やはり俺たちの青春ラブコメはまちがっていた。   作:神納 一哉

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エピローグ後の話になります。


B.T.2 雪ノ下雪乃は愛を知る①

「お帰りなさいませ、雪乃お嬢様。いらっしゃいませ、比企谷様」

 

「ただいま。私たちは応接間に行けば良いかしら?」

 

「はい、そのように承っております」

 

玄関で靴を脱いでいると、どこからともなく家政婦らしき人が現れて雪乃に声をかけてきた。

 

そのやり取りを聞いているだけで、雪乃がお嬢様だということを否応なく認識させられた。

 

「わかりました。行きましょう、八幡」

 

「お、おう」

 

雪乃に手を引かれて廊下を進み、比企谷家のリビングの倍はありそうな部屋に連れ込まれて応接セットのソファーに座らされた。

 

雪乃はさも当然のように俺の横に座り、俺の肩に寄りかかってくる。

 

「なあ雪乃、これからお義母さんが来るのに、寄りかかってるのはヤバいと思うのだが」

 

「大丈夫よ。家族公認と言ったでしょう」

 

「いや、それでもだな…」

 

とりあえず寄りかかるのは止めた方がいいと言おうとしたとき、扉が開かれ、和服姿の女性が入ってきて俺たちの前のソファーへと腰を下ろした。

 

「いらっしゃいませ、比企谷八幡さん。お帰りなさい、雪乃」

 

「ただいま母さん」

 

「…お邪魔しています」

 

「こうして言葉を交わすのは初めてですね。雪乃の母の雪ノ下陽菜(はるな)です」

 

穏やかだが、有無を言わせぬ迫力を感じさせる声だった。

 

だから、雰囲気に飲まれる前に俺はあらかじめ考えてきた口上を口にする。

 

「比企谷八幡です。本日は私と雪乃さんとの婚約を認めていただくために参りました」

 

「比企谷さん、貴方、勘違いしていますわよ」

 

「は、はあ?」

 

「婚約とは当事者同士、この場合は比企谷八幡さんと雪乃との合意で成立するものなの」

 

「いえ、俺たちまだ未成年ですから」

 

「そうですね。では、比企谷さんのご両親はお認めになっているのかしら?」

 

そうくるか。

 

なので、俺はあらかじめ用意してあったものを制服の内ポケットから取り出し、雪ノ下母の前へ置く。

 

「あら。用意周到かと思いましたけれど、残念ね。これでは足りないわよ」

 

俺の名前と両親の名前が記入されている婚姻届を一瞥して、雪ノ下母は薄い笑みを浮かべてそう言うと、婚姻届をこちらに向けて雪乃の前へと差し出した。

 

「雪乃の名前が書いていないのはどういうこと?」

 

「あっ!」

 

雪ノ下母に指摘されて俺は思わず声を上げた。俺の家族しか記入していないのは昨日の夜に婚姻届を書いてもらったからである。当然のことながら雪乃は知らない。

 

やばい、雪乃に名前書いてもらうのをすっかり忘れていた。

 

ドヤ顔で雪ノ下母に差し出しちゃったし。俺の馬鹿、ボケナス、八幡!

 

「八幡、どういうことかしら?」

 

「いや、もちろん相手が雪乃だってことは両親も知ってるぞ。書いてもらおうと思って忘れてた。すまん!」

 

「貴方のご両親に認めてもらったのは嬉しいのだけれど、そんな大事なことを忘れるなんて酷いわ」

 

「本当に悪かった。それでだな、お義母さんに認めてもらうためにも、今ここで書いてもらってもいいか?」

 

「書くものはあるのかしら?」

 

「ああ、ほら」

 

内ポケットからボールペンを取り出して雪乃に渡す。

 

雪乃はボールペンを受け取ると流麗な文字で婚姻届に自分の名前を記入して、顔を上げて母親に向き直った。

 

「母さん。私は彼と、比企谷八幡と婚約したいです」

 

「雪乃。それは本当に貴女の本心ですか?」

 

「はい。八幡は私を、雪ノ下雪乃を認めて、受け入れてくれました。それに私も比企谷八幡個人を認めて、受け入れたいです」

 

真っ直ぐに母親を見据えてはっきりとそう宣言する雪乃。

 

俺がその横顔に見惚れていると、雪ノ下母は暫くの間、無言で俺たちの方を見ていた。

 

「雪乃」

 

「はい」

 

「貴女にとって、比企谷八幡さんはどのような人になるのかしら?」

 

雪乃は俺の手を握ると小さく微笑んで、はっきりと言った。

 

「伴侶です」

 

その言葉を聞いた瞬間、俺は雪乃に抱き着いていた。

 

「八幡、苦しいわ」

 

「………ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

雪乃は俺の耳元でそう囁くと、そっと抱き締め返してくる。

 

「ふふ。本当に信頼し合っているわね」

 

「ええ。信頼し合っているわ」

 

「少し場を弁えた方がいいと思いますけれど、今回は不問にします。とりあえず、ふたりとも離れなさい」

 

雪ノ下母に言われてお互いの戒めを解いてから相手に向き直った。

 

隣り合った手は繋いだままにしているが、そのくらいは勘弁してもらいたい。

 

「比企谷さん、貴方、雪ノ下を名乗ることになっても大丈夫かしら?」

 

「雪乃さんと一緒になれるのであればそれでも構いません。うちは一般家庭ですから苗字に拘りはありませんし」

 

そこそこの由来はある比企谷姓ではあるが、まあ親戚の誰かが継いでいくだろうから俺的には問題ない。

 

「雪乃も構わないのかしら?」

 

「八幡と一緒になれる最善手がそれだったら仕方がないけれど、私は、その、できれば比企谷雪乃になりたいと思っているわ。その方がお嫁さんって実感できるから……」

 

「ふふ。雪乃は嫁ぎたいのね」

 

「ええ」

 

「比企谷さん、進路は決まっていらっしゃるの?」

 

「その、雪乃さんと同じ大学へ行きたいと考えています」

 

「そうですか。そうすると5年以上は結婚する気が無いということになりますね」

 

目を細めて雪ノ下母が俺を見据える。

 

「親の庇護下にいる間は、結婚するわけにはいきませんよね?」

 

「親の庇護下でも結婚する者はおりますよ?政略結婚はその最たるものですね」

 

「……意に沿わない結婚を強いる気ですか?」

 

真っ直ぐにこちらを見ている雪ノ下母を睨む。

 

雪乃は不安になったのか、俺の手を握る力が強くなった。

 

「そうね、雪乃には意に沿う形の政略結婚をしてもらおうかしら」

 

「私は、八幡以外とは嫌よ!」

 

「待て雪乃。お義母さん、今、意に沿う形の政略結婚って言いましたか?」

 

「ええ、言いました」

 

「それはいったい?」

 

「つまり、比企谷八幡さんに雪乃を嫁がせます。その代わり比企谷さん、いえ、八幡さんと呼ばせていただくわね。八幡さんは雪ノ下建設の経営に携わる資格取得を目的とした学科のある大学へと進学していただきます。この条件でよろしければ、私たちの庇護下でも結婚が可能になりますよ」

 

そう言うと、雪ノ下母は優しく微笑んだ。

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