やはり俺たちの青春ラブコメはまちがっていた。   作:神納 一哉

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夜 マンションにて

「雪乃ちゃん。ただいま」

「おかえりなさい。姉さん」

「カップが出てるってことは、誰か来てたの?」

「ええ。比企谷くんと勉強会をしてたの。由比ヶ浜さんは来れなくなって…」

「そっか。もうじき期末試験か」

「そうよ。それで、今週はここで勉強会をしたいのだけれども…」

「明日は放課後だけど、土日はどうするの?」

「土日は1時から6時位までやれたらいいかなって」

「オッケー。じゃあ私は適当に出かけるようにするね」

「ありがとう。姉さん」

「いいっていいって。雪乃ちゃん。紅茶なのに湯のみを使うなんて、相変わらず好きだね、パンさん」

「そうね。好きよ」

「でもさ、マグカップでもよくない?あったよね?パンさんのマグ」

「…一応、お茶だから湯のみの方がいいと思って」

「ふぅん。まあそういうことにしておいてあげる」

「………」


7 そして、俺たちは束の間の安らぎに身を委ねる。

「ゆきのーん。疲れたよー」

 

「まだ始めたばかりよ。由比ヶ浜さん」

 

「開始早々参考書も教科書もノートも開かずに疲れたってのは、ある意味斬新だな。おバカ浜」

 

「ヒッキー酷い!おバカ浜って言うなし!」

 

「おバカ浜……。ごめんなさい由比ヶ浜さん。今の状況だととてもしっくりきてしまうわ」

 

「ゆきのんも酷いし!?」

 

「いや多分、今この場に居たら三浦達も同じこと言うと思うぞ?」

 

「優美子まで!?」

 

「いや正確にはわからんけど」

 

三浦なら『始める前からそんなこと言うなし』とか叱ってきそうだよな。怒るじゃなくて叱るところが三浦だ。

 

「あ、そうだ。あたし、新発売のお菓子買ってきたんだー。ゆきのん、お皿ある?」

 

「まだお茶を飲むには早いと思うのだけれど」

 

「えー。ゆきのんの淹れてくれる紅茶、楽しみにしてきたんだけどなあ」

 

「…お湯を沸かしてくるわ」

 

「ゆきのん大好き!」

 

「暑苦しいわ。それに抱き着かれるとお湯を沸かしに行くことができないのだけれど」

 

お茶の用意をする気満々じゃねえか。相変わらず由比ヶ浜には甘いですね。ゆきのん。

 

結局、勉強を始める前にお茶会の準備のために雪ノ下がキッチンへと消えていった。これもう今日は勉強しないよね?

 

「赤点取っても知らねえぞ」

 

「取らないし!……多分」

 

「じゃあ赤点取ったら、お前のことおバカ浜って呼ぶことにするわ」

 

「酷いし!ゆきのーん。ヒッキーが虐めるよー!!」

 

「比企谷くん。由比ヶ浜さんに謝りなさい」

 

「俺別に由比ヶ浜のこと虐めてないからね!?赤点取ったらおバカ浜って呼ぶって言っただけだから」

 

「確かに、虐めではないわね」

 

「えー。ゆきのんが赤点取ったらおバカ下って呼ばれるんだよ!」

 

「赤点を取る気なんて更々ないのだけれど、そういう風に呼ばれるのはごめんだわバカ(がや)くん」

 

「なんで俺が貶められるんですかね?」

 

「おバカ浜なんて言い出したのは貴方でしょう?」

 

「そうだそうだヒッキーが悪い」

 

「へいへい。俺が悪うございました」

 

雪ノ下・由比ヶ浜連合に責められては万に一つも勝ち目がないので、俺は素直に白旗を上げた。

 

俺の言葉を聞いて、由比ヶ浜はドヤ顔を俺に向ける。ムカついたので期末試験で赤点取ったら本当におバカ浜って呼んでやることに決めた。

 

         × × ×

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

雪ノ下が俺の前に置いたのは雪ノ下と由比ヶ浜の前に置かれたのと同じソーサーに載せられたティーカップだった。

 

雪ノ下を見ると、彼女はちらりと由比ヶ浜の方を見てから小さく微笑んで、それから人差し指を立てて自らの唇に当てる。どうやら湯のみのことは由比ヶ浜には秘密らしい。

 

「このお菓子当たりだし。美味しい。ゆきのん、ヒッキー、食べて食べて」

 

「いただくわ」

 

「ありがとな」

 

木皿に入れられていたスナック菓子を一つ摘んで口に放り込む。南瓜のポテトチップスもどきかな。悪くない。南瓜の仄かな甘さがいい塩梅だ。

 

「うん。旨いなこれ。南瓜を棒状に切って揚げただけだろうけど。今度作ってみるかな」

 

「ヒッキー作れるの!?」

 

「料理ってほどでもないからな。由比ヶ浜は作っちゃ駄目だぞ。お百姓さんが泣いちゃうから」

 

「あたしが作るとお百姓さん泣いちゃうの!?」

 

「ああ。丹精込めて作った野菜が炭にされちまうからな」

 

「そんなことないし!……多分」

 

「言い切らないだけ成長したな由比ヶ浜」

 

「そんな風に褒められても嬉しくないし!」

 

「いいえ由比ヶ浜さん。自分のことを知ることは大事なことよ」

 

「ゆきのんが辛辣だし!?」

 

由比ヶ浜が辛辣なんて言葉を知っている、だと!?

 

雪ノ下も俺と同じことを思ったらしく、まるで信じられないものを見るように由比ヶ浜を見つめていた。

 

「二人とも酷いし!」

 

「悪い」

 

「ごめんなさい」

 

ほぼ同時に俺と雪ノ下が謝ると、由比ヶ浜がくすっと笑い、それにつられて俺と雪ノ下も笑みをこぼした。

 

ああ。やっぱりこうして三人で過ごすのは楽しいな。

 

奉仕部の部室で過ごす時間も楽しいが、こうして三人で集まって過ごすのも部室と変わらずに楽しい時間であることに変わりはなかった。

 

「ヒッキー、ゆきのん。えへへ。こういうのも楽しいね」

 

「ええ、そうね」

 

「ああ、そうだな」

 

素直に由比ヶ浜に同意する。俺だけじゃなくて由比ヶ浜と雪ノ下もこの時間を楽しいと思ってくれていることが、何よりも嬉しかった。

 

もう少しだけこの時間を大切にしたい。たとえそれが欺瞞だろうと、俺は、いや俺たちは束の間のこの優しい時間に身を委ねていたかった。

 

だが、タイムリミットは決まっている。

 

「……期末試験が終わったら、な」

 

「比企谷くん」

 

「ヒッキー」

 

「だから、勉強会の間はさっきみたいに過ごしたい。……いいか?」

 

「そうね。そうしましょう」

 

「うん」

 

何とも言えない空気が俺たちを包み込む。その原因を作ったのは比企谷八幡。そう、俺だ。

 

ごめんなさい。気が付いたら声が出ていたんです。ホント空気読めなくてごめんなさい。

 

「提案なのだけれども、今日はもう勉強会って雰囲気じゃなくなってしまったからお茶会にしましょう。その代わり、今週末、明日からの三日間もここで勉強会をしましょう」

 

「賛成。土日もゆきのんに教えてもらえば、赤点なんて取らないで済みそうだし」

 

「悪い。お言葉に甘えさせてもらう」

 

「いいのよ。私もそうしたかったのだから」

 

そう言って微笑む雪ノ下を見て、俺は頭を掻くと自分以外に聞こえない声で呟いた。

 

「ありがとう」

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