終わりが終わり始まりが始まる時
「いよいよ最期ですね。アヴェさん」
「そうですね、モモンガさん」
荘厳な玉座の間で玉座に座る二人の人影。
いや、良く良く注視して見るとそれは人と数えていいのか疑問が残る姿だった。
王座に座るは仰々しい肩当と漆黒のローブを羽織った白骨。
妃が納まるべき対になる座には頭部と胸部だけは美しい人型、しかし六本の腕と蛇の下半身がそれを人間ではないと知らせる女性がなだらかな傾斜の台に尻尾を投げ出して持たれ掛かる。
ローブの白骨はギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターモモンガ。
蛇身の女性はアインズ・ウール・ゴウンの中期から終末期に掛けてモモンガを支え。
この二人以外のギルドメンバーがログインしなくなってから婚姻システムを用いてゲーム内で妻となった女性……?だ。
実を言うとリアルでの性別はお互いに知らない。
オフ会にはアヴェは参加しなかったためだ。
それに、所詮ゲーム内での婚姻である。
日々黙々とナザリック大墳墓の維持費を稼ぐ狩りを行っているモモンガが人と触れ合いたくなったとき。
ほぼ毎日ログインし続けて個人チャットで会話を交わしていた。
その事実だけでアバターの性別が違う二人を結びつけるのには充分だった。
アヴェのアバターは直接戦闘能力が非常に乏しいため、並んで狩りをする事は殆どしなかったが、最期までログインを続けたもの同士。
廃れ行くユグドラシルから離れられない寂しい者同士が結びつくのは必然だったのだろう。
傍から見れば寂しい者二人はユグドラシル最期の日を二人きりで迎えるために、玉座の間から守護者統括という役割を負わされたNPCアルベドを退出させて長年親しんだ仮想空間の最期の時間を楽しんでいた。
「最期に、ヘロヘロさんだけでも来てくれてよかったよかったですよー」
「そうですね。忘れないでいてくれて、時間を割いてくれる人が一人でもいた。それだけでなんだか、報われちゃいました」
「はは、本当に。……そう思えるのもアヴェさんのおかげかな」
「私も、モモンガさんのおかげだと思います」
「ですねー。一人なら、こんな気持ちにはなれなかったと思います」
お互いに、笑顔のアイコンを交し合う二人。
その姿に最後の時という悲壮感はない。
お互いがいるほうの肘掛によりかかりながら、荘厳な玉座の間には小さすぎる声量でささやきを交し合う。
「あ、そういえばモモンガさん私のアドレス知ってますよね?」
「はい、知ってます」
「ユグドラシルのサーバーがダウンしてもメール、しましょうね」
「……はい」
「それで、また一緒に、新しいDMMOをはじめましょう。二人で」
「アヴェさんがそういってくれるなら、是非」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お互いぺこりとお辞儀する。
そして、再び笑顔アイコン。
さらに明るく笑い声を出す。
お互い大事な思い出を守ってきた、しかしこれからは新しい思い出を作ってゆくのだ。
そう思うと、モモンガも、アヴェも、失うことの辛さに耐えられる、そんな気持ちでサーバー内時間が0時を指す瞬間を迎えた。
しかし、終わらなかった。
「ははは……あれ?」
「あれ、ログアウトしませんね」
「どういう事でしょう。サーバー閉鎖の延期?」
「ユグドラシル2が始まるなんて話、無かったですよね」
「噂にも出なかったですね……知ってれば多分、モモンガさんを誘っています」
「うーん?ちょっと全体チャットをいれ……え!?」
「どうしました?モモンガさ……え?」
「どうしまし……えええ?」
お互い、呆けたように口を開いて見つめ合う。
そう、「口を開いて」だ。
DMMOユグドラシルにおいて、アバターの口は動くものではなかった。
しかし今、現実としてお互いの認識の中で口は動いている。
骨のモモンガはともかく、アヴェにいたってはその表情は驚きに彩られ、美しい顔はどんな表情でも美しいという事を示している。
「顔、動いてますね」
「動いてますね……」
「え?なんで、ありえないですよね」
「ないない、ないです」
「えっと、GMコール……え?コンソールでないですよ!?どう……ふぅ」
「嘘!そんな……!ってなんだかモモンガさん急に落ち着きましたね?」
思わず玉座から立ち上がったものの、突然だった起立のように急に落ち着きを取り戻して席に着いた。
そのあまりのギャップに、アヴェはさらに混乱を加速させる。
頭の中で何かモモンガさんは事態にアテでも付いたの早すぎるでしょ!?などの驚愕を持って。
「いや、なんか混乱極まったら急に落ち着いちゃって……おっかしいな?納得したりはしてないんですが」
「あ、あー、キャパ超えちゃってフラットになった感じでしょうか?」
「んー。表現するならそうなんですけど……これ大丈夫なのかな」
「どうでしょう……でも、モモンガさんが冷静になってくれたおかげで私も冷静になれそうです」
「あ、それは何より……にしても、バージョンアップにしては告知無しはおかしいですよね」
「おかしいですよ。こんなのが許される状況は法律がそんな規約を許しません」
「ですよねー。何が起こったんだろう。とりあえずナザリックの外に出てみますか?」
「そうですね。外に出て人がいるとは思えませんけど」
「はは、俺らの大墳墓は毒沼の中、ですからね」
混乱の後の会話で何とか平静を取り戻した二人は視線を交わした後……モモンガの表情は解らないが……微笑みあったような雰囲気を出す。
そしてお互い言わなくとも解る行動として、ギルド所属者の証である指輪の力で地下墳墓の地表へと転移を行う。
今だにゲームの中だと思っているからこその自然な行使。
一瞬の視界の暗転のあと、揃って壮麗な霊廟が並ぶ大墳墓の入り口に出る。
この場合は大墳墓の複数ある霊廟の入り口ではなく、墳墓そのものの入り口だ。
「あ?え、わああああああぁぁぁ……ふぅ、なんだろう、感動したのに落ち着いちゃったぞ」
ぶつぶつと呟くモモンガを他所に、とぐろを巻いてへたりと肩の力を抜いたアヴェは大きく息を吸う。
「空気が、美味しい……それに、これが草原なの……?こんな、こんなのって……」
彼女(?)は泣いていた。
静かに、目の前に広がる広大で、緩やかな風に揺れる草むらは異形種が多く持っている暗視能力によって鮮明に見えた。
さらに二一三八年では地球上のどこにも存在しないはずの白い抜けるような星空。
その光景に心揺さぶられて。
「あ、匂い……この青っぽい匂いってもしかして草の匂いですかね、アヴェさん!匂いなんて今までのDMMOじゃなかった、機器にだってそんな機能無いはず……どういうことだ!?」
「くさの、におい……」
異常事態を飲み込みつつあるモモンガと、静かに感動に涙するアヴェを他所に草だけが静かに揺れていた。