アカメが斬る! ━とある国の英雄譚━   作:針鼠

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エピソード 1ー3

「首斬りザンク?」

 

 

 モソモソとサンドイッチを頬張りながら、メズは首を傾げた。

 

 

「今帝都で絶賛活動中の辻斬りだ。――――てか、お前それ俺の朝飯だぞ」

 

「ゴックン。へー、そんなのいるんだ。……モグモグ」

 

「話を聞け。食うのをやめろ」

 

 

 しかし一向に手を止めないメズ。彼女の分も朝食はあったのだが、一瞬でそれを食べ終えたと思ったらグリムの分にまで手をつけた。注意をするも聞く耳持たず。瞬く間に全て平らげてしまう。

 はぁ、とため息をつきながら、グリムは空腹を慰めるように煙草を咥えた。

 

 

「元々は帝都の監獄で働く役人だったらしいな。欠勤ゼロ。問題を起こした事も無い。至って真面目なザ・お役人様だ」

 

 

 深い吐息と共に、紫煙を吐き出す。

 

 

「だからだろうな」

 

「んー?」

 

「こんなご時世だ。斬る首は絶えなかっただろうさ。毎日毎日、命乞いに恨み言を聞きながら、ザンクは首を斬り続けた。毎日毎日。決して仕事を休まず、決して職務を放棄しなかった」

 

 

 結果がこれだ。

 

 

「今じゃ辻斬りめいた連続殺人犯。頭か心がイカれたんだろうさ」

 

 

 或いは、ザンクが最初から異常者であったなら。

 或いは嫌なことを投げ出すことの出来る不真面目さがあれば。

 

 彼は壊れることもなかっただろうに。

 

 だというのに、

 

 

「――――そんなもん?」

 

 

 キョトン、という言葉が似合うほど無邪気に、メズは首を傾ぐのだ。

 

 見た目の可憐さで忘れそうになるが、彼女はこう見えて元は大臣お抱えの殺人集団の一角だった人物だ。

 出自を辿っても(・・・・・・・)、初めから帝都の闇に浸かっていた彼女からすれば、人を殺めることが己が壊れる原因になるなど理解出来ないのだろう。

 

 

「そんなもんなんだよ、普通は」

 

「そうなんだー。アタシにはわっかんないや」

 

 

 コロコロと笑うこの少女が、件の首斬りより余程恐ろしい存在なのだと一体だれが信じようか。

 

 

「あれ? 出かけるの?」

 

 

 玄関口の洋服掛けに掛けてあった隊服を手に取ったグリムの背中に、メズは声をかける。

 

 

「どっかの誰かが他人の朝飯まで食うもんだからな。朝飯買いがてらに出勤だよ」

 

「そのザンクって人も、アンタぐらい不真面目なら良かったのにネ」

 

「ほんとなー」

 

「いやいや、そこは否定しようヨ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我ながら良いモン視せてあげたらしい」

 

 

 眼前に立つロングコートの男――――ザンクを前に、タツミは体を硬直させる。

 つい今し方まで、亡き親友の少女を見て、抱きしめたら、それが実は巨漢のおっさんだったなど信じられなくて当然だ。

 

 いくら親友を失い傷心していたとはいえ、可憐だった少女と目の前の男は似ても似つかない。確かに先ほどまでタツミの目には彼女の姿が見えていたのだ。

 

 あり得ないことが起こる。

 

 

 ――――帝具!

 

 

「ピンポーン。その通り」

 

「!?」

 

 

 巨漢の男――――ザンクは、引き裂くように笑った。

 咄嗟に剣を構える。――――しかし今のはまさか。

 

 

「……心を、読まれた?」

 

「帝具《スペクテッド》。これは五視の能力がひとつ、洞視。顔の表情やらから相手の思考を読み取るのさ」

 

 

 両手の袖から飛び出す短剣。ザンクは手の甲に固定して扱う特殊な剣術を使うと事前情報で聞いている。

 

 先ほどのサヨの姿もザンクの仕業だとすれば、自分はまんまと誘い出された形になる。

 

 

(せめてみんなが来るまで――――)

 

「――――時間稼ぎか?」

 

 

 またもや思考を読まれる。

 ニンマリ笑うザンクと対照的に苦い顔をするタツミ。

 

 

「無理無理。お前の心、全て視えてるから」

 

 

 タツミが踏み込む。

 

 思考が読まれている以上、こうしていても埒があかないと判断した先制攻撃。

 

 

「上段からの斬撃」

 

 

 懐深く左足を踏み込んでの切り下ろし。

 

 

「返す刀で切り上げ」

 

「チィッ!」

 

 

 タツミの攻撃を先に先にと言い当てるザンク。切り上げは容易く撃ち落とされる。

 

 

(敵が俺の動きから攻撃を予測するなら!)

 

 

 止められた剣をさらに返す。ザンクの武器は今顔の前まで上がっている。なら、身長差を活かして無防備の下段への斬撃――――、

 

 

「――――はフェイクで、本命は喉笛を狙った突き……と考えていただろう?」

 

 

 巨体を縮めたザンク。狙いすました目標はもう無い。逆に、硬直したタツミの懐へザンクが潜り込む。

 

 斬られる!

 

 そう思ったタツミの目の前で、ザンクの顔色が喜色から一変、視線をタツミから外す。刹那、飛び込んできた影によってザンクの巨体が吹き飛んだ。

 

 

「な……なんだ?」

 

 

 突然の出来事に驚くタツミ。そんなタツミは割って入ってきた人物を見てさらに驚く。乱入者は白い道着を着崩して、小麦色の肌を大胆に露出した少女だった。そんな女の子が殺人鬼を蹴り飛ばしたのだ。

 只者ではない。だが、一体彼女は何者なのか。

 考えに耽るあまり立ち尽くしていたタツミは、そんな少女と目があったことで心臓が大きく跳ねた。

 

 

「大丈夫かー? 少年」

 

「え……あ、ああ」

 

「そうか! あの殺人鬼相手に今まで足止めしてたなんてすげーな! エライ!」

 

 

 褐色美少女に突然褒められたことに照れる思わずタツミ。しかしすぐに気を引き締め、改めて少女を観察する。あのザンクを蹴り飛ばしたことから実力は間違いなくある。だが、問題はそこではない。彼女が何者か、だ。

 敵か味方か。

 ザンクを攻撃したことからザンクの仲間ということはないだろうが、だからといってこちらの味方とは限らない。

 

 

「よっしゃ少年、一緒にあの殺人鬼をやっつけるゾ!」

 

 

 タツミが警戒しているのとは裏腹に、少女の方はタツミに並び立つようにして構えを取る。彼女が何者かはわからないが、少なくともタツミがナイトレイドだということはバレていないらしい。

 考えてみれば当然で、タツミがナイトレイドに加入したのはつい最近。手配書どころかメンバー以外知りようがない。

 

 ならばと、タツミは考える。

 このままこの少女とザンクを倒す。逃せばまた無関係な人間が辻斬りの犠牲になるかもしれない。

 

 

「ああ!」

 

 

 己に喝を入れる意味でも威勢よく返事をする。それに少女は快活に笑い――――次の瞬間、目の前で金属が打ち合う鈍い音が破裂した。

 

 

「え?」

 

「ありゃ?」

 

 

 困惑の声の出処は2つ。ひとつはタツミ。そしてもうひとつは、今まさにタツミの顔面に向けて拳を放った少女のものだった。その拳を止めたのは、

 

 

「アカメ!?」

 

「下がれタツミ」

 

 

 呆けていたタツミだったが、アカメの言葉でようやく我を取り戻し、指示通り下がる。それを確かめてからアカメもタツミのもとまで下がる。

 

 

「あちゃー。しくったしくった」

 

 

 アカメに止められた右拳をぐっぱと開閉して、カラカラ笑う少女。少女はアカメを見るなり懐かしそうに目を細めた。

 

 

「久しぶりだね、義妹(いもうと)よ」

 

「メズ……」

 

「知り合いなのか、アカメ」

 

「帝都にいた頃に一緒に仕事をしたことがある。そして、私を暗殺者として育てた人の娘だ」

 

 

 アカメはかつて帝都の暗殺部隊に所属していて、そこを抜けて革命軍(ナイトレイド)に入ったのだと。

 

 アカメの強さは帝都時代に培われたもの。つまりは、アカメの強さの根っこを鍛え上げた人物こそが、メズと呼ばれた少女の親ということだ。

 ザンクを蹴り飛ばした強さも納得というもの。

 

 なにより、アカメから発せられる気配が彼女の強さを表している。最大級の警戒。すなわち、そうしなければならない相手なのだと。

 

 

「まさか皇拳寺羅刹四鬼が出てくるとはな」

 

「いやぁーなんていうかー」メズはポリポリと頬を掻きながら「実はアタシもクビになったっていうかー。もう羅刹四鬼じゃなくなっちゃってっていうかー」

 

 

 歯切れの悪いメズの言いように首を傾ぐアカメ。

 

 

「――――でもまあ」

 

 

 一足飛び。

 

 メズの手刀がアカメの首を刈りにくる。

 予備動作無し。

 疾風の如き身のこなし。

 

 

「アカメの敵なのは変わらないぜい!」

 

 

 しかしアカメは難なくそれを躱し、返す刀で胴体を薙ぐ。それを今度はメズが上体を後ろに反らして回避。

 後頭部が地面すれすれまで落ちる。そんな体勢でありながらさらなる反撃。なんと少女の腕が2倍ほどの長さにまで伸びた。

 異形なる攻撃にもしかし、アカメがまるで動じず対処する。伸び切った腕を狙って刀が振られるが、その前に伸びた腕は元の長さまで戻ってしまう。

 

 

「やっぱ強いネー、アカメ。さすがオヤジが育てたエリート中のエリート」

 

「アカメ! ……くっ!?」

 

 

 加勢に向かおうとしたタツミだったが、視界の端に入った剣を迎撃する。

 

 

「愉快愉快! 首を斬られたときの表情っていうのはたまらなくイイのさ! 特に、お前のような真っ直ぐな瞳をしている奴の命乞いってのはたまらない!」

 

「この変態野郎が!」

 

 

 メズの攻撃から復帰したザンク。ダメージは浅い。攻撃に気付いていち早く受け身を取ったのだろう。

 そこから分かる通り。この場で最も弱いのは自分だ。

 実力が劣ってる。帝具も無い。おまけに相手に心が読まれてる。なら、

 

 

「シンプルに行く――――この一撃に全てを懸ける!」

 

 

 心が視られているなら相手が反応出来ない速さで。

 

 超えろ。限界を、超えろ!

 

 

「勇ましいねえ。首切りの達人が介錯をしてや――――」

 

「お、おおおおおおおおお!!!」

 

 

 交錯。

 

 背中から大量の血を流すタツミ。しかし、彼は勝ち誇ったように笑った。否、彼は勝ったのだ。その証拠に頬から血を流すザンクの顔は驚愕に染まっていた。

 あの一瞬。確かにタツミはザンクの予測を超えた。

 

 

「へっ、なにが首切りの達人だ。斬り損なってんじゃねえか、ヘボ野郎」

 

「だ、まれぇぇぇ!!」

 

 

 タツミの挑発に激昂したザンクが、倒れるタツミに追撃を仕掛ける。しかし、それはアカメの不意打ちに防がれる。

 

 

「いい悪態だ。精神的にはお前の勝ちだ、タツミ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かったのかヨ?」

 

「なにが?」

 

 

 アカメがザンクを斬り捨てる様を遠間から眺めながら、メズはグリムへ尋ねる。彼女達のいる場所はアカメの索敵にギリギリ引っかからない位置。グリムは一部始終をここでずっと見ていた。

 メズはアカメとの戦いをそこそこで切り上げてグリムに合流したのだ。

 

 

「あの殺人鬼の持ってた帝具、持ってかれちゃうぞ?」

 

「別に俺は帝具なんて欲しくないさ。今回いるのはザンクの首だけだ」

 

 

 首切りザンク。夜な夜な帝都の人間を斬り殺し、果ては警備隊――――《オーガまで手にかけた殺人鬼》。

 

 

「むしろ帝具は革命軍に持っていてもらった方が都合が良い」

 

「なんでさ?」

 

「いくら反乱によって革命軍が勢いづいてるといっても、今はまだ帝都の戦力の方が上だ。革命軍にはもう少し大きくなってもらわなきゃならん。オネストが無視出来なくなるくらいに、な」

 

 

 グリムの横顔を見ながら、メズは言う。

 

 

「アンタってさ、(こっす)いよな」

 

「そこは策士だね、とか言ってくれよ」

 

 

 翌朝、複数の辻斬り及び警備隊隊長暗殺の犯人であるザンクが捕縛、後に処刑されたという報が帝都に広まった。




閲覧ありがとうございました。

>ひっさしぶりの更新でなかなか執筆が止まらなかった本日でした。

>ザンクさん登場からの即時退場。すまねえ、全国のザンクファンの皆々様!(いるかわからんけど)

>あんまり主人公は出てこない話ですが、一応前話のオーガ暗殺からの続きになるという話でした。分かり難かったらすみません。
グリムさんが本格的に活躍するのは実はもうちょい先でして、しばらくはこうした暗躍が多いのかなぁ。いや書いてみるとそうじゃなくなるかもしれませんが。

>さてさて、次話は少々の創作を挟んで、皆様のトラウマ回へと突入です……。

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