隠岐諸島、西ノ島。由良比女神社の側に、一人の艦娘が流れ着く。

助けてくれたのは、一人の少年。

初めて見る、外の世界。彼女は何を思うのか。

※由良さんワンドロ参加作品です(全然ワンドロじゃなかったけど)

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由良さんワンドロ初参加作品です

・・・などと言いつつ、実際には三時間ぐらいかかってるけどな(白目)


海を渡るは神話の姫君

由良比女神社、というのがある。

 

島根県沖、隠岐諸島。西ノ島の一角、浦郷に建立された神社だ。

 

祭神は、その名前の通り、由良比女命と呼ばれる女神である。彼女は桶に乗って隠岐諸島までやってきたと言い伝えられている。

 

また、由良比女神社境内の正面には、由良の浜と呼ばれる浜辺があり、毎年十月から二月にかけて、大量のイカが流れ着くことで知られていた。由良比女命が海を渡った際、誤ってその手を噛んでしまったイカが、お詫びの証として毎年やって来るようになったのだという。

 

・・・もっとも、それも今は昔の話。海流が変化したからなのか、理由ははっきりとしないが、近年はイカもやってこなくなった。

 

さらに言えば、そこには少なからず、つい最近現れた海の怪異、深海棲艦の存在も関わっているのだろうが。熱心に研究されることもなく、こうして由良の浜には、イカが現れなくなった。

 

 

隠岐諸島一帯を含む隠岐郡は、人口の少ない地域だ。商店等々はポツポツとあるが、歩いていて誰かに会うことはまれである。そのくせ、なぜかパチンコ店はあったりするのだけど。

 

今日も今日とて、空は快晴だ。雲一つない。容赦なく降り注ぐ太陽光線は、海の近く故の湿気と相まって、まるで蒸し風呂のように僕を襲う。とは言っても、すでに慣れてしまった僕にしてみれば、これくらい大したことではない。いつも通りの場所で涼むために、僕は歩みを早めた。

 

新大学生でもある僕は、すでにこの島を出た身だ。夏休みを利用して、こうして島に戻ってきた次第だ。

 

・・・まあ、前述の通り、何か楽しむものがある島ではないし。やることと言えば、家でごろごろするか、同じように帰省している友人たちとつるむか、摩天崖でも登るか、釣りをするかというところだ。

 

今日は釣りをセレクトしていたのだが。もともと、それほど釣りがうまいわけでもなく、今日もボウズだった。

 

夕方まではまだ時間がある。釣竿をたたみ、馴染みの商店でアイスを買って、流行りの歌を口ずさむ僕の向かう先は、すぐ近くの由良比女神社だ。

 

島沿岸は最低限の道路が整備されているが、この由良比女神社の周りだけは、まだ豊かな緑が残っている。夏に涼むには丁度いい場所だ。昔から、僕のお気に入りの場所だった。

 

アスファルトの道をリズムよく踏みながら、由良の浜に差し掛かった時だ。記憶の中とはあまりにもかけ離れた空気に、一瞬で背中が寒くなるのを感じた。

 

「なんだ・・・一体」

 

由良の浜は、とても静かだった。いや、いつも静かな場所ではあるけれど。静けさの質が、違ったのだ。

 

記憶を探り、以前一度だけ、同じ空気を味わったことがあるのを思い出す。

 

一年前、深海棲艦(確か、イ級といっただろうか)が、この由良の浜に流れ着いたことがあった。その時と、同じ空気がしたのだ。

 

・・・確かめなくては。

 

歩みを遅めて、慎重に由良の浜を覗き込む。

 

海鳥の姿は見えない。人影もなく、相変わらずの静けさだ。

 

その中に・・・僕は非日常的なものを見つけてしまった。

 

そこにいたのは、深海棲艦ではなかった。深海棲艦ではなかったのだ、確かに。

 

・・・それなら、なぜ。

 

なぜこんなにも、この浜は静かなのか。

 

由良の浜は、非常に入り組んだ、まさに入り江のようになっているところだ。かつては、この浜に、無数のイカが流れ着いたらしい。もっとも、僕の覚えている限りでは、もう随分と長い間、イカがこの浜にやって来たことはなかった。

 

その、浜辺に。

 

一人、華奢な少女が、浮かんでいた。

 

水に濡れて、着ているセーラー服が白い肌にへばりついている。長い髪は薄い桃色で、揺れる波に漂う。

 

そして。

 

その背中には、少女の姿に似つかわしくない、ごつごつとした機械があった。

 

「艦娘だ・・・」

 

一目でわかる。

 

艦娘。深海棲艦に対抗できる、唯一無二の存在。詳しいことは、機密のベールに包まれてわからないが、「艤装」と呼ばれるものを背負う、年頃の少女だという。

 

動いたのは半ば反射だった。持っていた釣り道具一式を放り投げ、柵を乗り越えて少女のもとへ向かう。打ち寄せる小さな波の間に沈みそうなその体を、抱え上げた。

 

まだ、息がある。体こそ冷たいが、心臓の鼓動を感じることができた。

 

「大丈夫ですか!?しっかりしてください!!」

 

こちらの呼びかけに、少女の唇が小さく動いた。そこから何かを聞き取ろうとしたとき、車のエンジン音が近づいてくる。

 

「どうした!?」

 

 

 

少女が目を覚ますのは、意外にも早かった。じいちゃんの車の中、積んであったタオルと毛布で、水を拭き取り、温めながら、島内の病院を目指すうちに、少女はゆっくりと目を開いた。

 

「ここは・・・」

 

「目が覚めた?今は静かにしてて、もうすぐ病院だから」

 

「病院・・・」

 

取り替えた毛布を引き寄せながら、少女は小さく、首を横に振った。

 

「病院には・・・いかないで」

 

「どうして!?」

 

「私は・・・大丈夫、ですから・・・。それに・・・病院、じゃ・・・どうしようも、ない・・・から」

 

そこで思い出した僕は馬鹿だ。

 

彼女は艦娘。僕たち人と同じ姿をしていても、同じとは限らない。

 

「・・・じいちゃん、このまま家に戻って」

 

「そうは言ってもよう、お前」

 

「お願い。事情は話すから」

 

バックミラー越しに僕を見たじいちゃんは、そのまま病院を素通りした。

 

道中、少女はずっと、毛布を口元まで引き寄せていた。

 

 

 

「助けてくれて、ありがとうございました」

 

翌朝には、少女は随分と回復した様子だった。乾かしているセーラー服の代わりに、姉が使っていた洋服を引き出して、彼女に着てもらった。

 

浜で見た時には気づかなかったが、少女というには随分と大人びた雰囲気の持ち主だった。背もそれなりにある。丁度、高校生といったところだろうか。

 

そして、僕が睨んだ通り、彼女は艦娘だった。

 

機密ということで、名前は教えてもらえなかった。仕方なく、僕は彼女を、「由良」と呼ぶことにした。由良の浜で助けたから、という単純な理由からだけど。彼女は、特に気を悪くした様子もなかった。

 

海上自衛隊には、すぐに連絡を取った。とは言っても、電話番号なんて知らなかったし、そもそも自衛隊のどこに電話すればいいのかもわからなかった。さんざん色々なところに電話をかけた挙句、最終的に佐世保基地が由良を迎えに来てくれることになった。

 

とはいえ、ことはそう簡単に行かなかった。隠岐と本土を結ぶのは、基本的に海の道だ。佐世保が色々と立て込んでもいるらしく、由良の迎えは四日後になるらしかった。

 

その間、大人しくしていてもよかったのだろうけど。

 

「この島を、案内してもらえない、かな」

 

朝食の席で、遠慮がちに、由良はそう言った。

 

艦娘という仕事(?)柄、それほど遠出もできないのだろう。こんな島でも、初めて見るものに、興味が湧いた様子だった。

 

地元に興味を持ってもらえるというのは、やっぱり嬉しいものなのだ。まして由良は、控えめに言っても美人だった。内心小躍りするほどだった僕は、朝食の残りを弁当箱に詰め、早速とばかりに彼女と家を飛び出した。

 

・・・それは、よかったんだけど。どうして僕は、こう、考えなしなのか。

 

何も、初っ端から、摩天崖に登らなくてもいいではないか。

 

西ノ島の名所(?)、摩天崖は、港やら家やらが並ぶ浦郷とは島の反対側、海抜が二百五十七メートルにもなる断崖絶壁だ。景色がいいところではあるのだが、真夏日の中、女の子を歩かせていいところでは、決してない。

 

全行程は二キロを軽く超える。日陰などほぼない。広がる草原と、のどかに草をはむ牛馬。

 

でも。

 

「あ、見て見て、牛さん」

 

由良はそう言って、はしゃいでいた。

 

見るもの全てが、彼女にとっては初めてなのだ。その辺りに咲いていて、僕なら見逃してしまうような花すらも。一体彼女には、それがどう見えているのか。

 

キラキラと瞳を輝かせるその横顔に、初めて摩天崖を登り切った子どもの僕が重なった。

 

由良に合わせて、ゆっくり登った結果、頂上に着く頃にはお昼時となっていた。

 

摩天崖には、ゆるるかな風が吹いている。潮の香りと、牛馬の匂い。風をはらんで揺れる、由良の長い髪からは、えも言われぬいい薫りがした。

 

「いいところですね、ね」

 

由良が笑う。背景できらめく蒼が、僕の胸の辺りをくすぐる。

 

「あ、そういえば。港の方に、大きい船が泊まってましたね」

 

「ああ、“日本丸”?」

 

登ってくる途中、尾根から見えた船だ。練習船“日本丸”は、四墻バーク型の帆船で、商船系の学生を乗せて時たまこの浦郷に停泊する。そういえば昨日、作業着姿の学生たちが、この摩天崖を登っていった。

 

「帆船って、初めて見ました。綺麗な船ですね」

 

お昼ご飯にと詰め込んできたおにぎりをかじりながら、由良と他愛もない話をした。やっぱり、海とか船の話が多かったような、そんな気がした。

 

由良の浜や、由良比女神社の話も、ここでした。もっとも、僕だってそこまで詳しいわけじゃない。じいちゃん辺りから聞きかじった内容を、ポツポツと話しただけだ。それでも由良は、ジッと僕の話を聞いていた。

 

「・・・どうして、イカは来なくなったのかな」

 

ポツリ、由良はそんなことを呟いた。

 

「よくわかってないんだ。海流が変わったとか・・・深海棲艦のせいだ、って言う人もいるけど」

 

恐る恐る言った「深海棲艦」の単語にも、由良は表情を変えなかった。それからしばらく、彼女は何かを考えていたみたいだった。

 

「イカは、その身を差し出して、人々を幸せにしていたのね。・・・噛んでしまった、由良比女じゃなくて、この島の人たちを、幸せにしていたのね」

 

 

 

佐世保からの迎えが来るまで、僕はいろいろなことを、由良とした。

 

埠頭に腰かけて、釣りをした。

 

小さいボートで繰り出して、“日本丸”の出航を見送った。

 

買ったアイスを、由良比女神社内のベンチで食べた。

 

もちろん、由良比女神社も参拝した。由良は、随分と熱心に、何かを祈っていたみたいだった。

 

「・・・救えなかった、記憶があるの」

 

艦娘について、由良はそれだけを、ポツリと呟いた。その意味は、僕にはわからなかった。

 

そして、その日が来た。小さな浦郷に、灰色の軍艦が入港してきたのだ。佐世保から、由良を迎えに来た船だと、わかった。

 

「君が、助けてくれたのか」

 

内火艇(だったと思う)から埠頭に降り立った、軍服姿の男性が、由良の隣に立っていた僕を見て、そう言った。こちらがすくみ上がりそうな眼光に反して、その声音はとても優しげに感じられた。

 

艤装を含めて、由良の帰り支度が始まった。

 

由良の浜に流れ着いたあの時に着ていたセーラー服に袖を通し、由良は僕の前に立った。

 

「ありがとう」

 

微笑んだ彼女の手が差し出される。それを握り返す。細くしなやかな白い手は、出会った時とは違って、とても暖かかった。

 

「・・・由良、よ」

 

「・・・え?」

 

「私の名前は、由良。長良型軽巡洋艦、由良」

 

その意味を理解するのに、随分と時間がかかってしまった。そして、最早神の悪戯としか思えぬ偶然に、背筋が寒くなるのを感じた。

 

「由良はね、イカと同じなの。・・・艦娘は、太平洋戦争の記憶を、軍艦として生きた記憶を持ってる。そこで助けられなかった、奪ってしまった、たくさんの命のことも、憶えてる。だから由良は、この身を差し出して、今の貴方たちを守りたいの。だから、由良は、イカと同じなの」

 

どこか悲し気なその瞳に、胸の内から込み上げるものがあった。

 

「由良たちがこの身を差し出して、そうして深海棲艦がいなくなれば・・・また、この浜にも、イカが来るかもしれないわね」

 

そう言って、由良―――艦娘、由良は、内火艇に乗り移ろうとした。

 

その腕を取ったのは、きっと彼女と出会った時と同じ、本能的な、反射だった。

 

「それは違うよ、由良!」

 

澄み切っているようで、どこか寂しく濁るその瞳を、力の限り見つめる。

 

「由良は、やっぱり由良比女命だよ。深海棲艦を倒して、この浜に、もう一度イカを連れてきてくれるんだろう?それはそのまま、由良比女命と同じじゃないか」

 

だから。

 

だから。

 

「由良比女命がこの島に来ないと・・・イカは現れないんだ。だから、深海棲艦を倒して、そして生き残って。もう一度・・・この島に来てよ」

 

それが、自分勝手な懇願でしかないことは、僕が一番わかっていたつもりだ。

 

由良の目が、大きく見開かれた。太陽光線の降り注ぐ中、微笑むその表情はさながら女神そのものであり。あまりの気恥ずかしさに、僕は心臓が高鳴るのを感じていた。

 

内火艇に乗った彼女は、沖の軍艦に消えていく。錨を上げ、島の間を抜けていくその艦影を、僕は我武者羅に追いかけた。その姿が、由良との四日間と共に、やがて水平線の向こうに消えるまで。

 

 

「懐かしい、ですね。ね」

 

もう七年も前になる話を持ち出してきた彼女に、私は照れた笑いを浮かべるしかなかった。

 

秋の夕暮。とはいっても、太陽はすでに水平線の向こうへと消えかかっている。私と彼女は、涼しいのをいいことに、ちょっとした散策に出たのだった。

 

・・・戦争が終わって、半年が経った。事後処理に追われていた「鎮守府」だったが、ようやくまとまった休暇が取れた。私は彼女を連れだって、定期便が復活したばかりの隠岐に帰ってきていた。

 

「あの時の提督さん、かっこよかったですよ」

 

「やめてくれ、思い出すだけで顔から火が出そうだ」

 

答える私に微笑んで、由良は左手を夕陽に掲げる。

 

その薬指には、オレンジの光を受けてきらめく何かがあった。

 

歩調を合わせて歩く私たちの間で、繋いだ手が揺れる。まだ慣れないその感覚が、やはりむず痒い。

 

「あ、ここですね」

 

彼女が声を上げる。太陽の代わりに、電灯が照らす由良の浜は、今夜も静かだった。

 

「あの時は、本当にびっくりした。何せ、艦娘を見るのなんて、初めてだったしな」

 

にしても。彼女が漂着した理由を聞いた時は、内心脱力してしまったものだ。そのことを思い出してか、彼女の頬が赤くなっている。

 

「・・・あ」

 

その時。彼女が驚いたような声を上げた。あの日の「僕」のように、柵を乗り越えて、波間から何かをすくい上げる。

 

「提督さん、見てください!」

 

彼女が差し出したもの。細長い紡錘形のそれからは、たくさんの足が生えていた。

 

イカだ。由良の浜に、イカがいたのだ。

 

見つけたのは、その一匹だけだった。それでも確かに、イカがいたのだ。

 

顔を見合わせた私たちは、どちらからともなく、相好を崩していた。

 

「やっぱり、君が由良比女命じゃないか」

 

そう言った私に、彼女―――元艦娘、由良は、照れくささと嬉しさが混じった、満面の笑みを向けるのだった。

 

 

 

その年、由良の浜は久しぶりのイカに沸き立った。




イカがだったでしょうか(イカだけに)

以前、とある縁で由良比女神社にいく機会がありまして。それ以来、ずっと書きたいと思っていた話です

途中、「うおー、間に合わねええええええっ」とか、「最早ワンドロじゃねえええええええっ」とか思いながら書いてました。ほんと、当初の予定では、こんなにかからないはずだったんですよ

作者はハッピーエンド至上主義ですので。後、やっぱり由良さんはこういう終わり方でなければ。心がユラユラしてきた

なお、以前書いた由良さん短編とは、全く関係ない話ですので、ご了承下さい

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