D.C.短編集   作:牙無し

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愚か者たちの不可知論(純一+杉並)

 自分でいうのも本当になんな話なのだが、俺は至って凡人だと自負している。

 世界に轟くような大志があるわけではなければ、高尚な理想を持っているわけでもない。

 退屈は嫌いだが、面倒臭いことはもっと嫌いだ。

 物事のてっぺんに昇ろうなんて考えるくらいなら、どうやって楽しようかと画策する。

 間違っても、観衆の視線を一身に受けながら問題の渦中にいるような柄じゃない。

 

「……で、どーすんだよコレ」

 

 精神的高みへの意志はなくても、物理的に高いところに登っている。

 初音島でも空に近い場所のひとつである風見学園の屋上から上半身を乗り出した。

 たしかこういうところへ行きたがるのは天才よりバカじゃなかっただろうか。

 いや天災に巻き込まれたようなものだが。

 自称凡人には過ぎた場所。

 俯瞰するグラウンドに群がる人の多さに、ため息を吐いた。

 

「どうするもないだろう。すでに猫は箱の中。賽は投げられ、手札は目の前に伏せられてる」

「……手札が焦げ付いてる気がするのは俺だけか?」

「気にするな、俺も同感だ」

 

 

【新入生歓迎のサプライズ成功のために、貴方の協力が必要です。】

 

 

 事件は会議室ではなく入学式を終えたばかりの体育館で起こった。

 事前に指示されていた新入生退場の直前、押したシャーペン型スイッチは、猛烈な勢いで四方から煙を噴出させ、体育館をあっという間にホワイトアウトさせた。

 確かにとんでもないサプライズだった。だが、新入生だけではなく、教師たちも慌てふためく様は予定調和の催しの枠をぶっちぎって事件性を匂わすには十分すぎる状況だった。

 とっさに「ドッキリ大成功」のプラカードを探したが、降ってきたのは高笑い。

 それがこの杉並というヤツの思惑だったと気づいたときには一緒に教職員に追われるはめになっていた。

 面識なし。主従関係はおろか交友関係ですらない。

 この男、あろうことか体育館での犯行声明で人の名前を出して共犯に仕立てやがった。

 人が作ったものには一定の確率で不良品というものが発生する。

 そして人も人から生まれるものだった、ということがこの学園にきて初めて学ぶことになるとは。

 

「もう一度。で、どーすんだよ? コレ」

「だからどうもこうもない。ネタ切れだ。鳩もトランプも出し尽くした」

 

 混乱の入学式が一転、問題児2人組の逃走劇に変わってから優に1時間は経っている。

 屋上での篭城戦に持ち込むまでにもさまざまなイベントが用意されていた。

 廊下にロケット花火、階段のバリケード。煙玉に爆竹。

 アレだけ派手にギミックを仕掛けていたのだ。ネタ切れも当然。そもそも今日が入学式だというのにいつの間に仕掛けていたのか。

 ここまでの逃走ルート然り。どうやら杉並という男の頭はキレる上にキレてしまっているらしい。

 

「役を終えた奇術師は舞台に立っていても滑稽なだけだ。早々に幕を引く」

「……半強制的に茶番見せられてお客さんたち総立ちだな。主に腹部」

「なぁに報酬は無能な教職の罵声程度だ。取るに足らん」

「お前はな。こっちはいい迷惑だっつの」

 

 保護者も生徒も一様に屋上にいる俺たちを見上げている。

 幸いに両親は海外赴任中だが、それよりも厄介な義妹が間違いなくあの群衆の中に紛れているだろう。

 緊急速報、数時間後に局地的な雷が初音島に降り注ぐでしょう。

 後ろの扉では職員の説得とも怒声ともつかないような叫びが聞こえていた。

 空は呆れるくらいに長閑だ。

 

「満更でもなかったろうに、よくいう」

 

 杉並は見透かしたような、嘲笑と理解を混ぜた笑みが口元で弧を描く。

 反論するために開いた口は、結局何も音を出さずに閉ざされる。

 何をいっても丸め込まれる気がした。

 罪悪感はなかった。爽快感がなかったといえば嘘になる。

 取り繕うのも面倒になって、床に身体を投げた。

 黒の学ランは太陽の光を吸収し、春のまだ冷たい風に冷えた末端が暖まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で俺だったんだよ」

 

 何度もいうように、俺たちには面識というものが無い。

 自分で言うのもなんな凡人が出るにはですぎたステージだ。

 これで出席番号が1番だったらからだとかしょうもない理由ならはったおす。

 そう心に決めて、欄干にもたれる背中を見た。

 

「問34、貴方は神様がいると思いますか?」

「はぁ?」

「なんだ? もう忘れたのか? 入学案内に入っていたアンケート50問の問34問目」

 

 そういえば、そんなものをした覚えがある。

 ついでにどうでもいいような質問に、問が二桁に入る前に飽きたことも思い出した。

 

「アレは俺が入れた調査書だ」

「……は?」

「今年入学予定者300名弱の生徒全員に送付される入学案内の封筒の中に、俺が。この俺があのアンケートを混入させた」

 

 意味がわからない。

 いや、いっていることをありのままに受け取ることを拒否している。

 たかが一新入生が、全新入生の入学要綱の書類に意味不明なアンケートを混ぜ込んで、またそれを回収、集計する。

 それもおそらく機密裏に。

 意味がない、というか不可能だ。そんな馬鹿げたことができるわけがない。

 できたとしてもやる奴はよっぽどの馬鹿だ。

 

「……あぁ、そういやお前馬鹿だったな」

「出会って数時間の人間に随分な言い様だな」

 

 馬鹿げている。馬鹿げていることが否定できないこの現状を含め馬鹿げている。

 笑うことも呆れることさえできなかった。

 

「あのアンケートは我が同志を探すための適性検査のようなものだ。注目項目はただ一点」

「その問三十何番の?」

「あの答えの内訳はyesが23%、noが76%」

「……信仰心の薄い民族だな」

 

 果たして自分は何と書いただろうか?

 yesにマークしたとは思えないが、noだったかといわれると記憶がおぼろげになる。

 

「だが! そんななかたった一人、“その他”に丸をつけた人間がいた」

 

 わざとらしい間が置かれる。

 話の流れを考えて、自分なのだろう。そこまで鈍いつもりはない。

 

「自由項目の欄には汚らしい字を恥じることもせずデカデカと“知るか”と書いてあった」

「うっせ」

 

 ようやく思い出した。かったるい質問項目の羅列に嫌気が差して、唐突に現れた宗教じみた質問に鬱憤を晴らすように書き殴ったのだ。

 無作法な新興宗教の勧誘は日々の日常のストレス原因上位にランクインしていると思う。

 結局、40問目くらいで問題文を見ずyesに丸を書きなぐった。

 杉並は改まったように手すりにもたれ掛かる。

 

「神がいるのか、いないのか。

 いると信じる人間も、いないと断定する人間も、何をもってそういっているのか、俺にはわからん。

 確証がないことに妄信するのは狂者の蛮行といっても過言ではない」

 

 風が吹く。ボタンもホックも留められた学生服の袖のはためきを、見ていた。

 前髪に隠れて目元は見えないが、口元には笑みがこびりついている。

 どことなくそれが、今までの人を小馬鹿にしたものとは違うような気がした。

 

「いるかいないかと問われれば、“そんなものは知らない”というのが俺なりの見解だ。どこかで聞いたことがあるだろう?

 だからこそ探すのだ。その前提にすら立てない人間は探すことすらしない。なぜなら彼らにとってそれは探すに値しないものだからだ」

 

 いるというのなら信じればいい。いないというなら否定するだけだ。

 この目で見たことのないものに確定付けるそういった論理は、たしかに滑稽なものだった。

 下から湧き上がる雑音から自らを切り離すように、杉並は欄干から離れる。

 こちらへと歩いていると、奴の影が俺を呑みこんだ。

 差し出される手。逆光で見えない表情が、未完成な美術作品のようにも思えた。

 

「俺と神を探す気はないか? 朝倉。

 なぁに、恐れることはない。いるかいないのかもわからない、雲を掴むような宛てのないもの。

 俺たちが自分たちが納得のできる神と出会うまで、協定を結ぶというだけの話だ。

 少なくとも、この学園で退屈することはないだろう」

 

 この学園で初めて知り合ったのは、頭のネジが何本も吹っ飛んだ馬鹿だった。

 そのくせ奴は教師と渡り合うほど頭が切れていて、神を探そうなどとのたまう意味不明の野郎。

 差し伸べられたては一向に下がらない。俺は自分がなぜか満足げな笑みを作っていることを自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やなこった。かったるい」

 

 

 

 

 

 光を背に、杉並が笑った気がした。

 

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