「あー、あのーほんとにやるんですか?アヴェさん」
「ええ、やります。必要な事でしょう?」
「そうですけど……」
モモンガは豪奢なローブの開いた胸の前、赤い玉の埋め込まれた鳩尾の前でちょんちょんと指を突き合わせている。
一方アヴェは六本ある腕の内三本を腰の少し下、腰、腰上にくの字で当てて残る三本で力こぶを作るしぐさをしている。
ここから解るのはモモンガは乗り気ではなく、アヴェは非常にやる気だ、という事だ。
「でもなぁ。やっぱり俺は気が進みませんよアヴェさん」
「気恥ずかしいのは解りますけど、やっぱりきちんとしておくのが親の務めですよ」
「う……親ならぶくぶく茶釜さんなんですけど……」
「そ、それは。今は茶釜さんが居ないから私たちが親みたいなものなんです!さ、覚悟を決めましょう!」
時はナザリック大墳墓がリ・エスティ―ゼ王国に転移してから永い時を経てからの話。
そう、アヴェ達はとうとう向き合う時が来たのである。
アウラとマーレの性教育、という問題と。
モモンガwithマーレの場合。
「ん、んん!よく来てくれたねマーレ」
「い、いいえモモンガ様。僕なんかをお傍に呼んでくださってありがとうございます。それで、今回はどのようなご用件でしょうか」
「え、デミウルゴスから聞いてない?」
「えと、デミウルゴスさんからは『モモンガ様が君に大事な話があるそうだ。よくよく至高なる御方の御言葉を心に刻む様に。君の種族に関することだからね』としか」
そういえば僕の種族に関する事って何でしょうね、モモンガ様。と女装を止めてスーツ姿なのに、なおどこか女性性を感じさせるハンサムなマーレが問いかける。
(ああー!そりゃ遠回しに性教育の事を伝えてくれとは言ったよ!でもさ、遠回りすぎないかデミウルゴス!確かに種族には関係することだけどさぁ!)
「あのー……モモンガ様。僕になにか失態でも……?」
身形は青年になっても、昔と同じようにおどおどとした様子を見せるマーレ。
モモンガはそんな彼の不安を感じて、とっさにそれを拭い去ろうとする。
「い、いやいや。失態など何もないよマーレ。お前の働きはいつも私とアヴェさんに喜びを与えてくれたよ。例えばマーレとアウラが冒険者として外を廻り外貨を稼ぎ、ナザリック内に持ち込んだ果物の生産などは特にアヴェさんの舌をを楽しませてくれた」
「そ、そんな……僕と姉さんの小さな働きをそんなに評価していただけるなんて恐れ多いです」
「そう自分を過小評価するものではないよマーレ。お前達姉弟は本当に……」
と、ここでモモンガが傍と気づく。
(そうじゃない、話がずれているぞ俺!
いや、本音を言えば?このままどこまでも脱線を続けてマーレとの会話を無難に終わらせたいー!という気持ちがないといえば嘘になる。
でも、でも性教育の話をちゃんとしてなかったなんてアヴェさんに知られたら怒られるかもしれない……!
そ、それは避けたい!)
「んっ!んんっ!まあマーレとアウラには日ごろから深い感謝を抱いていると知ってもらいたいな」
「あ、ありがとうございます!モモンガ様の多大なるご配慮を頂き恐悦至極にございます」
「あー、ところでそれは本題ではないんだ。非常に繊細かつ微妙な話題なので俺もどういったらいいのか迷うんだけど……」
「も、モモンガ様が口になさるのを憚るほどの話題ですか?」
「あ、うん。お前とアウラに関する重要な話題だね……」
「僕と姉さんに関する……どのようなお話でしょうか?モモンガ様の御心に掛かる霧を晴らすためならどのようなご命令にでも従う所存です!」
ふんす、とボブカットを揺らして気合を入れるマーレを前に、モモンガは内心
(うわー!なんか大事にしちゃった気がするぞ!どうする、この空気で雄しべと雌しべの話をするのか?できるのか?)
と混乱をしてなにげに羞恥心からか沈静化が発動する。
そしてそのタイミングでなるべく科学的に話を進める決心を固める。
そうだ、もしここまで引き延ばしてきたX-DAYを先延ばしにしてナザリックの外貨獲得班(冒険者チーム)として外回りを行っているマーレが望まない妊娠をさせ責任を取らされるかもしれない可能性を考えれば、一時の羞恥心などねじ伏せることができた。
「マーレよ。お前はセ……セックスという言葉が解るか!」
「解りますよ?」
「んなに!?ごほん!し、知っているのかマーレ!」
「はい。50年くらい前だったかな?図書館にいる司書Jさんが『マーレ様もお年頃的に知っておくべき知識でしょう』って“保健体育”っていう本を貸し出してくれて……あの、アインズ様?」
記憶をたどるように視線を揺らしていたマーレがモモンガの様子が若干おかしいことに気づいて問いかけると、モモンガは白い面を細い骨の手で覆った。
「モモンガ……様?」
「は、ははは、なんだ、そうか。マーレは保健体育をしってたかー」
「はい。あの、もしかしてご不快に思われて……?」
「い、いやいや!不快に思うどころか助かったというか……人に性のレクチャーなんかしたことないから自ら学んでくれてとっても安心してるところだよ!いやぁ、子供って大人の知らない所で大人になってるもんだなぁー」
「えと、それでセックスのお話ということは……夜伽を御申しつけでしょうか?」
「へ?いやいや!違うよ!?自分の子供みたいなお前達NPCに夜伽なんてとんでもない!それにほら、俺にはアヴェさんがいるから」
「そ、そうですよね!変なことを申し上げてすいません!」
「や、紛らわしい言い方をした俺も悪かったよ。まあ、なんだ。子供の作り方は把握している、ということでいいだね?」
「はい。それは十全に」
「ならいいんだ。重要な話というのは子供の作り方を知っているか?という事だったからね。種族に関する大事な話だったろう?」
「あ、そうですね!や、やだなぁ僕ったら恥ずかしい勘違いを……」
「はっはっは、勘違いなんて誰にでもあるからさ。気にしない気にしない」
「あうぅぅ……」
というように、マーレに対するモモンガさんの性教育は無事に山を越えたのだった。
後日、なぜか司書Jにモモンガから新しいローブの下賜があったとかなかったとか……。
アヴェwithアウラの場合。
「アヴェ様!お呼びにあずかり参上致しました!どのようなご用命でしょうか?」
「アウラ。今日呼んだのは他でもないのだけれど……貴女男性との間に子供を作る方法は知っていますか?」
「え?はい、そりゃあ触りくらいは」
「そう……その知識はどこから?」
「あー、そりゃあ……あの変態吸血鬼とかと話してると自然と」
「そう。シャルティアが……」
「要するにあれですよね。女同士では股を合わせるけど男女の場合はち」
「ストップ。ストップ。解りました。大まかには理解している訳ね?」
「はい」
慌ててアウラの口を止めたアヴェを、アウラはきょとんと見つめる。
「じゃあその知識があっているか私と答え合わせをしましょう。その為に図書室のティトゥスから性教育の本を借りているわ」
「え。あー……たしかにシャルティアの知識だと変な抜けがあるかもしれませんしねー。でも、アヴェ様御自らに私の為にお時間を使って頂いて宜しいんでしょうか」
「何を言っているのアウラ。貴女達NPCは私とモモンガさんにとって子供も同じ。子供が傷つかないように適切な知識を与えるのは親の役目です。むしろ遅くなって申し訳ないくらいなのよ?」
そういって手を合わせ頭を下げるアヴェにアウラの方が驚いた。
「そ、そんな!アヴェ様が申し訳なく思う事なんてありません!それより早く答え合わせ、しちゃいましょう!」
精一杯気を利かせるアウラに、アヴェも頭を上げ微笑む。
「じゃあ、まずは男性に触れられた場合の反応について……」
「はい!じゃんじゃん行きましょう、アヴェ様!」
この後めちゃくちゃガールズトークした。
そしてその後のモモンガとアヴェ。
「いやー。まさか自分で保健体育を履修していたとは……」
「シャルティア情報で76歳のころから知っていたなんて……」
「はぁ!?何やってんだシャルティア!」
思わず声を荒げるモモンガだが、問題ない。
なぜならここはモモンガとアヴェの私室のベッドの上だからだ。
「まあまあ、女性同士の話ですから」
「う、ううん。女の子の方が早熟という事なんですかねー」
「冷静に考えてみれば、外見だけで判断してはいけないことでしたね」
「え、どういうことです?アヴェさん」
「ほら、人間と違ってエルフって幼いまま過ごす時間が長いでしょう」
「まあ、そうですね」
アヴェの腕枕の上にある頭をかっくりかっくりと縦に振るモモンガ。
「そうなると自然とそういう、性に関する情報に触れる機会も増えるじゃないですか」
「あー……ですよねー。見た目は子供、心も子供、でも周囲との時間は膨大!ですもんねえ」
「今回のは「学んでくれていたラッキー」ではなく、「もっと早く勉強する機会を親である私達が作ってあげるべきだった、反省」っていう事態ですね」
「確かに……特にアウラみたいな女の子に手を出すクズ野郎は相手の無知に付け込むことがおおいですからね……」
「モモンガさん、モモンガさん。絶望のオーラが漏れてますよ」
「はえ!?す、すいませんアヴェさん。アウラがクズの手に掛かってたらと思うと、つい」
「ふふ、許しますよ。“お父さん”」
「……ありがとう。“お母さん”」
「ふふ、くすぐったい」
その夜はお父さんもお母さんも仲良しでした(棒)