バカは異世界で何を為す   作:2×3=

10 / 14
お待たせしました。第十話です。


第10話

 ✒ ✒✒✒

 

 所変わって。

 文月学園一年Fクラス教室内。

 

「は…………?」

 

 坂本雄二、木下秀吉、土屋康太の三名は、突如明久が消えるという事態に、時を忘れて

しまったかのように固まっていた。

 

 

「お、おい明久!?」

 

 真っ先に我に返ったのは、雄二であった。焦りを面に出すことは珍しい彼が、狼狽して

いるが無理もない。事実を額面通りに受け止めるならば、此度のことは非常識の類でも最

上級に位置するほどのものだ。

 彼に遅れて、康太が素早く視線を左右に飛ばす。が、変わった点は見受けられないよう

である。困惑した面持ちで、警戒を続けている。

 

「何が…………起きている?」

 

 不安を振り払うように、しかし益体もないことを康太が呟く。

 それに「分からねぇ」と、放心したまま返すは、雄二。

 

「嫌な予感がするのじゃ……」

 他二人にだいぶ遅れて反応を示した秀吉の第一声は、この場にいる皆が感じていること

だった。

 彼の言葉を脳が咀嚼して、漸く事実を受け止める。そして、各々が思考を開始する。

 

 暫くして。

 やはりと言うべきか、糸口を見つけたのは雄二であった。

 

「考えられるとしたら試験召喚獣絡みだが……」

 人一人が急にいなくなるなんてありえるのか。

 彼自身納得いかないのか、そう自問自答している。

 

 そもそも彼らは一年生。試験召喚システムに触れたことのないの雄二のその推理は、憶

測の域を出ないものだ。

 が、他に妙案があるわけでもない。

 

「システムの陣頭指揮を執っている学園長ならあるいは、何か知っているかもしれない」

「わしらにできることは、学園長に聞きに行くことだけというわけじゃな」

「……早急に確認に向かうべき」

 

 駄目で元々。

 とにかく動かなければどうかしてしまいそうになる焦燥が、心に重しとなってのしかか

るような心地を覚えながら。一行は自らの所属する教室を後にした。

 

 

 ノック一つ。

「失礼します」

 

「誰だい? ノックをしたら返事があるまで開けちゃいけないって知らないのかい?」

 

 静かに、されど猛烈な勢いでキーを叩いていた手を一旦止め、作法に則らずに入室して

きた三人の顔を覗きこむ。

 

「申し訳ありません。ですが、なにぶん急いでいたものでして」

 二人より一歩前に出て、秀吉が応じる。友人をよく知るからこそ、目上の者との対応は

自分がした方が良いと判断したのだろう。二人、特に雄二は礼儀に欠けているところがあ

る。

 

「急いでる時こそ、そういうことには余計気を配った方が良いものさね。――で、何の用

だい? あたしゃ見ての通り忙しいんだ。手早く済ましな」

 乱雑に書きなぐられた紙を数枚(つま)んで、見せつけるようにしながら顎を僅かに持ち上げ

る。

 

「実は――「待て、秀吉」――なんじゃ、雄二?」

 急いだ方が良いのは、こちらも同じであるだろうに。そう言いたそうな秀吉の横に並び

立ち、さらに一歩前に出る雄二。ここからは、俺が代わるというのだろう。友人の意図を

汲んだ秀吉が「お主がそう言うのであれば」と言って、下がる。

 

「ありがとな、秀吉。――さて、学園長。随分とお忙しいようですが……近々イベントで

も?」

 

 文化祭たる清涼祭は一学期に終わっているし、体育祭も先日済んだばかりだ。修学旅行

等の行事にここの学園長が関わることがないのは、有名な話である。

 つまり、ぶっちゃけて言えば皮肉を突きつけているのだ。慇懃無礼な態度をとりつつ。

 それが分かっているから、相手も鼻を鳴らす。

 

「――ふん、嫌なガキさね。言ってみな」

「どっちが。……一年C組の吉井明久が消えたことと関係あるんじゃないか?」

 

 直球勝負。

 

「……その場に居合わせていたようだね、どうやら」

 頬杖をついて、暫し瞑目し、

「その認識で間違いないさね」

 ――肯定した。

 

 深く、息を吐き出し。

「どう、なっている?」

 眉をほぐしながら雄二は問いかけた。

 

 

 引出しを開け、取り出したリモコンを操作する。アラーム音が鳴ったかと思えば、どこ

からかノイズが漏れる。

 

「ったく、しつこい奴だね」

 

 康太が目を見開く。彼の視線の先には、本棚。注意深く見れば鈍く光る機器の存在が、

認知できる。

 

「隠しカメラ? いや、それよりも……」

 雄二が康太を見遣る。康太は、同意するでもなく視線を一点に注いでいた。学園長の持

つリモコンに。

 学園長は、生徒の動揺に一顧だにせず、また別のリモコンを(いじく)る。

 ブラインドがゆったりと下降し、扉が施錠される。それだけではない。ドアの前に防火

扉のような薄い金属板が降りてきた。

 外から室内を窺うことは、不可能な状態。学園長室ということを考慮しても少々行き過

ぎた防犯レベルの高さである。

 

 一高校生がお目に掛かれないような光景を目の前に差し出されて、目を丸くするだけの

三人を一瞥すると、漸く学園長は核心に触れた。

「先に断っておくけど、こちらにも想定外の部分はあった。ま、言い訳ととってもらって

も構わないがね」

 これを見な。そう言って、三つ目のリモコンを手にする。思わず身構える三人だった

が、何のことはない。プロジェクターが降りてきただけであった。

 拍子抜けする彼らを視界に収め、意地の悪い笑みを浮かべると、学園長は手元のパソコ

ンを滑らかに奏でた。

 すぐに、映像が映し出される。

 

「明久!?」

 

 スクリーン(そこ)には、丸々とした黄色い生き物に襲われる親友の姿が、あった。鬱蒼と表現

して差し支えないほど植物の生い茂った森を背景にして。

 

「おい、康太。あんな場所近くにあったか!?」

 

 地理に明るい友人の返答は芳しくない。力なく首を横に振る康太に、残る二人もこの辺

りの光景ではないのだろう、と確信する。

 

「だとすれば、一体どこにあいつはいるんだ……」

 そもそも、あれはなんだ? 見たことも聞いたこともない生物に、三人とも国内にいる

ことを疑い始める。

 そんな時だった。

 

「知ってる訳ないさね。なんせ、この地球(ほし)に存在しない場所だからね」

 

 耳を疑うような発言が、学園長の口からもたらされたのは。

 

「どういう意味なのじゃ……?」

「そのままさ。今、現時点で吉井明久という一個体は地球上に存在しない」

 驚きのあまり素で聞き返す秀吉に、淡々と解を与える。

 

「じゃあ、なんだ? どっか他の惑星にでも行ったっていうのか!?」

 

 しかし、あまりにも要領を得ない話だ。雄二が吼えるのも無理はない。

 

「その星じゃ、無いんだけどねぇ……。まぁ、とにかく会うことは出来ないと思ってもら

うよ」

「あんたは明久のいる場所に見当がついてるが、行くことは出来ないと。連絡手段はある

のか?」

「電波が届かないだろうことは、薄々気付いているのだろう? そういうことだ」

「あいつをこっちに戻す方法は?」

「ない」

「ないない尽くし、か」

「想定外の因子が複雑に絡まりあって起きた、偶発的な事態さね。用意なんてものは、期

待しないでもらいたいね」

 

 頭を左右に振って俯いた――直後、顔を跳ね上げた。何かに気付いたようである。

「何で、モニターに映せるんだ?」

「元々、吉井は観察処分者。その召喚獣の仕様も特殊なものだ。それを観察するためにシ

ステムに観測を命じていたんだよ。繋がったことには私も驚いたがね」

 

 雄二の鋭い切り込みに、秀吉と康太も学園長の言い分に違和感を感じた。学園長は、モ

ニターを起動するとき、これを見てもらった方が早いと言わんばかりの態度であった。

 淀みなく返答するところは、さすがに長年の功であるが、苦しい言い訳だった。

 抗議しようとする二人を目で宥めて、雄二は一つの提案を持ちかけた。

 

 

 

 † †

 

 

 

 いくつものロッカーが同時に倒れたような、そんな轟音とともに吹き飛ぶ扉。

 もうもうとたちこめる土煙が晴れると、モンスターたちが余波を受けて倒れていた。

 部屋の前で待機しているかもしれないという予想は当たったようだ。

 

 追いたくとも立つことさえままならないモンスターたちの怨嗟の声を背に、僕らはその

階層を後にする。

 階段を下りると、ちょっとした広場に出た。

 チラッと脇に目を向ける。階段があるにはあるが、モンスターが三体ほどたむろしてい

る。狭い空間内で相手をするには危険極まりない。

 吹き抜けの上階に当たる場所に僕らはいるが、そこまで高度はない。

 

「木下さん! 跳べる!?」

「……いけるわ!」

「オッケー。それじゃ、試験召喚(サモン)!」

 

 召喚のキーワードを口にしながら僕も跳ぶ。――って、あれ!? 相棒が既に下にいる!?

 今までにない事例に驚くも、着地し向かってくるゾンビに木刀を叩き込ませる。ゾンビ

が地面にめり込むと同時に、僕の横に木下さんが華麗に着地を決める。

(す、すごい)

 舞い降りたという表現がぴったりな彼女の飛び降りに、心中で称賛しつつ。

 

「今のは!?」

「分からない!」

 

 やはり木下さんも疑問に感じたようだ。僕が、相棒を自分から離れたところ(・・・・・・・・・・)に召喚した

ことに。

(確かに、下階に召喚できた方が楽だな、とは思ったけれども)

 そこまで距離があったわけではない。せいぜい二メートルだろう。

 

試験召喚(サモン)

 涼やかな声。木下さんの召喚獣は、やっぱりというか、彼女のすぐ傍に現れた。

(僕だけ、なのだろうか)

 

 召還し、喚び戻す。今度は、はっきりと意識して。

「っ――!」

 

 結果は、可。

(これは…………大きい)

 

 召喚獣の小柄なサイズを考慮しても、三歩分ほどはリーチのアドバンテージを持ってい

る計算になる。その利は計り知れない。

 観察処分者故にか、マナエネルギーに因るものか。はたまた別の何かか。

 要因定かでない新発見に沸くも、今の状況では喜んでられる余裕もない。

 

 一本道を駆け抜ける。

 扉が見えてくる。その前に、一体のモンスター。

 不意に、アラートが意識の深淵で発せられた。

 周囲を確認するより先に、その場を離れると、岩が落ちてきた。

 

(やっぱり。そう(・・)なのか?)

 隙だらけのボディに突きを放ち、悶絶させる。もう、障害はない。

 

「ねぇ。何で吉井君は、魔法が来るタイミングが分かるの?」

 結構な距離を進んできてるというのに、呼吸をほとんど乱さずに木下さんは僕に問いか

ける。

 何度か経験した場面。それに共通していたこと――

「僕は、魔法による攻撃が来る直前になると、何かが囁きかけてくるんだ。まるで危険を

訴えるかのように」

 あやふや過ぎて自分でもよく分からないもの。他人には、説明しようのないものである

が、あれのおかげで幾度も助けられている。

 

「私には、ないわね。その感覚は。けど、きっとそれはあなたの召喚獣のマナエネルギー

が関係していそうね」

「うん、僕もそう思う」

 

 答えて、一度周りを警戒する。

 安全を確認した僕らは、ペースを駆け足から歩みへシフトし、扉を押す。

 

 空気が変わった。

 

 

「あれだけ騒がれれば、鼠でも鬱陶しいものだ」

 

 ゆったりとしたリズムで靴音を響かせながら、一歩一歩寄ってくる人影。

 影の主と、視線がかち合う。

 

「さて、ここまでどうやって来た?」

 

 あぁ、蛇に睨まれた蛙とは、このようなことなのだろう。静かでありながら、(おそれ)を抱か

せる底知れぬプレッシャーに身体が言うことを聞かない。

(くっ、動け、動け、動けっ――!)

 本能が、全力で逃げろと警鐘を鳴らす。タナトス(こいつ)は……掛け値なしにヤバい!

 

「良いことを教えてやろう」

 歩みは止まらない。

「お前たち以外にも侵入者が居てな。友達を助けるとか息巻いていたから、お友達と対面

させてやったらあっさりと罠にかかりおったよ。ククッ、あれは傑作だった。お前もその

クチか? ん?」

 

 ……なんだって?

 

「パメラにディラックだったか? こんな抜け殻でしかない奴ら、取り戻したところで意

味が無いだろうに。――ほう、もう動けるのか。大したものだ」

 

 見知らぬ二人の人物が、唐突にタナトスの両脇に現れる。両人とも、瞳孔に理性を宿し

た光が見受けられない。

 この人たちはプリムの大切な人にちがいない。

 

 こいつはッ!!

 こいつだけは…………許さないッ!!

 

 

「なに!?」

 

 唸りを上げる大気。くそっ、避けられた!

 

 Fクラス 吉井明久  世界史 88点  1/3  マナエネルギー 1

 

 発見したばかりの離地召喚のおかげで、完璧に間合いに入り込めた。が、相手が木刀の

圏内から逃げる方が速かった。

 ただそれだけの行為に、冷静さを欠いた頭でも思い知らされる。

 格が違う、と。

 

 召喚獣のことを知らない相手。完全に、こちらに有利な状況だった。

 手の内は、ばれた。こちらの全力を測られた。次は、僕が圧倒的に不利だ。

 

「面白い魔法だな。どれ、死合おうか」

 

 濃密な殺気。それに空気が悲鳴を上げた時だった。けたたましい音が響き渡ったのは。

 今だ――!

 僕自身も駆ける。武器がないなら、そう簡単にやられてやるつもりはない。奴に近づき

相棒を死角に再召喚する。

 召喚獣から離れる方向へとタナトスが飛ぶ。それより速くそちらに向かって駆け出して

いた僕は、渾身の蹴りを叩き込んだ。

 

 空を切る感覚。またも外し、バランスを乱して倒れそうになる身体を足先に集中した力

だけで何とかを保つ。

 

「存外しぶといようだ」

 部屋の中央部。一段と高い場所にぽっかりと開いた穴に顔を向けて、こぼすタナトス。

 

 木下さんに囁く。

「プリムたち、あの下で何かと戦っているみたいだ。タナトスは僕がくい止める。プリム

たちを頼んだ」

 返事も訊かずに、召喚獣を走らせる。

 

「吉井君!? ――――っ、もう! また倒れないでよね!」

 未練を残すような表情を覗かせ、けれどすぐに強い意思を瞳に乗せる。激励を僕に投

げ、彼女は祭壇のような場に走っていき躊躇なく跳び下りた。

 

「良いのかね? 君は、独り寂しく死ぬことになるぞ。あちらに行った女とて、一人加

わっただけでは何ともなるまい」

 この遺跡に足を踏み入れた時点で、死という運命からは逃れられないのだ。

 そう、奴は言った。けれども――

「いいや、回避してみせるさ。僕も、彼女も!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。