数ヵ月ぶりに表向き勤めている会社に出勤したゲオルグは、社内に設けられた警備主任執務室にてシュヴァルツァーから現在の状況報告を受けていた。いかに重役であるとはいえ、警備員に過ぎない者達が、流通会社の運営方針を議論するなど、どう考えてもおかしいのだが、このズーレンタール社の弱みを握って会社を実質的にゲオルグは支配していたのだ。
しかしそのことに多くの社員は気づいてない。会社の様相が変貌していることに気づいているのは上層部のみであって、ゲオルグは彼らを脅して口止めしているのである。グリュックス社長はもちろん、こうした自社の状況に思うところがあるのだが、決して行動に移すことはできなかった。もし叛逆など志した場合、間違いなく自分も処刑台に送られる。これはグリュックスに限らず、この会社の幹部の総意であり、彼らは保身のため、ゲオルグという絶対君主の臣下たることを選んだのである。
会社の経営報告が終わった後、秘密組織の話題へと移った。
「公的機関への構成員の浸透は順調です。特にシンドリア星系、アルデバラン星系、ヴァン星系、スルト星系の各機関への浸透は目標値を達成できており、領主府や総督府の思惑を読むのも容易いかと」
「よくやった。だがいくら地方政府の動きが読めたところで、中央の動きが読めない状況に変わりはなし、か。肝心のヴァルハラ星系の状況はどうなっているのだ」
「ヴァルハラ星系の公的機関への浸透は、目標数値の一二・一パーセントにとどまっています。しかも中央省庁は軍の監視が厳しいので、どうしても病院や交通機関への浸透の割合が大きくなり、中央省庁の末端に潜り込めたのは全体の七・四パーセントに過ぎません。しかもその内、七八・九パーセントまでが典礼省所属というおまけ付きでして」
「ふむ。やはり帝都オーディンへの浸透は、そう簡単にはいかぬか」
「ですが、一つ朗報があります。私がオデッサに来る時に利用した、軍内部の秘密輸送組織と協力関係の構築に成功しました。むろん、彼らには彼らの思惑があるでしょうから、単純に味方と考えるわけにはいきませんが、軍の輸送物資についての情報を掴むことができるのは大きいでしょう」
「その組織のボスは、かなりの軍高官ではなかったか。危うくはないか」
「今になっても摘発されず、平然と犯罪行為を繰り返している彼の用心深さから大丈夫だと判断しました」
「……よかろう。おまえの判断を信じることにしよう。それでこのグミュント星系の状況は」
「六八・三パーセントまで完了しております。しかし警察支部にあまり食い込めていないのが今後の課題です」
ゲオルグはしばし椅子にもたれかかり、思考に耽った後、新しく質問をした。
「反ローエングラム感情についての各地の報告はどうか」
「閣下の働きにより、プルヴィッツ、ランズベルク、ノイケルン、ノイエリューゲンでは地方メディアが盛んに煽っていることもあって、民衆の反ローエングラム感情が表面化しております。それと隣接する元貴族領の惑星でも徐々にその空気に染まりはじめているようですが、現状ではローエングラム公への反感をおおやけの場で表明する以上のものにはなりえないかと。またこうした状況を受けて、現存している貴族領主の一部が呼応する形で反ローエングラム宣伝を盛んに自領内で行いはじめ、民衆も同調しているようです。特にアイゼンベルク、ライヘンバッハのものは先に挙げた先に述べた四つの惑星に匹敵するものがあるかと」
「……アイゼンベルク、ライヘンバッハについては少し心配だな。まだまだ反ローエングラム感情という油を増やすべき時なのに、やつらが暴発し、油に引火するようなことになれば、こちらの計画が狂いかねん」
「さすがにそれはないのでは? 警備隊程度の武力で現体制に叛逆するなど勝算が――」
「おまえは! 数年前のクロプシュトック侯が、勝算があってあんな無謀な叛逆を企てたと思うのかな」
ゲオルグの口調は、最初以外はとても穏やかなものであったが、シュヴァルツァーは背筋に寒いものを感じた。帝国歴四八六年、ルドルフ大帝以来の名門であるクロプシュトック侯爵家当主ウィルヘルムが、帝室に対して叛乱を起こした。理由はクロプシュトック侯が約三〇年前の帝位継承争いの時に、当時の皇帝オトフリート五世の嫡男である勤勉で教養に富んだ有能だったリヒャルトでも、無能で遊蕩に耽っていた次男フリードリヒでもなく、行動力に恵まれて明朗快活だった三男クレメンツを次期皇帝として支持したのだ。
次男フリードリヒは最初から帝位に就くことに興味がなかったので、次期皇帝の座を争ってリヒャルト派とクレメンツ派が争うことになった。この帝位争いにクレメンツは勝利できなかった。それでも宿敵だったリヒャルトが帝位についていれば、クロプシュトック侯は不満を抱きつつも納得したかもしれない。しかし帝位争いの結果はリヒャルト派とクレメンツ派が相討つ形で自滅し、漁夫の利を得る形でフリードリヒが勝利してしまったのである。
次期皇帝として決まり、フリードリヒ皇太子となっても、フリードリヒは皇族としての自覚を持つことはなく、ひたすら遊蕩に耽り続けた。やがてオトフリート五世が崩御し、皇帝フリードリヒ四世となりおおせても同じであった。これでリヒャルトやクレメンツを次期皇帝にと望んでいた者達が我慢ならぬのは無理からぬことだろう。
フリードリヒが無能者であることはだれの目にも明らかすぎたので、リヒャルト派・クレメンツ派を問わずフリードリヒの無能さを嘲笑った。なのにその無能が神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝になっているのである。両派に属していた貴族の無念のほどは察して然るべきであろう。実際、フリードリヒ四世が即位した後、帝国内は両派の残党による叛乱祭り状態であったほどだ。
しかしクロプシュトック侯はクレメンツ派の重鎮として君臨していただけあって、冷静な思考を兼ね備えていたので、当初はかつての同志らと組んでフリードリヒ四世に挑むことを潔しとしなかった。それに一応、あの無能者だってルドルフ大帝の子孫であることに違いはないという認識があり、大帝に敬意を持つ大貴族として、他に皇帝に相応しい者がいないのに、そのような不敬を犯してもよいものかという感情的な理由もあった。
だが約三〇年にわたって自分の領地から、ひたすら悪化し続けていく帝国全体の国情、そしてそうなっても相変わらず淫蕩に耽っているフリードリヒ四世を見続けるにつけ、クロプシュトック侯の大帝の血統に対する敬意より、フリードリヒ四世とその側近の無能者どもに対する憎悪が勝り、無謀な叛逆を行ったのだ。
ラインハルトは帝国の国情を劇的に改善しているのは間違いないが、ルドルフ大帝の血が流れていないどころか、平民にも劣る生活を余儀なくされていた寒門貴族の出である。しかも、貴族領主にとっては鬱陶しいことこの上ない税金を課してきた暴君であり、いつまで彼らが短絡的行動にでないと言い切れるか、あやしいものであった。
「失礼しました。暴動まで発展させず抑えるよう、現地の者たちに指示を出しておきます」
「それでよい。あとフェザーンはどうなっている? シュテンネスの監視報告は滞っていないだろうな」
「はい。前と変わらず、その日稼いだ金を散財していく姿をクラウゼが確認していると。それと亡命貴族の社交界で奇妙な動きがあるという情報が」
「奇妙?」
「は。なぜか自治領主府の人間が、頻繁に参加しているらしいのです」
「たしかにそれは妙だな。フェザーン駐在帝国弁務官事務所はどう思っているのだ」
「前高等弁務官のレムシャイド伯が、自治領主府に招かれたという噂もありますので、フェザーンの情報収集活動とみているようです」
本当にそれだけだろうか。いまフェザーンに亡命している貴族たちが、ラインハルトのことをそれほど知っているとは思いにくいが。ラインハルトは一代の成り上がり者であって、貴族同士のつながりというものから縁遠い存在であったから、彼らから情報を収集したところで大した益になるとも思えないが……。
フェザーンがなにを考えているのか、ゲオルグは想像してみたが、途中で思考を打ち切った。いまの自分は帝国を舞台に、復権を目指しているのである。フェザーンがなにを企んでいようが、はるか遠い場所のことであり、自分に関わってこない以上、好きにさせておけばよい。
「今後の課題も多いが、ひとまずは順調といったところか」
ゲオルグはそう総括した。現在の状況に大きな不満はなかった。彼が考えている復権計画は長い時間を必要とするものであったから、拙速より巧遅を重視していたからである。
ゲオルグが構想している復権計画を実現させるために、三つの任務を自らに課していた。
まず一つ目の任務は、官憲の目を誤魔化しながら帝国内の情報を収集し、それを利用して工作するための耳となり手足となる秘密組織の構築することである。これは警察時代の経験や、リヒテンラーデ家の隠し資産という財源もあって、簡単に構築できた。あとは必要に応じて組織の秘密性を維持しつつ、拡充していくだけである。
第二の任務として、第一の任務の方が優先されるが、それと並行して反ローエングラム的感情を各地で煽ること。これも順調に成功しているといってよい。だが、ひとつ留意せねばならいのが、その感情が高まりすぎて暴発するようなことは防がねばならないということである。なぜかというと、次の任務の実施にさしつかえがでるからだ。
その第三の任務とは、反ローエングラム感情が高まった者達を、自分たちの息がかかっている者達によって組織化させることであった。それも反体制組織としてではなく、合法的かつ平和的な組織としてである。テロ活動によって帝国軍を一時的に混乱させることはできても、職業軍人の集まりである帝国軍を単独で打倒することは不可能であり、ラインハルトの帝国軍を打倒できるよう軍事組織など、銀河の向こう側の自由惑星同盟にしかない以上、暴力的反抗は下策である。ゲオルグは専制体制下における高級官僚としての復権を目的としているので、帝国軍が派手に混乱した結果、自由惑星同盟によって銀河を民主主義的に統一されたら、それはそれで困るのだ。
よって、ここでも言論の自由を利用する。銀河帝国は専制体制を敷いていることに変わりはないのに、ラインハルトは、民主主義国家顔負けの権利や自由を人民に保障しているのである。これによって民衆のラインハルト人気が増大していることは疑いないが、つけ入るべき隙を生んでいる。つまり独裁体制が敷かれているのに、いわゆる“野党”のような組織を作り上げることが可能であるということで、きわめてゴールデンバウム的な色が強い勢力を生み出せるのだ。
もちろんその勢力にラインハルトが政治権力を与えるとは思わないが、無視できるほど小さい勢力ではなければ、かなり鬱陶しい存在となることは間違いない。かといって武力でもって叩き潰す訳にもいかない。いかにゴールデンバウム的であるとはいえ、武力を持たず、法を逸脱してもいないまっとうな組織である。弾圧してしまえば、内部分裂が必至である。オットーからの情報によって、ラインハルト支持者の多くが“帝国人民の味方”であるという幻想を信じ、自分たちが優遇されればそれでよいという考えの者が、きわめて少ないということを、ゲオルグは熟知していた。
だが、この第三の任務は多くの難題が積み重なっている。なにせリップシュタット戦役で没落した元貴族や、貴族連合軍に参加しなかった貴族が、さまざまな思惑で高まった反ローエングラム感情を利用しているからであり、合法的かつ平和的な組織としてまとめるのは、きわめて困難な事業であった。これが大きな課題となっているが、秘密組織の人員を使い、この難しい調整をするしかない。
とはいえ、事前に想定していたことであり、計画は概ね順調であるといってよかった。ラインハルトが彼らを弾圧する挙にでれば、それが原因で発生するであろう内部対立を利用して復権するまでであるし、反ローエングラムの少ない声を煩わしく思いつつも許容する方向に行くなら、彼らを説得して見せると言って自分を売り込めばよい。自分ならどっちの展開になってもやり遂げられる自信が、ゲオルグにはあった。
「おまえの本領は暴徒鎮圧であるというのに、苦労をかけたな」
「いえ。そんなことは」
「そのお礼と言ってはなんだがな……」
そう言ってゲオルグは執務机の引き出しから、ひとつの箱を取り出した。
「なんですかこれは」
「なにって……お土産。クロイツナハ
シュヴァルツァーは引き攣った笑みを浮かべた。
「……お土産?」
「うん。古代フランス風菓子セットだ。帰ってからご近所さんに配って回ったんだが、なかなか好評だったぞ」
「ご近所さん?」
「平民というのは旅行先で土産を買って、帰ったらそれを配るものなのだろう?」
そう言って、違うのかと首を傾げるゲオルグに、どう反応したらよいのかわからなかった。まさかそれほどまで民間に溶け込んでいるとは、シュヴァルツァーの予想を超えていた。
「その通りですが……」
名門貴族の一員としてゲオルグ・フォン・リヒテンラーデのことを知っているだけに、ギャップというものがひどい。戦慄を覚えるほどに。
「いえ、なんでもありません。ありがたくいただきます」
「……?」
シュヴァルツァーは菓子セットを受け取ったので、なにか釈然としないものを感じつつも、ゲオルグはなにも追求することなく、次の話題へと話をうつした。なにか要望や意見があるなら聞かねばならないし、ハイデリヒに託した任務など、ゲオルグが現地で決断した方針などについても話さねばならず、相談するべきことはたくさんあった。
だいたい話し合うべきことを話し合った後、警備主任としての表向きの仕事を行い、夜の九時にゲオルグは退社した。しかし自宅を視認して立ち止まった。自宅の前に見慣れぬ女がいる。少し物陰に隠れて様子を伺って見たが、ずっと家に立ち止まっているということはなかったが、一定間隔で家の中を伺っているようだった。面倒なことになりそうだと思いつつ、携帯TV電話で会社のシュヴァルツァーに新しく指示を出し、家へと向かった
「失礼」
自宅の敷地に入ったあたりで、女が声をかけてきた。ゲオルグは怪訝な顔で女を見る。
「……なにか」
「ズーレンタール社のゲオルグさんですね?」
「そうだけど……あなたは?」
「失礼しました。わたしはシルビア・ベリーニと申します。ムルズク・サービス社の営業課の社員でして」
そう言ってベリーニは名刺を差し出した。その名刺には確かに女が言った通りの情報が書かれていた。
「我が社はぜひ貴社との――」
「そういう話なら、営業部の人に言ってくれないかな? 私は警備主任なので、会社経営の決定権を持っているわけではない」
いかにもめんどくさそうにあしらった。
「たしかに決定権はお持ちではないではないかもしれませんけど……影響力はお持ちでしょう」
「しがない警備屋に?」
「それ以前にあなたは高貴な生まれのお方です。下々の者たちはあなたの意思を考慮せずにはいられないのではないかと」
「高貴? 私は平民の生まれだが? それに昨今、身分というものは急速に意味を失っている」
「そうかもしれませんけど、元帝国宰相の直系となると、やはり違うのではありませんか」
瞬間、ゲオルグはこの女が全部知っていると悟り、どういう立場の人間であるのか必死で考えつつ、口は勝手に動く。幼い頃からの経験で、別のことに意識を向けていても、違和感のない会話ができる能力を身につけていたのである。
「それはまた奇怪な。私の先祖がそのような高い地位についていたとは知らないが、何代、何十代前カッセル家当主の話だい? それとも何百代前、まだ地球の地表に数多の国家が群雄割拠していた時代のことなのかな?」
「ほんの半年前までのことですわ。それにカッセルという家名でもありません」
ベリーニは微笑みながら、そう言い返した。
「積もる話もありますし、ご自宅にあがらせてもらえますか」
「どうぞ」
ゲオルグは逆らわなかった。このような態度をとるということは、少なくとも現体制に親和的な勢力の人間である可能性は限りなく低い。ならば家の中で話をする方が安全だと判断したのである。それにたぶん、この女も暗部に属する人間であるのだろうと推測してのことでもあった。自宅の扉を開け、廊下を横切り、書斎へと入った。
書斎は中産階級の平民の家にあるものとして一般的なものであったが、指名手配中である家主の書斎と考えると生活感に溢れており、ベリーニが一瞬だけ表情に驚きの色を浮かべたのを、ゲオルグは見抜いた。しかしそれを表情には出さず、平然とした調子で手でアームチェアに座るようすすめた。ベリーニはそれを受けて優雅にアームチェアに腰を降ろし、ゲオルグもその対面にあるアームチェアに座った。
「さて、ムルズク・サービス社の営業者が、私になんのようかな」
「表向きの要件と裏の要件がございますが、どちらからがようでしょうか」
「表向きはわかる。貴社との関係を持つよう、グリュックス社長に働きかけてほしい。まあ、そんなところだろう」
「ご明察です」
「いらぬ世辞だ。それで裏の要件は?」
「あら、まだ働きかけてくださるのか答えをもらっていないのですけど」
「本題を聞いてから、判断させてもらおう」
まったく動じず、ゲオルグは裏の要件の説明を要求した。ベリーニは露骨に肩をすくめると、呆れたような顔を一瞬だけ浮かべた。
「リヒテンラーデ閣下は、今もなお、エルウィン・ヨーゼフ二世陛下に忠誠を誓っておいでですか」
ゲオルグは頷いた。実際のところ、幼すぎる皇帝にどのような感情も抱いていなかったが、昨年の即位の際に皇帝に文官の一人として忠誠を誓った身であるし、自分に害がそれほど及ばぬならば、帝国の藩屏として守護することにためらいなどなかったから、忠誠を誓ってるか否かと聞かれれば、頷くしかなかった。
「つまり相応の地位を与えられれば、陛下のために働くつもりがあると」
「貴族として恥ずかしくない程度には、な。しかしローエングラム公が権力の座にあり続ける以上、非現実的な空想話に過ぎぬ。それともなにか、あなたがローエングラム公に私の復権を認めさせるとでもいうのかな」
冗談交じりにそう言ったが、帰ってきた返答はゲオルグの予想を超えていた。
「いえ、正統なる銀河帝国の亡命政府を設置し、ローエングラム公の陣営と戦う一員になっていただきたいのです」
「……なに?」
亡命政府、というのは耳慣れない言葉であったが、読書家であるゲオルグはそう呼ばれる組織の存在が過去の歴史に存在したことを知っていた。クーデターや他国による占領などでその国の政治から排除された者たちが、外国に脱出してその地で組織する政府組織のことだ。基本的に他国の支援無くして設置することはほぼ不可能であり、現在の銀河情勢において銀河帝国の亡命政府などというものを設置できる勢力があるとすれば、ひとつだけである。
「あー、つまり、叛乱軍の領域内で、全宇宙を支配する銀河帝国の正統な政府を設立する、と?」
冗談にしても笑えないぞと思いつつ、ゲオルグは自分の解釈を述べた。ベリーニがこともなげに頷くので、ゲオルグは表情が崩れるのを必死に堪え、内心では途方に暮れた。論理的に矛盾が多すぎるではないか。銀河帝国と叛乱軍、もとい自由惑星同盟は、ともに銀河連邦の後継国家を、人類社会を統治する唯一の正統政権を自称しているのだ。
なのに同盟が帝国の亡命政府を認める、つまり他国の存在を双方が公的に認めるなど、どう考えてもおかしいだろう。ゲオルグの個人的な感覚としては、銀河連邦が銀河帝国にとって代わられてから、約二世紀後に帝国の元奴隷の民によって成立した同盟が銀河連邦の後継を自称するのはおかしいと思っていたから、同盟の方はまだ建前より実質を重んじるようになったと納得できなくはないが……。
そしてそこまで考えて、ゲオルグはベリーニがどこの勢力に与しているのか、おおよその見当がつき、なんとも苦い思いを感じた。
「解せんな」
「? なにがです」
「フェザーンはどうしてこのような好意をわれわれに施してくださるのだ? ローエングラム公の陣営と結びついた方がよほどよいであろうに」
「……どうして私がフェザーンの工作員だとわかったのです?」
ゲオルグはこれ見よがしにため息を吐いた。
「こんな提案をしてくるのは、同盟かフェザーンの工作員のどちらかだろう。そしてフェザーンの工作員は弁務官事務所や領事館事務所の役人や企業の一員という表向きの顔を持ってることが多いそうだから、たぶんフェザーンだろうとカマをかけてみただけだ」
簡単に引っかかってくれたなと嘲笑い、ベリーニは顔を硬くしたが、ほんとうはゲオルグはフェザーンの工作員だろうと思っていた。フェザーンは帝国の自治惑星――という名目だが、帝国に対して貢納義務を負っていること以外は特に制約がない広範な自治権を獲得しており、帝国の国是上、国家として認められていない同盟と平然と外交関係を樹立していることからもわかるように、事実上の独立国家である。
そのフェザーンは帝国と同盟の境界線上にある、フェザーン回廊に位置し、両国が戦争状態にあることによって両国間の交易を独占し、莫大な利益をあげている。古来から言うところの、戦争の当事者は悲惨だが、第三者であれば戦争は莫大な利益に繋がるという思想に忠実な商人たちの交易国家である。
そんなろくでもない思想に忠実な守銭奴どもにとって、帝国と同盟の間に平和が訪れ、直接貿易が行われるようなことは、自国の立場を失いかねないことであり、いわば永遠の悪夢であった。それを防ぐためにフェザーンは成立初期から実に様々な裏工作でその可能性の芽を摘んできた。これもまたその一環ということだろう。同盟が帝国に戦争をする理由は“祖国と民主主義防衛の為”というのがあるが、“いまだゴールデンバウムの圧政に苦しむ民衆の解放”というのも大儀のひとつとされており、それを劇的に実施しているラインハルトと同盟の間で誼が通じることになりはしないか。それを危惧して。
そこでラインハルトに激しく憎まれており、先のリップシュタット戦役時におけるブラウンシュヴァイク公の暴挙のせいで、帝国人民多数からも憎まれることになった旧体制下の我らが貴族勢力の出番というわけだ。貴族勢力と同盟が手を結ぶと、同盟との間に平和を築こうという意思がラインハルトにあっても、帝国の空気がそれを認めないだろう。旧体制のように言論統制をしていれば、そんな民意など踏みにじればそれで大丈夫なのだが、いまのところ、新体制は言論の自由を保障することにしてるようだから、そういうわけにもいくまい……。
「若くして内務次官になられただけありますわ。ご慧眼であらせますこと」
ベリーニは色っぽく微笑んで持ち上げてみるが、ゲオルグは表情はまったく変わらず、憮然顔のままであった。若さに似合わず、色の方面にあまり興味がないのか、はたまた時と場合の分別がちゃんとできているらしい。
ベリーニはすこし苛立ちを感じ始めていた。立場的には自分の方が圧倒的に有利なはずである。なにせ相手は指名手配犯だ。なのに話の主導権が握られっぱなしである。ゲオルグの経歴を知ってはいたが、能力を過小評価していたことを認めざるを得なかった。
「しかし閣下のご懸念も当然ですわ。上は真剣に迷っているようですよ」
「亡命政府を支援するか、私の所在をローエングラム公に売って新体制と誼を結ぶか、か?」
「ええ。はっきりとではございませんが、そういう雰囲気が自治領主府に流れておりまして……」
「なるほど……。それは困ったな……」
少しばかりゲオルグの言葉の歯切れが悪くなった。
「私個人としては、ゴールデンバウムに悪い感情を抱いてはいないので、そのようなことは避けたいのですが、乗り気ではないとなると、上も非情な判断を下す可能性は否定できません」
「……ところでその亡命政府は、誰が指導しているのだ。ゲルラッハか?」
ゲオルグは祖父の側近で、帝国副宰相の地位にあった男の名をあげた。
「いえ、レムシャイド伯が亡命政府の首班となっております」
「……失礼、私の記憶に間違いがないのであれば、彼はフェザーン駐在の高等弁務官だったと思うのだが」
「ええ。その通りです」
「亡命政府が正統なものであると証明する上で、せめて元閣僚級の人間が率いるべきではないのか。そんな正統性にも実行力にも欠けそうな組織に協力したくはないのだが」
レムシャイド伯と直に面識はなかったが、優秀な外交官として評価されていた人間である。フェザーンの黒狐”こと自治領主ルビンスキーにやや押され気味ではあったが、高等弁務官としての職責を全うできるほどの外交能力を有していた。なのになぜこのような浅はかな計画の主導者になっているのだろうか。
コルネリアス一世の大親征や二年前の同盟による帝国領侵攻の前例から考えると、回廊を超えて大規模侵攻し、一挙に銀河の反対側に城下の盟を誓わせるというのは、さまざまな悪条件からして、あまりに実現性が乏しいのではないかと思うゲオルグである。よしんば成功したとしても、ローエングラム政権打倒は同盟の軍事力が主となって達成されるのだから、亡命政府が帝国を実質的に統治するに際して同盟の要望に可能な限り答えなくてはならなくなるし、最悪の場合は帝国の看板をつけただけの同盟領になりかねない。
おまけに亡命政府を率いるのは正統性が疑われる元高等弁務官であり、高等弁務官は国家戦略上の要職ではあっても、中枢にいた人間ではないのだ。たかが高等弁務官が敵国の助力を得て設置した亡命政府というのは、たとえ旧体制に心を寄せている者であっても二の足を踏むくらい、求心力というものに欠けているだろうに。その程度の計算もできないほどレムシャイド伯とは無能なのだったのであろうか。ゲオルグの疑問は膨れ上がったが、それに対する一定の答えはベリーニによって与えられた。
「無用な心配ですわ。亡命政府を指導するのはレムシャイド伯ですが、率いるのは別の御方です」
「……? どういう意味か」
「エルウィン・ヨーゼフ二世陛下です」
言葉の意味が理解できず、ゲオルグは内心の困惑を素直に表情に出してしまった。魑魅魍魎の巣窟を生き抜いてきたこの男が、ここまで精神的に無防備な状態になるのも珍しいことであったろう。
「ローエングラム公によって
「……だれが」
想像を絶する展開の連続に、ゲオルグはほうけた声でそう問うたが、どういう情報を求めてそんな問いをしたのかゲオルグ自身わからなかった。ベリーニはだれが皇帝を救出するのかという意味で解釈したようで、その疑問に答えた。
「貴族連合軍に所属していたランズベルク伯とシューマッハ大佐の両名が、皇帝救出を担当しております」
「……」
シューマッハとかいう人物は知らないが、ランズベルク伯のことならゲオルグもよく知っていた。ブラウンシュヴァイク派に属する貴族家の当主だが、どうもそのことに対する自覚が薄い人物で、自らの芸術的才能を発揮することに生きがいを感じ、学芸省主催の詩の朗読会に参加し、自作の詩の朗読で入賞してた男だが、いわゆる貴族的な能力――派閥闘争・領地運営などの才能には恵まれていなかった。
ただ嫌味がないというか、天然というか、とにかく他人から嫌われないという、ある意味、最強の人柄の持ち主であり、交友関係がとんでもなく広かった。リヒテンラーデ派はもとより、ブラウンシュヴァイク派とは犬猿の仲であるはずのリッテンハイム派の貴族とも、平然と個人的な友好関係を構築していたほどで、本当かどうかは知らないが、芸術家提督と呼ばれるラインハルト派軍人のメックリンガーとも交友があるという噂があったほどである。
そんな奴がなんで亡命政府の皇帝救出役とかいう、似合わないことをやっているのだろうか。ローエングラム公に投降し、反省の念を語れば赦されただろうに。いや、妙に潔癖なところがあったから、貴族連合軍に参加していながらローエングラム公に降ることを潔しとはしなかったのかもしれぬ。いやそれでも、フェザーンや同盟に亡命してしまえば、文化人として普通に生きていけるのではないか。
ゲオルグのランズベルク伯に対する推測は、じつはあまり間違ってはいない。リップシュタット戦役後、ローエングラム公に降伏することを潔しとはせず、ランズベルク伯はフェザーンに亡命し、自らの文才で生きていこうと志したのである。そして自らの経験を本にしようと『リップシュタット戦役史』の構想を抱き、冒頭部を書き上げた時点で出版社に持ち込んだが、残念ながら出版に至らなかったのである。
作品が面白くなかったというわけではない。ランズベルク伯の私的見解というか、貴族連合軍を過度に持ち上げる描写がかなり目立ったせいである。ブラウンシュヴァイク公を“帝国の伝統を守るべく立ち上がったが、力及ばずにローエングラム公に敗れた義憤の人”と描写しているのは、その最たるものであって、自領民を熱核兵器で虐殺した暴君という認識が全人類に定着している状況で、商業的にも政治的にも出版会社の評判的にも、危なすぎる内容であったからである。
それに憤慨し、ランズベルク伯は心機一転した。自分は歴史の記録者ではなく、創造者なのだと定義したのである。そんな時にフェザーンの工作員から亡命政府構想を聞かされ、勢いに任せて参加することになったわけなのだが、ゲオルグはそんなことを知らないし、知っていてもなぜ文化面ではなく政治面での創造者たろうとしたとツッコミをいれたくなったことであろう。
いろいろとわけのわからない展開に衝撃を受けていたゲオルグだったが、それでも冷静な思考を取り戻し、脳裏では迅速なリスク計算を行っていた。少なくとも、亡命政府構想に唯々諾々と参加するなどというのは、愚かしいことであることはわかりきっているのだから。亡命政府に関する質問で時間を稼ぎ、横目で緊急操作パネルにある表示が出ていることを確認すると、ごくさりげない調子で切り出した。
「……それで亡命政府の交渉人はどこにおるのだ?」
「はい?」
「当然であろう。私を誘うならぜひ当事者と話し合いたいのだが?」
さきほどまで聡明な調子で、こちらの話の全貌を察してきていたのに、急に的外れなことを問われたので、ベリーニはやや戸惑った。
「それは――」
私たちに一任されていて――と続けようとした直後、唐突に勢いよくゲオルグが立ち上がり、驚いて一瞬膠着したベリーニの腹に強烈な蹴りをいれた。ベリーニは衝撃で肺の中の空気を全て吐き出し、呼吸を整えて顔を上げた時、黒光りするブラスターの照準が頭部に合わせられていた。
「さあ、早速、フェザーンと対等な交渉を始めたいのだが?」
ブラスターを構えながら、ゲオルグはにっこりと魅力的な笑みを浮かべた。それは強力な毒気が含まれたものであった。
ゲオルグの困惑を現実にたとえて解説。
北朝鮮の将軍さまが、自分で物事を考えられない幼児になったので、その補佐をする人たちによって国家運営が行われることになりましたが、補佐同士で権力争いが発生しました。
権力争いに負けた側に属してた外国駐在大使が亡命し、他国の工作で亡命政府首班になります。
その亡命政府は韓国に設置する予定で、政治的正統性のために幼い将軍さまの誘拐を企みます。
将軍さまを誘拐する現地実行者は、豊かな文才を持つことで有名な脱北者の詩人です。
ゲオルグ「わけがわからないよ」