ナーベラル・ガンマには一つの疑問があった。
それは彼女たちが仕える主である至高の御方の一人、アヴェの指輪だ。
指輪という装飾品は様々な効果を持ち主を守る物。
だがアヴェは本来十付けられる指輪の内、結婚指輪を左手薬指に、右手薬指にギルドメンバーの証であるリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを。
それに加えて毒耐性の指輪、炎耐性の指輪、氷耐性の指輪をその日の気分で付け替えるだけになって久しい。
これは非常に不用心なことだ。
その証拠にアヴェの夫であるモモンガは、常に十の指輪を装着して耐性を整えている。
生身であるアヴェならばリング・オブ・サステナンスなどを身に着けていてもいいはずだ。
なのに今、彼女が身に着けているのは前述の四つの指輪だけだ。
もちろん、事あればアヴェの前に身を投げ出して盾となる覚悟はできている。
だが、もし万が一、億が一にでもその身を守れなかった時に、指輪による耐性の無さゆえに至高の御身が見罷られるようなことがあれば。
もしそうなったらと想像するだけで、ナーベラルは背骨に氷柱が差し込まれたような感覚に襲われてしまう。
だからだろうか、不敬かもしれない、そう思いつつもナーベラルはスパナザリックでのアヴェの鱗の手入れの時に問いを投げかけてしまった。
「アヴェ様。愚かな私にお聞かせ願いたい儀がございます」
「なにかしら、ナーベラル」
決死の想いを抱いて言葉を掛けたナーベラルは、ひとまず一息つく。
寛大な女主人は今のところ咎める気はないようだ。
「なぜ、耐性を取る指輪を全て御身に着けられないのですか?アヴェ様はモモンガ様とは違い生身の身体。それだけでも日々私達配下の者共は万が一があってはと心を痛めております」
一瞬、大浴場内の空気が凍る。
正確には、ナーベラルと共に鱗の手入れをしていた当番のシズとエントマが動きを止めただけだが。
アヴェ自体はきょとん、としてから、言葉を探すように視線をあちこちに飛ばしている。
「それ、私も気になってた」
ぽつり、とシズが漏らす。
そんなシズをエントマが「ダメよぉ。至高の御方のなさることに疑問を抱くなんてぇ」と窘めたが。
アヴェはそんな遣り取りを気にするでもなく、ナーベラル、シズ、エントマの順にゆっくりと視線を飛ばし、注意が自分に集まったと思ったところで口を開いた。
「そうね。確かに本来なら指輪で取れる耐性を取るべきなんでしょう」
ではなぜ、という問いをナーベラルは飲み込む。
瞼を降ろし何かを思いながら更に言葉を紡ごうとする至高の御方の言葉を止めないために。
「毒耐性は宝物殿、炎耐性は第七階層、氷耐性は第五階層に移動する時に必要だから付けていますが。本来ならこの三つも私は不要だと思っています」
結婚指輪とリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを撫でてから、アヴェは言葉を続ける。
「なぜなら私はナザリック地下大墳墓そのものと、守護者達、そして貴方達プレアデスに加えて、愛するモモンガさんに守られているのですから。私は貴女達を、信じているの。皆に守られている限り、私は絶対に大丈夫、って」
ナーベラルにとっては衝撃の言葉だった。
至高の御方がそこまで、自分たち僕に厚い信頼を寄せてくださっている。
それは至高の四十二人に仕えるべく産み出された彼女にとって、如何ほどの喜びの言葉であるか。
気づけばナーベラルは……いや、シズとエントマも一時アヴェの身を清める手を止めて頭を垂れていた。
「そこまで……そこまで私達僕を信頼していただけていた証が指輪だったとは。思い至れなかった我が身の愚かさをお許しください」
「反省」
「アヴェ様がぁ、そこまで私達の事を考えてくださっていたなんてぇ……」
控えて敬意を捧げるナーベラル、シズ、エントマの肩にアヴェが優しく触れ、頭を上げさせる。
「許すも許さないもありません。指輪の件に関しては完全に私の落ち度ですからね」
「落ち度などと!全てはアヴェ様の御心を察することのできない私どもの……」
「いいえ、これは私の落ち度です。ですがそれでは納得できないというなら貴女達には罰を与えましょう」
「は!いかような罰でも受ける所存です!」
「じゃあ……鱗が洗い終わったら一緒に身に着ける指輪を選んでくれないかしら」
「そ、それは……」
「罰?」
「そんなの罰じゃありませぇん……ご褒美ですわ。アヴェ様」
恐れ入ったように一歩下がる三人に、ころころと笑いながら手を振ってからアヴェは言葉を続ける。
「私が罰と言ったら罰なんです。耐性は完全ということがないですから。皆にはたっぷり悩んでもらいますよ。さ、鱗の洗浄の続きをしてください」
「は、承知いたしました」
「了解」
「はぁい。お任せくださぁい」
ナーベラルは、アヴェのその態度に更なる忠誠を誓う事を心に決めた。
この心優しく慈悲深い女主人を、絶対に御守りするのだ、と。
なお、指輪による一日の耐性を選ぶ作業はプレアデスの担当する所となり、一般メイドからの羨望の視線を集めることになるのだった。
以前の話では指輪は十個つけてたんですが平和が続けば耐性とか考えるのめんどくなっちゃってこうなるかも、みたいな話です。
あとこのエピソードとは直接関係ないんですが、この作品ではエ・ランテルはカジットとクレマンティーヌの企みで大きな被害をだし(英者の額冠はモモンガさんに取られたため壊滅までは至らなかった)カジットは討ち取られるもクレマンティーヌは逃亡、ブレインはシャルティアの武技もち狩りがないため盗賊団に所属し続け、セバスが王都に行かないためにクライムが強化されない、と結構原作が崩壊しているんじゃないかな?と考えています。