一面大理石の床。見上げるほど高い天井には絢爛なシャンデリア。壁や柱の装飾は一流の彫刻師達によるもの。
そんな空間の中心へと据えられた大きな椅子。十数段の階段の上にある装飾華美な椅子に座るのは、まだ幼い少年であった。
父親譲りの浅緑色の髪。中性的な可愛らしい顔立ちは母親譲り。幼くも溢れ出る風格と気品さは、彼の血が故のものか。
彼こそが帝国皇帝その人であった。
皇帝は幼いながら、堂々とした振る舞いで玉座に腰掛け、視線を下ろす。
「面をあげよ、エスデス将軍」
「はっ」
皇帝の声掛けによって、跪いて顔を伏せていた体勢から、顔だけをゆっくり上げる。
腰まで届く青い髪。胸元の開いた軍服から見える女性の肌は雪のように白かった。もし彼女の着ているものが軍服ではなくドレスであれば、どこぞの妃か貴族の娘といわれても疑いはしないだろう。
しかして彼女の正体は、帝国でも最強と名高いブドー大将軍と双璧を成す女将軍、エスデス。又の名を――――ドSの女王。
エスデスの偉業は数知れず。特に彼女の部隊は帝国内でも最強の攻撃力を誇り、滅ぼした部族、危険種は星の数ほどである。
そして今日また一つ、彼女の武勇伝に加えられる。北の異民族制圧、と。
「北の制圧見事であった、エスデス将軍。褒美に黄金一万を用意してあるぞ」
「ありがとうございます。北に備えとして残してきた兵に送ります。きっと喜びましょう」
「そうか。相変わらず将軍は無欲だな」
「欲ならございます。私は闘争を求めています。出来ますれば、今後も私に戦場を与えてくだされば幸いです」
エスデスの言葉に嘘はない。
彼女は金も権力も求めない。ただただ闘争を。それだけを求めて士官したのだ。
生まれてこの方争いとは程遠い生き方をしてきた皇帝には、エスデスの気持ちはわからない。それでもこれが彼女の望みのものであればいいと思いながら言った。
「戻ってきて早々に悪いが仕事がある。現在帝都周辺に、ナイトレイドをはじめ凶悪な輩がはびこっている。それを将軍の武力で一掃して欲しい」
「………………」
エスデスの青い瞳は皇帝から少し横にずれた。本来歴代の皇帝のみ上がることが許された壇上に、皇帝の傍らとはいえ当然のように立っている巨漢の男、オネスト大臣。
抱えた木箱から寿司を貪るオネストは、エスデスの視線に気付くとニヤリと笑った。それだけでエスデスは全てを察した。
この仕事は皇帝の願いというよりオネストの企み。先日まで北にいたエスデスだが、帝都の状況は逐一部下を通じて報告を受けているのである程度把握出来ている。大方、遠いとはいえ縁者まで殺されて、いいようにやられているのが気に食わなかったのだろう。加えて南の革命軍の動きも最近活発になってきているので、その牽制もあるだろうが。
そもそも、幼い皇帝は実質オネストの傀儡同然。皇帝自身の願いなどはなからありはしない。
「わかりました。ひとつお願いがあります」
「なんだ? 兵士ならなるべく多く用意するぞ?」
「多くはいりません。――――6人いただければ」
「たった6人でいいのか!?」
「ただ敵も帝具使い。帝具には帝具が最も有効。帝具使いを6人集めてください。兵はそれで充分です。それらで治安維持部隊を作り、賊を葬りましょう」
「将軍の部下には三獣士と呼ばれる帝具使いがいたな。さらに6人か?」
「はい」
「うーん……」
1つでも破格の戦力を有する帝具。その力を1人の人間に集約する危うさを皇帝は懸念していた。その思考は当然で、また正しい。しかし、
「陛下」
後ろで控えていたオネストがさっ、と前に出て皇帝を諭す。
「エスデス将軍になら安心して預けられますぞ」
「……そうか。お前が言うならそうなのだろう。これで安泰だな!」
皇帝は先程までの思案顔から一転、大臣のたった一言で全ての思考を放棄して心から安心した笑みを見せた。
これが今の帝国の全てであった。
この暗黒時代の背景に、皇帝の私欲など一切無い。そも彼は帝国の実情を知りもしない。そうなるようオネストが情報を統制しているからだ。
そしてエスデスとオネストが組んでいる理由は単純明快。エスデスは闘争を求め、オネストは己の敵を滅ぼす手駒が欲しい。
悪鬼の如き武力と悪魔の頭脳。
これほど最凶の組み合わせもあるまい。
「そうだ将軍。苦労をかける将軍に、先の黄金とは別に褒美を取らせたい。なにか欲しいものはないか?」
「そうですね」ふむ、とエスデスはしばし考え「あえていえば」
「あえていえば?」
「恋をしたいと思っております」
――――場の空気が凍った。
趣味は拷問。周囲に侍らせるのは『人』という種族のペット。首切り、生き埋め、串刺し、引き裂き……残虐の限りを尽くし、なおそれ以上を求める。ドSが人の皮を被っているとまで言わしめる女将軍が、あのエスデスが、恋をしたい。
あまりのことに皇帝はおろか、オネストまで素の表情で立ち尽くしていた。
「そ、そうか! まあ将軍も年頃だしな!」
自力で立ち直った皇帝が、先程の沈黙を誤魔化すように大仰に語りだす。
もちろんエスデスはそれに気付いていたが、自分自身似合わないことだと自覚しているのでツッコまない。
「では誰か斡旋しよう。この大臣なんかどうだ?」
「ちょ、陛下!?」
「お言葉ですが、大臣は高血圧で明日をも知れぬ身」
「失敬な! これでも健康体です!」
エスデスが懐から書面を取り出す。
「私の好みを連ねております。該当者がいれば教えてください」
「うむ。わかった」
兎にも角にもこれで悩みのタネはなくなったと一心地ついた皇帝は椅子に深く座り込む。そこへ衛兵が入ってきた。
「皇帝陛下、帝都警備隊隊長のグリム殿が参られました」
「……! そうか、すぐに通せ!」
途端に嬉しそうな顔をみせる皇帝。一方、皇帝とは正反対に顔を不快に歪めるオネストだった。
衛兵と入れ替わるように現れた赤髪の青年。
グリムは部屋の中央を進み、エスデスに並ぶように膝をついて頭を垂れた。
その間、隣のエスデスからの視線に気付いてはいたものの、グリムは無視した。
「お呼びでしょうか、皇帝陛下」
「
「陛下」
皇帝の言葉を遮って、グリムは発言する。
「ここは公の場ですので、どうか」
「そ……そう、だな」
指摘され、今度はあからさまに落ち込む皇帝。
皇帝の発言を遮るなど、たとえどんな理由があろうとも許されることではない。しかし今この場の誰もそれを指摘しない。あのオネストでさえ。
コホン、と咳払いして気持ちを取り直す皇帝は今一度グリムを見る。
「お前を呼んだのは褒美を取らせようと思ったからだ」
「褒美?」
ここでようやくグリムは頭をあげて皇帝を見上げる。
「元看守長であるザンクの捕縛。そして先日はあのナイトレイドの撃退。しかも1人を戦闘不能に追いやったと聞く。なにか望みのものがあれば聞こう」
「お言葉ですが陛下、ザンクは我々が駆け付けたときには
「だが……」
またシュン、と項垂れる皇帝。エスデスと会話していたときのような幼いながらも皇帝としての振る舞いをしていた姿ではない。グリムを前にした今は、年相応の子供のようだった。
「いいじゃないですか、グリム隊長」
オネストが割って入る。
「たとえその手で為していなくても手柄は手柄。陛下のご厚意を無下にするものではありません。それに」ニィ、と粘ついた笑みを浮かべ「聞けばナイトレイドを撃退したあなたの部下は、自身の体を改造までしていたそうじゃありませんか。帝国にその身を捧げるその精神。私はとても感動しましたよ?」
「………………」
(ほう……!)
オネストの発言に、ほんの一瞬グリムから剣呑な空気が漏れ出す。それを受けたエスデスはオネストとはまた違った意味で楽しそうに笑った。
オネストは知っている。グリムが自分の部下をとても大切にしていることを。いや、部下だけではない。この男は敵の命でさえ、出来うる限りは奪いたくないと考えている。
その証拠に、オーガが存命の頃から、彼直属の部下による警備活動にはほとんど死者が出ていない。彼が隊長を務めるようになってからは目に見えて生きたまま捕縛される犯罪者が増えた。おかげでここ最近は留置場の増設が議題にあがっている。
そんな人間だからこそ、己の体を改造するなどという外道をグリムが許しているはずがない。
そこを突いてやったのは、オネストの嫌がらせだ。
しかしそんな意図を知らない皇帝は、その話に素直に称賛の声をあげた。
「それは素晴らしい! 是非今後も我のため、帝国の為に戦ってもらいたいものだ」
「……ありがとうございます」
その後再び望みを尋ねる皇帝に、グリムは後日回答させて欲しいと答えて、その日の謁見は終了した。
★
謁見を終えたエスデスとオネストは並んで通路を歩いていた。企みを話すときは密室でこそこそ話すよりも、案外こうして歩きながらしている方が盗み聞きされ難いものだ。
「相変わらず好き放題のようだな、大臣は」
「はい。気に食わないから殺す。食べたいから食べる。己の欲するままに生きることのなんと痛快なことか」
エスデスの言葉にオネストは大きな腹を揺らして笑う。
「それに最後にアレのあーんな苦い顔を見れたのは最高の肴です」
「というと、やはりあれが噂の『不死者』か?」
「ええ。まったく忌々しい男です。あの男さえいなければ、陛下ももっと従順な私だけのお人形になるというのに」
不愉快だと表情を隠しもしないオネスト。
不死者のグリム。その異名はエスデスのドSの女王のように広く知られているものではない。呼んでいるのは一部の武官や文官達だけ。
理由としては単純で、オネストに命を狙われながら今もなお生きているから。たったそれだけ。しかしそれだけのことが如何に凄いことかを、彼らは身を以て知っている。
故に彼らはグリムを不死者と呼ぶ。いっそそうでなければ説明がつかないというように。
「……大臣、ひとつ忠告してやろう」
「なんですか?」
足を止めたエスデスに、オネストも足を止めて振り返る。
「いらぬ
「フフフ、将軍ともあろうお方が珍しい。蛇でも出ますか? 意外と蛇も美味しいものですよ?」
ジュルリと垂れた涎を舐め取るオネストの顔は愉悦に満ち満ちていた。皇帝を意のままに操り、国を支配する喜び。今この瞬間、確かにオネストは幸福の絶頂にいるのだ。
いくらグリムが邪魔な存在といえど、今すぐ自分をどうこう出来はしない。そう思っている。そしてそれはエスデスの考えからしても正しいと思う。だが、
(あの眼……)
謁見の間、一瞬だけ見せたグリムの素顔。黄金の瞳の奥に宿る炎を、エスデスは今まで幾度となく見てきた。あれは復讐者が持つものだ。
死なない復讐者ほど厄介な者はあるまい。
「藪を突いて出てくるのが蛇とは限らんぞ、大臣。まあ、私は楽しめそうならそれで構わないがな」
すでに先を歩くオネストにエスデスの声は聞こえていない。それで構わない。
オネストとエスデスは利害こそ一致していても、望むものはまったく違う。
オネストは永遠の支配を。
エスデスは永遠の闘争を。
一個人が永遠に支配した世界などに真なる闘争は生まれない。
それは決してエスデスの求めるものではないのだから。
★
「おかえりー……って、なんか不機嫌?」
隊舎の自室へ戻ってきたグリムを見るなり、大福を頬張ったメズは指摘する。いつも軽薄な笑みを貼り付けている青年は、珍しく眉間にシワを寄せて帰ってきた。
「俺の菓子を勝手に食うなって言ってんだろ」
「アタシに当たるなよー。それでどうしたン?」
「エスデスが北から戻ってきた」
「うへぇー……」
エスデスのことはメズもよく知っている。その実力は、あのブドー大将軍にも匹敵するということも。今の自分では戦いにすらならないだろうということも。
「暗殺してこいとか言わないでネ」
「優秀な部下を無駄死にさせる気はねえよ」
「優秀……優秀かー。いやぁ、参ったなー!」
デヘヘと品の無い笑いながら、メズは意外と本気で嬉しかった。父親、兄弟、先輩後輩。あらゆる人間から『馬鹿』だと言われたことはあれど、こうしてストレートに褒められたことは少ないのだ。
「口についた餡こを取れ。仕事だ」
「しっかたないなー! 優秀な部下のアタシに任せロ! ――――それでなにすんの?」
「あの腐れデブへの嫌がらせ」
指示を与えたメズが部屋から出ていくのを見送って、グリムはとある人物が引きこもる扉を見やる。扉の前には捨てられたぬいぐるみのようにコロが座っている。主が出てくるのをずっと待っているのだ。
ナイトレイドを撃退したあの日からもう3日。いい加減、彼女にも決断してもらう必要がある。
扉のノブに手をかける。案の定施錠されているそれは動かない。しかし次の瞬間、バキッという音と共に、扉は3日ぶりに開かれた。
暗闇の部屋に光が差し込む。中は酷い有様だった。
床には壊れた置物の残骸や破かれた本。破壊された棚の木片なんかも散らばっていた。仮眠用に設置されたベットの上には誰もいない。部屋の隅。膝を抱えてうずくまるセリューがいた。
「……なんの用ですか」
「セリュー、デートしようぜ?」
怪訝な後輩の少女に構わず、グリムは楽しそうに笑った。
閲覧、感想ありがとうございます。
>みんなのエスデス様登場回。拷問部屋で待機せよ!
>原作でもアニメでも実質のラスボスであらせられるエスデス様。かと思えば一番乙女をしていたのも彼女。そのギャップにやられたファンの方も多かったのでは。かくいう私も。
>次回はセリューとグリムのお話。主人公なのにまだまだ登場回が少ないグリムですが、後半につれて多くなる予定です。多分。おそらく。
それではまた次回ー