイデリヒにシュヴァルツァーが中心となって期日までにこういう者たちを集めておくようブレーメに伝えろと言っておいてくれ」

 

 ゲオルグは懐から一枚の紙片を取り出してベリーニに見せた。そこに書かれている内容を読み取り、ベリーニは驚いた。

 

「こんなのを集めて何をしようというの? 半分くらい、あなたの敵のようなものでしょう?」

「さあ、私が考えたことではなく、ルビンスキーからの要請だからなんとも。まあ、だいたいの想像はつく。たぶん独立派に心を寄せる人間を増やすための試みだ。ついでに高等参事官殿への援護射撃のつもりというのもあるかもしれん。しかしあの男、どれだけ高い地位があっても、自分の意思で権力が振るえぬでは政治家として三流だと思うのだが、はたして打開策を考えているのであろうか」

 

 自分があの地位にいるのだと仮定するならば、展望が見えるとはまったく思えないのだが。ゲオルグはそう続けかけて、やめた。さまざまな問題があるとしても、あの男があのような状況から這い上がってきたのだ。まったく先を考えていないのだと決めつけるのは軽挙だと感じたのである。だが、それはあくまで感情の問題ではないかと彼の理性は囁いていたが、第六感とでもいうべきなにかがそれを拒絶していた。

 


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