こういう会話劇みたいなのを書いてみたかった。
人生山あり谷あり。七転び八起き。往々にして人生はなかなか上手いこといかないものである。
いい時も悪い時もある。とどこかのお調子者は言うだろう。人生±ゼロだと。
ああ、なんと気楽なことか。
坂を転がるのは実に簡単なことだ。身の赴くまま、風の行くままに流されればずるずると二度と戻れない場所にまで落ちていく。そしてそこから這い上がるのは一転して容易なことではない。坂道を登るのは疲れる、坂の上にいる人間に見下されているかのように感じ、劣等感を抱き、最後には自分の力で坂を登ることはなくなり、言い訳をしてそこに留まるか、誰かを道連れにして安心感を得るかのどちらかの選択肢しか残らない。
人生±なんて言えるのは、プラスの人間だけだとジャンプのマイナス少年が言っていた、気がする。
結局何が言いたいのかというと、人生の尺度なんてものは人によって違うのだし、一般的に見ればぼっちである俺がマイナス側に所属するのは理解できないではないが、実際俺はマイナスだと感じていない。むしろプラスにさえ思える。
ぼっちゆえに友達に気を遣って気疲れすることもないし、家に帰れば妹が迎えてくれる。よくゲームなんかで妹がいるやつは妹萌えしないというがあれは嘘だ。欺瞞だ。
その答えは実に明白である。お前らの妹が可愛くないだけなんだよ。……どやぁ。
で、逆に今俺が所属している奉仕部において学年トップの成績、スポーツ万能、まさしく才色兼備という四字熟語はもしかするとこいつのためにできた言葉なのではないかと疑心してしまうほどの人物、雪ノ下雪乃と同じ教室に、しかも二人きりであるというシチュエーションはプラスであるとみなされるだろう。
たしかに雪ノ下雪乃は美人である。声を大にして言うと、由比ヶ浜なんかに「ヒッキー、キモイ」とか言われそうなので言うつもりはない。そもそも雪ノ下にこんなことを言おうものなら、何をされるかわかったもんではない。地雷原をわざわざ裸足で駆ける必要はない。
だが、俺はこの状況をプラスにとらえることはできない。会った直後こそ期待したものであるが、開口一番希望を自らかなぐり捨てた。口を開けば容赦なく俺のトラウマを抉る。
さっきの坂道の話ではないにしろ、完璧超人は自身が与える影響力に関しては無知であることが多い。事実、この雪ノ下は、靴を隠される、教科書をとられるといったいやがらせを受けてきた。完璧な人間を見ると、自分の欠点や劣等感を嫌でも見せつけられる。そして多くの人間はこの場合自身を向上させる努力はせず、自分と同じところまで引きずり落とそうとする。完璧な人間が完璧であるための努力をしているとは知りもせず。
どこかの委員長ちゃんみたいだ。
まぁ、雪ノ下のストレスの半分くらいは俺に振りかかってきているので雪ノ下が突然「ニャー」と鳴き出すことはないだろう。雪の下に咲く花には誰も触れないし障れないのである。
ここまでいろいろと語ってきたが俺の雪ノ下に対する評価は可も不可もない。雪ノ下雪乃にだってできないことがある。その点をしばらく彼女と付き合っていく中で発見することができた。
つ、付き合うっていっても男女のアレとかじゃないから。か、勘違いしないでよね。
閑話休題。
普段の奉仕部は由比ヶ浜が話すたわいない話に雪ノ下が薄いリアクションで会話しつつ、時々俺に話が振られて適当に相槌を返すのがいつものパターンである。
だが、由比ヶ浜は由比ヶ浜で別のコミュニティを持っており、部活に参加しないこともしばしばである。
しばしばって漢字で書くと暫暫なんだけどなんかかっこいい。
さすれば、この教室には今俺と雪ノ下の2人しかいないわけなのだが、そこに会話はない。
生憎世間話をする間柄でもなければ、報告するような事項もない。
そもそも由比ヶ浜がいる時にしろ、俺と雪ノ下が直接話すようなことはあまりなく、由比ヶ浜が仲介をして、間接的に俺と雪ノ下がコミュニケーションを図っている状態であるといえる。
なので普段雪ノ下といる時はこうして独り言が頭の中をぐるぐると回っている。
ここまで言えばもうお分かりだと思うのだが、俺と雪ノ下という限定的かつ狭小なコミュニティにおいて自然的に会話が生まれることはないのである。
のだが、今日は何かが違う。
「比企谷くん、目は口ほどに物を言うって知ってるかしら? あなたのその腐りきった目は周囲に少なくない悪影響を与えているのよ。私のような慈悲慈愛に満ちた人間でさえ辟易しているのだから」
「何が言いたいんだよ、何が」
「言ったでしょう。目は口程に物を言うって。どうでもいいことを考えている時と私や由比ヶ浜さんのことを考えている時のあなたの目は違うのよ。私はともかく由比ヶ浜さんには下卑た目を向けないで頂けると助かるのだけれど」
「目を見て心まで読むな。お前は能力者か」
「何を言ってるのかしらこの男は。私は泳げるわよ」
「読んでるのかワンピース……」
雪ノ下まで読んでいるとはさすが国民的マンガだ。
「お前にも由比ヶ浜にも下卑た目を向けているつもりは微塵もないわ。自意識過剰の女子か」
「あら、自意識に欠けた人間よりはよほどマシというものよ。腐った人間は自分の悪臭には気づかないものよ。ねぇ、くさ谷くん」
「人を癖のある発酵食品みたいな名前で呼ぶな」
「無くて七癖有って四十八癖って意味わかる。あなたのような癖しかないような人間は……そう、蓼以下ね。虫も食わないわ」
「はっ。蓼も食わねえってことはそれだけ自己防衛に関して圧倒的強みを持ってるってことだな。嫌いなモンにまで群がられるよりはよっぽどマシだ」
「確かに自分が嫌いなものに集られるというのもいささか問題があるといえるでしょうね。でも、自分が好きなものばかり集めた上辺だけの空虚な世界を作るのもつまらないものかもしれないわね」
「あぁそうかもな。大体自分の好きなものばかり集まった世界なんて胡散臭すぎて生きてる心地がしないな。焼肉だって肉ばっかじゃ味気ないしな」
逆に言えば野菜炒めにしたって野菜だけじゃもの足りない。ちょっぴり肉が入ってるからこそハッピーな気持ちになれるのだ。
「比企谷くん。あなたっていう人はどうしてそうもいきなり会話のレベルを下げられるのかしら。にしても焼肉はやはり肉をおいしく頂くものではないかしら。特に男の子なんかはその傾向が顕著だと思うのだけれど」
「ふっ。わかってねえな雪ノ下。一番旨い焼肉ってのはなぁ……人の金で食う焼肉なんだよ!!」
「意味が分からないわ。人のお金で食べるよりも自分で苦労して手に入れたお金で食べるほうがよりおいしいんじゃないかしら」
「それはない。いいか雪ノ下。焼肉ってのはなぁ外食にしてみれば一人分の値段が高いんだよ。分かるか? それを自分でない相手にいわば奢るという形で食わせてもらえるってのは愛情をもらっているのと等価なんだよ」
あえて言うのであれば、わざわざ高い焼肉を見ず知らずの人間に奢る人間などいないということだ。
幼少時代に焼肉に行った回数で相手の優しさが図れるまである。ソースは俺。
焼肉なんて行った記憶あんまりねえなぁ。肉を焼いた料理こそ出ては来るが、それは焼肉ではない別の何かだ。肉焼き? とでも呼んでおこうか。