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「ペストーニャ、少し相談があるの」
アヴェが、ペストーニャの元を訪れてそう切り出したのはある夜の事だった。
「はい、なんでしょうかアヴェ様。……あ、ワン」
「ええと、貴女はメイド長であり、高度な回復魔法を行使する、このナザリックの医師のようなものよね?」
「そうですワン。不肖私、至高の御方々の健康を維持する役目を担っております……ワン」
アヴェの問いに礼を取りながら答えたペストーニャに、アヴェが独り言ちる。
「そうよね。お医者様に相談するようなものだから……恥ずかしいなんていっていられないわよね」
それを聞き取ったペストーニャは若干動揺するも、何か言いづらい事を言おうとしているアヴェの言葉を止めないように。
必死で忠誠心の発露……あれこれと問いただしたい気持ちを抑えた。
「ええと、笑わないで欲しいのだけれど」
「至高の御方がお悩みになることを笑ったり致しません。あ、ワン」
「それなら話させてもらうけれど、実はここ数日ずっと悩んでいることがあって……」
「はい」
ここは設定されたものとはいえ、キャラ付けのワンを付けるべきではない、と思ったのかペストーニャの語尾からワンが消える。
「実はね、胸が張るのよ」
「胸が張る……しこりがある、ではなく?」
「そうなの。乳房全体が張り詰めていて、痛いのね。しこりとかではないの、自分で触って確認したわ」
「失礼いたしますアヴェ様。少し触診を試みてもよろしいでしょうか」
「お願いするわ」
宝石を連ねて胸当ての様になっている着衣をめくりあげ、六つの乳房をペストーニャの前に晒すアヴェ。
ペストーニャはゆっくりとした動きで乳房を一つ一つ撫で、突き、揉んでしばらく考え込む。
「……どうかしら。ペストーニャの診たては」
若干、不安そうなアヴェを前にして、ペストーニャは彼女を安心させるように微笑んだ。
「心配ありません……ワン。アヴェ様の胸が張っているのはお乳が溜まっているからですワン」
「お乳?」
納得した声色で語るペストーニャに対して、アヴェはきょとんとしてた。
それはそうだろう。
だって彼女は自分が乳が出る身体、という自覚がないのだ。
「私、乳の出るような体ではないわよ?」
「お言葉ですがアヴェ様。アヴェ様は異形の母で在らせられます。産むことがスキルの御一つでございますから、いつでも産めるということはいつでもお産みに成る子供に乳を与えられる状態でいるという事ですワン」
「……ああ、そう言う事。なるほどね。そういわれればそうだわ。産むことが私の力。産むことが私を形作るスキルの一つ。ならこれは異常でもなんでもなく……」
「はい、常態でございます……ワン」
「これが常態、ね。でも胸が張って辛いのよね……どうすればいいのかしら」
「それでしたら、適当な幼生体の眷属をお産みになるのはいかがでしょうか……あワン」
「なるほど、お乳が張るなら飲んでくれる存在を産み出せばいいというわけね」
「はい。仰る通りですワン」
胸元を直し、考え込んだアヴェを前にペストーニャは安堵していた。
なにせ至高の御方が不調を訴えたのだ、もし残ってくださった王と妃の片割れが欠けたらと思うと気が気ではない。
そんなことを考えさせる不調がただの杞憂だと解ったのだ。
僕としての彼女の安堵は深いだろう。
「……うん。そちらに気を向けてみればどうすればいいか解る。ペストーニャ」
「はい。何でしょうアヴェ様」
「出産の用意を。その前にモモンガさんに産むことを話すから1時間ほど待たせることになると思うわ」
「了解いたしました……ワン」
再び礼をして出産の準備をするために部屋をでたペストーニャを見送るアヴェ。
彼女は、如何にして乳が張る、というちょっと恥ずかしい理由をモモンガに告げずに眷属を産み出すかを考え始めたのだった。
その出産の後。
きゅうきゅうと鳴くキメラの幼生体の声と、部屋の外で待っていたモモンガを入れるアヴェの意向を伝える一般メイドのに案内され産室に入ったモモンガ。
彼の視界へ愛おしそうに腕に小さな、生まれたての子犬のようなサイズの山羊と獅子の頭、蛇の尻尾を持つキメラの仔を抱くアヴェの姿が入る。
部屋に入ってきたモモンガに気づいたアヴェが微笑みかける。
その表情には出産の疲れは見えない。
おそらく、産むこと自体がスキルなのでさした労力ではなかったのだろう。
実際、アヴェに付き添って産室の前でモモンガが待たされた時間は10分に満たない。
「モモンガさん。どうですか?この子」
「えーと、俺あんまりこういう時の表現を多く知ってるわけじゃないので端的に……可愛いですね。ゲームだとアヴェさんのスキルで生まれてくるキメラって全部成体っていうんですか?大人でしたから。こんなちっちゃいのも産めるんですね」
「ふふ、ありがとうございます。どうもこの世界だと好きな段階で産める感じがするんです。その気になれば大人の状態でも産めますよ」
「え。キメラって結構デカいですよね……その、セクハラになるかもなんですが」
「なんでしょう?」
「成体のキメラはお腹に入らないのでは……」
「この子を産もうとしたときはそんなにお腹は目立たなかったんですけど、多分成体を産もうとするときにはお腹も相応に大きくなるのではないでしょうか?」
「相応にって、お腹が裂けちゃいません!?だ、ダメですからね!成体を産むのは当面禁止です!」
「スキルだから大丈夫だと思うのですけど」
「ダメダメダメ、もしそれで取り返しのつかない事になったら、俺、俺……」
わたわたと手を振って泣きそうな声を出し始めたモモンガに、アヴェは心配も当然かな、という気持ちになった。
だいたい、腕の中の小さなキメラを産むのだってモモンガには心配されたのだ。
だから、モモンガの不安を拭うように言葉を発した。
「解りました。モモンガさんが安心できない限り成体の出産はしません。ほら、大丈夫ですから傍によってください」
「……はい」
「ね、この子に触れてください。小さいでしょう」
「はい」
「私を心配してくれたモモンガさん、この子よりちっちゃくてか弱そうに見えましたよ」
「え、そうですか?結構アバターは大きく作ったつもりなんですけど」
抱いた仔を一番下側の腕だけで抱いて、アヴェは近くに来てくれたモモンガの肩に真ん中の両手を置き、一番上の手でモモンガの頭を掻き抱く。
「見えるんですよ……ふふ、不思議ですね。ユグドラシルで魔王ロールしてる時モモンガさんはあんなに大きく見えたのに」
「小さい男は嫌い、ですか?」
「大きくても小さくてもモモンガさんが大好きですよ」
そういって、アヴェは静かにモモンガの頬骨にキスをする。
すると、沈静化寸前までいっていたモモンガの降った気持ちが今度は上限側で沈静化しそうなほど浮かび上がる。
「どっちでもいいんですか?」
「どちらでもモモンガさんでしょう?」
「それは……そうですね。すいません、バカなことを聞いて」
「いいんですよ。モモンガさんも男の人なんだなって感じますから」
「えー、それどういう意味ですか?」
「好きな人に自分を格好良く見せたいとか、男の子じゃないですか」
「はは、男の子って年じゃないですけどね」
アヴェの顔が離れた頭蓋骨を手で掻くモモンガ。
そんなモモンガからちょっとだけ距離を取って、アヴェは言った。
「では、モモンガさん。この仔を抱いてあげてください」
「あ、そうですね。アヴェさんの子、ですもんね」
「この子にはちょっとした私用の用途があるのでスクロールには暫くしないでおこうと思うんですけど」
「え、いいですけど。良いんですか?随分可愛がってる感じですけどこの子もスクロールにしちゃって」
ぽかん、というように顎を開けたモモンガに対し、少し首を傾げたアヴェが言葉をつづる。
「ええと、確かに可愛いは可愛いんですけど。そこまでの執着はないというか……産んだ時点でふっきれちゃう?感じなんですよね。それを言ったら自動POPの子達だって私の子ですけどこれといって感慨は……人間辞めちゃってますね」
「……俺も、人間の時なら引きそうだなーと思いつつそんなにショックは受けていない自分がいますね……」
「やっぱり、どこまでいっても私達は化け物、ってことなんでしょうか」
どこか、困ったような表情で問いかけるアヴェに、モモンガは顎に手をやって、考えてから答えた。
「アヴェさんが化け物なら俺も化け物ですよ。いいじゃないですか、化け物同士仲良くしましょうよ」
「ふふ、そうですね。人間の時から仲は良いと思ってましたけれどね。あ、そうだ。モモンガさんもこの仔を抱いてあげてくださいよ」
「え、大丈夫ですかね。潰しちゃったりしないかな……」
化け物だという事を否定しなかったモモンガに、アヴェは寄り添うようにキメラの仔を渡す。
「そっと、そっとですよモモンガさん」
「わわ。ぐにゃぐにゃしてる……柔らかい……」
二人ともすでに冷徹な怪物だろうとも、そんなことは関係ない。
このキメラの仔が育ったらどうなるかはわからないが。
そこには家族のような温もりがあったのだった。