やはり俺たちの青春ラブコメはまちがっていた。 作:神納 一哉
B.T.1 それぞれの誕生日
8月8日。夏休み真っ只中のこの日は、俺の誕生日である。
誕生日ぐらい惰眠を貪らせてほしいんだが、今日ばかりはそうも言っていられないことぐらい出不精の俺にもよくわかっていたので、通学時間とそんなに変わらない朝早い時間から外出した。
順調に社畜化が進んでいる気がしないでもない。まだ学生なんですけどね。
着慣れない洋服に身を包み、姿見が鎮座する六畳ほどの部屋の中で、マッ缶を飲みながら鏡に映る自分の姿を眺めてから大きなため息を一つつく。
マッ缶を机の上に置くのとこの部屋の扉がノックされるのはほぼ同時だった。
「どうぞ」
「けぷこんけぷこん。我参上」
「帰れ」
「いきなり酷くない?」
「材木座、お前を呼んだ覚え無いんだけど」
「げふぅ。我は戸塚氏に誘われたのだ」
戸塚が呼んだのか。ならしょうがないな。
「で、戸塚は?」
「こんにちは八幡。わわっ、凄い似合ってるよそれ」
「マジで?俺的には似合わな過ぎて、すぐにでも制服に着替えたいと思っているんだが」
戸塚とお揃いだしな。
「もう、今日の主役が何を言ってるの。あ、そうそう、誕生日おめでとう。これ、誕生日プレゼント」
そう言って戸塚は小さな包みを俺に手渡してきた。戸塚マジ天使。
「サンキューな、戸塚」
「わ、我からも」
戸塚に追従して材木座が細長い包みを差し出してくる。まさか材木座から誕生日プレゼントを貰う日が来るとは思わなかった。
「おお、サンキューな。材木座」
「戸塚氏と被らないように一緒に買いに行ったから、共に使ってくれると嬉しいぞ」
「うん、そうだね。ちなみに僕からはネクタイピン」
「我からはネクタイを贈らせてもらうこととした」
社畜頑張れってことですね。わかります。
「では後ほど、お主の雄姿しかと見届けさせてもらう」
「また後でね。八幡」
「おう」
戸塚たちを見送ってから二人から貰った包みを机の上に並べて置く。ある意味社会人の象徴とも言えるものだ。
「ったく、気が早いな」
まあ、でも悪くはないな。
× × ×
礼拝堂の中央で雪乃が連れられてくるのを待つこと暫し。
両開きの大きな扉が静かに開かれ、純白のドレスに身を包み、ヴェールを被った雪乃がお義父さんに連れられて俺の方へと近づいてきた。
「……綺麗だ」
「ありがとう。貴方も格好いいわ」
お互いを真正面において見つめ合いながら言葉を交わす。
「雪乃、八幡くん。仲睦まじいのは結構だが、ここは私の顔を立ててはくれないかね?」
「すみませんお義父さん」
「ごめんなさい、父さん」
「謝るタイミングまで一緒とはさすがだね。では八幡くん。これからも雪乃のことを頼んだよ」
「はい。一生幸せにします」
「八幡。嬉しいわ」
そう言うと雪乃は自然にお義父さんの腕を離して俺の腕にしがみ付いてきた。
パイプオルガンの荘厳な調べが礼拝堂に響き始めるのと同時に、祭壇に向かいゆっくりと歩いていく。
参列者はお互いの家族と数人の友人、恩師だけというささやかなものだが、俺も雪乃も人付き合いが得意というわけではないのでむしろ落ち着くってものだ。
牧師の前に辿り着き、音楽が消えるのを静かに待つ。
「汝、比企谷八幡は、この女、比企谷雪乃を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
牧師が雪乃のことを比企谷雪乃と呼んだのは、結婚式を行う前に役所に婚姻届を出してきてあるからである。
「はい、誓います」
「汝、比企谷雪乃は、この男、比企谷八幡を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
「はい、誓います」
「皆さん、お二人の上に神の祝福を願い、結婚の絆によって結ばれたこのお二人を神が慈しみ深く守り、助けてくださるよう祈りましょう。宇宙万物の造り主である父よ、あなたはご自分にかたどって人を造り、夫婦の愛を祝福してくださいました。今日結婚の誓いをかわした二人の上に、満ちあふれる祝福を注いでください。二人が愛に生き、健全な家庭を造りますように。喜びにつけ悲しみにつけ信頼と感謝を忘れず、あなたに支えられて仕事に励み、困難にあっては慰めを見いだすことができますように。また多くの友に恵まれ、結婚がもたらす恵みによって成長し、実り豊かな生活を送ることができますように。アーメン」
俺も雪乃もキリスト教徒ではないので、祈りの言葉は口にしなかった。その代わりお互いの手袋を取り外して―雪乃のは長手袋だったので少しだけ手間取ったが―タキシードのポケットに捻じ込んで指輪が差し出されるのを待つ。
やがて牧師から差し出された指輪を取り、雪乃の左手薬指に嵌めると、雪乃が指輪を取り、俺の左手薬指に嵌めてくれる。
それから俺は雪乃のヴェールを後ろに払いあげ、小さく微笑みあってから雪乃の両肩に手を置いて、目を閉じて唇を交わした。
先ほどから一言も言葉を発するものがいないのは、俺たちがそう望んだからだ。指輪の交換だの、誓いの接吻だの、いちいち実況されたくはない。
小町や陽乃さんがビデオカメラで撮っているのは、この際仕方のないことだと気にしないことにした。
俺たちが誓いの接吻を済ませて扉側に身体を向けると、再びパイプオルガンの荘厳な調べが礼拝堂に響き渡る。
それぞれの両親や小町、陽乃さん、平塚先生、戸塚、由比ヶ浜、材木座、城廻先輩、一色、川崎、三浦、海老名さんなんかが、赤絨毯の上を歩く俺たちに祝福の言葉をかけてくる。
川崎や三浦、海老名さんが来てくれたのは意外だったな。材木座はまあ、戸塚が呼んだから仕方ないね。
俺たちが大扉から外に出ると、それに合わせてウエディングベルが響いた。このまま暫くの間はここで待機して、チャペルの前で記念撮影を行う手はずになっている。
「これからもよろしくな」
「こちらこそ。これからもよろしくね。旦那様」
その呼び方は反則だ。クラっときたぞ。
「八幡の誕生日に入籍したから、比企谷雪乃の誕生日も8月8日ということになるのだけれど」
「いや、普通に結婚記念日で良くない?」
「貴方とお揃いというのがいいのよ」
「そっか。まあいいんじゃねえの?」
「ええ」
嬉しそうに微笑む雪乃に見惚れながら、俺も自然と微笑みを浮かべていた。
「よろしくな。奥様」