ーーペラリ…と紙をめくる音が店内を掃除していた俺の耳を打った
俺の横で本を吟味していたお客さんが、本を抱えてカウンターへ歩いていく
…さて、カウント開始
………10秒経過。会話も、本を置く音も聞こえない
小さく溜息を零し、カウンターの方へ歩いていく
先ほどのお客さんは咳をするフリをして存在をアピっているが、
彼女はカウンターの前に俺が立っても微動だにせず、本を読み耽っている
その手つきや椅子の座り方、髪の隙間から覗く細められた蒼い瞳はそれだけで一枚の絵のようだが、別にレジ打ちであるはずの彼女が絵画である必要はない
よって、
「鷺沢」
「ひゃいっ…!」
ビクッと飛び上がった彼女は素早く本を閉じて立ち上がる。しっかり栞を挟んでいるところ流石としか言いようがない
ゆっくりと上目遣いで見上げてくるが、目元に掛かった前髪がまるで幽鬼のような印象を持たせている。勿体無いことこの上ない
「お客さん、待ってるよ」
「…あ、あの、えと…申し訳、ありません」
オドオドしつつもお客さんの方へ向き直り一礼した彼女は手際良く代金を算出していく
「ありがとうございました」
二人揃って挨拶
本日最後であろうお客さんが出て行って、扉が閉まる…寸前にclosedと書かれた木札を持って外へ
店内に戻ってくると、鷺沢がチラチラと目線を送ってくる
「…………………あの……雨宮さ、うっ」
ていっ…と軽くチョップを落とす
「………本を読んでいると……つい、周りに目がいかなくなってしまうのです……」
「だから本を読むのをやめろと何度も…」
言葉を不自然にぶった切って、溜息を一つ
「…まぁいいや。本を読んでいて初めて『鷺沢』って感じするし」
そう言われた彼女は本を両手で抱きかかえながら、停止
段々手に力が入っているっぽい。多分思索を巡らせているのだろう
…が、こちらとしては非常に目のやり場に困る。本当にブラつけてんのかってぐらい胸が両サイドから溢れている。少なく見積もってD
……いや、こいつ本当に高校二年生か?
「……………そういう、ものなのでしょうか…?」
「そういうものなんです
…そういえば、その本そんな面白い?」
いいところに逃げ道が!と逃げ込んだはいいが、なにやらスイッチを押してしまった音がした
先ほどまで幽霊地味た雰囲気を纏っていた彼女が、待ってましたと言わんばかりにズイッと全身で近寄ると、目に光を灯して語り始める
女子特有のいい匂いは本の虫であっても例外ではないようで、近付いた拍子に揺れた髪からフワリと甘い匂いが漂う
「これは、『漱石全集』の第八巻、『それから』の岩波書店新書版です。私は『本』よりも『文』派の人間なのであまり外身は気にしないのですが、単純価値でわかりやすく例えるなら、初版であれば原典の廉価版である岩波書店新書版でも八千円は下りません。映画化もされているのですが、やはり切られるところも多々あるので書籍の方が良いかと。あぁ、内容を大まかに纏めますと、序盤は無職の主人公が住み込みの書生と世間話をするだけで、その後の展開を予想させないものになっているのですが、そのうち………ぁ」
……突然ススッと後ろに下がって本を抱きすくめる鷺沢
「……す、すいません…。本のことになると、つい………」
よほど恥ずかしかったのか、遂に上目遣いすらも向けてもらえなくなった
髪の黒の中に一つ混じっていた彼女の白。形の良い耳が薄桃色に染まっている
「いやいや。鷺沢の話は沢山本を読んでいるだけあって面白いしわかりやすいから、すごい有意義だよ」
なお、進んで聞きたいわけではない模様…とは口にださない
……数秒後、そーっとこちらを見た彼女。が、目が合った瞬間顔ごと逸らされる
「………そ、そうですか……………すいません…」
「いや、だから謝らなくっていいんだって」
「………ぁ……はい………」
今日は珍しく学校帰りに直で来たので、鞄と授業で使ったジャージを店の奥…店長宅から回収
「…んじゃ鷺沢。また明日学校で、お疲れ様」
「……あ、はい。…………お疲れ様でした……」
「……また明日…ふふふ………また明日、ですか…」
入れ違いで入ってきた店長…彼女の叔父曰く、鷺沢の唇が、ゆったりと弧を描いていたとかいないとか…
楓さん党からふみふみ党に傾きかけている今日この頃。
今回はエタらないように頑張ります!(定期更新とは言っていない)