それこそ、無駄なくらい。
キャスターの罠に引っかかっていた女神。エウリュアレは内心でかなり焦っていた。
現在彼女は先程罠にかけた二人組とともに行動を共にしている。一応情報提供と護衛という関係で。
しかし、確かに戦闘能力がほぼほぼ無い彼女にとっては渡りに船であるとともに、その申し出はこの上なく不安でもあったのだ。
これが人ならばまだやりようはいくらでもあった。
ちょっと優しくしておだててあげれば皆自ら自滅へと歩みを進めてくれるのだから。
苦しみ破滅する姿も見られるのである種彼女にとっては一石二鳥である。
けれどいま彼女の護衛を買って出ている二人は……ちらりとエウリュアレが何気ない風を装って二人を盗み見る。
自身と同じくらいの背丈の少年……彼は確かに人間だ。人間なのだ、が、なにやらその器には到底似付かわしくない何かが無理矢理詰め込まれているかのような歪さが見て取れた。と同時に先程の対応にも納得する。
(……なるほど、これじゃワタシの魅了も効かないわけね。)
どんなに無垢な子供と言っても男である。必ずしもではないが効かないわけはない、と自信を持って言える魅了も確かに本人にそんな余裕すら無いのであれば、視えていなかったのなら効かなくても仕方がないのだ。
続いて、もう片方の、これまた同じような背丈の少女。
貌や体つきはエウリュアレとはまた違っているものの完成された見事な物だ。
が、この際そんなことは置いておいて、エウリュアレとしては先程の少年よりもこちらの少女の方が恐ろしかった。
何故って、少女が神であるエウリュアレにすら
人にも見えるし神にも見える。しかし、決定的に違う何か。末恐ろしい、何か。
この少女がこちらを向くたびに、何かを話しかけてくるたびに、悪寒が止まらない。
更に言うとそのあとで否、同時に来る不可解なまでの安心感も彼女の恐怖を増長させていた。
何かこう、例えばだが、
まずい、まずい、まずい。
(たまったもんじゃないわ!!こんなのっ)
だからと言ってこの得体のしれないの2体対自身では絶対に逃れられないと思ったエウリュアレはダメもとで少年を懐柔させようかと、幾度かの思案の後にさりげなく少年に声を掛けようと、振りむこうとした。
「ねえ、エウリュアレ。」
「っつ、あ……。」
いきなり呼ばれて即座に少女の方を振り返る。
「エウリュアレには兄弟とかいるかしら?」
さりげない何の気なしに振ったらしき話題を少女は満面の笑みで振ってきた。
それに対してエウリュアレはというと先程までの思考すら抜け落ちて頭が真っ白に顔は蒼白となる。
何故なら少女の眼は笑顔の態を保っておきながら少年に何かしたら殺すぞ。と如実に物語っていたのだから。
「きょ、きょうだ……い……?」
「ええ、そうよ。ちなみに私は下に弟がいるの。メアは、一人っ子だっけ?」
「あ、はい。そうですよ。一応兄妹らしき人たちはいたみたいなんですが……知ってるのは一人だけですね。」
「ふうん?で、エウリュアレは」
「……一応、姉が一人に。妹が一人、よ。」
「あら、じゃあエウリュアレに似て美人なんでしょうね。」
「そ、そうよ!こうみえてもワタシも、
さらりと言われた一言に食い気味に答える。ついでにエッヘンと言った風に胸を張って。
と、なにを思ったのか嬉しそうにうんうんと少女が頷いて見せた。
「私の友人にも美の女神がいるけれど、うん。美の女神ならこうでなくちゃね。やっぱり神話によって違いがあれど性質は似てるっていうか、懐かしいわ。」
「……なんでしょう。とても申し訳ないんですが、エウリュアレさんはともかくその人の話は頭痛が痛いな状態になりそうです。お会いしたこともないのに不思議ですが……。」
反対に頭に両手を遣ってブンブンと振りながら少年……メアが苦渋の色を滲ませた。
「あなた酷い顔色だけれど大丈夫なの?」
先程までの企みなどは一切抜きにしてエウリュアレはメアに視線を向ける。
別に本気で心配しているわけではない。訳ではないが何故か気になる。恐らく自分にそういった意味で興味を持たなかった彼に何か気になるところでもあるのだろうと他人事のように考えてそのまま考えることを放棄するが、その彼女の顔はそんな内心とは裏腹に美の女神としての取り繕ったものではなく、年相応の少女の様な心配の面持ちであった。
「はい、
まるで声の上からノイズを被せたかのようにも、音声を多重に被せているかのようにも聞こえるその声に思わずエウリュアレも、そしてキャスターもぎょっとしてその場に立ち止まる。
「ど
「あ、貴方っそれ……。」
「それ?」
どうやらメアは本当に自身に起こっているであろう変化に気付いていないらしく、可愛らしい仕草で小首を傾げた。彼の身に起きた変化……片目のみが紅玉の如き赫を称えていることなど本当にわかっていない様子だった。
が、であったばかりと言えど打ち解けてきていたエウリュアレと、何故かどことなく訳知り顔のキャスターさえも「なんでもない」といって移動速度を速める。
特にキャスターに関してはその憂いを濃くして、ただただ安全地帯へとその足を動かした。
◇ ◆ ◇
「はっ」
ギャイン ザシュッ
幾度目かの敵との遭遇をこれまた勝利で飾り最後にブンッと刀を振って鞘に収納し、やっとメアが息を吐いた。
「ふう……それにしてもこう何度も敵対行動をとるモノが現れるという事はもしかしてこの土地にゆかりのあるモノが僕らと敵対する意思があるという事でしょうか……。」
「……それはちょっと早計ね。エウリュアレの話を聞く限り彼女を追っていたのは服装も何もかもバラバラな一隻の船だったようだし。……あまり考えたくはないけれど、もしかしたらこういったものを召喚可能なキャスターか特殊クラスのサーヴァントが召喚されているのかも……。」
「どちらかと言えばそっちの方が可能性ありそうね。なんせ、こうして何故か何の力もない神霊であるこのワタシがサーヴァントとして現界させられているんだから。でも、牙竜兵、ね。心当たりは……あまり考えたくはないけれど神霊なら同じギリシャ神話のヘカテーかしら。……いえ、でも彼女ならこんなどんくさい手段とったりなんてしないわよねえ……。」
三者三様に考え込むような仕草をして黙り込む。
と、突然メアがうめき声をあげてその場にしゃがみ込んだ。
「づぅっ……う゛……。」
「「メア!?」」
慌てて駆け寄る二人に片手で先程変色していた瞳の方を覆って、もう片方の手で二人を制止し、微笑んで見せる。が、いくら穏やかに微笑んだところでその顔色は既に紙の様に白く、隠しきることはもちろん出来なかった。
よく見てみると抑えているほうの眼のあたりからジュウッという何かが焼けるような音とともに煙が上がっていた。
「だ、大丈夫。慣れてますから。」
「な、慣れてるって……。」
「フラフラじゃない!全然大丈夫じゃないわよ!!」
どうみてもやせ我慢だ。顔を見合わせた二人は頷きあった後に伴場強制的にメアを引き摺るかのように近場の、都合よくあった洞窟に避難した。少しでも時間稼ぎが出来ればという一心で。
三人は
◇ ◆ ◇
そこは、つつましくも確かに楽園だった。
少なくとも彼女たちにとってはこれ以上ないくらいの充足の場所だったのだ。
かつて人から捧げられた供物も、求める声もない。
女神としての意義は着実に放棄されていった。
けれど、それでも確かに彼女たちは、彼女は笑っていた。
姉妹さえいればよかった。姉妹だけいればよかった。
自身らを貶めた神に思うところがないわけではないが、別にさして気にすることではない。
人間たちのそれなど論外も良いところである。
正直どうでもいい。
けれど、一体どこで間違えたのだろう。
妹に人の血の味を覚えさせたとき?
この島に初めて人間を招き入れたとき?
解らない。分からない。
でも、もしも叶うのならもう一度……。
―――
――
ぼんやりとした視界が映し出したのは薄暗い石壁だった。
覚醒したての頭はやはりというかうまく働かないがそのままメアは起き上がる。
「気が付いたの?」
すぐ横には心配そうな面持ちのエウリュアレがこちらを見ていた。
よく見れば手を握ってくれていたらしい。恐らく魔力の調整をしてくれたのだろう。と推測を立てる。
「あ、りがとう。ござい、ます。ここは……?」
ダイジョブそうね。といってペイッと放るかのように手を放すとその場に座りなおしてエウリュアレが続ける。
「ここは
「……。」
いまいち思い出せないメアは眉間に皺を寄せて深く考えこもうとしてエウリュアレに制止される。
「別に無理に思い出さなくてもいいわよ。それより戦闘の準備をした方がいいかもしれないわ。奴ら、もうここを嗅ぎつけてきたみたいだし。」
今は此処の番人とあの子が対戦してるみたいだけど……。とこともなげにというか若干投げやりな態度で言うエウリュアレにメアは純粋な疑問が浮かび、即座にそれを口に出した。
「……どうして、エウリュアレさんは僕を優先してくれたんですか?」
どうして、と疑問を投げかけるとふと脳裏に思い浮かぶには短い時間ではあったが共に過ごした、助けられなかった少女が思い浮かぶ。たぶん、彼女が自分に対して問いかけた時もこんな気持ちになったのだろうか?と身勝手にも思いながら。
「どうしてって、貴方が気になるからよ?」
はて、そんな大それた行動したかと真面目に思案しているメアに何故か安堵の溜息を吐きつつ「なんてね。」と目の前の女神は不遜に微笑んだ。
「英雄どころか人としても半人前も良いところな貴方は、例え将来性を鑑みても現在はそんなに魅力は無いわね。皆無とは言わないけれど。」
中々に辛辣だが事実なだけに反論せずにメアは沈んだ面持ちで次の言葉を待つ。
「でも。」ポツリと零れるかのような繋ぎの言葉にメアが顔を上げる。と、普段の小悪魔的な女神然とした笑顔ではなく穏やかな、もっと近しいものに向けるかのような柔らかな笑顔がメアの視界に映った。
不意に、心臓が跳ねる。
「その分不相応なやせ我慢は目を見張るモノがあるわ。……例え
精々頑張りなさい。と言ってエウリュアレが立ち上がる。
釣られるようにメアも立ち上がるとエウリュアレと目が合う。
変わらず笑顔を向けてくるがその表情は更に変化しており懐かしさと何処か悲哀を感じさせるソレが混ぜ込まれているかのようなものへと変貌していた。
そこで潔くメアは気付く。
彼女が見ているのは自分ではなく、自分を通した遥か彼方。
恐らくは既に失われてしまったであろう一時の幸福を見ているのだと。
「―――はい。」
だから、メアは何も言わなかった。
言ったが最後、どんな言葉を掛けようと彼女の中の自分の価値はそこで止まってしまうのだとわかってしまったから。
彼女の隣に立つどころか共に在ることすらできはしないのだと、わかってしまったから。
そこにわずかに芽生えたそれすら名前がわかる前に踏み潰して。
所詮、そんな血迷った感情など持っていても何の得もないのだから、と。
―――こうして、獲得するはずだったそれを■■は
◇ ◆ ◇
同刻、カルデア某所。
先程まで閉じていた目を開いて、男……アメンヘルケプシェフは目を細めた。
「……そうか、貴様は例えどう変わろうともそうなるのだな。……我としてはうれしい反面……なんだか、とても、悲しいのだ。友よ。」
物事はどんなに綿密に進めようとうまく進まんものだな。と独り言ちる彼は自身の来ているアオザイ……基、式服の袖を捲り上げる。
「……全くもって折角こうして来たというにこの体たらくではあやつにも我にも面目が立たぬ。何より我が許せぬ。予定を変更して少々強引にでも加勢に行くか……?」
式服に包まれていた腕の部分にはびっしりと何か帯の様な繊細な模様が刻印されていた。
「それとも、このまま
何やら不穏な言動を残して、彼はその部屋を後にした。
シャラリシャラリと何処ともなく美しい金属の音色を響かせながら。
ちょっとしたことで初恋に落ちて、ちょっとしたことで失恋する。
二度目からはその分慎重になる。
そんな臆病な感じが割と好きだったり……(書けるとはry