いつかの何処かであったであろう
始まりの話。
きっと、全ては此処から
ヒソ
ヒソヒソ
「聞いたか。また駄目だったとよ」
「おいおい。これで何人目だ?勘弁してくれよ。」
噂をする二人の兵士の横を簡易的な担架が通る。
布で覆われたそれからはみ出て見えているのは白く細い、恐らく女のものと思わしき腕だった。
「ああ、あの腕から見て多分奴隷とかじゃなくきちんとした家のお嬢様だったんだろうが・・・」
「かわいそうになあ。父親も遣る瀬無いだろう。」
「手塩にかけた娘も駄目。孫も駄目じゃ、なあ。」
「上の方の奴らはまだあきらめてないらしい。」
「そりゃ、王族とつながりが出来れば利権が増えるしな、それも娘が国母、その子が次期王にでもなったらそれこそ怖いものなしだろうよ。」
「けど俺はそんな奴らの気が知れねえよ。」
「ああ、全くだ。なんせ我らの王には―――銀の魔女の呪いがかかってんだからよ。」
「っ馬鹿お前、そっから先口にしてみろっお前も呪われるぞっ」
「っといけねっ。悪い悪い。」
ヒソヒソ・・・。
◇ ◆ ◇
―――え・・・ええん。
―――ええええんっ。
人気のない閑散とした回廊に響く産声に、その回廊を歩いていた男が顔を上げる。
「産まれたか。」
男が顔を戻すとそこには先程までいなかった覆面の姿があった。
「はい。滞りなく。ただ―――。」
「ただ―――なんだ。申してみよ。」
言い淀む覆面に男は少しばかり眉根を吊り上げて先を促した。
「・・・見ていただいたほうがよいかと。」
幾分かの逡巡の後、観念したかのように覆面は男を今だ産声の上がる室内へと迎え入れた。
簡素な扉を開けて踏み入った室内には産婆と意識を失った母親と思わしき女性。そして、産婆が抱えている白い布の塊。否、この布の塊こそが先程から産声を上げている赤子である。
産婆は突然の来訪者に目を見開くも、覆面から幾許かの口添えを受けるとまず覆面に頷きを返し、そのまま男に一礼し、赤子を手渡してきた。
「元気な王子でございます。」
手渡された赤子の顔を覗き込む。と、赤子が泣き止んだ。
大きな瞳が男をめいっぱい映している。
その顔を見た男はわずかに目を見開いたかと思うと覆面にその子供を渡した。
「いかがなさいますか。」
「こやつは王の系譜には並べぬ。余所へやれ。」
「・・・よろしいので。」
「くどい。やれと言っている。」
「御意。」
ほぼ即決といってもいい。
我が子の行く末を決めてしまった男に承諾しかねるといった風に確認を取った覆面は今度こそ無感動に言葉を紡ぎ、その場を退出した。
その背中を見送った後、男がぽつりと呟きを落とす。
「エンリルよ。あれがああも似てしまうことを、お前は知っていて―――。」
誰にも届かないであろう言葉は窓の外の嵐の風音に掻き消された。
◇ ◆ ◇
パタンっとなるべく優しくドアを閉めた覆面の前に一人の女が姿を現す。
恐らく年の頃は20、21辺りなのだろうが猫背で顔も俯きがち、その上全体的に病人のように痩せ細り血色もあまりよくないという事もありもっと年上に見える。
「あ、兄様。わたし「ちょうどよかった。受け取れ。」
「王から下賜されたものだ。丁重に育てろ。」
暫くえ、あ、え?と戸惑っていた女だったが意を決したように布を取り、赤子と顔を合わせた。
女はしばし呆然と赤子の顔を見ていたが、いつしかその目には膜が張り、一つまた一つと涙が頬を濡らしていく。
「あ、ああああ、あ。」
先程とは違った嗚咽を涙交じりに流しながら女は呟いた。
「お、お役目っは、いりょう。しましたっ。せ、せいいっぱい、勤めさせて、いただきます。」
覆面が姿を消した後も、女はその場で膝をついてぎゅっと赤子を抱き締めた。
「大丈夫。今度こそ間違えません。××××××様。今度こそ貴方を―――。」