バカは異世界で何を為す   作:2×3=

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少し長いかもですが、13話どうぞ!


第13話

 パンドーラの古代遺跡での出来事から一週間が経過した。

 同郷の連れの失跡に見舞われた私を、慰安するかのような振る舞いをしなかった三人に

(いた)く感謝している。彼らのおかげで、私は希望を胸に前を向いていられる。

 つい先日までの私。いや、私たち二人の目的は元の世界への帰還にあった。だが、吉井

君がこの世界のどこかで生存している確率を考えたら、少し修正を施さねばなるまい。あ

くまで、そろっての帰郷が前提であるからだ。

 とはいえ、そのための鍵がマナにあることは変わらない。そして、ランディたちの旅は

聖剣を、それが本来内包する力を取り戻していくことにある。

 

 ――その剣は世の平定を取り戻すために真の姿、力を明らかにするという――

 

 神話の一節。それに(なぞら)えれば、今現在この世界は、平穏とはほど遠い位置にあることを

示している。

 ランディには、聖剣を抜いた者として失われた剣の力を取り戻す使命がある。以前、

ジェマがそう言ったようだ。抜いた者にしか、それは為せないとも。

 若く、ポトス村より出たことのなかったランディは、世界を知らない。それは、この場

にいる全員の共通項だ。私に関しては言うに及ばず、だ。

 しかし、プリムは知っている。彼女もまた、パンドーラ以外を見たことはないが、大臣

である父親のエルマンから「マナが急速に失われつつある」という話を聞いていた。この

情報を全員が共有して、出した結論は「世界を見に行こう」――それに集約された。

 こうして、私は三人と旅を共にすることになった。

 

 

『た、たいへんじゃ! 何者かに水の種子が盗まれてしもうた!』

 ランディを呼ぶ声に、水の神殿に向かった私たちを前にして、二百年もの長きにわたる

歳月世界を見守ってきたルサ=ルカは、非常に慌てた様子でそう捲し立てた。

 なんでも、ウンディーネの結界が弱まったときに誰かが忍び込んだ可能性が高いとのこ

とだが、その手口は帝国のそれとは似ても似つかぬものだったらしい。

 神殿の守護者として膨大な年月を種子とともにあった彼女には種子の場所が分かるよう

で、それで私たちが赴いているというわけである。

 ガイアのヘソの、さらに奥。

 とはいえ、武器を鍛えるためにドワーフの村に行く用があったため、目的地は一致す

る。

 

 

「ふぅ」

 明るさを取り戻した視界に少しくらくらしながら、一息つく。

 水の神殿側から妖魔の森に入り、たった今抜けたところに私たちはいる。常に(もや)がか

かったような暗がりにいて、知らず神経を尖らせていたようだ。

 

 前方を行くランディが、進路を阻む草花を剣で刈りつつ口を開く。

「ワッツ、元気かな?」

「ワッツ?」

 私は、聖剣に連なる剣のあんまりな扱いに、現実こんなもんなのかしらなどと思いつつ

聞き返す。

 

「ドワーフの村にいる凄腕の鍛冶師なんだ」

 

 私が適当に相槌を打つ間にも、会話は続く。

 それをなんとなしに聞きながら、私は別のことを考えていた。

(ぶき。武器、かあ。私自身も使えた方が良いんだろうけど……)

 

 召喚獣の表記。もし吉井君と同じならば、一度点数を失ってしまえば私は戦力外とな

る。そして、それは身を守る手立てを失うのと同義である。

 しかし、いくら運動神経に多少覚えがあるとはいえ、私は女子だ。それに、秀でている

と一口に言っても、それは一般女子の範疇に収まる程度である。金属の塊を振り回せ、と

いうのはどだい無理な話。

 

「どうしたの、ユウコ?」

「ん~ん、何でもないわ」

 

 うんうん唸ってたせいか、いらぬ心配を掛けたようだ。

 

「後、どれくらいかかるのかしら」

「もう少し。休養はしっかり取ったわけだし、日が暮れるまでには着くはず」

「とはいえ、安全マージンは充分に取りながら……」

「分かってるわ、ランディ。そうだ! 緊張感を保つためにも、この四人での動きを確認

しながら行きましょう」

「さんせ~い!」

 

 紅一点で引っ張り役のプリム、心配性でありながらいざというときは頼りがいを存分に

発揮するランディ、元気の有り余ったお調子者ポポイ。見てて羨ましくなるほどに、この

三人の関係は完成されている。

 文月では経験することのなかった、人工の物が全く存在しない自然にありながら。打て

ば響く、そんな小気味の良い掛け合いをBGMに私たちは歩を進めた。

 

 

 照り付ける日差しが幾分か柔らかくなった。そう思ったとき、視界が開けた。前も通っ

たことのある道だ。高低差があるこの広場は、とても見晴らしが良い。今日のように天気

が良いと、下方を流れる小川はその透明度を一層に見せつけ、見上げた時の雲一つない青

空とのコントラストを楽しませてくれる。

 こういう雅な趣は贅沢で、どことなく勿体ないなんて思っていたが、いざ目の前に広げ

られればそんな考えは吹き飛んでいく。

 至福のひと時を全身で味わう。

 

「早く行こうよ~」

 急かすポポイに「ごめんごめん」と詫び、意識を切り替える。

 清水がさらさらと、流れる光景を目の前に、

(濡れたくないなぁ。というよりいい加減、機能性に富んでそれでいて見目の良い服装に

着替えたいものね)

 打って変わって、風流のない、しかし女の子にとっては死活問題たる服飾に思いを馳せ

る。

 世の中きれいごとばかりで溢れているわけではないのである。

 

「ユウコ、また考え事?」

「あ~、服が濡れちゃうね、って考えてたところ」

「確かに。ここに来る度、毎回思うのよね」

 

 プリムが、分かる分かる、と相槌を打つ。というより、いつも思うのだけど、男の子は

そういうの気にかけない人が多過ぎる気がする。現に、ランディやポポイは私たちの会話

に全く理解を示していない。

(いや、ポポイが男の子なのかは分からないけど)

 

 って、あれ? 私、ポポイの性別知らない。

「(ねぇ、プリム。ポポイって、男の子? それとも、もしかして女の子だったり?)」

「(…………う~ん。どっちだろうね?)」

 

 気になり始めたら、そればかり考えるものだ。思わずプリムに小声で尋ねるも、驚くこ

とに彼女も知らないようであった。

 それでいいのか、と突っ込むより早く。

 

「ねぇ、ポポイ! 君って、男の子? 女の子?」

 

 本人に真相を問うてしまった。

(って、プリム! いくらなんでも、行動に移すのが速すぎるよ!)

 

 道理で、吉井君と打ち解けるのも早いわけだ。まあ、それだけじゃないだろうが。

 

「んぅ? 何言ってるのさ。オイラは妖精の一族だから、性別ないぞ」

「えっ!?」

 

 驚愕の事実。

「あ~、そうだったね。忘れてたよ」

「もう! しっかりしてくれよな、プリムねーちゃん」

「知ってたんじゃん!?」

 

 事情を聞けば、ノームの力を得た時に記憶の一部が、戻ったらしい。

 

 女の子としては豪快に笑い飛ばすプリムに、私の周りには居なかったサッパリとした人

ね、なんて思いつつ。

「さて。そろそろ行きましょ」

「ええ、そうね」

 

 気は進まないが、先に進むとしましょう。ささやかな反抗ではないけれど、靴下だけで

も脱いで、片足をそっと水に浸ける。

 蜂のモンスター、ビービーがこちらを敵対存在と認識する前に、流水の冷たい抵抗に足

をとられながら先を急ぐ。

 

「こっちよ、ユウコ」

 プリムが二つの内、小さい入口の穴を指す。

「前までは行商のニキータさんがいるだけで、行き止まりだったんだけどね。村までの近

道が開通したのよ。楽なことに降りるだけの一本道がね」

 帰りは、うんざりするくらいの上りになっちゃうけど。

 そう補足して、天然の岩戸の内へと入っていく。三人に遅れないよう、ぽっかりと開い

た洞穴に身をくぐらせた。

 

 彼女の言う通り、下を覗きこんだら表情が引き攣ってしまうような長い石段を一段ずつ

踏みしめ、降りていく。

 下り始めて三分も経つと、張り付くような暑さを身に感じ始めていた。

 

 

 ようやっと広い空間に出る。これで足を踏み外す心配はない。そう安堵して、周りを見

渡せば、近くに人がいた。

 

「よう、いらっしゃい。今日は何を鍛えに?」

「ああ、そのことで来たんだけど……そっちは、また後でもいいかな」

「そうかい。……ああ! もしかして、あれ(・・)で来たのか?」

「ええまぁ、おそらく想像している通りのことで」

 

 よくよく見れば、人の家である。そして、ランディとの会話から察するに。

「ワッツさん、でしょうか?」

「お、初めて見る顔だ。そう、俺はワッツ。ドワーフ一の鍛冶師たぁ、俺のことよ」

「初めまして。お噂は(かね)てよりお伺いしております。私のことは、優子とでも呼んで下さ

い」

 

 最初から名前呼びなのは、こっちの人は木下という音が発音しづらそうだからだ。プリ

ム達皆も言っていたから、そうなのだろう。

 

(それにしても…………)

 個人住居に坑道を繋ぐその発想に、若干価値観の違いを感じるが、それ以上に。

 なんで、マグマじみたものが湧いてるのよ!

 思いっきり言及したいところだが、所詮真夏のような暑さを呈しているだけで、サウナ

のごとき熱空間にならないのは何故という疑問が首をもたげたのでそちらは後に回す。

 

 

「おお、いつぞやの!」

 立派な髭をたくわえた老ドワーフが室内に入ってくる。

「見てもらいたいものがあるんじゃ」

 言うが否や、ついて来てくれと部屋を後にする御仁。追うように村を移動すると、そこ

にあってひとり異彩な雰囲気を放つ人物が待っていた。

「来たか。――! 優子さんも、同伴していたか。…………明久君は、一緒じゃないの

か?」

 ジェマである。

 

「アキは――」そう口を開きかけたプリムを制して、私が答える。

「吉井君は、別行動を取っています」

「ふむ……分からんな。その行動には、デメリットしかあるまい」

「……彼は、お人好しなので。折が合わなかった。そういうことです」

 冷たく言い放つ。そっけない態度に見えるような所作とともに。

 真偽を量るような視線をこちらに寄越すジェマ。彼の顔に浮かぶ表情が乏しくなると同

時に、内に秘められた存在感が主張を始める。

 ま、当然疑うでしょうね。いくら前回のやりとりで、私が吉井君に意見を言わせなかっ

た場面に立ち会っていたとはいえども。

 

 さて、どうしたものかしら。紡がれた言葉は、還らない。訂正の利かない言葉を選んで

しまったことに後悔しつつも頭を悩ませていると、思わぬところから援護射撃が入った。

「今、居ない人の話は後にしましょう。ジェマも、水の種子を盗まれた件で来たの?」

 プリムだ。相変わらず場の空気に敏感だ。内心でお礼を言う。

 

「ああ、そうだ。種子を盗んだ奴らはこの下だ」

 奴ら、次は地底神殿の種子も狙いに来るつもりなのだろう。村の広場に、場違いに開い

た大きな穴を指しジェマはそのように続ける。吉井君についての追究の手を伸ばすのは諦

めたようだ。ほっ、急場は凌げたようね。

 

 安堵している間に、ジェマが提案という名の命令を投げる。

「地底神殿の方は、私が引き受けた。お前たちはそっと下の様子を探ってきてくれ。いい

か、決してムチャをするんじゃないぞ! どんな敵か全く分からんのだからな」

 まったく。少し強引じゃないかしら。

 

 

「でも、これって上がってくるのに道具が必要じゃない?」

「それなら、心配せずとも良い」

 

 ふとした疑問に答えたのは、先ほどの老人――この村の村長であるらしい――であっ

た。何か手段が、あるのかしら。

 ランディが、説明を促す。

「村長さん、それどういうこと?」

「うむ。ドワーフの村に伝えられしアイテムに、『魔法のロープ』なるものがある。それ

は、隣接するゾーンとの境界に今いる場所から即座に移動できるという恐るべき効果を秘

めたものでな」

 

 それって、とんでもない物なんじゃ……

 

「そんなスゴイもの、余所の私たちに渡しちゃっていいの?」

「なに。村を守ってくれた恩人に使われるなら、『魔法のロープ』も喜ぶことじゃろう」

 

「ただのぉ、一つ問題があって……」

 ニッコリと笑った顔に困惑の表情がブレンドされる。

「この洞窟のどこかに保管してあるという記述は残っているのじゃが、肝心の場所が謎な

んじゃよ」

「なんだよ~、それじゃ探さなきゃいけないじゃんか」

 

 ごねるポポイを宥め、『ロープ』に関するさらなる情報を求める。

「まぁまぁ、そう言わずに。……範囲とか、決まってますか?」

「うん? そちらのお嬢さんは初めてじゃな」

「えぇ、優子と申します。ここには、ルサ=ルカさんの頼みを受けて、来ました」

「ほうほう、道理で! 大したおもてなしも出来んが、ゆるりとしていって下され。し

て、質問されたんだったの。それを著したご先祖様は脚が悪かったとの記録が残ってお

る。そう遠くには置いてないであろう」

「そうですか。貴重な情報ありがとうございます」

「そいじゃ、行こうぜ、みんな!」

「ったく、調子が良いのは変わらんて」

「あはは」

 

 水を得た魚のような。そんなポポイの変わり身に、小さく笑いが起こる。

 

「おう、どうした? 皆して笑って」

「ワッツか。いやなに、ポポイの口の移ろいの速さに対して、の」

「はっは、そら今更だな、村長。ほれ、ランディ。頼まれてたの、出来たぜ」

 

 先ほど預けた三つの武器が手渡される。鍛えた際の熱をまだ持ってそうなそれらは、そ

の手のことに詳しくない私にも確かな力が感じ取れた。

 

「どうだ、中々の出来だろ?」

「はい。いつもありがとうございます!」

「金受け取って、いい経験させてもらってんだ。そんなに畏まるなよ」

 

 剣、槍、弓をしまうランディ。脇から見えたそれに、

「ねぇ、ランディ。それって、鞭?」

「え? あ、これ? そうだけど」

「なになに、鞭に興味あるの?」

 

(これなら、重さもそこまでなさそうだし……悪くないんじゃ)

 興味を引かれた。

 

 

 村の入り口で待機していた三人と合流する。

 

「どうだった?」

「う~ん、そうね。こればっかりはやってみないと、実際のところ肌に合うかは分からな

いから、何とも言えないわ」

 鞭を持った手を軽く上げる。

 

「でしょうね」

「けど」

「?」

「まず、やってみる。何事もそうだと思うから」

「……その通りね! よし! 暫くの間、それ貸すわ」

「良いの?」

「別に、一緒に行動してるわけだしね。二人も、良いでしょ」

「そうだね。手に馴染ませるには、いつも握ってた方が良いしね」

「問題、な~し!」

 

 二人も賛同に回る。せっかくの機会である、甘受させてもらおう。

「それなら、お言葉に甘えて使わせてもらうわね。ありがとね」

「良いって、そんな。あたしたち仲間じゃん」

 

 当然といったような口調。今さら遠慮ばっかりしてんじゃないの。そんな響きさえ込め

られている。

 嬉しい。素直に、そう思う。

 だから(・・・)、唇を噛みしめる。

「――っ! そうね」

「それじゃあ」

「探索と洒落込みましょうか!」

『おぅ!!』

 

 

「思う存分振るっていいよ。フォローは、任せなさい」

 

 緊張に強張っていた身体を見透かされたのだろう、声援、激励。そういった類のものを

掛けられる。それに頷き、構える。

 相対するは、斧を持った怪物――ゴブリンである。

 そいつは、警戒区域までこちらが足を踏み込んでいないからか、呑気に鼻提灯まで膨ら

まして惰眠を貪っている。

(この場合、どっちが良いかしら)

 考えているのは、確実性重視かダメージに重きを置くか。

 鞭というのは、先端で嬲るほど痛痒を与えるものだ。ギリギリを見極めて振るうか、ま

ずは確実に届くところまで近づいて――たとえ、それで相手が起きようとも――行動に移

すかを悩んでいる。

 

 

――「いいか、ユウコ。鞭ってもんはな……」

 

 ワッツの家で、彼に鞭の基本的な操作方法を教わったシーンを思い出す。

 彼曰く「鍛える時は、構造とか()を事前に把握するもんなのよ」とのことなので、説明

を受けていたところだ。何事も、その道に師事してもらうのに超えるものはない。

 

「……、と。こんなもんだな。後は、自分の感覚で身体に刻むこった。まぁ、なんだ。物

分かりは良かったぞ」

「はい! ありがとうございました!」――

 

 

 鼻で息を吐き、口から酸素を取り込む。

(リーチなんて分かるほど、場数を踏んだわけじゃない。それに、起きてくれた方が良い

方に転ぶかもしれない)

 目を覚ましてみれば、敵対存在がいる。これは、平常心ではいられないだろう。

 希望的観測であるが、行動に移すには思い込みも重要なファクターだ。

 

 考えが纏まってみれば、心なし足取りも軽くなるものなのね。

 何処か冷静に分析しつつ、忍ぶことなく地を踏みしめ距離を詰める。

 鼻の風船が割れ、瞼が持ち上がる。同時に、限界まで双眸は見開かれた。

 こちらの残す動作は、立てた手首を水平に倒すだけ。

 回避の動作に入ることもままならずに、皮革の波にゴブリンは打ち据えられた。

 

「ぎゃっ」

 短い悲鳴を上げると、認識が追いついたのか、呆けていた表情は一変。剣呑なそれにす

り替わる。

 が、それも長くは続かない。私がおっかなびっくり鞭をふらふら揺蕩わせている時に

は、プリムとランディが前に出ているのだから。

 反撃を許さず、二人はゴブリンを滅しきる。

 

「上出来じゃない!」

「そうかな? 自由自在には、程遠いんだけどね」

 鞭を持った右腕だけを脱力させ、手首だけくいくいと遊ばせる。

「ん~、接地してるって一口に言っても、その時その時の巻いている具合とか、直前の軌

道、それの反動やらに――左右される要素は多いからね。慣れるのには時間かかるだろう

ね」

 

 加えて、相手にも相性があるようだ。

 例えば、スライムのようなモンスターは、衝撃は緩和されるどころか余波で飛ばしてし

まった一部も一体の個体に再形成されるのだ。鞭で相手をするのを控えた方が良いモンス

ターの代表例であろう。

 

 そんな、実戦で使ってみなければ分からなかった様々な発見の末。ついに、一つの宝箱

を見つけた。

 

「当たりみたいだよ」

 ランディが、開けて中を見せる。何の変哲もないロープが、そこにあった。

 

「う~ん、そうは見えないねぇ」

「ただのロープじゃん!」

 プリムとポポイが、声をそろえて眉根を寄せる。

 

(…………? 何かしら、この感じ。どことなく吸い寄せられる)

 漠然とした既視感。懐かしいとすら思えてくる。今日初めて見る物にそんなものを感じ

ることなどありえないのに。

 

「? 行くわよ、ユウコ」

「あ、ゴメン」

 

 まあ、いっか。

 中断された思考にそれ以上拘泥することなく、村に向かった。

 

 

「おぉ! 間違いなくそれじゃ! よく見つけてきたの」

「じっちゃ~ん、これ本物? 魔法って気が全然しないんだけど」

「れっきとした『魔法のロープ』じゃよ、ポポイ。ドワーフたるわしには分かる。……し

かし、現物を目の当たりにするのはわしもこれが初めてじゃが、ううむ」

 急に考え込むような素振りを見せる老翁。

「何か問題でも、あるのですか?」

「おお、すまないねユウコさん。なに、先人の成した業の深さに感嘆していたのだ。これ

ほどの趣向が凝らされた一品。長年生きておるが、これに伍するものは二、三しか思いつ

かん」

 

 職人のスイッチが、完全に入ってしまったようだ。あちこちの角度からロープを眺め、

その度に短く「ほぅ!」「ふぅ~む」とリアクションを漏らす。

 

 そんな村長に、業を煮やしたワッツに脇腹を小突かれて、視線をあらぬ方向に向ける。

「歳をとると、どうもいかんて」

「じいさんは、昔から変わってないさ」

「そだな!」

「いや、ポポイは知らないよね!?」

 

 ランディは、苦労人だろうな。

 目の前のやり取りを見て、苦笑する。

 

「さて、みなさん」

 しわがれた声に、皆の注目がそこに寄せられる。

「わしらでは、どうにも出来んことを押し付けるようで申し訳ないが、頼みます」

「俺からも、頼む」

 膝を折る村長とワッツ。

 

 僅かに首肯し。

「そいじゃ、行きますか!」

 ポポイはぶんぶん手を振ると、真っ先に穴に飛び込んだ。

 

「まったく、あ奴は」

 呆れ、しかし微笑を(たた)えた村長の様子に、私たちも含むように笑って。

 順に降りていった。

 

 

 帰ってきた…………?

 思わずそんな考えに至ってしまったほど、目の前の光景はどこか元の世界に通じるもの

があった。

 足の裏に返ってくる感触、微かに照らす光を反射する外装。

 船と思しき建造物。ところどころがメタリックに覆われたその外観に、私はただただ見

入っていた。

 

「……ユウコ?」

「ひゃうっ!?」

「わあ! ご、ゴメン!」

 

 ホームシック。

 奇声を上げてしまったことに、顔が火照るのを抑えようと努める。途中で顔を見せたそ

の単語には、気付かなかったことにする。

 

「ここは、なんなんだ?」

「明らかに……異物ね」

 目に入る範囲だけで、そう断じられるほどに、ここはおかしい。

 

「船、みたいね。規模も小さくはない」

 先に周りを見て回っていたのだろう。プリムが、会話に加わる。

「所属とか分かった?」

「国の物では、なさそう。どこにも、それらしいマークは見受けられないから」

 

 なるほど。この場所は、プリムたちが以前土のマナの種子を共鳴させた神殿に近いとい

う。つまり、新勢力――それも敵対する可能性の高いところ。

「警戒を最大限まで引き上げた方が、良さそう――『なんだい、お前は!?』…………ポポ

イは?」

 

 全員で、顔を見合わせる。どうやら、そういうことらしい。

「ほんっと、あのチビすぐ無茶するんだから!」

「と、とにかく急ぎましょう!」

 

 

 内部の構造は至って単純だった。敵かもしれない私たちが、心配してしまうくらいに。

 一本道を走り、一番奥に見える扉をプリムが荒々しく開く。

 これで、心証がまた一つ落ちたかも。

 ポポイが捉えられている姿を目にして、私は幾つかのシミュレーションを辿っていく。

自惚れているわけではないが、この中で頭脳担当役は私だ。いついかなる状況であって

も、頭は働かせ続けなければならない。

 

「ポポイ、あんた何してんの!?」

「ご、ごめんよプリムねーちゃん」

「あ~ら、いつの間にか侵入してきたの? まったく! 使えない部下どもね」

 

 人を見かけたのは、この部屋が初めてだけど。

 その言葉は呑み込んで。

「うちの者が、迷惑を掛けました。何か粗相を致しましたか?」

「ふん! そうじゃない。ここにいる。それが、もう許されないことよ! きいいぃぃ」

 穏便に片付けられないかと投げかけてみるも、それは無理のようだった。リーダーであ

ろう細身の女は、ヒステリックに叫んでいる。

「きさまら、どこから入った!?」

「よくも、この地底の秘密要塞を見つけたな! 生きて帰さんぞ!」

「元はと言えば、あんた等がしっかり見張ってないことが原因じゃないの!」

 追従する部下に叱責を飛ばす。それが一頻(ひとしき)り済むと、咳払いを二つ。

「ようこそガキんちょのみなさん。我々は、世界征服を企むスコーピオン団さ!」

 ……もはや、何も言うまい。

 

「クー、カーッチョイー!」

「オダマリっ! 水の種子は我々が頂いた。種子から莫大なエネルギーを取り出して、

スーパースペシャルデラックスゴージャスロボ……」

 一拍おいて。

「その名もムテキのガーディアンロボ、『いちろう君』がここに、誕生するのさ!」

「クー、カーッチョイー!」

「さあ、『いちろう君』の始動だ! おまえたち、やっちまいな!」

「アイアイサー!」

 

「…………この後の展開が見えるようね」

「…………そうね」

 テンポの良いトークを交わしつつ、奥の部屋へ行く三人組のスコーピオン団。それを、

どうにも行く気にはなれないのだが、追いかける。

 

「ほーっほほほ! さあ! あの世へいっちゃいな!!」

「ぱぎー!」

 

『……………………』

 

「キャー! ど、どうしたんだい!?」

「オカシラ! エ、エネルギーが大きすぎて、操作不能です!」

「キーッ! なんですって!? えーい、こうなったら種子をはずして、補助動力でいく

よ!」

 

「やっぱ、こうなるのね」

「予想されてた未来だけど……何っていうか、まんまね」

「二人とも、準備して!」

 

 ランディの叱責が飛ぶ。いけない、相手のコミカルな雰囲気に私たちまで流されてたみ

たいね。

 自戒して、ポポイごとさらに奥の部屋に入っていった三人組を追う。

 

 部屋に入ってすぐポポイが走り込んでくる。何とかして、拘束を脱したようだ。

 だが、問題はそこじゃない。

 部屋の中央では尖ったデザインのロボットが、駆動を開始したところであった。

 

 

試験召喚(サモン)!」

 

 Aクラス 木下優子  物理 309点  1/1  マナエネルギー 1

 

 消耗していない教科を引いて、口角が上がる。

 相手は、ロボット。当初の通り水の種子をメインに据えられた機体であれば分からな

かったが、そうでなければ脆いだろう。なんせ精密機械なのだ。荒事に耐えうる強度は持

ち合わせていないと予測できる。

 

「プリム、ランディはフォローを。ポポイは<アースクエイク>お願い!」

 反撃を受けてもいいように、召喚獣を先行させて、遠距離の攻撃手段を持つポポイには

魔法での援護を頼む。

 了承の返事を受け、すぐに召喚獣を走らせる。

 先手必勝。敵は真っ直ぐに歩くこともできない、動きに無駄のある巨大な的だ。外しよ

うがない。

 剣先から迸る火線を目くらましに、フォルムだけはきれいな『いちろう君』の側面に回

り込ませ脚部に剣を叩きつける。

 影が差しこむ。

 召喚獣を退かせた直後、落下するごつい質量体。体の上下に連続して損傷を負った『い

ちろう君』は、もはや直立歩行すら覚束ない。

 入れ替わるようにして、ランディは剣を、プリムは斧を叩き込む。

 被害は甚大で、誰の目にも修復不能の様相を呈していた。

 

 

 あまりにもあっけなく片が付いてしまったため、たっぷり十秒ほど固まる『スコーピオ

ン団』の面々。

 

「キー、悔しい! おぼえてらっしゃい!!」

 いち早く我に返ったリーダーが前時代的な捨て台詞を残すと、残る部下二人も自らの役

目を思い出したのか「覚えてろよ!」と声をそろえ、そして三人組は去っていった。

 船は、そのままにするつもりだろうか。

 そもそもどうやってこれほどの人工物を、こんな地中まで持ってきたのか。疑問は増え

ていく一方である。

 

 船体の捜索を終え、これ以上得るものは無いと判断した私たちは、『魔法のロープ』を

置き、その周りを取り囲む。

 

「それじゃ、使うね」

 

 ランディのその言葉を合図に、それぞれがロープを握る。

 と同時に、目に入ってくる情報量が加速。

 ひどい目眩に、たまらず目を瞑るが意識の自我からの乖離を止められず。

 私は、意識を手放した。

 

 

 

 ✒ ✒

 

 

 

「僕は、どう……なったんだ?」

 相棒が、タナトスにやられて…………そこからの記憶がない。

(情けをかけられたのか、僕は?)

 いや、それは違う。

 浮かんだ考えを即座に否定する。僕は、最後に見た。あいつの表情を。愉悦に浸ってい

て、けれど羽虫を眺めるような目つきだった。

 冗談でもなく「殺す」と。感情は、ニュートラルなままに告げられたのだ。身の毛がよ

だった。奴が放つ雰囲気に、抗うことさえ出来なかったのだ、僕は。

 粟立った左腕を撫で付ける。

 となると。

「ランディ達に助けられた」

 この線が濃厚だけれども。

 ねっとり纏わりつくような空気。天気は雨模様だが、それにしたって湿気が多いような

気がする。これじゃ、まるで。

「文月に帰ってきたみたいじゃないか。……ハハ、笑えないな、それは」

 木下さんと一緒に戻るつもりでいたのだ。冗談でも僕だけで、なんてこと想像さえした

くない。

 

 こぼしたのは、独り言。無論、返事など期待したものではない。

 だというのに。

 

「ここは、文月で間違いないよ」

 

 振り向く。あまりにも勢いをつけすぎて、ピントが合うのに数瞬を要する。

 そして、僕は否応なく事実を突きつけられた。

 本当に、戻ってきた。帰ってきてしまったのだ、と。

 大粒の雨が、僕を容赦なく叩きつけていた。




お待たせいたしました。
言い訳だけは、たくさんある作者です汗

第一章の"転"の部分は、終了です。
どうやってまとめるか、繋げていくか。ある程度の見通しは立てているのですが、いざ肉詰めしていくと、あら不思議。当初の予定とは、だいぶ変わって……なんてことがあるので、次の投稿も遅くなるやもしれませぬ。
願わくば年内にもう一話上げたいのですが。
(保険のため)みなさん、良いお年を!
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