D.C.短編集   作:牙無し

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朱暮れる(純一×音夢)

 喧嘩の原因がなんだったのか、なんてことは『一昨日の夕飯に何食ったか』と同じぐらいどうでもいいことだった。

 一緒に住んでいれば欠点なんていくらでも目に付いてしまうし、人間的に穴ボコだらけの自分たちは互いにそれを埋め合うことで、両親不在の我が家に若い身空の2人は何とか生きてきたんだ。

 ただ全く異なる遺伝子であるのに、俺たちは揃って意地っ張りなものだから、こうして時々広いリビングを独り持て余す羽目になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――日も短くなってきた初音島ですが、この時間の商店街は夕飯の材料を求める奥様方で賑わっています」

 

 無意識の内にローカルニュースが映す見慣れた風景の中に、馴染んだ顔がないか探している。

 画面の半分を女子アナが占めているのがもどかしくい。

 邪魔だな、と内心で呟く。誰もいない部屋で、誰かが同じことを言っている。

 数時間前に突き合わせていた顔。確か制服のままだったはずだ。

 口論するときは火を噴いて噛みついて、喚いていた猫だった。けれど最終的に網膜の裏に焼きついているのは、飛び出していく直前に見せた泣く一歩手前の脆い表情だった。

 

 悪い悪くないの話ではない。

 どちらかが一方的に悪いと決め付けて泥合戦をするほど、自分たちは子どもではない。

 同時に、面と向かったとき素直に謝罪の言葉が出るほど、自分は大人でもなかった。

 テレビの下で撮り溜めされたビデオを意識しないフリをする。

 少なくともフリをしなければならないぐらい、意識している。

 持ち主不在の物語些細なすれ違いなんて、脚本をなぞる波乱万丈の主人公たちにとって慣れたものだろう。

 

「いや、大げさなもんでもねーか」

 

 とどのつまり、ただの喧嘩だ。探さずとも転がっているような、兄妹喧嘩、かつ痴話喧嘩。

 テレビの電源を切ると、頭の熱も急速に引いていった。

 冷静に考えてみると、やっぱり発端が思い出せないぐらい馬鹿げた喧嘩だった。

 最終的に揚げ足を取り合うだけの暴論の応酬に生産性は、地獄の石積みみたいなもんだ。

 息を吐いて、リモコンをテーブルに転がす。

 ふとリビングの広さが寒さと繋がり、息苦しさすら覚えた。

 

 

 

 部屋が、朱かった。

 ベランダに繋がる身の丈ほどある窓からの西日が痛くて、無意識に目を細める。

 なんだってよりにもよってこんな時間帯に飛び出したのか。

 ついでに不満をいえばなんで今日に限ってこんなに空は晴れているのか。

 苛立ちから文句ばかりが頭の中を締め上げていく。

 

 

 赤よりも朱い空は、過去の古傷を容赦なく抉っていく。

 

 

 朱い、広くて、寒くて、息苦しい場所。

 むせ返るほどの春の匂いが、朱の空に吸い込まれる。

 人ひとりを容易く溶かしてしまう程の夕焼け。

 身に覚えのある切なさに、胸の痛みが物理的なものであるかのような錯覚まで起こす。

 

 

 

 

「あー……かったる」

 

 溜まった毒素を吐き出すように声を上げる。

 永遠の春は過去のものになった今、この痛みは紛れもなく自分の痛みだ。

 例えば、このままあいつを放っておいたとする。

 弱虫なクセに強情だから、まず帰ってくることはない。

 強情なクセに弱虫だから、きっと誰にも見つからない場所でベソベソ泣いている。

 証拠はない。確信はある。

 

「変わんねーな、むかしっから」

 

 子どもの頃からくだらない諍いがあって、厄介なすれ違いを起こして。

 かったるい面倒事の渦の中で2人揃ってもがいてた。

 指折り数える過去の難事を逆さまに辿れば、出発地点はやっぱり些細なもので。

 そうやって思考を流していくころになって、ようやく意固地になっている自分が馬鹿馬鹿しくなれる。

 

 ソファから立ち上がって、ダイニングの椅子にかけたブルゾンを羽織る。

 床マットに溶接されていたハズの足は驚く程簡単に動いた。

 ポケットを叩くと自宅の鍵と自転車の鍵が金属質な音を立てて、手応えから財布もきちんとはいってることが確認できる。

 ついでに今日は外で食べようと、そう思った。鞄を置いて、着の身着のままの奴が財布を持っているわけもないからきっと奢りになるだろう。

 制服姿で夜の飲食店に入れるか微妙だが、そうなったらこのブルゾンを着せれば偽造ぐらいにはなってくれるはず。

 

「明日の昼飯はA定食だな」

 

 安い速い、そそこそ旨くて腹持ちいい。

 節を付けて歌ってみたが、微妙に調子が取れてない。

 

 正直、音夢に謝るビジョンなんて今でも浮かんでこない。

 面と向かえば素直になれる、なんて期待も自分自身にしていない。

 ただ、探しに行く役目は間違いなくこっちが担っている。

 それはある意味予定調和のようなもので。

 そう考えると、自分たちは全く成長なんてしていない。

 いつまでも昔上手くいったやり方を繰り返しているだけだ。

 手を変え品を変え、何度季節が変わっても。

 進歩がないといってしまえばそれまでだが、そんなものだろう。

 

「さて、どこにいったかね。あのバカは」

 

 リビングと玄関をつなぐ扉を抜けて、ひとりごちる。

 小さな島だが、何も考えず無闇に探せば丸1日使わなきゃならないだろう。

 思い当たるいくつかの場所を頭に描く。

 別に急ぐこともないだろう。

 一人になれる、夢見がちなあいつらしい景色の綺麗なところ。

 いくつかの場所に当たりを付けて、履き潰した靴に足を滑らせる。

 迷子の猫を探すのは、慣れている。

 

 

 

 

 

 

 そのために与えた鈴なんだ。

 

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