それはアルベドからの報告が切っ掛けだった。
「え?法国に大樹が移動してた?」
「はい。彼の国はシャドウデーモンを排除可能な人員を確保しているのを確認しているので、情報の入手が他国から入って帰還した人間の噂話からとなりご報告が遅れたことをお詫びいたします」
「いや、それは仕方ないからいいんだよアルベド。しかし……一晩で大樹ね。単純な植物成長では無理かな?マーレクラスのドルイドなら可能……だろうか?」
玉座に腰かけるモモンガは視線で玉座の間の階段下に跪くアルベドに問いかける。
「はい、その点についてですが該当の大樹の正確な大きさが分からないのでマーレも明言は避けましたが、元から大樹と呼ばれる大きさに育つ品種で無ければ魔法的な補助があっても大樹が確認できる範囲……周囲に荷駄で移動できる三、四日程度から見える大きさに育成することは難しい、ということです。当然、移動など望むべくもありません」
「ふーむ。大樹そのものにはさして重要度を感じないけど、それにまつわる色々は調査の必要がある、か。リソースの無駄遣いは避けるべきだが、シャドウデーモンの諜報能力に限界がみえたとなるとユグドラシル金貨を消耗してでも調査用の配下を作るべきかな」
「至高の御方の手を煩わせてしまうのは守護者として恥ですが、八肢の暗殺者が諜報以外の任務も担っている以上、その穴を埋めるためになにとぞモモンガ様のお力添えを戴きたく……」
「よし。では隠密系モンスターのハンゾウを生み出す。活用して結果を出してほしい。いいね?アルベド」
「至高の御方の手を煩わせること汗顔の至りです……」
「いや、ナザリックは内に入った外敵を排除するという面に関しては強い組織だったけど、外の出来事に対処するという事に関しては脆弱な面がある組織だ。そこを補強するのは主人として当然だよ」
「寛大なお言葉、万の喜びの言葉を費やさせていただいてもなお余りある思いです」
「いいよいいよ。それより余裕はあるとはいえハンゾウはナザリック金貨を消費して召喚するユニットだ。情報の持ち帰りを最重要にさせるように」
「はっ。了解いたしました」
若干、冷や汗を掻いているアルベドとあくまでも気楽なモモンガ。
なにやらアルベドの様子がおかしい事に気付いたモモンガだが、脳裏にアヴェの「女性には急に体調を崩すことがあるんです」と言われたことを思い出す。
ふむ、さては話してる最中に急に体調が崩れたのかな?とあたりを付けたモモンガは言葉を付け加える。
「ハンゾウには多少の無理をさせてもいいけど、アルベドも体には気を付けるんだよ?なんだか体調が悪そうだ」
「いえ、そのような事は……」
「そうかい。本当に気を付けるんだよ?ナザリックのNPCは皆子供の様な物……子供……NPC……二グレドだ!」
「は、はっ!?姉が如何なさいましたかモモンガ様?」
「ハンゾウを創造するのは決定としても、問題の大樹を二グレドに視てもらおう。いやぁ、なんですぐに思いつかなかったんだろう。ぷにっと萌えさんがいたら叱られてたなぁ。ははは」
「左様でございますか。ではさっそく姉の元を訪ねて調査を依頼します!」
カツンと頭を叩いたモモンガに、若干顔色を戻したアルベドが命令を受けとる。
「うん。頼んだよ」
「では御前失礼いたします。モモンガ様」
どことなく血色を戻した様子のアルベドに安堵しながら、モモンガはつぶやいた。
「うーん。しかし突然現れた大樹か……後でアルベドやデミウルゴスと対策会議をする場合を想定して色々考えてみるかな……」
そう言って、モモンガは玉座から立ち上がりアヴェの待つ自室に戻る。
それは黙考するにしても、会話でブレインストーミングをするにしてもそこがモモンガにとって一番物思いに耽るのに適した場所だからだ。
しかしその目論見も驚くほど速く伝言を入れてきたアルベドの言葉に遮られることになった。
だが、その報告は無視できるかと言えば難しい物でアヴェを伴って玉座の間にとんぼ返りしたのだった。
そこにはアルベドとデミウルゴスが揃って待ち受けていた。
「それでアルベド、二グレドの監視魔法によると法国の大樹の周囲は土地が枯れ果て、守護者であるお前から見ても手強いと見える動きの人間が大樹を刈り取っていたんだね?」
「その通りでございます。若干疑問の残る行動ですがデミウルゴスと協議してある程度の推測を立てています」
「え?」
ただでさえアルベドから報告が入るまで早かったのにその上でデミウルゴスと協議して推論を建てるなんてどれだけ頭いいんだろうというモモンガの思いを知らず、アルベドは続きを奏上する許しを願う。
「続けてよろしいでしょうか?」
「う、うん。頼むよ」
「では……デミウルゴスと協議した結果、何らかの手段で周囲の養分を吸収する樹木型のモンスターをテイムした物の、予想以上の燃費の悪さに処分を決めたのではないかと」
「ふーん。筋は通る、のかな?」
「姉の監視魔法によって痕跡を辿った所、大森林のある方角へ法国の枯れた土地が点在しているのを確認しております」
「おそらく人間たちがトプの大森林と呼んでいる地域からあの大樹は移動をしたと思われますが、距離的にも地理的にもあの大樹が周囲の森林を枯らすより先に法国に行く必然性は低いと思われます」
「ふむ。だからアルベドとデミウルゴスは法国が過分なペットを飼おうとして失敗した、と考えたのか」
「はい、その通りでございます」
「そうそう、アルベド。忘れてはいけないよ。テイムしたものとはいえ巨大な植物系モンスターを『無抵抗』で刈り取った法国には憂慮すべき物品があると思われます」
「……強力な洗脳アイテム、かな?」
「その通りでございます。モモンガ様の慧眼、このデミウルゴス恐れ入ります」
「あ、いや、うん。話の流れ的に当然思いつくよ。ですよね、アヴェさん」
「そう……植物系モンスターも様々ですけれど、大多数が本能的な活動を行う生物の根源的な自己防衛を封じる洗脳能力はかなり、やっかいですね」
「姉と共にみていましたが、樹木型モンスターの刈り取り現場には役割不明の老婆が歳不相応な衣装を着て控えていたのを確認しております」
「こちらも、洗脳、ひいては樹木型モンスターの制御を担っていたのではないか?というのが私めとアルベドの意見でございます」
「ふむ……樹木系モンスターは特に精神作用に対する抵抗は特に持っていないと思うけど、それにしても洗脳役の老婆と刈り取り役の戦士というのは気になるなぁ」
「はい。ついては臣下の恥をさらすようですがモモンガ様にはアルベドに仰られた様に諜報用の隠密特化の下僕を創造していただくしかないかと……」
「うん。それについてはアルベドとの話で決定しているし問題ないよ」
「申し訳ありません。我々守護者の力不足でモモンガ様の財を使うなど……」
「いやいや、アルベドにもいったけど諜報要員の欠如はナザリックの構造的な弱点だからね?アルベドもデミウルゴスもそんな気にしないでもいいんだよ。ねえアヴェさん」
「そうですね。でもモモンガさん、きっと二人が欲しい言葉はそうじゃなくて……」
そっと上体をモモンガの方に寄せて囁きかけるアヴェ。
それを聞いてモモンガはカツンと握った拳を空いた掌にぶつける。
「そうかそうか、アルベドもデミウルゴスも心配しないでいいよ。俺もアヴェさんも何があっても、守護者や他の配下……プレアデスや領域守護者、一般メイドに至るまで失態があってもどこにもいかない、いけない。ここナザリック地下大墳墓が俺とアヴェさんの居る場所であり還る場所だ。だから何の心配もしなくていいんだよ」
「モ、モモンガ様……あり、ありがとうございます……守護者としての手落ちで最後に残った至高の方々がお隠れになったらそれは命を失うよりも恐ろしい事で……そのお言葉で不安が一気に晴れたようです」
「ああ、恐れ多いお言葉を……このデミウルゴス、いえ、守護者一同に御方々の言葉を伝え皆でさらなる忠勤に励む所存にございます」
「あ、あ、アルベドもデミウルゴスもそんな泣かないで……アヴェさん助けて!」
「まぁまぁ、守護者達は子供達。子供は泣くのもお仕事ですよ、モモンガさん」
「アヴェさーん!?」
その後、しばらくモモンガとアヴェは行く先々でNPC達に涙ぐまれることになる。
なお、結局巨大植物モンスター(ザイトルクワエ)の名前についてはハンゾウの活躍によりナザリックの面々にほどなく知られて終わった。
そして法国にはシャドウデーモンの数倍危険な諜報要員が常駐することになったのだった。