アヴェの頭は自然と下がっていた。
「心配を掛けてごめんなさい。アルベド、デミウルゴス」
「アヴェ様!至高の御方が我ら如きに頭をお下げにならずとも」
「そうです!僭越ながらモモンガ様とアヴェ様はただ許せといってくだされば、それだけで私達守護者は心がほぐれます」
「いや、アヴェさんの言うとおりだ。心配を掛けてすまなかったな。そして二人の言葉を受け入れよう。許せ、アルベド、デミウルゴス」
「モモンガ様……慈悲深き我らが至高の主。御言葉、ありがたく頂戴致します。」
「モモンガ様とアヴェ様のお二人に頭を下げられるなんて……ああ、出すぎてしまったかしら」
生真面目な顔で頭を下げるデミウルゴスと、うろたえるアルベドの姿にモモンガはもう少し高圧的に接したほうがいいだろうか。
もしかつてのギルドメンバーの残した彼らがソレを望むなら……と考えたところで、アヴェに手を引かれる。
「ん?なんだいアヴェ」
「無理は、いけませんよ。人は、他人の理想どおりにはなれない。それをこの子達にもゆっくりわかっていってもらいましょう」
「だけどなぁ……」
モモンガの胸に去来するのは、忘れ形見のような存在を喜ばせたいという想いだ。
彼らを喜ばせることで、なにがしかの失せてしまったものが一部でも帰ってくるような気持ちがあったので、そう思った。
だがアヴェはモモンガの骨だけの手に自らのそれを添えたまま首を振る。
「貴方が無理をして演じることの方が、かつての皆さん……たっち・みーさん達は喜ばないと思います。あの人達はそのままの貴方を好きだったんですから」
「……そう、だな。はぁ、アルベド、デミウルゴス、そしてアウラにマーレもだ。聞いてくれ。いや、シャルティアとコキュートスにも聞いてもらいたいな。呼んでくれないか?」
「ナザリックの警備が薄くなりますが、よろしいのですか?」
「うん。良いんだ。シャルティアはさほど気にしていなかったけれど、全員が知るべき変異が起こっているし……ああ、全員といえばセバスもだ。メイド長とプレアデスの代表として彼も呼ぶように」
「モモンガ様の命とあれば……即座にメッセージなどで伝達いたしますわ」
「頼むよ。さて、三人を待つ間はどうしようか」
張っていた肩肘を骨なりに緩めると、モモンガはかかと顎骨を打ち鳴らした。
「一先ず、観客席かどこかにでも座らないか?」
その言葉に同意しない者はその場にいなかった。
「え゛。マーレ、お前その服装の意味知らずに着てるのか?」
「そ、そうですけど……何か問題がおありですかモモンガ様」
「んー、あー、いやそれはなぁ……」
「ええとね、ぶくぶく茶釜さんは少し変わった趣味をしていて……異性装というのは解るかしら」
「ふむ。語感からすると異性が着用すべき服を着用する、ということでしょうか」
「そうだ、さすがは知恵者として作られたデミウルゴスだな、話が解る」
「ソレが何か問題なのでしょうか?至高の御方々のお一人が決められたことならそれが常識になるのではないでしょうか」
「いいえ、それがね。アウラとマーレが異性装しているのはぶくぶく茶釜さんの個人的な趣味なの」
「えええ!?そうなんですか!?」
「あああ、あのっ、じゃあ他の至高の四十一人の皆さんは……この姿がお嫌いでしょうか……」
なんとなしに守護者達と雑談する会話の内容となると、どうしても過去のギルドメンバーの話になる。
今はその中でも守護者一堂も疑問に思っていた、なぜ男のマーレがスカートなのか?という事にまつわる会話になっていた。
「私達四十一人に男の娘……「男」の「娘」と書いておとこのこって読むのだけれど、それを毛嫌いするような人はいなかったから安心してね」
「うむ。せいぜい茶釜さんの趣味人っぷりに苦笑いする程度だったな。これは他の守護者皆の「そうあれ」と作られた部分全てに当てはまることだ」
「確かに……私どもナザリックに仕える者もエクレアに関してはアレが「そうあれ」とされているから受け流していますもの、そういうことですね、アヴェ様」
「そう思ってくれていいと思うわ。しかし、レベル一のNPCに敢えて獅子心中の虫を演じさせる餡ころもっちもちさんも中々人が悪いわね」
「だねぇ。あの人結構愉快犯的な所があったから……」
コロコロと笑うモモンガとアヴェを見ての守護者達の反応は様々だ。
アルベドはほぅっとため息をついてちらちらとデミウルゴスやマーレを見ている。
デミウルゴスはアルベドからの視線を軽く受け流して笑みを浮かべる。
アウラとマーレは優しい支配者の姿に終始嬉しそうだ。
そしてデミウルゴスが口を開く。
「いや、そういえば記憶にあるお二人は恐怖と威をもって部下を統括するようなお人柄ではありませんでしたね。至高の御方々同士でもお二人は常に調整役でありました」
「そうねデミウルゴス。私の記憶でもお二人は愛情を注いで下さった皆様方の中でも特にお優しかったわ」
「じゃあ、これからはもっと気楽にお話させてもらってもいいんでしょうか!」
「お、お姉ちゃん。さすがにそれは不味いよ……でも、今まで思っていたよりは気楽にお話させてもらえる、気はするなぁ」
「節度を忘れてはダメよ。けれど……残られた至高の御方であらせられるお二人がどのような方でも。我らナザリックの者は全身全霊をもってお仕えさせていただきます」
「そうだねアルベド。モモンガ様とアヴェ様こそ私達ナザリックに所属する者の存在する意味であり、意義。このラインは守らせていただきたく存じます」
「うん。そのあたりは好きにしてくれて構わない。だが各々の俺達に対する態度の違いで諍いを起こすのはやめてくれよ。いや、ちょっと位は喧嘩しても良いのかな?過去にいたお前たちの創造主も喧々諤々やっていたものだ。そしてそれが今はいい思い出だ……」
「「「「「はっ!」」」」」
「この事はシャルティアとコキュートスにもお話してあげないとね」
和気藹々といった雰囲気の中で、コキュートスとシャルティアが姿を顕す。
「コキュートス、御命ニヨリマカリコシマシタ」
「シャルティア・ブラッドフォールン、至高の命に従い御前に」
礼をとる二人に、モモンガが楽にするように言う。
「まぁそんなに格式ばらないでくれ。とはいっても無理な話かもしれないが……とりあえず、話の前提として皆が俺とアヴェをどう思っているのか聞きたい」
モモンガのその問いに、アルベドから口を開く。
「慈悲深く英知に溢れたお方であるモモンガ様と、それを良く支える賢母であらせられるアヴェ様です」
次にデミウルゴス。
「深謀遠慮の底は見えず果て無き賢さを持ち強大な力をも有する端倪すべからざるべきお方こそがモモンガ様。アヴェ様は我らナザリックの下僕達に慈悲を持って力の恩寵を下さる、まさに異形の慈母でございます」
さらにコキュートス。
「偉大ナル死ノ王モモンガ様。両義ヲ成ス生ヲ司ルアヴェ様。マサニ理想ノ御夫婦デアラセラレマス」
続いてアウラとマーレが。
「すっごくお優しい方々です!」
「この格好をぶくぶく茶釜様がお好きだから設定してくださった事を教えてくださった優しい方々です」
最後にシャルティアが。
「この世の美の結晶。その美しい骨格は世界を魅了する、それがモモンガ様でありんす。アヴェ様はわたし達ナザリックを包む慈母そのものでございんす。」
非常に高い守護者達の評価にモモンガは内心苦笑する。
そして、最初にこの印象を聞く前にぶっちゃけられて良かった、と思った。
もし内心をさらけ出していなかったら日々をこの高評価に相応しい演技をする事に腐心する日々が待っていたかと思うと震えがきそうだ。
そして、そうならなかったのはすぐ傍らに寄り添ってくれるアヴェがいてくれたから。
モモンガは深く感謝し……彼女が慈母という評価は間違っていないんじゃないか?と思うのだった。
これ以後、ナザリック大墳墓を拠点とするアインズ・ウール・ゴウンは大きく本来の歴史から外れることになる。