京都は盆地で寒暖差が激しい。そのため秋になれば色鮮やかな紅葉を見ることができる。深紅に染まった紅葉がはらはらと舞うその下で、豊白秀吉は嘆息をひとつ漏らした。するとそばに控えていた舎弟から低い感嘆の声がこぼれる。さらに別の場所からは観光客らしい女性の熱い視線も向けられる。
しかし秀吉は鬱屈した気分で憎らしいほど赤い葉を眺めていた。
「月城に直接乗り込んで倒さなあかんわな」
華道や日舞、弓道に至るまで秀吉はあらゆる事で最優秀の肩書きを手に入れていた。しかしただひとつ、勉学の面ではいまだ一位を取れないでいる。それもこれも全国模試で不動の一位に君臨する男のせいだった。
「ほんま小憎たらしいヤツやわ」
面倒な手間をかけよってとつぶやきながら秀吉は手元の模試結果を折り畳んだ。だが不意の風に飛ばされ、それは地面を滑りながら落ちていく。それすらも憎らしいと思いながら秀吉は結果の記された紙を追いかけた。
すると通りすがり修学旅行生がそれを拾ってくれる。リュックを背負った相手は黄色い帽子をかぶった小柄な小学生だった。
「ありがとな」
ポカンと口を開けたままプリントを差し出す小学生に秀吉は笑顔で礼を向ける。すると元々大きかった緑色の瞳がさらに大きく開かれた。
「可愛いお嬢ちゃんにこれあげるなー」
そんな小学生に秀吉は白いキーホルダーを差し出した。ちりめんで作られたキーホルダーは鈴がつけられていてちりちりと音を鳴らす。
可愛いキーホルダーかもしれないが、秀吉には邪魔な代物だった。なにせ知らない男からの贈り物だ。薄気味悪くて使う気にもなれない。しかし何も知らない子供にとっては、可愛いうさぎのキーホルダーに見えるだろう。
キーホルダーをもらった小学生は幼い顔にまんべんの笑みを浮かべて礼を言う。そして嬉しそうに仲間のもとへ戻っていった。
仲間のもとへ戻っても手を振る小学生に手を振り返しながら秀吉はわずかに目を細める。そんな秀吉の視界の中では今も緋色の葉が風に舞ってはらはらと落ちていた。
数年後、月城学園に入学した秀吉は風紀委員長となった。そして生徒会長である緋田信長と切磋琢磨している、と教師たちには思われている。
朝から大雪警報が出ていた1月某日、風紀委員長である秀吉は朝から正門に立っていた。寒さに凍えながらも教師たちと共に正門を抜ける受験生たちを見守る。寒いだけで何も楽しくない役目だが風紀委員の仕事であるため仕方がない。
それでも寒さに震える秀吉はマフラーに顔をうずめた。そんな秀吉の前で受験生のひとりが立ち止まる。
「おはようございます」
寒さに身体を縮こまらせていた秀吉は声をかけられ相手を見上げた。受験生なのだからまだ相手は中学生だろうに長身の男子は朗らかな笑顔を見せている。
「今日は寒いですね」
「ほんまやね。受験生はあっちの下駄箱から会場に行き。教室はあったかやで」
「そうなんですね。だったらこれを……」
そうつぶやきながら受験生はコートのポケットから何かを取り出す。そして秀吉の手をつかむとそっとそれを握らせた。すると冷えて痛みすら覚えていた手のひらにじんわりとした暖かさが伝わる。
「カイロやん、ええの?」
「教室があったかいならいらないですから」
もらったカイロと同じ程度にほんわかと暖かな笑顔を見せた受験生は頭を下げて立ち去る。その広い背中を見送った秀吉はのんきやなぁとつぶやいた。