(オネストめ……やはりお前だったか!)
元将兵、リヴァと名乗った老紳士の氷の目に睨まれる中、チョウリは悔しさに歯を鳴らした。
オネストは帝都内で自身に歯向かう者を始末すると同時に、ナイトレイドを追い詰めるつもりだ。ナイトレイドが革命軍と繋がっていることはほぼ確実と言っていいだろう。しかしそんな彼等がオネスト派閥以外の人間を殺せば、やはり野蛮なテロリストだと本来味方になる可能性のある者達にまで敵視される。オネストが最も恐れるのは自身の身内が殺されることよりも、本命の敵である革命軍の戦力が揃ってしまうことだ。その為にオネストは一連の犯行を、単なる野盗などではなくナイトレイドの名を騙ってやらせていたのである。
無論今まで隠密に徹していたナイトレイドが、突然犯行声明まで出して活動するのはあまりにも違和感がある。しかし、今日自分まで殺されればそれを信じる者も出始めるとチョウリは考えていた。理由としては、文官達が度重なる襲撃で備えをしていたにも拘わらず、襲撃者はその悉くを突破する実力を持っているからだ。
事実チョウリもこの日の為に腕利きの護衛を雇った。その数32名。それを薙ぎ払える実力を持つ者は限られている。可能性のひとつとして、ナイトレイドも確かにあるのだ。故に、
「ナイトレイド、か?」
突如現れた少女に対してリヴァが放った質問は、そのままチョウリの代弁でもあった。
名を騙られたナイトレイドが現れることも、オネストの狙いのひとつである。それにまんまとかかったのか。
しかし褐色肌の少女は、心底わからないと言うように首をコテンと傾げた。
「ああん? なんでそうなるんダ?」
ナイトレイドではない。ならば何者なのか。
この場所、このタイミングで現れておいて『たまたま』などありえない。
「まさか、本当に単なる秘書だとは言うまいな」
「いや、そうだケド? さっき言ったじゃん」
「その割には言葉遣いに品が無いな」
「なんだとー!? ――――っとと」
鼻で笑うリヴァ。その挑発に少女はあっさり乗ったかと思えば、ダイダラの攻撃にきっちり反応して躱した。
先程護衛団を一瞬で蹴散らしたダイダラの攻撃が見えている。やはり見た目通りただの少女ではないようだ。
チョウリとリヴァが少女に対する警戒心を上げる一方、攻撃を躱されたダイダラは嬉しそうに口角を引き上げる。
「なかなかいい動きするじゃねえか。お前、強いな?」
「あったりまえよー! だから遠慮なくかかってきな」
「それじゃあお言葉に甘えて――――!!」
手を招く仕草で挑発する少女に対して、ダイダラは真正面から突っ込む。その突進の速度は先程までとはまるで違う。
ダイダラは初めから本気など出していなかったのだ。護衛団を壊滅させたときさえも。だが今は違う。そして、
「あは! 僕のことも忘れないでよね!」
正面からはダイダラが。背後からは笛の形をした武器を振りかぶったニャウが奇襲をかける。
彼等はプロだ。
いくらふざけているようでも、チョウリ達文官達を護衛ごと殺し、さらには名を騙られて現れるであろうナイトレイドを討つ役目を持っている彼等は、個々人の戦闘能力だけでなく連携も熟達している。
会話など必要とせず、視線すら合わせず、互いが為すべき動きをするよう鍛えられている。
彼等はただものではない。それはつまり、
「忘れてねーヨ」
彼等と渡り合う少女もまた、ただものではないということだ。
少女の砂色の髪が生き物のように
「えぇっ!!?」
気付かれるまでは予想通りだったが、その反撃方法には思わずニャウも目を剥く。笛を盾にして髪の槍を逸らすものの、体勢は崩されすでに攻撃は不可能である。
「おおおおおおおぉぉぉ!!!」
一方、ニャウがいなされたのを見て、なおダイダラは構わず突っ込んだ。元より片方が止められても、もう片方が仕留める算段だ。体躯に任せた突進を正面から受ければ、奇妙な技を使う少女とてひとたまりもないはず。
少女の眼球が左右に逃げ道を探すように動いたのを見て、ダイダラは笑った。
ダイダラの持つ斧が中心から左右に分割。片刃となった斧を左右から挟み込むように振るう。
(
ダイダラの確信は、少女の不敵な笑みと共に裏切られる。
左右の逃げ道を失った少女はなんと前へ出た。ダイダラの懐深くへ。
確かに左右を防がれ、また後ろに逃げることも出来ない以上、刃を躱すには前に出るしかない。わかっていてもそれを選ぶ度胸は並ではない。
しかしそれよりも驚愕することが起きる。
踏み込んだ少女は斧を振るダイダラの腕をそれぞれ片腕で掴む。それだけ。ダイダラが止めたのではない――――
「マジか」
驚きを通り越して半笑いを浮かべるダイダラの動きは止まった。
「せー……のッッ!!」
小柄な少女が巨体のダイダラを投げ飛ばした。
冗談のような光景に、チョウリは目を丸くし、顎が外れんばかりに開け広げてしまっていた。
娘と然程変わらないように見える華奢な少女の体のどこに、筋骨隆々とした巨体の男を投げ飛ばす力があるのか。
ダイダラとニャウの挟撃を真正面から破った少女は、未だ余裕の表情で、獣が獲物の前でするように舌なめずりした。
「ほらほら、もっと気張ってこいよー。でないと、死んじゃうぜい?」
「ぷ、はっはっはっはっはっは!」
地面に寝転がっていたダイダラが高笑いと共に飛び起きる。
「なんだこいつ本当に強え!! こりゃたっぷり経験値持ってそうだぜ!」
「笑い事じゃないよ。帝具の能力じゃないっぽいけど、それならそれで厄介」
ダメージは無し。ダイダラもニャウも構える。
「やめだ、2人共」
それをリヴァが一言で制した。
「撤退する」
「あん?」ダイダラが「いいのかよ。まだ標的殺せてないぜ?」
「構わんさ」
「いいのか? ワシは帝都に戻ればこれを報告するぞ」
尻もちをついたまま一歩も動けなかったチョウリを、リヴァは見下す。
「ご自由に。貴方ひとりの意見が今の帝都でどれほどの意味があるのか、確かめてみるといい」
「ぐっ……」
チョウリの目では追えない速度でリヴァが消え、それに気付いたときには他のふたりの姿もすでになくなっていた。
「ちぇー、逃げちゃったかー」
「おぉ、危ないところをありがとう。礼を言わせてくれ」
「いいよー別に。アタシも久しぶりに歯応えある奴と戦えて楽しかったしネ」
武官ではない内政職に携わるチョウリにはわからない、戦闘者の目。今までチョウリが見てきた嬉々として命がけの死闘をする者の中でも、彼女のそれはとびきり危険な光を宿していた。
「そうだスピア!」
彼女が本当に味方なのか、それを考える前にチョウリは己の娘を思い出す。目を向ければ、最初に負傷して座り込んだ場所にそのままいた。駆け寄り、傷の具合を見る。
「ち、父上……力足りず……申し訳ございません」
「そんなことはいい! 傷を見せろ」
腹部の裂傷。ダイダラの一撃を、紙一重下がったが故に胴体を断ち切られずに済んだものだ。しかし傷は浅くない。血を止めなければ危険な状態だろう。
「早く! 薬を持ってきてくれ!」
生き残った護衛団の者に声をかける。
「んんー?」
そこへ例の少女がぬっと顔を出してきた。
「あー、こんなのへーきへーき」
その言葉にチョウリは希望を見た。
「本当か!? なら娘を助けて――――うええ!?」
救命を乞うチョウリの目の前で、少女はスピアの傷口に顔を近づけると舌で舐めた。痛みに喘ぐ娘に、チョウリは慌てて声をあげる。
「な、なにをしとる!」
「なにって……」キョトンとした顔で「こんな怪我、唾つけとけば治るっショ?」
「治るわけ――――」
――――ないだろ、とは言葉が続かなかった。
少女に舐められた部分だけ、傷口が塞がりかけているのだ。舐められたスピアもなにがなんだかわからず目を丸くしていた。
少女だけがケラケラ笑っている。ダバダバと尋常でない量の涎を口から垂れ流しながら、抵抗出来ないスピアに詰め寄る。
「ほらほら、遠慮なくー」
「ちょ、ちょっと待ってください!! や――――」
その後、涎まみれになったスピアは命を救われた代わりに、なにかを失ったとかなんとか。
★
「本当によかったのかよ?」
エスデス直轄部隊。その中でも三獣士と呼ばれる者の一角、ダイダラはリヴァに訊く。
もちろんリヴァは『なにが』とは聞き返さない。ダイダラの質問は、標的とされたチョウリを殺さなくてよかったのか、ということだとわかっているから。
「問題無い。あくまでもあれは標的のひとりであって、必ず殺せとまでは言われていないからな」
エスデス部隊の副官であるリヴァは、今回の命令をエスデスから直接聞いている。
今回リヴァ達が命じられたのは、リストの標的を可能な限り殺して回ること。それをナイトレイドの仕業に見せかけること。そして、ナイトレイドが現れたときはこれを確実に殺すこと、だ。
「それでも殺しといた方がいいわけでしょー? なんで殺さなかったのさ」
ニャウも続けて訊ねる。
ニャウとダイダラが少女と戦っていた隙にチョウリを殺せばよかったのに、と。
「あの娘、お前達との戦闘中も私の動きを見ていた。もし動けば確実に邪魔に入れる距離を測った上でな」
「それでも……」
「そう。それでも無理矢理殺せはしただろう。しかしその場合、私かお前達、誰かが死んでいた可能性も少ないがあった」
チョウリ殺害にそこまでの価値は無い。ニャウも納得して頷いた。
「でもあの女がナイトレイドだったかもしれないだろ?」
「おそらくそれはない。もしナイトレイドならわざわざ単独で来ることはないだろう」
まあ、それでもあの少女が何者なのか。誰の手の者なのか、という疑問は残るわけだが。
「まあ、任務失敗に変わりはない。成功したら手料理を振る舞ってやろうと思っていたのだが、残念だったな」
「そ、それは幸運だったかも」
「あの味は帝具並の破壊力だろ!? エスデス様ですら数秒気絶したまずさだぞ!」
冷や汗を流す2人を尻目に、リヴァは自信満々に言った。
「今度は大丈夫だ。隠し味にエビルバードの涎を入れてみた」
「入れんな!」
ダブル涎エンド(なんのこっちゃ)
>閲覧ありがとうございます。少々日が空いてしまってすみません。ちょい休日全てに予定が入ってしまい、書く暇がありませんでした。旅行にパソコンはさすがに持っていけなかった……。
>久しぶりのバトルシーン!でしたが、三獣士に本気を出させるわけにもいかず。故に少し……いやかなり物足りないものでした。ほんとはもっとがっつり戦わせたいところなんですがね。
>チョウリ&スピア生還!しかしスピアちゃんは汚されてしまいました……。代わって欲しいとか思ってないですよ?いやほんと。ほんとほんと(動揺)
>感想でもいただいたのでちょい補足を。
メズの強さのランクを、私の中で確定させているわけではありませんが、もし三獣士が帝具の能力を全開にした本気で戦っていた場合、さしものメズも負けます。刺し違えられるのは精々1人くらいかなぁ。今回は彼等の任務が絶対の暗殺任務ではなかったことと、リヴァの様子見が大きかったとだけ。
まあ、この設定もあくまで私の捏造ですので。
>さて次回はちょいと時間が飛びます。原作きっての名シーンのひとつです。
ではではまた次回ー