文化祭で行われた演劇は大成功の中で幕を下ろした。特に主役が黒騎士となって敵を倒すシーンは演劇部が驚くほどだったと聞く。そのため文化祭が終わると演劇部は全力で主役を務めた生徒のスカウトを始めた。
演劇部は主役と黒騎士は別人である事を知らなかったらしい。そして学年一のイケメンと呼ばれる生徒もそれに触れなかった。ただ黙って演劇部の勧誘を断っていると長政はクラスメイトから聞いている。
文化祭の熱が収まった頃、長政は美術部でぬいぐるみを見せてもらっていた。ウサギやひよこなどのぬいぐるみが並ぶ中で白猫を見つけて手にする。
「これ可愛いですねっ」
「だよねー」
おっとりとした美術教師は嬉しそうな長政に笑顔で返す。そんなふたりの周囲では美術部の部員たちが真剣な様子で何やら書いていた。ただ長政が美術部に来たのは、ぬいぐるみではなく部員たちに呼ばれてのことだ。
「そういえば俺ってなんで呼ばれたんですか?」
可愛らしいがややツンとした顔のぬいぐるみを抱えたまま長政が問いかける。すると顧問がなんでだろうねと首をかしげた。
「もしかしたら新しいネタなのかも?」
「ねた?おすし?」
「冬コミ用の本がなんとかって言ってるからそれだよ。ぼくはわからないけど、本を作って売ってるんだって」
「それすごいですね!」
「すごいよねぇ」
素直に驚く長政に美術教師はおっとりと返す。すると美術部員のひとりが手を止めて眼鏡越しに長政を見た。
「浅日君のそれは天然ですか?」
「ふえっ?」
「もっと凛然とした人だと思いましたが、噂はしょせん噂ですね」
きりりと眼鏡を押し上げた美術部員の言葉に長政はきょとんとした顔を見せた。
「うわさ、ってなんですか?」
「文化祭の演劇で黒騎士を務めたのは浅日君ではないかと言われているんです」
「あっ、それ俺です」
美術部員の説明に長政が返した瞬間、周囲全員の手が止まった。しかし長政はその異変に気付かないまま大変でしたと美術教師に目を向ける。
「セリフがないのは良かったんですけど、動きがややこしくて」
「あー、覚えるの大変だよねー」
「そうなんですよ」
最も難しいのは他の役者が素人だという事だろう。アルバイトでやるものと違い、本気でやろうとすると周囲が怯えてしまう。さらに言えば怯えて逃げるため予定とは違う動きをする兵士役もいた。となると黒騎士役としては、変な位置に立ってしまう兵士に配慮しなければならない。勢い余って切りつけては、段取りや舞台を壊してしまう。
「あ、浅日君それ気に入った?」
「ふえっ?」
会話の合間で美術教師に指摘された長政は驚きに目を丸める。そして美術教師が指差した場所に目を落として、腕の中にある白猫を見た。
「あっ!ごめんなさい!」
「いいよー、先生たくさん持ってるからそれあげるよー」
「ホントですかっ!」
「ほんとだよー」
教師が了承するととたんに長政は笑顔を輝かせる。そして美術部員たちはそんな長政をまじまじと見つめていた。さらにその中のひとりがイメージと違うとつぶやく。
そのため長政が困ったような笑顔を見せた。