ナザリックのメイド達のセンスを信じて…!
実をいうとユグドラシルから異なる世界に転移して、少し困っていることがアヴェにはあった。
「アヴェ様、こちらの衣装など如何でしょう」
「そうね……ビスチェだと中段と下段の胸を通すのに手間が掛かるのよね、今日は楽をしたい気分だわ」
「ではこちらの黒レースのポンチョなど如何でしょう」
「どちらかというと夜着っぽいけれどポンチョなら被るだけだからだいぶ楽かしらね。じゃあ今日はそれでお願いするわ」
「畏まりました」
「よろしくね……ん、ありがとう」
踏み台の上に乗った一般メイドがアヴェの肩の上から、見るからにふわふわとしている刺繍が入った黒のレースのポンチョを纏わせる。
そして失礼しますといってポンチョの裾からアヴェの流れるような長髪を引き出して流し、櫛で整えると一般メイドは満足そうに頷いた。
「お似合いですよ、アヴェ様」
「そう?ありがとう」
一応、無理はしていないつもりだがユグドラシルからリアルに変わって困っているのは実はこの服の事なのだ。
(やっぱりどう考えても透けてるわよね……ちょっとだけだけれど)
確かに胸部の局部は重ねられたレースで絶妙に隠されている。
しかしそれだって腕を動かしてしまえば衣装であるポンチョの方が動いてあわや、という事になりかねない。
ユグドラシル時代はそれこそ腕を動かしてどんなに衣装が動いたところでR-15レベルの規制も厳しいという制限状、自然にレースの透過が制限されていたものだった。
だが今はそれがない。
一応、六つの乳房に合わせられたブラジャーの様なカップの形状をもった衣装も多数所持はしている。
だが今日のように胸部の開放感を求めて肩に掛けるだけの衣装もそれなりの数存在しており、当然当日の衣装選択担当の一般メイド自身が選んだりするし、アヴェ自身から望む事もある。
だがやはり内心、若干、いやかなりの恥ずかしさは有る。
当然だ、リアルでの彼女は裸族ではなかったし、現在では異性の眼もある。
もちろん、モモンガと一緒に寝台に入るというシチュエーションでは恥ずかしさより嬉しさの方が勝るのだが……。
実をいうとデミウルゴスやコキュートス、マーレと顔を合わせる予定が入る日はカップのある衣装を意識的に選ぶようにしている。
だがそれでも急なモモンガの思い付きなどで呼び出すことは、頻度は高くなくともあるわけで。
そういう時はポロリしないようにそれなりに気を使っているのだ。
「でもやはり不味いかしらね……」
「ど、どうかなさいましたかアヴェ様」
「え?あ。いや何でもないのよ。ちょっと女としての慎みが薄れているような気がして不味いような気がしただけ」
「そんな、アヴェ様はいつも慎み深くモモンガ様の奥様として振る舞われています!」
だが、これである。
ただでさえ第九階層を行き来するのはほとんど同性である一般メイド達だ。
エクレア・エクレール・エイクレアーという執事助手は見た目だけなら愛玩用のペンギンであるし、助手の助手である執事達も男なのだろうが覆面のせいで異性という印象は薄い。
そうなるとどうしても『異性の視線』というのを気にする力が鈍ってしまう。
もちろん、モモンガの視線だって『異性の視線』に入るがそれはそれ、これはこれである。
唯一自分から見せていきたい相手と、見られれば恥じらわないとおかしい相手は違うのだ。
そういう感覚がナザリック内では鈍化しやすい……ような気がアヴェはしていた。
「自分で気を付けましょうか……いっそこれからは恒久的にカップのある衣装だけ選ぶか……ああ、でも衣装を選んでくれる一般メイドのセンスも大事にしてあげたいのよね。はぁ……どうしたものかしら」
ここでノックが鳴る。
着付け役の一般メイドが確認を取るとノックしたのはモモンガだった。
それでもアヴェには確認がとられ、彼女が許可するとようやくモモンガの入室許可が出たことが一般メイド越しに彼に伝えられる。
緊急時に最も優先されるべきはギルド長であるモモンガだが、平時においてはこの様な男性が気を使うべき場面ではアヴェが優先される場合もあるのだ。
それはやはり偏にアヴェがモモンガの妻であるという事実が大きいだろう。
まあそれでなくともモモンガは常にアヴェの事を気遣っているようだが。
「アヴェさん、今日も素敵なお召し物ですね」
「ありがとうモモンガさん。でも実はちょっと、その、薄着過ぎるかしらという気持ちもあるんですよね」
「ん、んん、確かにユグドラシルなら規制に引っかかるぎりぎりラインの衣装ですね。でもそれがまた魅力的ですよ」
「魅力的だなんて。モモンガさんはお上手なんですから」
「いや、本気ですよ?これでも俺だってドキドキするんですからね」
「沈静化されるんじゃないですか?」
お上手な事を言われて物恥ずかしいのを誤魔化す為にからかうような口調で言われたアヴェの言葉に、モモンガは否定で返す。
「何でもかんでも賢者モードってわけじゃないですよ。すっごいもやもやするレベルのドキドキとかはちゃんと感じますから」
「ああ、そうでした。ということはこれは沈静化されない程度のドキドキをモモンガさんに与える衣装なんですね」
そういって微笑みながらすべての腕を下半身の蛇の身体と人間の上半身のつなぎ目あたりにあてるポーズを取る。
するとポンチョが腕に持ち上げられて一番下の段の乳房の下半分がちらりと見える。
「ん!んんっ!見えそうですよアヴェさん」
「ふふ、わざとですよ?」
言葉を切って、するするとモモンガの元までにじり寄って。
「モモンガさんにだけです」
と告げるアヴェ。
その言葉にモモンガは恥じらうように視線を外しながら小声でつぶやく。
「お、おかしい。貴方にだけ……なんていうのはエロゲの中の女の子だけだってペロロンチーノさんが言ってたのに」
「ペロロンチーノさんがなにか?」
「あ、いえいえなんでもないですよ!?でも、あの……こういうと童貞臭いって言われるかもしれないんですけど……」
「はい?」
「……ほんとに俺にだけなんですか?信じてもいいんですよね?」
「はぁ……モモンガさんかわゆ……」
「え、それどういう」
「信じていいですよ。あんなあざとい事するのこんな可愛いリアクションしてくれて……耳を貸してくださいな」
「はい?はい」
アヴェがモモンガの耳元に唇を寄せるとモモンガも首をかしげて耳を寄せるようなしぐさを見せる。
そして恥ずかしい台詞が囁かれる。
「大好きなあなたにだけですよ」
「……!あ、ちぇっ、沈静化がきた……」
「ふふ、アンデッドも大変ですね」
「本当ですよ。それにしても、俺以外には見せないのにそんな恰好していいんですか」
「今日はデミウルゴスやコキュートス、マーレの謁見の予定は入っていないですよね?一応、できる限りは気を付けてるんですよ」
「あ、そういえばそうですね……はっ、もしかしてアヴェさんが俺がちょっとエロいなぁと思ってる日に限ってアルベドとかとしか顔合わせないのは」
「選んでるからです」
「うわー……すいません。全然気づきませんでした」
「モモンガさんって服についてはあんまり気になさらないので気にしていませんよ」
「そうですか?あ、そういえばこれは恥ずかしい!って衣装を選ばれた時アヴェさんはどうしてます?」
「そうですね……さっき言った基準というか、モモンガさんと女性NPC以外の眼に触れる予定がない時はなるべくそのままですよ」
「あ、そうなんですか……俺も服のセンスなんてないので殆どメイド任せなんですけど、アヴェさんから見て変な服とかないですか」
「ああ、モモンガさんって私と比べると衣装の装着部位が多いから派手になりがちですよね」
「やっぱり派手ですか……派手すぎて変っていう事はないですかね」
「一般メイドは皆それなりの服装センスがある設定なのか、向こうのリアルならともかく、ファンタジーな世界では派手すぎて変になるっていうコーディネイトは今の所ないですよ。安心してください」
「ほっ……正直適当に買った衣装もかなりあるんで、おかしなことになってたらどうしようって思ってたんですよね」
「ふふ、さすがにそういう服が選ばれていたら私が言って差し上げますよ」
「なら一安心ですねー。ははは」
そんなほのぼのとしたやり取り。
二人は気にしていないが控えている一般メイドが「モモンガ様は派手すぎる衣装を好まない」という事を心のメモ帳に書き込んで一般メイド仲間に広めることを密かに決意しているとは思いもしなかった。
だが悲しいかな、その情報は広まっても最終的に至高の御方が着る服に派手すぎるという事はない、という所に落ち着かれるのだった。