予告どおり台湾解放のために進撃かつ、残ったオリンピア部隊を掃討します。果たしてどのようになるかは本編を読んでからのお楽しみに。
いつも通り楽しめて頂ければ幸いです!
それでは、どうぞ!
最も北部に上陸した第3師団師団長は、1個連隊を割いて台北に向かわせた。
敵の指揮官姜上将と、売国奴の岸破総督の身柄を確保することである。
これも鹵獲した車輌を使っているので、すでに発達している高速道路を使えた。
ただし高速道路の光景は悲惨だった……ドライバーたちがガスを吸ったため、随所で交通事故を起こしており、各車輌がひっくり返り、炎上している。
陸自の隊員たちは『これは戦争なのだ』と自らに言い聞かせた。
それらの修羅場を駆け抜けて台北市街地に入り、そろそろ目覚め始めた市民たちを捕まえて、総督府にいる司令部の中枢を聞き突入して、姜上将と彼の幕僚たちの身柄を確保した。
同じように立派な屋敷に陣取った総督の身柄を確保しようとしたが、不運にも岸破総督たちはおらず、もぬけの殻だったのが痛かった。何らかの理由で大陸で外遊していったのが岸破たちにとっては不幸中の幸いだったが。
ともあれ確保した姜上将は意外にも日本語は話せる。
まだぼんやりした表情ながら、自分に手錠を掛けた隊員を見上げた。
「……これは何事だ。いったい何が起こったのだ!?」
「自分たちは日本国陸上自衛隊のものです。柳田1尉と言います」
フォルモサ隊員は答えた。
「なんだと、どうやって上陸してきた!? 海岸線は鉄壁の守りを固めていたはずなのに!?」
「失礼ですが、ガスを使わせていただきました」
1尉は素直に言った。
「ただし毒ガスではなく昏睡ガスです。これを空中散布したのです。そのため無血上陸に成功しました」
「なんたることだ。それでは台湾は日本軍によって占領されてしまったのか!?」
「厳密にはまだ進攻中です。山岳部には貴方がたの特殊作戦軍が頑張っておりますからね。しかしこれを制圧するのも時間の問題でしょう」
「ふふふ。あははははは!それは甘いぞ!」
姜上将は高らかに宣言した。
「彼女たちは極限状態にまで鍛え上げられている。かつての北朝鮮の特殊第8軍団に引けを取らん。さらにいざという時には自爆も厭わない。……貴様らは、これから大いに苦労するだろう!」
しかしフォルモサ連隊には、まだやることが残っていた。
郊外の刑務所に押し込められていた民進党の王総統やその他の幹部たちと、政治犯とされてぶち込まれた台湾市民たちを解放することである。
フォルモサ連隊に解放された王総統たちは、清水隊長に敬礼されて安堵した表情を浮かべていた。
「それでは、君たち日本人が我々を救出に来てくれたのか。しかもアメリカ軍の助けなしに……私はてっきりアメリカ人が台湾を解放しに来ると思っていたが」
王総統は、台湾関係法を深く信じていたものの、当のワシントンは今はそれどころではなかったが。
「何れにしろ礼を言う。よく我々をオリンピアの圧政から解放してくれた」
そう言うと、王総統は清水隊長の手を固く握り締めた。
一方――橋頭堡を確保した陸自はぐんぐんと内陸に向けて拡大しつつあった。――もはや占領地域というべきだろうが――さらにオリンピア軍の兵器を鹵獲して強化された陸自師団は、オリンピア軍の特殊作戦軍団と至るところで接触が始まった。
その辺りはまだ山麓というわけではなく、山林の散在する丘陵地帯で、その間に水田が広がっている。
亜熱帯気候と言えども、今は冬だから一面が裸である。
しかしオリンピア軍は狙撃兵を豊富に持ち、どこからともしれぬ場所から狙撃してきた。
たちまち多くの陸自幹部たちが犠牲になり、上層部たちでは、制服から肩章を剥ぎ取り、部下たちによる敬礼を禁じた。
これは、むろん幹部と分からせないためである。
また巧みに陣地を遮断して、味方が通り過ぎたあとから撃ってきた。
しかも随所に対人地雷や手榴弾などをばら撒き、ブービートラップまでを仕掛けていった。
味方の死体にもトラップを仕掛ける。生きているかどうか確認しようとして動かすと、仕掛け爆弾が爆発する仕組みである。
陸自は、幸いにも地雷探知機を持ち込んでおり、これはベトナム戦争の研究で知っておいたからである。
ベトナム戦争では敵の正体がはっきり分からない戦争で、だからこそ残酷なものになった。
有名なソンミ村事件のような集団虐殺が起きたが、あれは氷山の一角にしか過ぎない。
またベトコンは狙撃兵をよく使った。
当時、ベトナムに赴任した新任アメリカ少尉の生存時間は、どれだけかというジョークがあった。
「その答えは、15分」というものだった。
士官であることを仕草からすぐに見抜かれてしまい、敵兵に射殺されてしまうというのである。
何しろ、人民の海に敵兵が隠れているのだから、これほど厄介なことはない。
ベトナム戦争は、米軍にとってまさに悪夢の戦争だった。
だからこそ帰国してからも帰還兵たちは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされたのである。
今やこの台湾でも、それに似た状況が現出しつつあった。
オリンピア兵たちは、散在する各村に台湾人たちを人質にして隠れて巧みに撃ってきた。
しかし陸自側は、無闇矢鱈にミサイルなどの重火器を撃ち込むわけにはいかない。
少数の武力斥候を編成して、手探りで進むしか方法がない。
極めてまどろっこしく深刻な戦いとなり、神経をすり減らすゲリラ戦である。
これは1996年に起きた北朝鮮の特殊工作員数名が、韓国国内に侵入したとき、韓国軍は数個師団を動員して彼らを殲滅しようとしたが、数週間以上も掛かったことがあるほど、よく訓練された特殊作戦軍員らを捕捉するのは難しいのだ。
しかし兵力に勝る陸自はじわじわと進み、敵を山側に追い詰めることが出来た。
その時、埔里を超えた第1師団がオリンピア軍の後衛と接触したのである。
お互いに小銃や分隊支援火器などの軽火器しかもっておらず、或いは携帯用対戦車誘導弾やグレネードランチャーぐらいだから、派手な戦闘にはならない。
しかし指揮通信車は、遂にRPGに狙われて炎上した。
ここらへんは山地なので、森や林を縫っての戦いとなった。
もっとも特殊作戦軍同士の戦いであり、敵を如何に欺瞞し、先手を取るのかが鍵である。
その条件では、陸自の特殊作戦群やレンジャー部隊は敵の特殊作戦軍に劣るものではなかった。
第1師団の隊員たちは次第に分散し、敵の小部隊との戦闘に入った。
「この戦闘は、とても1日では片がつきそうにもないな。決着がつくまで数日か、或いは数週間ほど掛かるだろう……」
特殊作戦同士の戦いと言うものは、それほど過酷を極めるものであることを陸自師団長は思い知らされた。
やがて辺りが暗くなり、戦闘初日の夜がやってきたのである。
特殊作戦群やレンジャー部隊は、歩哨を立てて夜営した。
むろん火は使えない。ただじっと暗闇の中に潜んでいるだけである。
――いつ敵の夜襲があるか分からない。
――歩哨もいつ殺されるか分からない。
疑心暗鬼だらけの夜であり、安心して眠れるわけはない。
ただ細切れにウトウトと眠るだけである。
オリンピアの特殊作戦軍も同じ状況下であったのは違いない。
戦闘2日目の朝を迎えた。
この時点での両軍の状況を概観すると、オリンピア軍の正規師団は80パーセントが捕虜となってしまい、戦力にならない。
残りの20パーセントが台北市内に潜り込み、ゲリラ戦を展開していた。
したがって陸自フォルモサ連隊は、こっちも掃討するのに忙しかった一方――内陸部では陸自第1師団とオリンピア特殊作戦軍が睨み合っていた。
陸自は、オリンピア戦車や装輪自走車輌、ロケット砲なども鹵獲していたが、自由には使えない。
そんな物を無闇矢鱈にぶっ放していたら、一般市民も殺傷してしまうからである。
「コマンド戦の原則に則って、少しずつ前進。掃討していくしかないな」
第1師団も後方から敵を追い詰めようとしたが、敵は自在に山麓地帯を動き回り、容易に捕捉出来ない。
無理矢理に突進すれば、味方に犠牲が多く出る。
さすがの小此木1佐も攻めあぐんでしまった。
特殊部隊と言うものは、何時までも粘れるものであり、必要とあれば数ヶ月、いや数年でも粘れるものである。
実際にも昭和49年(1974年)、フィリピンのルバング島に戦後30年近くもずっと潜伏していた小野田少尉が帰還した例が、そのことを実証している。
今や戦況は膠着状態となったとき、上陸部隊司令部に灰田が突然現れて、司令官の大山陸将にこう言った。
「こうなればやむを得ません。またガスを使うしかありませんな。このまま続けると市民に多くの犠牲が出ます。
ガスマスクとガスを用意しますから、ヘリで散布してください」
陸将も了解し、ここでヘリ搭載護衛艦《ひゅうが》が運んできたSH-60Kが役に立つことになった
灰田は早速大量のガスマスクとともに、ガスボンベを未来世界から司令部まで運んできた。
第1師団の方は、最初からガスマスクを携えているので必要はないが、他の師団には必要だった。
早速前線の師団に配布され、ヘリの機体下にはガスボンベが装着されて、問題の内陸地帯一帯に散布されることになった。
「農民たちも巻き添えにされることになるが、やむを得ない」
生命に別状はないので、大山陸将はひと安心した。
SH-60Kは、早速活動を始めた。
敵が潜んでいると目される辺りに広くガスをばら撒き、司令部との間を往復してガスボンベを交換しては山麓部までばら撒いた。
敵はこのヘリを撃てない。撃てば所在がバレてしまうからである。
散布後1時間してから、陸自隊員は敵兵を捜索に掛かった。
果たして、多くの敵兵たちが網に掛かった。
巧みに藪陰や木立で遮蔽している者たちも、同様なテクニックを習得している陸自フォルモサ隊員たちに掛かって、容易く発見された。
こうして約8000人以上の特殊作戦軍隊員たちが捕捉された。
あとは戡定作戦の状態となった。
事実上、戦闘は終わったのである。
残るのは、台北で活動している敵兵の狩り出し作戦だが、これも時間の問題だろう。
台湾市民たちはオリンピア兵たちを憎み、積極的にその居場所を教えてくれたからである。
こうして事実上、台湾奪還の国性爺作戦は終わったのだった。
上陸して5日しか掛からなかった。統幕監部たちは1週間以上を予定してたので、望外な速攻である。
この勝利をもたらしてくれたのは、灰田による暴徒鎮圧ガス作戦である。
これを行わず、真正面から攻めたのでは陸自も膨大な死傷者を出し、日オ台三者の血みどろの戦いとなったことだろう。
ある意味で、人道的な戦いとなったことは不幸中の幸いであったのは言うまでもなかった。
今回で無事に台湾が解放されたと同時に、台湾国内にいたオリンピア軍を一掃することが出来ました。
もしも灰田さんがいなければ、もしもガス作戦を実行しなければガ島の如く血染めの丘が出来たと言っても良いほどの激戦地になっていた可能性が高いでしょう。この人道的な作戦が功を奏したとも言っても良いでしょうが。
長話はさておき、次回はまた別の人物からの視点になります。果たして誰なのかはお楽しみに。同時に吠えますのでお待ちを。
それでは、第94話まで…… До свидания(響ふうに)