ドォ・・・ンッ
白煙を上げ、無残に半壊している。否、現在進行形で破壊されているオルレアンの城の様子を空の上から見るものがひとり。
ラ・シャリテから一人帰還した竜の魔女が、その邪悪な様相に反してぽかんと口を開けて凝視していた。
ドッドドドッドドッ
そんな彼女を置いてけぼりにして、城の破壊行為は着々と進んでいく。
―――いったい。私のいない数時間の間に何が起こったの。
「おおっご無事でしたか!ジャンヌ!!」
着地しようにも煙だらけでいまいち下の様子がわからず、仕方なしに旋回し続ける彼女の元によく見知った声が届いた。今自分が最も信を置き、こんな風になっても唯一着いてきてくれた戦友の声だ。
普段なら耳障りもいいところなそのハイテンションな声は、破壊音の響くこの状況下でもよく響いた。
なるべく声の方に近寄っていくとようやく本人の姿が見えた。埃やら土やらで薄汚れているが、一応怪我などは無い様だ。
「・・・これはどういうことなのかしら。ジル。」
驚愕を何とか落ち着かせると再び込み上げてきた苛立ちと憎しみ、そして、ほんの少しの安堵の情を以て戦友であるジル・ド・レェを見る。
パラパラと自身に着いたゴミを払いながらジルは首を緩慢な動作で左右に振った。
「私にもわかりかねます。城の全域には私の海魔を張らせていたのですが・・・おそらくこの様子からしてあちらの棟の分は全滅でしょうね。申し訳ありません。」
報告すら上がってきませんし。とやけに冷静に言い放つと触媒である魔導書を撫でる戦友の様子にはあっとジャンヌは溜息を吐いた。
「呆れた。何のために城に残ったのよ貴方。こうなるより前にその原因を取り除くどころか作らないためじゃないの?・・・まあ、いいです。どうせ城自体は後から貴方に直してもらえばいいですし、私が敵を一掃します。」
いうが早いかジャンヌは魔力を集中させ宝具を発動する準備に入った。
『
ジル・ド・レェの言葉とほぼ同時にジャンヌの眼前を何か、巨大な板・・・壁のようなものが横切った。
続いて煙を突き抜けてくる人影が一つ。それはつい最近ラ・シャリテを完膚なきまでに破壊した際に連れ去ってきた捕虜の少年だった。しかし、あの時のまるで強がった小動物のような雰囲気など欠片もなく、その紅い瞳は蛇を連想させる妖しさと恐ろしさが宿っている。
その瞳に気圧されたのか、はたまた突風の反動でかは定かではないが思わずジャンヌはその場に尻餅をついた。
と、そこに今度はジャンヌの頭スレスレを横薙ぎに先程の板が物凄い速さで通過していく。
最初は自分を狙っての攻撃かと警戒していたジャンヌは、この地響きのような騒音と煙の合間から見える振り回される板のような何かを見てその考えを訂正した。
―――私を狙ってじゃ・・・無い?
そう思い至ったころには既に城全域がほぼ等間隔に輪切りにされてしまった後だった。
◇ ◆ ◇
メアは現在城内を適当に走っていた。
予想外の早すぎる旧友との再会から無理矢理逃げ出すためとはいえ奥の手を使ってしまったため、そこまで余裕は今の彼にはない。時間的にも、能力的にも、体力的にもだ。
響き続ける轟音をBGMに一端速度を落とした。
―――こういう大雑把なとこ。何年たっても変わりませんね。
苦し気に汗を掻く顔に自然と笑みが零れた。
次の瞬間、メアの目の前をジャンヌの時と同様に巨大な板のようなものが通り過ぎ、通路の風通しがよくなった。
―――僕も悠長にしてられないか。
走るのをやめて立ち止まると自身の斜め後ろに手をかざす。
するとそこには黄金の波紋が浮かび上がり、何かの端らしきものがずるりと出てくる。
「あれは今使えませんし・・・まあ、これが限度ってとこですか。」
「鬼事はもう終わりか?」
風通しのよくなった回廊の外から声が聞こえたかと思うとペタリとその素晴らしい切り口に手がかかる。
そのままその手の持ち主がゆっくりと回廊の内部、メアの前に姿を現した。
ガリガリというよりズリズリ、ズリズリというよりズザザッズザザッとその人物が進むたびに音が出ているのだが今のところ気にするようなものではない。
「で『
黄金の帯が幾重にも男に巻き付き、身体の自由を奪っていく。
もともとこの宝具は拘束用のものではないのだがこの帯の出所と特性から、恐らくこの男には最適だろうとふんだのだ。
「・・・ほう。これはさすがの
このようなものまでお前の宝物庫にはあったのかと目を爛々と輝かせながら目の前の男は宙づりになっている。
「ええ、そうでしょうね。貴方の前では今初めて使いましたから。・・・ところで、今君が散々ぶん回してたのは僕の『
「何故わかった。」
「いや、何故わからないと思った。」
「・・・。」
心なし反省していますと言わんばかりに居心地悪そうに顔を背ける男にメアは溜息を吐く。
「まあ、いいですけどね。この身体の時はそれ使えませんし。」
じゃ、貸し一つってことでといい笑顔で続けたメアはすっと目を細めると男の方に近寄っていく。
男の方は男の方でさっきまでのハイテンションぶりは何処へやら、されるがままだ。
男の耳元まで近づいて、ぽそりと耳打ちを一つ。
「僕と取引しましょう。ヘルケ?」
ちなみにこの主人公の人格ONOFFの条件は二つ。
・メインの人格に何らかの命の危機が迫った時。
・特定の人物の顔を見た時。
更に言うと、人格の切り替え(というよりサブに切り替わるとき)によって自動で怪我が治ります。