やはり俺たちの青春ラブコメはまちがっていた。 作:神納 一哉
1 なんだかんだで、奉仕部での日常(?)が始まる。
月曜日の放課後、俺はいつものように部室の中で雪ノ下の入れた紅茶を飲み、由比ヶ浜が用意したお茶受けのお菓子(市販品。これ重要)をつまみながら文庫本を眺めていた。
雪ノ下は文庫本に視線を落とし、由比ヶ浜はデコトラみたいにキラキラした携帯を弄っている。
いつもの光景のはずなのに、なんていうか、その、空気が違う。
原因はわかっている。うん。わかっているんだけど…。
「…比企谷くん。おかわりは?」
「あ、うん。もらおうかな」
「わかったわ。ちょっと待ってね」
そう言って雪ノ下は俺の湯のみに紅茶を注ぐと、湯のみを自分の口元へと持っていく。
「ふーふー、ふーふー」
「雪ノ下?お前、何やってんの?」
「比企谷くんが猫舌だから、紅茶を冷ましてるのだけれど」
雪ノ下は少しだけ首を傾げてそう言うと、再び湯のみの中に息を吹きかける。
え?なんなのこれ。恋人なの?いや、かわいいのんですね。
「ヒッキー」
「な、なんだ?」
「はい、あーん」
「はぁ!?」
由比ヶ浜がクッキーを手に、満面の笑顔でそんなことを言ってくる。
「ほら、あーん」
「いや、置いといてくれれば普通に摘むから」
「ヒッキー両手ふさがってるじゃん。だから、あーん」
いやいや、それっておかしいよね?なんなの?看病なの?俺、どこも悪くないんだけど。
「今はいらないから。それは由比ヶ浜が食べてくれ」
「むー。ヒッキーの意地悪」
由比ヶ浜はぷくっと頬を膨らませると、手に持っていたクッキーを机の上の皿の中に戻す。
……どうしてこうなった。
再び携帯を弄りだした由比ヶ浜から、湯のみの中に息を吹きかけている雪ノ下へと視線を移し、俺は二人に聞かれないように小さくため息をついた。
× × ×
夕陽に染まる空と雲を背に、雪ノ下が意を決したかのように口を開く。
「私の依頼は、比企谷くんと同じよ。…私は本物が欲しい。私の中の本物を見つけて欲しい」
その言葉を聞いた瞬間、俺は雪ノ下から目を離すことができなくなった。雪ノ下は澄んだ瞳で真っ直ぐに俺を見つめている。
「…だと思った。それじゃあ、みんな同じだね」
「由比ヶ浜さん。ええ、そうね」
「ゆきのんも、…勝ったら全部貰うんでしょ?」
「そうね。そうなるわね。…私も、卑怯ね」
由比ヶ浜の問いに、雪ノ下はそっと俺から視線を逸らし、瞳を閉じて呟いた。雪ノ下の呟きを聞いた由比ヶ浜は、暖かな微笑みを浮かべたまま小さく頷いている。それは二人にしかわからないものがあることを感じさせた。
「…由比ヶ浜さん、さっき比企谷くんに渡したもの。本当にただのお礼ということでいいのかしら?」
「……うん、そうだよ」
「……そう」
雪ノ下は少し逡巡してから、鞄の中に右手を差し込み、それから俺の方を見て、右手に縦長の紙袋の取っ手を掴んで俺の方に差し出した。
「比企谷くん。……これ、貰ってくれる?」
「お、おう」
「依頼とは関係ないものだから。そうね、世間一般で言う今日限定のものよ」
それにどのような想いが込められているのか明言はせず、雪ノ下は小さく微笑んだ。
「それで、私も由比ヶ浜さんも、勝ったら全部貰うことにしているのだけれど、比企谷くんはどうするのかしら?」
「俺は………」
言いかけて言葉に詰まる。雪ノ下と由比ヶ浜が言う『勝ち』とは何を意味しているのか、『みんな』とは何を表しているのかが不明瞭だ。
…いや、違う。俺はこの俺たちの関係の違和感から目を背けてきた。
由比ヶ浜は今日、デートしようと俺を呼び出し、お礼としてクッキーをくれた。そして勝負に勝ったら全てを貰うと宣言した。
雪ノ下は自分の中の本物を見つけてほしいという依頼をして、バレンタイン限定のものをくれた。そして由比ヶ浜と同じように勝負に勝ったら全てを貰うと宣言した。
二人が求めるものは、相容れないものだ。決して混ざり合うことのできないもの。どちらかは傷つき、お互いの関係も否応なしに変わっていくだろう。
「俺は、奉仕部が、今の関係が、いいと思っている。雪ノ下が居て、由比ヶ浜が居て、俺が居る。そんな関係を壊したくない、そう思っている」
声が震える。だが言わなくてはいけない。
「でも、この関係のままでは駄目だっていうのも、わかってはいる」
雪ノ下も由比ヶ浜も真っ直ぐに俺を見ている。俺は視線を合わせることはできなかった。
「…1か月、時間をくれないか?」
「…バレンタインデーの返事はホワイトデーに。ということかしら?」
「理由付けとしてはそれでもいい。お互い考える時間も必要だと思うし」
「じゃあそれまでは今まで通りってこと?」
「そうしてくれると助かる」
雪ノ下と由比ヶ浜はお互いを見て小さく頷く。
「では、そうしましょう」
「そうだね」
「悪いな」
「でも、完全に元通りというのは無理よ。わかるわよね?」
「ああ」
「じゃあ、その、ひとつお願いがあるのだけれど」
「なんだ?」
「比企谷くん。私と連絡先を交換してくれるかしら?」
「ああ…っと、これだ、登録してくれ」
俺は携帯を取り出してメールアドレスを表示させて雪ノ下に差し出した。雪ノ下は少し驚いたような表情を浮かべ、自分の携帯を操作し始める。
「無防備ね」
「見られて困るもんないからな」
「電話番号は?」
「ほら」
「登録完了。確認で電話をかけるわね。あと、空メールも送るわ。比企谷くんはそれを登録して」
「了解」
その場で見慣れない番号からの着信とメールを確認して、それらを雪ノ下雪乃として携帯に登録する。
「…由比ヶ浜さん。これから一か月は、私たちから誘うのは無しにしましょう」
「うん、そうだね」
雪ノ下と由比ヶ浜はそう言葉を交わす。
「さて、じゃあ帰ろっか」
「そうしましょう」
「おう」
夕陽を背に、誰からともなく駅に向かって歩き出す。
こうして俺たちは、期間限定ではあるものの日常を取り戻したのである。