実際飲食可能になるフレーバーのついてるアイテムがあるかないかは…あったら本編のアインズ様が使ってますかね。
「はぁ」
モモンガがため息をつく。
それを見てモモンガの私室に控える一般メイドが息をのむ。
「……アヴェさん最近宝物殿に籠りっきりで何してるんだろう……着いていこうとしても秘密の仕事があるんですっていうし……なのにパンドラズ・アクターは借りるっていうし……うぅ、アヴェさん何してるんですか……」
じんわりと広がる不安感がモモンガを苛む。
それを少しでも誤魔化そうと夫婦のベッドの超キングサイズのベッドの上をゴロゴロ転がる。
確認したい、でも秘密だと言われている。
悪いようにはしませんから、というアヴェの言葉を信じて待っているが、不安は消えない。
そもそもアヴェは種族レベルである程度の毒耐性をある程度保持しているとはいえ、うっかり毒無効の指輪を外してしまえばブラッド・オブ・ヨルムンガルドに護られた宝物殿の中は死地だ。
そういう意味でもモモンガは心配を募らせる。
これがまたモモンガの存在しない胃を痛めるのだが、結局その煩悶は数週間続いたのだった。
「モモンガさんすみませんでした。今日で宝物殿通いはやめます」
「あ!目的達成したんですか!?」
「ええと、目的を達成したというか……目的を達成できないことが確認できたという感じです」
「目的を達成できないことが確認できた?」
アヴェが離れる時間が減るという事を喜ぶモモンガに対し、アヴェの歯切れが悪い。
モモンガがその事を疑問に思っていると、アヴェがこの数週間何をしていたか語り始める。
「実はですね、結構この世界に来てからアイテムやNPCのフレーバーテキストが適用されてるって判明しましたよね?ほら、その、シャルティアの胸とかで」
「あ、あー……ありましたね。それがどうかしたんですか?」
「ここ数週間、宝物殿を訪ねていたのはパンドラズ・アクターに協力して貰って『飲食を可能にする』っていうフレーバーのついてるアイテムを探してたんです」
「アヴェさん、それって」
「でもごめんなさい。パンドラズ・アクターに協力してもらってもそういうアイテムは宝物殿にありませんでした。ごめんなさい。毎日モモンガさんを一人にしてまで探したのに見つけられなくて」
肩を落とすアヴェを、モモンガが抱きしめる。
そして優しく彼女の長い髪を手櫛で梳く。
「いいんですよアヴェさん。ユグドラシル……というかあちらの世界の電脳規制法で嗅覚や味覚の一部の五感は厳しく制限されてた上に、システム的にはどんな異形種でも飲み食いできてたんですから。そんなピンポイントなフレーバーがついてるアイテム、あったら奇跡です」
「ですよね……でも私やっぱりモモンガさんとお食事したくて」
「ははは、紅茶の香りを俺が楽しんで、紅茶そのものはアヴェさんが飲むとか今までもやってたじゃないですか。俺はそれだけでも満足ですよ」
「ですけど……」
「だったら着眼点を変えましょうよ。それこそ匂いとか食感を楽しむような料理を料理長に作ってもらえばいいんです。食べかすは……顎下に無限の背負い袋でも据えましょうか。あれならいくらでも予備がありますし」
「そう、ですね。私ちょっと空回りしてましたね」
「そうですよ。毎日俺に秘密のお仕事とかいうから心配してたんですからね。場所が場所ですし」
「すいません。随分心配を掛けちゃったみたいで」
謝りどおしのアヴェへのハグをやめ、モモンガがアヴェの本来の腕……課金で指輪を嵌められるようになる、という意味だ。ユグドラシル時代のアヴェは腕が六本あってもその分だけ嵌められる指輪が増えたというわけではないのだ……を手に取ってじっくりと確認する。
「今日も毒無効の指輪は外れたりしてなかったみたいですね。毎日確認してたけど、俺待ってる間アヴェさんが何かの事故で指輪を落としちゃうんじゃないかって心配してたんですから」
「ふふ、お気遣いありがとうございます」
礼を言った後、取られた手をじっと見つめるモモンガの視線に、アヴェが身をよじらせる。
「あの、私の手がどうかしましたか?」
「あ、いや。相変わらず綺麗な爪だなぁって……」
「ふふ、ソリュシャンを褒めてあげてくださいね。あの子が定期的に爪の手入れをしてくれてるんです」
「へえ、ソリュシャンが。確かにソリュシャンはこういう細かい美容に気を使いそうなイメージありますね」
「爪が滑らかになる程度に調節して溶かして、その後磨いてくれるんです。あの子、かなり器用ですよ」
「はー、そんな手入れの方法をしてるんですねぇ……アヴェさんは酸耐性ないのに怖くないですか?」
「そんなことありませんよ。NPCは皆私達を大事にしてくれますから」
「俺はデミウルゴスが怖いですよ」
「え、なんでですか?」
「ナザリックの防衛方針報告の時とか滅茶苦茶難しい言葉を使うんですよ……もう何度も噛み砕いて説明してくれるようにお願いしてて……いつ切れられたらと思うと、胃が、胃が」
「ふふ、モモンガさん胃なんかないじゃないですか」
「あ、真面目な話ですよアヴェさん!」
「と、冗談は置いておいて……デミウルゴスの報告する姿は私も見ていますけど、モモンガさんに説明を求められるたびに嬉しそうにしてますから。きっと大丈夫ですよ」
「えー、そうですかねー」
「モモンガさんに「簡単に話して」っていわれると何時も悪そうな、嬉しそうな顔するじゃないですか」
「あれ素直に受け取っていいんですかねー」
「ナザリックの皆、モモンガさんの役に立つのがうれしいみたいだから怖がらなくても大丈夫ですよ」
「そういえば報告の度に解らなかった部分が徐々に簡便な表現にすげ変わっていってる気が……」
「でしょう?ナザリックの皆は優しいんですから」
「んー、ですよねー。でももしあっちのリアルでデミウルゴスにするような質問の連打してたら確実に上司から雷が落ちてたなーっていう意識が抜けなくて……」
「まあ、それはおいおいですよモモンガさん。私達はもうサラリーマン・OLじゃないんですから慣れないと」
アヴェの言葉の後も手に取ったアヴェの指先をさすりながらモモンガは続ける。
「アヴェさんは仕えられるのに凄い馴染んでますよね。なんか、こう、使用人がいる家の生まれだったりするんですか?」
「そんな事ないですよ、なんていうか憧れに身を任せてるんですよ」
「憧れですか」
「ナザリック地下大墳墓って皆の色んな憧れを詰め込んだ場所じゃないですか。そこで奉仕されるのって一種の憧れがあって……」
「あー、なるほど。今はお姫様気分ですか?女王様」
悪戯っぽい声色のモモンガがアヴェの手に唇のないキスをする。
それを受けてアヴェはくすくすと笑いながら答える。
「ええ、今夢心地です。貴方とこうして触れ合えることも」
「はぁ、アヴェさんには敵わないなぁ……それなら俺は精々お姫様に夢を見せる王子様役をやりますよ。骨ですけどね」
「骨でも悟さんは素敵ですよ」
「う……あ……ふぅ……不意打ちは卑怯でしょう」
「ずるいのはモモンガさんですよ。手を取られてお姫様扱いなんて、一種の女の子の夢じゃないですか」
するり、とアヴェの下半身の蛇身が動いてモモンガを取り囲む。
「はぁ、ずっとこうして居たいですね……」
「本気で望めばそれが叶っちゃいそうなのが今のナザリックなんですよね」
「ですね。だから、溺れてしまわないように我慢です」
するするとアヴェのモモンガ包囲網が解かれる。
そしてモモンガが明るい声でアヴェを誘う。
「じゃあ手始めに皆と交流するためにさっき言った香りと歯ごたえの良い食べ物の作成を依頼しに行きましょうか」
「そうですね、行きましょう行きましょう」
閉じた世界(ナザリック)に閉じこもっても、心を閉ざすものではない。
そういうように二人は大食堂に出かけるのだった。