タグに『更新遅め』をつけようと思います。
それでは、二話目どうぞ
村長と交わした会話を思い出す。
『ここから一番近い、大きな国家といったらパンドーラ王国だろう』
『そこは、歩いていける距離にありますか?』
『うむ。三、四日も歩けば充分だ』
『な、長くて四日か』
『面倒かも知れんが、あそこでなら穏やかに暮らすことも出来よう』
『…………。あ、はい。ありがとう、ございます』
この先どう動くにせよ、情報の集まる場所に居る方が便利なのは言うまでもない。
僕の当面の目的地は、パンドーラ王国ということだ。
ところで、いろいろ疑問に感じていることがある。
いきなり自分が知らない場所に居るのは、百歩譲って深く考えるのは諦めよう。
だけど、国に近い(そもそも国に属さない村なんて存在するの? って思うのだけれ
ど)位置にあって発展が遅れていたり、活発になったのは最近とはいえモンスターなる存
在が認識されていたり。
そもそも、乗り物という文明の利器が無いようで、交通手段の基本は徒歩。遠くへ行く
場合には大砲屋を利用するらしい。
甚だ不安を煽るワードだが、そこは聞き流すにしても、そんな話を聞いた時点で僕はこ
こがゲームの世界と言われればいっそ楽なのに、とすら思ってしまった。
僕の頭は、そんなに良くないのだ。これ以上、常識を壊されたら正気を保っていられな
い気がする。
兎にも角にも、いろんな何かについて考えるのを放棄して僕は今日という日を迎えたの
であった。
村を出てすぐのところ。標識らしきものが立っている。
(ん…………?)
何となく、どこかに引っ掛かりを覚えて暫し思案する。
「あ! 標識!?」
と。ここで漸く携帯の存在について思い出す。村の名前が分かれば、検索できる。そ
う、思い至ったのだ。
が、現実は。
「圏外、か……」
文明が発展していないんだ。電波が通っていなくても、何もおかしくはないよね。
そう判断する。
そして、標識をまじまじと見つめるも。
「彫られてる文字が読めない」
現実は甘くない、ということだろう。
落胆しながらも周囲への警戒は怠らないようにして、僕は今度こそ歩くことに専念し
た。
太陽が真上まで昇り容赦なく地を照らす、その状況にうんざりとし、ふと息をつく。
(結構時間が経ったかな?)
お昼にしよう。そう思い、寛げそうな場所を探す。
ちょうど良いことに、百メートルほど先に小川があるのが見える。
気持ち早歩きで進み、辿り着いた僕は川のそばに腰掛けながら、出立の際に村長からも
らったおにぎりを取り出し食べる。
何よりも優先して食べ始めたわけだけど、胃に物を入れて少しながら落ち着いた僕は、
ここでやっと周りに目を向ける。
相も変わらず見覚えのない景色だが、その景観は筆舌に尽くしがたい。
貧弱な語彙では、この光景に見合う言葉を紡ぐことは出来ないが、それでも僕は満足し
ていた。
(でも)
良いことばかりを考えていられる状況でないのは、僕でも分かる。
昨晩、村長に請うて教えてもらったことを思い出す。
一人旅を敢行する上で気を付けるべきこと――例えば、休憩するならばこの場のように
見通しが良いところで、といったように――、そしてこの近辺に棲息するモンスターの特
徴について。
驚いたことに、モンスターという存在が
ただ、村の周辺に現れる個体の危険度はさほど高くないようで、人間の食すご飯のにお
いに誘われる種も開けた場所では確認されていないとのこと。
だから、こうしてご飯を食べることが出来ている。
本当に、村長には感謝の念が尽きない。
二個目のおにぎりに口をつける。程よい塩加減が、歩きっぱなしの身体と精神的な疲労
を癒す。
(そういえば、まともにご飯食べたの五日ぶりだ)
文月に居たころは、生活費のほとんどを趣味に充てるという愚行(後悔はしてないけれ
ど)のせいで、仕送りが振り込まれる直前は困窮を極めていたからだ。
ここで、新たな疑問にぶつかる。
(あれ? ここって、どんな仕事があるんだ?)
手渡された路銀にだって限りはある。いつになったら帰れるか分からないが、ノープラ
ンで過ごすわけにはいくまい。
(アルバイトみたいなの、あると良いんだけど)
僕は、落ち着いた瞬間湧き上がってくるあれこれを考えることに没頭していた。
息を詰まらせるような雰囲気が微塵も感じられない場で、一人ゆったり昼食をとるとい
う行為。
僕は、安らいでさえいた。
危険という言葉の本質を甘く見た。
そして、僕は至近距離にまで"モンスター"の接近を許してしまった。
耳元で風が吹き荒れるのを感じつつ、文字通り間一髪で敵の攻撃を避けることに成功し
た僕は、
が、数メートルもいかずにその行為は中断させられた。
やむなく、脅威の元を恐る恐る見遣る。
黄色い顔の二足歩行生物。常に閉じているように見える猫目が特徴的で、手には斧を
持っている。
話に聞いたとおりならば、ゴブリンの特徴と一致する。
だが、人間の食べるものの匂いに釣られてやって来るゴブリンが、この辺を歩くことは
ないという話を聞いていた。なのに、
「どうして……」
そんな思いばかり浮上しては、胃の奥に溜まっていくような心地を覚える。
それを断ったのは、悪臭であった。
鼻が曲がるようなそれは、欲求を自身の内に留められなくなって、
から発せられている。
ここに至って僕は、危機に対する正しい認識と、そして何より自分の身体が思うように
動いてくれないということに気付いた。
「どうして!?」
先程と同じ言葉――されど込められた、逼迫を感じさせる調子は大きく違う理不尽を詰
る言葉が僕の口から漏れ出る。
(いや、僕は……)
何故動けないのか。とっくに知っていた。
目の前の小川に飛び込まなかったのは、無意識下でその行為は
ていたからだろうか。
分からないが、結果としては正しかった。
僕は、自由に動けなかったのだから。
恐怖に、縛られて。
ゴブリン相手に?
そう、笑いたけりゃ笑えば良いさ。
恐くて、怖くて、こわくて
自覚した途端、震えだす身体。
僕の胸ほどまでしかない小柄な体躯。けれども腕は太く、威嚇するように振り回される
斧。
何よりも。
奴らの持つ本能であろうもの――目の前の獲物を狩って喰らおうという意志。
それを前に、僕は動けずにいた。
(僕は死ぬ、のか?)
(こんな、誰も僕のことを知る者がいないところで?)
(雄二、秀吉、ムッツリーニ……)
(みんな……!)
次々と脳内を流れる、印象の強い記憶たち。
振りかぶられる、二丁の斧。
「――――!!」
負荷に耐えられず、焼け切れる思考。
何かをありったけに。
生きるために。
僕は叫び。
気が付けば、芝生に転がっていた。
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」
途切れる様子を見せない激しい呼気、暴れるように打ち鳴らされる鼓動。それらを極力
抑えるようにして、横に立ち僕を見下ろす存在に目を向ける。
小柄な体躯。強い意志を思わせる目。手に持った
僕の相棒――試験召喚獣が立っていた。
未だに落ち着きを見せない動悸に全身を支配されながら、傍らに寄り立つパートナーに
目を向ける。
(あの時。こいつを呼べなきゃ、僕は死んでいた)
少しでも
そして、噛みしめる。
何故、召喚獣を
たのだし、これからだってずっと楽になるだろう。
なにより。
一番は、一人ぼっちじゃない。それに限る。
のろのろと上体を起こし、周囲を見渡す。モンスターは、見当たらない。
雑な索敵にもほどがあるが、今はこれぐらいでいい。投げやりにも似た思いで、周りへ
の警戒を切り上げた。
そうして、暫く――どれくらいの時間が経ったかは体感では分からなかったが、日の傾
きがだいぶ変わっていた――無為に時間を浪費した。
夕焼けが差す。
色の変化もあまり感情を変化させることもなかった。
ただ、今日はこのまま眠ってしまいたい気分だった。
そんな時だった。
「ねぇ、大丈夫?」
いつの間に前に立っていた人物から、そう声を掛けられたのは。
「あんたは、問題…………なくはないけど、連れ去られずには済んだみたいね」
僕と同じぐらいの歳の女の子。
いきなり現れて、この発言。訝しむには充分すぎる状況だが、そうすることすら億劫で
あった。ただ、彼女の放った言葉に気になるところがあったので、聞いてみる。
「連れ、去られる?」
「そ。釜でぐつぐつ茹でられて、おいしくいただかれるところだったの」
祭りだったみたいね、そう彼女は付け加えた。
「君は?」
「私? ……私は、プリム。ところで、さっきから気になってるんだけど……」
「あ、僕は吉井明久」
「あき、ひ、さ? 呼びづらいわね。って、そうじゃなくて!」
びしっ。そんな効果音が聞こえてきそうなほどの勢いで指差した。
僕の召喚獣を。
「そ、それは何? ずいぶんと君に似てるけど」
そっか、分からないよな、そりゃあ。そう思って、今更ながらに名前じゃなくてこいつ
が何かを知りたかったのだと気づく。相変わらず、僕は鈍いようだ。
「んっと、何って言えばいいのかな」
少し悩んで、そして閃く。
「うん、僕の自慢の相棒さ」
そう、相棒だ。
その響きは、塞ぎこんでいた気持ちを少しだけ晴れやかにしてくれた。
「ところで、どうして君はここに?」
村長から聞いた話通りならば、この近辺にニキータという人が営む宿屋があるらしい
が、彼女のやってきた方角はそこから間逆。言うなればパンドーラの方向からであった。
「…………ん~、ちょっとした用事があってね」
言いよどむ彼女。
(もしかしたら、まずいこと聞いちゃったかな?)
「まぁ、今日のところは切り上げて戻るつもりだったから気にしないで」
ほんの数秒前に見せた苦みを感じさせる表情は、既に取り払われていた。追究など無論
できようもなく、曖昧なままにその話題を終わらせる。
(気まずいなぁ)
女の子――それも見ず知らずの可愛い子と二人きりなんて機会、普段の僕にはまず訪れ
ない。なので、間を持たせるなんて技術持ってるはずもない。
(いつまで一緒か分からないけどさ――ってあれ?)
「そういえば、どこから来たの?」
思ったことがすぐに口に出てしまった。もう少し考えられないのかな、僕ってやつは。
「パンドーラよ」
「そっか。でも、一日で来れる距離じゃないって――」
僕の言葉は、途中で遮られた。
「なにも、一日で来たとは言ってないでしょ」
確かに。
しかし、そうなるとモンスターがうろうろする中、一人で歩き回りあまつさえ野宿まで
したということに他ならない。
(そんなこと、女の子一人で可能なのだろうか?)
とはいえ、事実なのだろう。
せっかくだから駄目もとで聞いてみる。
「えっと、僕も一緒に行っていいかな?」
すると、彼女は快く応じてくれた。
こうして、一時的にではあるが、僕は女の子と二人旅をすることになった。
パンドーラまで同行する流れになったが、時間は夜に差し掛かっている。
ただの道には明かりが設置されておらず、日没と同時に一気に世界を闇に塗りかえてい
く。
ほどなくして、一メートル先も見据えられない暗がりになった。
かろうじてそうなる前に野宿の準備を終えた僕ら(ほとんど彼女がこなしてくれたのだ
が)は、集めた枯れ枝に火をつけ地べたに腰を下ろした。
即席の焚き火を挟み対面に座す僕らの間に、会話はあまり交わされない。お互いがどち
らともなく事情があるのを感じているからだろう。時たま、思い出したように話をする
が、それが身の上話に飛ぶことはなかった。
体の平衡感覚にずれを感じた。はっ、となるが意識はまたも沈みそうになる。
(ね、ねむい)
なんてことはない。うたた寝してしまっただけである。
眠気に抗うも、堤防は存外に低く、気づけばまた船を漕いでいた。
そんな僕を見かねたのか。
「先に寝てていいわ。今日は特別に、私が寝ずの番をかってあげる」
火に枯れ木を投じながら、顔も向けずに彼女は言った。
正直女の子にそんな重労働を課すような真似はしたくない。しかし、旅の慣れ具合、戦
闘能力の高さ、疲労の溜まり具合など諸々を鑑みると、僕が起きてる方が彼女にとって有
益でないであろうことは自明の理であった。
なので、申し訳ないと思いつつも、素直にその好意に応じることにした。目を開けてい
るのがつらいほど僕は疲れ果てていた。
「おやすみ」
彼女のその声が、僕を眠りに