「あああああっ」
マシュさんの叫び声で目が覚めた。
「・・・?」
―――何処だろう。ここ。
まるで洞窟のような薄暗く、広い空間が広がっている。
なにかの余韻のようにびりびりと空間が震えているところを見るに戦闘があった直後のようだ。
「――いずれ貴様も知る。アイルランドの光の御子よ。
グランドオーダー—――聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだという事をな。」
そう言い残して、退治していた黒衣の剣士のサーヴァントは光の粒子となって消えた。
後には謎の水晶体のみが残される。
「おいまて、それはどういう・・・ん?起きたのか坊主。ってうおお!?ここで強制送還ってか!?っち。後は任せたぜ嬢ちゃん。それと坊主。お前はそれ以上無理に同調すんなよ。つか、それ以上こっち側の力を使うのはやめろ。出ないとお前――
そう言い残して薄青の賢人はさっきの黒衣の剣士と同じように光の粒子となって消えていた。
もう何が何だかわからない。
僕をおぶってくれていた、これまた驚くことに所長が僕が起きたことに気が付いたらしく慌てて支えていた手を放した。
「うぎゅっ」
結果、当然の如く落下からの転倒である。酷い。
「お、起きてるなら起きてるって言いなさいよっ。ていうか、ていうかっ」
俯いてプルプルと震えだす所長。
あれ、僕また何かした?と記憶を探ってみる。駄目だ、わからない。
「なんでっ下に何も穿いてないのよおおお。セクハラよ!セクハラだわ!!」
よくみたら顔を真っ赤にして涙目になっていた。レア・・・?
というか所長。文句は僕じゃなくカルデアの僕担当の職員たちか前所長かドクター辺りに言ってください。
ずっと培養器漬けで衣服もこの襤褸布が初めてなんです。
「か、カルデアに帰ったら支給品の服を見繕いますから早急に着替えなさいっいいわね!」
「あ、はい。」
「・・・こほん。ま、まあ、何はともあれよくやってくれた。マシュ、立花君、メア。これで、この特異点は修正されたはずだ。後は所長の指示に従って・・・所長?」
「う、うう。確かにこういう魔術についてもたしなんではいたけど・・・いたけれど・・・もっとこう・・・」
所長は心ここにあらずと言った体で何事かをブツブツ呟いている。
「マリー所長。マリー所長ー?」
そんな所長に話しかける立花さん。僕にはできない芸当だ、だってきっと殴られそうだもん。すごい。
「ふぁ!?・・・ええそうね。よくやったわ、立花、マシュ・・・メア。不明な点は多いですが、ここでミッションは終了とします。それではセイバーが残した水晶体の回収を、恐らくあれがこの特異点を作り出した要因よ。」
「いや、まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ。」
マシュさんと立花さんが水晶体を回収しようと足を踏み出した時、不意にここにいる誰でもない声が聞こえた。
・・・よく、聞き覚えのある声が。
「48人目のマスター適性者。まったく見込みのない子供だからと、善意で見逃していた私の失態だよ。」
続く言葉とともに現れたのは死んだと聞かされていたレフ・ライノールその人だった。
いつものように温和な笑顔をその顔にうかべている。けど、なにか様子が・・・おかしい。
周囲が彼の生存に驚愕の声を上げる中、何でもないように。さながらカルデアの廊下で雑談でもするかのような気軽さで、会話を続ける。
「うん?その声はロマニ君かな?君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来てほしいと言ったのに、私の指示を聞かなかったんだね。まったく―――どいつもこいつも統率の取れていないクズばかりで吐き気が止まらないな。」
直後、告げられた言葉は。今までの彼からは想像がつかないほどひどい言葉の羅列だった。
「人間というものはどうしてこう、定められた運命からズレたがるんだい?」
そこまで言ったとき僕と同じようにレフ・ライノールに違和感を感じたらしいマシュさんが立花さんに下がるよう進言する。
「あの人は危険です。・・・あれは、私たちの知っているレフ教授ではありません!」
「レフ・・・ああ、レフ、レフ、生きていたのねレフ!良かった、あなたがいなくなったらわたし、この先どうやってカルデアを守ればいいかわからなかった!」
言って、距離を詰めようとする所長。
走り出そうとする所長の腕を咄嗟に掴んだ。
「ちょっとっ。放しなさい!!」
「駄目ですっ。所長っ。近寄ったら!!」
近寄ったらいけない。だって、人間で、且つここまで緊張状態が続いていたせいか、立花さんも所長も気づいていないが・・・あの男は――
「やあオルガ。元気そうで何より。」
あの男は、僕らを殺したくてたまらないとでもいうかのように現れたその時から殺気を振りまいている―――!!
そんな、内心冷や汗を垂らす僕を置いてけぼりにして。
君も大変だったようだね。というレフに所長はその場で会話を再開した。
「ええ、ええ、そうなのレフ!管制室は爆発するし、予想外のことばかりで頭がどうにかなりそうだった!
でもいいの、あなたがいれば何とかなるわよね?」
だって今までそうだったもの!今回だって私を助けてくれるんでしょう?と所長は期待と安心に満ちた目で目の前の男を見つめている。
「ああ、もちろんだとも。―――本当に予想外のことばかりで頭にくる。
その中でもっとも予想外なのが君だよ、オルガ。爆弾は君の足元に設置したのに、まさか生きているなんて。」
「―――――、え?・・・・・レ、レフ?あの、それ、どういう、意味?」
先程までの安心しきっていた所長の顔が驚愕に彩られる。
「まったく、最後の最後に余計なことをしてくれたものだ。
ああ、そうそう折角だ。今のカルデアの現状を見せてあげよう。と言って背景が変わる。
見えたのは真っ赤に燃え盛るカルデアスと思わしき巨大な地球儀のような球体。
「な・・・なによあれ。カルデアスが真っ赤になってる・・・?
嘘、よね?あれ、ただの虚像でしょう、レフ?」
「本物だよ。君のために時空を繋げてあげたんだ。聖杯があればこんなこともできるからね。・・・さあ、よくみたまえアニムスフィアの末裔。あれがおまえたちの愚行の末路だ。」
まるでカルデアスを覆った赤色を賛美するかのように、所長を、牽いては人類をあざ笑うレフ。
「嘘よ、ふ、ふざけないで!!わたし、わたしは・・・!!っあんたなんてレフじゃない!わたしのっ私のカルデアスにいったい何をしたの!?」
そんな所長の様子に溜息を吐いたレフは仕方がないといった様子で言葉を返した。
「あれは君の、ではない。―――まあいい。この際君ごときいてもいなくてもそう変わらないが、念には念を。一応この場で始末しておこう。もちろんそこにいる
言葉が終わると同時に僕と所長が何かに引っ張られるかのように宙に浮く。
向かう先は――カルデアス。
「か、身体が宙に・・・。何かに引っ張られて・・・。」
慌てる所長と僕を余所にレフ・ライノールは温和な声音で答える。
「言っただろう。そこは今カルデアに繋がっていると。このまま殺すのは簡単だ。しかしそれでは芸がない。
だから、最後に君の望みを叶えてあげよう。・・・君の宝物とやらに触れるといい。なに、私からの慈悲だと思ってくれたまえ。」
ここでようやく所長の顔に冷や汗が浮かんだ。
やっと、目の前の男が本気で自分を消そうとしていることに気が付いたのだ。
・・・もっとも、僕としてはいささか遅いような気がするが。
「ちょ、冗談でしょう?レフ。宝物ってカルデアスのこと?
や、めて。止めて、止めて!お願い。だって、カルデアスよ?高密度の情報体、次元が異なる領域、よ?
そんなの、そんなの・・・!!」
「ああ、ブラックホール、いや。太陽かな?まあ、どちらにしろ人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮なく、生きたまま無限の地獄を味わいたまえ。」
その言葉を前に例え無駄で、周囲から見たら滑稽かもしれないが、所長が慌てたようにさっきよりも一層身体をバタつかせ始めた。
「いや、いやいやいやあああああっお願い誰か助けて!お願い、お願いします!!死にたくない!私まだ死にたくないの!いやよこのまま死ぬなんてっだって、だってわたし・・・まだ誰にも認めてもらってない!!なんで!なんでこんなことばっかりっ・・・わたし、私ばっかり・・・なんでっ・・・どうして、みんな私を評価してくれないのっみんな私を嫌ってばかり、わたしだって一度でいいから誰かに褒められたい、それだけなのにっ。
誰かに、そこにいていいんだよって、生きていていいんだよって。認めてほしいだけなのにっ!!」
所長の涙に濡れた悲痛な叫びが周囲に響き渡る。
カルデアスは既に目前まで迫っていた。
ジリジリと思考回路にノイズが混じりだす。
眼前に真っ赤なカルデアス
まるで新鮮な血をぶちまけたかのような赤が迫る。
ああ、ここで死んでしまえたら、きっと
僕は、何処かにいけるのだろうか。
この世界の縮図のようなものと、たとえ仮染めでも一体になれたのなら
あの人の元にいけるのだろうか。
そんな現実逃避染みた思考をしているとノイズに交じってやけにはっきりとした音声が脳内に響く。
――いい加減になさい。死ぬつもりですか。
はい。だって、どうしようもない。
元より僕のような
ただ・・・。
―――ただ?
ただ、心残りなのは
あなたが誰なのかは存じ上げません。ですが、この場を何とかできる力があるというのならお願いがあります。
僕は、どうなってもいい。けど、彼女を無事にカルデアに帰してくれませんか?あの優しいマスターとデミサーヴァントと一緒に。
―――何故?
なぜ?なぜ・・・ですか。
ふと、彼女の一言が思い浮かんだ。
『か、カルデアに帰ったら支給品の服を見繕いますから早急に着替えなさいっいいわね!』
・・・敢えて言うなら、理由はどうあれ始めて僕に贈り物を約束してくれた人だから・・・ですかね?
―――そうですか。でも、今君に死なれては困ります。・・・僕もあの人も、ね。
バチリ
◇ ◆ ◇
空中に浮いていたメアが姿勢を変え、所長の前に躍り出た。
そのままカルデアスに接触する。
バジッ
バジバチバジジッ
接触したと思われる面から電流が走り爆発が起こる。
爆発の煙が晴れて俺・・・藤丸立花が目にしたのは無傷で地べたに座り込む所長と、同じく無傷でその前に立つディルメア・ストルファイスの姿だった。
「ふう。さて、オルガが助かるというのは百歩譲ってわかる。君がクッションになって軌道がずれたとでも言えば納得ができるからね。が、なぜ君は無傷なのかな?ディルメア・ストルファイス君。君がデミサーヴァントだとしてもカルデアスに飲み込まれれば一溜りもないはずだが。」
その問いに、赤い瞳を爛々と輝かせてメアは笑顔で答えた。
「さあ?―――それこそあなたの魔術が
ああ、でも。あえてあなたたちのような
その言い方は、ありありと目の前の男―――レフ・ライノールを嘲るかのように紡がれた。
「・・・今の安い挑発は、私への宣戦布告と受け取っていいのかな?メア。」
「どうとでも。ただ、不意打ちしてくる
その言葉に一瞬レフ・ライノールはその顔を歪ませたものの、すぐに元の表情に戻った。
「・・・そうかい。改めて、自己紹介をしようか。私はレフ・ライノール・フラウロス。
貴様ら人類を処理するために遣わされた、2015年担当者だ。―――
そう言って、レフ・ライノール・フラウロスはこの場のあらん限りを嘲笑した。
世界の有様を
そして―――
崩れ行く大空洞の中で、オレはマシュの手を掴み、命からがら脱出した。
―――あの、メアの変わりようは、一体何だったのだろうか。
そのことが頭の片隅にちらついた。
◇ ◆ ◇
カルデアに帰還したのち、立花がダ・ヴィンチちゃんと話していたころ。
別な一室では所長とメアが膝を突き合わせていた。
「はい。これ。支給品の制服。それじゃ、私はもう行きますからね。」
そう、素っ気なく告げて、所長が椅子から立ち上がりクルリと背を向けた。
「あ、ま、待ってくださいっ。所長!!」
テーブルを踏み台にしてメアが出て行こうとする所長に飛び掛かった。
「えちょ!?は!?」
そのまま所長とともに床に倒れこむ。
「いっつうー。あ、あなたねえ!!」
「所長は」
「え?」
「所長はもっと自信を持ったほうがいいと思いますよ。少なくとも、僕は所長のこと好きですから。」
まあ、僕なんかに言われても何の足しにもならないかもしれませんがとメアは苦笑する。
その言葉に所長が返事をするよりも早くメアがあ、そうだっと明るい声を上げた。
「所長っ。少し目を閉じていてください。」
「こ、今度は何よっ。」
「閉じてください。」
にこりと笑うメアに根負けした所長は仕方ないと諦め半分に目を閉じる・・・と、少しの間を置いて。彼女の手の甲に鋭い痛みが走った。
「っいったい何を・・・」
痛みを感じたほうの片手に目を向ける。
そこには望んでやまなかったマスターの、サーヴァントとの契約の証である令呪が刻まれていた。
「これ・・・。」
信じられないものを見るかのような目で目の前の少年と己の手の甲とを交互に見比べている。
「えへへ。所長はちゃんと約束を守って僕に服をくれたので。僕からは令呪を。」
初めての贈り物なので、大切にしますね。と言ってそのままメアが駆けて行った。
アンデルセーン!!とカルデアの英霊召喚成功例の第4号の名前を呼びながら走っていくその様はさながら新しいおもちゃを自慢しに行く子供のようだが人選が人選なだけに扱き下ろされそうである。その人選でいいのか。
暫くしてからカルデアに「ロマニイイイイイっマシュウウウウウっリッカアアアアアっわたしっ私いいいいいっ」という絶叫が響き渡った。